Archive

2018
6月
5月
3月
2月
1月
29
28
27
25
16
14
散々・・・
“そんなにみんなお金に目が行くのか? 昨日の株主総会。 いろいろあって突っ込みどころ満載なのはよく分かる。 おっしゃる通りです。 とも思うが、じゃあんたがしろよ!と思った次第。 大方1年ほど前から会社のために一番奔走してきたと自負していたが、それは単に自己満足というものなのだと実感。 私がいなければ解散という自体であったという確かな事実もどうでもいい話である。 私に役職がつくのも気に入らないらしい。 多分に女のくせにというものなのかもしれない。 まるでお金目当てみたいに思われるのも非常に心外である。 昨年いてた事務員の女の子より少ない給与である。 金額には不服はない。 厳しい経営状況を見る限り、これ以上は望まない。 違うところに意義があるからいいのである。 こうなったらそれなりの結果を残して辞めるしかない! ”
08
ただいまリニューアル中
“随分放置の本サイトをSSLとモバイルフレンドー対応にしました。 テンプレートも変更。 ことのついてでに古い方のブログから記事をこちらに移し、一つにまとめます。 先ほどからその作業をしてるのだけれど、どうも雨の休日でどちらさんもネットをしているのか、 記事の転送がうまく行きません。 サーバーがダウンしてしまうので、ちょっと今日は無理かな・・・ 久しぶりのブログです。 放置していましたが、このブログに書きとめておきたい事案が発生したしたので、それはおいおい綴ります。 ”
2014
4月
20
新生活は物入り(;゚Д゚)
“長男のセンター試験の結果が大学入試センターから返ってきた。 自己採点より3点アップ。 国公立大学受験のセンターの重みを2年連続で感じた今年、4年越しの思いを叶えてた長男は1人暮らしをスタート。 とりあえず、念願の阪大生になりました。 私大なら入学式前に前期の授業料を振り込むという段取りであろうが、 国立だからか阪大だからか、5月中旬以降に1年目の前期授業が引落される。 年明けからこっち、私大の受験料、国公立の受験料、私大の入学登録料、 国立の入学料とあれよあれよと消えていくお金。 前期授業料が5月というのはほんまありがたい。 そして、引き続き、次男坊が高校3年生となり、 大学受験生を持つ身3年目を迎えた。 こちらは二転三転しながら、やっと、自分の進む道を決めた。 私大の芸術系。 国立の学費を見たあとの私大、それも芸術系の学費には目が点になる。”
1月
2013
7月
31
ショッキングな出来事。
“今朝、叔母からメールが届いた。 その娘が離婚したと。 なので、従妹夫婦(だった)が経営しているお店に行ってもらっても嫌な思いをするかも・・・だから、律儀に知らせてくれた。 なんとなく、春前ぐらいにお店に出るバイトを募集していたのを見て、嫌な予感がしたんよなぁ。 理由は、また会った時に詳しく話すという。 あぁ、なんとなく想像するがたぶん、合っているやろうなぁ。 かすがいになる子どもがいないのも、離婚を早めたのかもしれないし、その原因となる出来事を作ってしまったのかも・・・とも。 まっ、彼女はまだ30を超えたか超えていないかやし、子どももいない。 そして飛び切りの別嬪さんやから、新しい相手を見つけたらいい。いや、すでにいるのかもしれない。 あぁ、もうあのお店には足を運べないなぁ。 結構、好きやったのに・・・”
6月
12
ちょっとずつ、進行している?
