ただいまのブームは線を抜く!

木曜日のホーム。部屋に丸い椅子がある。なんでやろ?って思っていたら義父が隣のベッドルームにその椅子を持っていって、「昨日の夜、これがここにあったんじゃ」とエアコンの下の置く。「いつも寝る前にちょっと部屋を暖めようとしたら椅子がここにあって線(天井近くの壁に設置されいてるエアコンのその横にあるコンセント)が抜いてあったんじゃ」と。そして、「誰がもって来たのかわからんのじゃ」とも。

 

そんなん仕業は一人しかおらへんやん。当の本人は知らん顔して炬燵に座ってはる。「ほんまぁ?それでこの椅子に上ってお義父さんがプラグ差し込んだん?危ないからこれ、返してくるわ」とワーカーさんのところに持っていく。事情を話す。その最中に後ろから義父がくる。椅子を返して部屋に戻る途中、義父に「椅子、お義母さんが持ってきてはるねん。でも怒らんといてね。お義母さんの病気は怒ったらあかんから」と言う。「この前も非所ベル(やなくてナースコールやねんけど・・・)の線を抜いてベルがなって事務の人が来たんじゃ。それが箪笥から出てきたんじゃが、『見つかって良かった』って怒らんかったんじゃ」と。「そうやねん、怒ったらあかんから。お義父さんも我慢してね」と私。「それがストレスになってわしは心臓が痛くなるんじゃ・・・」と。「そうよねぇ、ストレスになるよねぇ。お義父さんもしんどいとは思うねんけど、お義母さんは自分がやったとはわかっていないから、ほんま怒らんといてね」と部屋に戻る。

 

当の本人は「どじゃった?」と炬燵に座っている。

 

で、わかった。

この件、義母は自分が関わっているということを感じていると。わかっているというのではなくなんやわからんけど感じているってニュアンスが一番ぴったりかな。いつもなら、私がワーカーさんのところに行くときは後ろからついてくるのにこの日は炬燵から動かず待っていた。その義母の顔を見て、あ~~これはわかってはいないけれどなんか自分がかかわっていると感じているんやなとわかった。

 

ここ2週間ほど、冷蔵庫のプラグを抜いたりしているのもあったし、線を抜くというのが義母の中でのマイブームということで下の事務員さんにも報告。ただ、今までは部屋の中のものをどこかに仕舞いこんで見つからないという状況やったのが今回は外から持ち込んでいる。まぁ、公共スペースのワーカーさんが使う丸椅子なのでええといや~ええけど。そのうち、他の利用者さんのものを持ち込むことも考えられるよな。

 

どちらにしても何か行動するときには義母なりの考えがあってやっていることやから、その心情に理解を示さなあかんわなぁ。ただ、そこに分別はなくなってしまうのが困る点。明日は、義父の病院。持病の狭心症のかかりつけ医を見つけておくための受診なので、即検査入院にはならないであろう。なのに、義父は検査入院する気満々。パジャマと下着を用意している。何かあったときに駆け込む病院がないと困るから、一度受診しとくという説明は何度もしているがそれが理解できないあたりは義父も認知症。義母は5分前のことも忘れてしまうので自分の我を通すこともそうしない。話のもっていきようではどうにでも転がる。義父にはそれがない。まだ自分はボケていない、ばりばりやれているというプライドがあるので、やりにくいったらない。まぁ、明日は旦那も仕事を都合つけて車で4人で移動なので、義父の対応は義父愛息の旦那に任せる。この父子と赤の他人同士の義母と私はお遊び気分で便乗(^^)v

 

しかし、ほんま次から次へといろいろやらかしてくれはるので飽きない。同じ屋根の下に住んでいるわけでないのでそれを楽しめる。丸椅子事件の次の日は有馬に行ったが、こっちは下は雨やったのが山の途中からミゾレに変わった。どないやねんっていう寒さ。金曜日は帰りの昼の便の病院バスがないので、私は病院を出てから阪急バスのバス停まで山を下る。なんでこんな日にミゾレやねんって感じ。土曜日なら帰りも病院の入り口から病院バスに乗れば(それは無料やし)芦屋まで下りてこれるのに。寒さが身に染みるこの日は高齢者周りには体力と気力と責任感が必要やと実感。2:4:4ぐらいの割合やわな。気力と責任感で体力をカバーって感じやで。

 

ホームの二人も有馬のお父ちゃんも顔色がとてもよろしいのだ。私よりよろしいのだ。恐ろしくなってくる。そしてホームの二人は手には長生きシミがある。それを二人して披露してくれはった木曜日。エンドレスに続くであろう私の高齢者廻り・・・・に立ちくらみを覚えて一瞬。怖いっ・・・というても、この週、月曜日は雨となんやしんどかったのでホーム行はパスした。しんどいときはパスさせてもらう。無理はしない。お気楽に高齢者廻りをしやな、続かへん・・・・

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