訃報が届く

昨夜遅くに幼馴染からのメール。
別の幼馴染のお父さんが亡くなったと。

小学校途中まで近所にいた面々で
おっちゃんもおばちゃんも知っている。
メールをくれた幼馴染ともども
ここ十何年は年賀状だけのやりとり。

社宅という特別な枠組みやったから
親子兄弟ともどもという繋がり。
これがたんにご近所やとこういう繋がりはなかったんやろうけど。

阪神工業地帯の一角やから
海端には大きい会社があり
市内にはあちらこちらに会社の社宅や寮がある。
メールをくれた幼馴染は
数年前に子ども(といってもうちより大きい。成人している。)を旦那に預けて
というか旦那を子どもに預けて?ともいえるニュアンスで
一人家を出たとは聞いていた。
離婚の原因はなんとはなくで実家の母から聞いてはいたが
ほんまのところは知らない。

もう一人は独身。

となると私は順風満帆?
いや〜人知れず、人が経験してへんこと経験しつつ・・・

なんし、人それぞれ・・・

ということ、今晩のお通夜に参列する。
とりあえずお父ちゃんの名前のお香典と私の名前のお香典を用意する。
喪服を着て電車に乗るのはちょっと苦手やけど
しゃ〜ないわなぁ。

昨日の幼馴染との電話で
「私らも来年は年女や、気つけやあかんなぁ。」と言われる。

年女って気つけやなあかんの?と思う。
私はまた、12年に一度のあたり年。
ええことおまっせ!よっ年男年女と思って
いまのいままで、
来年で4回目のそれを意気揚々と迎えようと
めっさ楽しみにしていた。

それでさっそくネット調べると
気つけやあかんようなことも書いてあるちゃ〜書いてあるねんけど。

それでも
よっあたり年!飛躍の年、いいことおまっせと思えて仕方がない。

というか、今までの人生で
多少なりともこれが谷間?という事柄が起こった年代が
世間でいうところの厄年とかとは一致していない。
というか、無理からこれが谷間?と
こじつけてるだけで
そない大した事件でもないような気がする。
このあたりは受け取り方の違いであろう。

私と同じ病気でも闘病生活を送ったと称する人がいてはるから
受け止め方、感じ方の違いは大きい。

そんなこんなで
自分の人生にずうずうしい私は
12年に1度の飛躍の年と2011年に期待を寄せる[ちょき]

しかし、今、めっちゃすごい風やし。
夜は寒そうよなぁ。