“あぁ、義母。 先週の木曜日、いつものとおり義父母のホーム。下で看護師さんにつかまって義父のことで3,40分話し込む。 義父のもっかの懸案事項が排便。便秘がちということ。少し前までは牛乳を飲んでそれをしのいでいたと本人は思っている。 ホーム入居してはや1年6か月。栄養士さんが考えてくれた三度の食事と15時のおやつ。それだけで十分なのに、便秘のための牛乳やアイスや甘いおやつによって、どんどんと成長していった二人。 義母に至っては昔はSサイズという体型がいまでは3Lと化す。 当然血糖値にコレステロール値も上昇。あえなく食事制限が下される。牛乳もNGとなる。行きたい外に自由に行けず、飲みたい牛乳も飲めず、自由のなさにストレスがたまる義父。そんな状況からの不穏の話を聞く。 そして、二人のところに上がったときには、まだか?まだか?と熊のように動き回っている義父。とりあえず、ご要望にお応えして散歩に行く。すでにまんまる子ちゃんと化した義母は散歩に行くと汗だく。帰ってきたら着替えさせる。っで箪笥をあけた。あっ!あ~~~~ そこに汚れたパンツ。 これが噂に聞く、汚れたパンツをあちこちしまうってやつ? 本人には気づかれないように、汗だくの着替えと一緒にワーカーのところに持ってきて、その趣旨を伝える。洗濯をお願いする。最近、とみに認知症具合が進んできたように感じる義父母。アルツハイマーの人は下のほうは最後のほうまでしっかりしているときくがそうでもないのかなぁ。 前回は散歩の途中に話に夢中で失禁をしてしまった義母。結構、ズボンがぬれていた。本人は気づいているのかいないのか?汗と思い込んでいるのか?このあたりの神経がちょっとやばくなってきている義母。まだまだ若いのになぁ。”
4月
19
洗濯機がまたも故障(>_< )
“3月の最初、長男の高校卒業式前日に排水機能の故障で動かなくなった洗濯機。 入学と同時に購入したから3年になる直前。 君も一緒に卒業ですか?   電気屋さんの5年保証というのに入っているので、そうやすやすと卒業させるわけにはいかない。 修理依頼の電話をしたら、翌日になると。 エ〜〜〜卒業式ですやん!!と思うが、日を延ばすわけにはいかない。 なんせ、毎日、最低2回は働いてもらわないと困る。存在意義は大きい。   卒業式終了後、他の親御さんは残って我が子の写真を撮る中、早々に引き上げる。 帰って洗濯機周りを片付ける。いつ来てもOKという状況で待つこと4時間。 結局、夕方遅くに修理のおっちゃんはやってきた。   我が家に到着後、まずは『奥さん、トイレ貸してもらっていいですか?」と。 そしてしばらくして、「すみません、トイレいいですか?」 おっちゃん、トイレをしに来たんっすか?と言いそうになる。   そのときは排水機能のところの『棒』が折れているとかでその交換。 よくあることらしく持ち合わせの部品によって即日終了。   そして、それから1ヶ月半の昨日。 あと4分の脱水で終了というところで『E72』表示。 洗濯機天板に記載のエラー一覧の欄外に「Eと数字の表示は故障です!!」とな。 前回に比べると修理依頼が少ないのか、お昼すぎに前回と同じトイレのおっちゃんが参上しはる。 状況説明をすると 「あぁ、それは固着やなぁ。」と中の洗濯槽を回す。 「これは早急にメーカーから修理に来てもらったほうがいい。とりあえず応急処置をしたのであと何回かは洗濯はできます。が、いつ止まるかわからんって状況です。メーカーにはこちらから連絡しときます。」と帰りはる。   「今日はトイレはいいんすか?」って聞きそうになる。 とりあえず、やり残しの洗濯をして、2回目の洗濯も終える。 明けて、本日、いつも通り洗濯機を回してみる。 回る。 いつも通り2回の洗濯を終える。   そして、修理完了。 結果は別段異常なし。 給水・排水ホース及び洗濯機の中のゴミを除去したと。 様子見て不具合が出れば連絡くださいと帰りはる。   運命とは残酷ものという思い。 先週、高校の同級生の奥さんが他界された。 朝は元気やったのに、帰宅したときには倒れてはった。くも膜下出血。 手術をしたが、そのあと3日間意識不明で、そして旅立ってしまわれた。 高3の男の子と中3の女の子を残して。なんともいえない。”
11
またですかぁ?使い込み(ーー;)
“結局、受かった私大と公立大を蹴るという大博打に出た長男。予備校に進学というやっさもっさの中、とんでもないニュースが舞い込む。 我が自治会。昨年度の会計報告が不備。毎年、200万ほどは繰り越ししていたが、それが18万やと。使途不明金が多すぎて今年度の会長がハンコを押さず云々という話。 同じ会長、会計が4年やってはる。2年目で次年度役員欄に会計の名前がない。噂では会計宅に空き巣が入って自治会費を取られたとか。近所の警察から会計の指名を伏せろと。よって名前がないと・・・   だから言いましたやん!!それでなくても、お金の使い方がどうなんすか?っていうところを名前を伏せるってあんた、おかしいやん。正々堂々と会計の仕事に邁進するならば名前を公表しはったらどないですのん?それになんですの?この会計報告と予算案と突っ込みの電話を自治会長に入れたという強者の私。クレーマー的なことをする以上は責任もとりますと、なんなら私が会計しましょか?と豪語する。いや、結構ですと断られた(`´‡)   そんなんなんで、今回の問題もやっぱりな・・・というところやし、明らかにこうなるのは想像できたのを見て見ぬ振りなのかなんなのか、ほっておいた自治会会員にも責任があると思う私、もう何も言いません。ていうか、関わりたくございません。 しかし、レベル、低すぎやし・・・( ̄  ̄メ)”
3月
10
今どきの男子高校生(*'▽')
“昨夜、長男がお風呂に入っていると高1で同じクラスやった子から電話。   「何やったん?」 「情報収集。」 「情報収集って?」 「あちこち電話して合否結果を聞いてるねん。あいつ。」 「おばはん、みたいなことするねんなぁ。ほんで、本人は決まったん?」 「京大やから明日やん、発表。」 「自信あるんやなぁ。」 「でも、センターは京大受けるほどもなかったから、ブッコミよってん。」 「私大は決まっているん?」 「早稲田、落ちて、後期は阪大。文系やけどな。あいつはああいうヤツやねん。」 「ふ~ん。」   大人やと、受かっているかどうか、聞きづらいとかって考えるのに、そういうのがないのは男子やから?   そういえば、午前中もうちの子に電話をかけてきて結局ずるずるその子の合否発表まで付き合ったというのも、 「ほんまに落ちたん?」と聞かれ 「嘘やと思うなら、ネットで見てみ。番号いうから。」 が始まり。 「ほんまや!泣いた?」と言われ 「泣きはせんけど、なんともいえん虚脱感。お前ももうじきや。」   っで、お互い慰め合うことになる。私大は同じところを受かっている連帯感?   別の私立高校の子は京大を受けて、結果を待たず浪人決定。 「学校で先生が採点して結果を配布してくれるねんて。」 「さすが私立やな。」 「昨日聞いたんやけど、あそこの高校は早稲田や慶応でもあかんらしい。国立、それも東大・京大に行かなあかんねんて。国立に入れた数で先生の給料が変わるねんて。」 「うっそ!!」   「っで、あんたの担任からは結果報告(先生にメールで知らせる)についてのレスはあった?」 「うん、後期いい知らせを待っています、やて。」 「それだけ?」 「それだけやで。」   まっ、いいか・・・ とりあえず、後期終わったら二人で携帯機種変\(^o^)/”
2月
22
え~と星人、現れる(´▽`)
“今日は朝から眼科。両目、眼底検査。 やっとこさ、目が復活でコンタクト装着!(^^)! 目が見えにくいちゅうときに電話。 まぁ、耳と口は健在(*'▽') 長男の塾のチューターから。 チューターの彼、神大医学生。 勉強はよう出来はるんやけれど、電話が苦手? 「え~と、○○くんは?」 「図書館に行ってます。」 「え~と、もうすぐ国立の入試で受験番号を聞こうかと思って。」 「あっはい、言いますよ。」 で番号を言う。 復唱するが間違っている。 ちゃう!!って言いそうになるがぐっと堪える。 「え~と、あのぅ・・」 「はい。」 「え~と、伝えてほしいんです。え~と、自分の力を出してがんばるように。」 「わかりました。ありがとうございます。」と切ったが、 え~とが多すぎ(*´з`) 先日、この塾から封書が届く。 大学生になったらチューターになりませんか?というチラシが入っていた。 時給1,000円。 「どう?あんた、チューターやったら?」 「おれ、ようせん。」 「せやな、あんたの電話も、たいがいやもんな( 一一)」”
15
私立はゲット!(^^)!
“今どきの合格発表はネットでする。娘の短大受験のときは、受験番号がだ~と書かれているいる中から探したんやけれど、今日の長男の私大は受験番号と高校番号と生年月日を入れたら、合否結果と当日の試験の点数および合格最低点が出た。おかげで10日後の国立大の目安が分かって助かった。 この勢いに乗って国立大をゲットしてもらいたいものやわぁ~(*'▽') お昼前には合格通知書とそれに付随して登録料と授業料の振込み用紙が届いた。登録料というのは授業料を収めることで入学金となるシステムで、現段階では入学するかどうかわからないけれど登録だけしておくというものみたいやなぁ。これは私大に寄付するつもりで来週早々には振り込む。国立が受かればこれは戻ってこないお金。安心料ということでまぁいいか・・・”
11
昨今の大学入試事情もなぁ・・・
“長男の幼稚園時代から仲良くしている友だちから連絡。3月10日に幼稚園プチ同総会をするとか。っで長男もというが・・・ 国公立前期の合否発表がその前日の9日。受かっていればの話ですなぁ~。 とりあえず、勉強の邪魔はさせへんからと長男のメールアドレスを教えてというので本人確認の上の伝達。 ガラケーの長男に「ガラケーでもLINEできるで~」って友だちの子からメール。 とりあえず、あんたは勉強しろとLINEの設定だけしたる。 ていうか、長男、その友だちの子しか認識していない。 「LINEが流れてきても見るだけにしときや。相手せんでええから!」と私。 「みんな、もう決まっているん?」 「進学の子は指定校推薦ですでに決まっている。みんな暇やねん。」 「俺の状況は知っているんやろか?」 「おかんは知っているけれど、その子は理解できんと思うなぁ。あんな、行けるかどうかも前日にならなわからん!っていうとき」 国公立を前期入試を2週間後に控えて、LINE の相手なんぞしている暇はないちゅうねん まぁ、うちの娘も公募制推薦っていうやつで11月には決まっていたけれど。公募制推薦はちゃんと学科試験を受けた。 別の子も指定校推薦で行先が決まっている。面接だけでOKという指定校推薦。 その枠に入るためには日々それなりに頑張ったということではあるからべつにええねんけれど。 すでに進学先が決まっているのにその私立高校はセンター試験を受けさせる。 本人、センターの結果なんて気にする必要がないから英語のリスニングの途中で苦手やしって出てきたらしい。 真剣に受けている子は気が散るねん。せめて、最後までじっとしとけよ!と思った私。 昨今の大学入試の問題点と言われているAO入試と指定校推薦。 ガチで勝負する私立一般入試や国公立の子の邪魔だけはしてくれるな!と思う私。 そんなん言いながら、次男のときは指定校にありつけたらと思っているのも正直やけど、なんせ公立の高校やから指定校推薦の枠がなかなかない。 かなりの好成績やないと無理なので、公募制推薦か一般入試でやっぱり勉強はさせやなあかんということやね。 わが長男の大変さを見ていると指定校推薦やらAOで簡単に大学生になれるっていうシステムはいらんやん!って思うねんけどなぁ。 私立高校も私大も商売がじょうずなところはすごいわ!とも思う私。”
01
同総会オンパレード♪
“昨年11月に開催された高校の学年の同窓会。 Facebookと同窓会サイトを利用して、同窓会前から交流をつくっていたので当日はすんなり馴染めた。 そして引き続き、FBも同窓会サイトも継続しているので、今度はクラス単位の同窓会があちらこちら催される予定。 人によっては1年、2年、3年と盛り上がりにかけてクラス会の予定がない人もいているが、私は各学年とも春から秋にかけて開催される予定。 私個人的には1年と3年が印象深いが修学旅行があった2年のクラスが一番盛り上がっている。   加えて、中学の学年同窓会も秋に予定されている。 私が卒業した中学では私たちは記念すべき1期生。 とりあえず、同じ高校に進学したFB仲間とはすでにFB内でグループをつくってもらい参加。 ブログもあるらしい。   私みたいにネットが生活の一部になっていると、ネットでどんどん繋がっていけるからいいんやけれど、私たちの世代、特に女性はなかなかそういうわけにいかない人も多いみたい。 それに、非公開の同窓会サイトは敷居が低く、FBはなかなか敷居が高いのか好みがあるのか、高校の同期生もその利用の仕方が分かれていて面白い。 職業柄、FBを敬遠している人もいてるみたいやし、反対に同窓会サイトには一切顔を出さないと宣言している人も・・・・ 私は基本FBで思い出したように同窓会サイトっていう感じ。親密度を増すのは明らかにFBなんやけどなぁ・・・・   そして、今年御年50になっちゃう、昔の中学生、高校生、特に女子は皆さん、若い! 昔、私が子どもの時に自分の母と比べても、友だちのお母さんと比べても、はるかに若い!”
1月
28
センター後・・・
“思いに思いをはせて第一志望を目指して頑張ってきた3年間。 それがセンターのたった2日間でもろくも崩れ去るのか・・・という状況。 ただ、今年のセンターは難しかったということで全体の平均点もぐっと下がる。 それがよかったのかなんなのか、かなり厳しい状況とはいえ、まだ可能性はあるというので、「いてまえ~!」で初心貫徹。 正直、言ってセンターがこんなに過酷なものというのは、やってみないとわからなかったなぁ。   2つ落とせば、かなりの確率で受かるであろうという公立大学と悩むが、可能性が多少なりともある。 ならばあとで絶対後悔するやろう。 やらない後悔のほうが尾をひくであろう。と、第一志望を貫く。 その公立大学は後期に回す。てか後期は例年18倍とか・・・ とりあえず、私大は一つ受ける。が、ここは関西ではトップの私大。 どれもこれもNGなら浪人しかない。   私はかまへんのんよ~。その覚悟で思いっきりいったら?なんて言うと 浪人覚悟の意味がわからん・・・と、長男。 浪人したくないから頑張るっていうならわかるけれど、浪人覚悟なら今、ここで浪人するって決めるとおっしゃる。 なんでもいいから頑張ってくれや~。   昨年、11月に開催された私の高校の同窓会。 それをきっかけに旧友を深める中、たぶん、当時の学年トップであろう、京大卒の友だちが受験必勝のアドバイスをくれる。 長男の近々の模試の結果を見せたら、それを分析して具体的なアドバイスや本番まで勉強スケジュール等々。 正直、かなりハード。 ハードゆえ、それをこなせば逆転もできそうで長男は俄然やる気になる。   彼が京大を受けたときにはセンター試験ではなく共通一次。 本質的な部分はさして変わってはいないだろうし、経験したものでないとわからん受験生の気持ちなんかもサポート。 友だちって有難いものです。 しかし、センター試験というのは、マジでえげつないです。”
02
お正月早々に届いた封書。
“さっき年賀状を出しに行った帰りポストをみたら封書が入っていた。私宛。裏をみるとあら~数か月前にも入っていた数年前に自治会長をしていたおっちゃん。なんじゃろか?と中身をみる。次年度の自治会長に立候補するらしく、その推薦人になってほしいという趣旨の内容。大変申し訳ないが、ちょっとでもかかわるとずるずると自治会のほうへ引きずり込まれる予感がするので、ご近所の友だちにちょっと電話してみる。その彼女のところにもそんな打診があったそうな。で彼女も只今それどころやないのでスルーしているということなので私もスルーすることにする。   ん~自治会のためにいろいろしてくれはるのはええねんけれど、あれこれ役を増やしてそのおかげで役員選出に苦労するという事態になっているので、賛同できないところもあるんよなぁ。今のこの高齢者が溢れる状況と自治会のことに協力しない若手層を考えるともう少し高齢者が住みやすく、無駄な役ははぶくという方向で動いてほしいのだ。”
2012
12月
31
雪が舞う大晦日。
“塾に向かって出て行った受験生。 愛用の図書館は年末年始はお休み。 冬期講習のあとは塾の自習室で21時まで勉強して帰ってくるらしい。 「昨日、塾に行ったら『センターまであと20日』って書いてあったわ。」 「カウントダウンしよるん?気がせくやんなあ。」 「そういうものやろ!」 「そういうものなん?」 「あ〜推薦でどっか決めとけばよかった…」と本音をもらす。 ここからがメンタル面で自分との闘い。 小学生のときから中途半端に勉強が出来るから、それを維持しやなあかん。中途半端に出来のええ子に親は過大な期待をしてしまう。 そこそこの出来のヤツには親もソコソコで手を打つから、電気ギターに狂っても目を細めているε-(´∀`; ) 勉強の邪魔になってはと、トイレとかお風呂とかそれらの掃除だけでいいっかぁ〜という点は、受験生様々と思う不届きものの私。 2012年暮れ行く大晦日。 あぁ、生きるってしんどいことなんだよ、我が長男! そして、お〜い、そこのギターキッズ・次男坊、冬休みの宿題ちゃんとしろよ( ̄◇ ̄;) この兄弟のおかげで私は、勉強の出来る子を持つ教育ママゴンと勉強しよらへん子を持つおかんを演じている。なかなかの役者ヾ(@⌒ー⌒@)ノ”
17
段ボール二箱・・・
“夏と冬の区別がつかなくなってしまったのか、義母。真夏にはタートルネックのニットを着用し、最近は半そでTシャツ姿。エアコンのコンセント(天井近くの壁にある)からプラグを抜くということもやってのける。暖房なしで一晩薄い恰好で過ごした義母は低体温症をおこしてしまう。そんなことで南向きの暖かい部屋にいてる義父(義母のは向いの北向き)と部屋を入れ替え、箪笥の中の夏物衣料をダンボールに詰め(二人がデイに行っている間に)対処する。   そして、義母のために2万円分の下着を買い揃えたが、この1年で8キロも肥えた義母はMサイズからLサイズ、下半身に至ってはLLサイズにて、ほとんどがきつい状況。ゆえにまた新たに下着を買い揃えるということになる。生まれた初めて手にするLサイズやLLサイズ。デカい!夏場しょっちゅう聞いていたタートルのニットもどこにやったのか、箪笥整理をしたときには見つからず、冬場着用する洋服もそろえてくださいと言われる。   今までは義父がいてたのでワーカーさんも手のかけようが微妙やったんよな。一応、義父の、義母の面倒をみるという意思を尊重して。でも、実際には義父に義母の面倒をみるなんてことは到底無理。なので、義母に関しては洋服の管理もワーカーさんがやってくれることになった。歯磨き粉を化粧品と間違えて顔に塗るっていう点も、本来なら歯磨き粉も預かってもらって歯磨き時には手をかけてもらうのがベストなんやけれど、それも義父の気持ちを考慮している状況。   段ボールに詰めらえた夏物衣料についても、義父は不服なんよな。「デイに行っている間に勝手にやられた!」と。おまけに今、義父のところにある箪笥を義母の部屋に移動させたいこともいう。義母のところには冷蔵庫も炬燵もなくだだっ広くなっている。箪笥を置くとまた箪笥の中を空っぽにしてあちこちに衣類を仕舞い込むのでそれは出来ないんよなぁ。てなことで、段ボールに詰められた衣類2箱は只今、我が家にある。置く場所があらへん・・・(^^;)”
11月
19
喪中ハガキ・・・
“昨日、有馬の帰り、実家のマンションに寄った。郵便物を確認する。ポトンとみつけた、喪中ハガキ。お父ちゃんの友だちの訃報。ご子息からの喪中ハガキ。数年前から実家の分の年賀状を作成している。毎年、数が減るのよなぁ。喪中ハガキは家族から、亡くなったのは宛名にしている本人なわけです。83歳の父の知人。常にいつも親しく会っているわけでもなく、時によってその相手も認知症や脳梗塞で施設や病院に居て、うちのように家族が代わりに年賀状を出しているっていう状況なのかもしれない。この時期に届く、喪中ハガキを持ってお父ちゃんのところに行く。 「●●さん、亡くなりはったんやて。喪中ハガキが来てた」 「そっか・・ほんだら、もう年賀状は出さんでいいわ。」ってなる。 今年はいいわ・・・じゃなくて、永遠に出さなくてもいいってことです。 これって、自分自身も人生の終いに近づいているってことを嫌でも目の前に突き付けられるような気がするのやけれど、この年齢になるとそんなことは重々承知できる心持ちになるのやろか?この時期に届く、喪中ハガキはやるせない。”
11
子どもかよ~~^^;
“金曜日、有馬に行く。 金曜日は特浴の日で昼食は部屋で食べる。部屋に行くとTVをつけて寝ている。この日は主治医から先日の担当者会議のときには結果がでてなかった検査結果を聞く約束をしていた。病室に入ってしばらくすると呼ばれる。本人寝ているし先にナースステーションに行く。 ちいさい胆石があるらしい。他にもいろいろ。ただ、心電図を取るのに脳梗塞の後遺症で折れ曲がった胸のところで固まっている左手が邪魔になってうまくとれなかったが、気になるところはあるが本人が何かを訴えるというわけでもないのでこのまま様子見るということになる。今の体力では手術するとかは無理であろうし、本人が痛がってどうしょうもないとならない限りは様子を見るしかない。   そんなこんなで部屋に戻ると 「来たんか・・・この前、怒ってもう来えへんっていうから来てくれへんと思ってた」と涙ぐむじじぃ。 そう、先週、娘と二人で行ったとき(正確には娘の彼氏も一緒。彼氏は駐車場で時間をつぶしていた。)いきなり、怒っていた。お正月前になると帰りたい気持ちを持て余して怒鳴る相手が私になる。私しか来ないから当然そうなんやけど。しまいに腹立った私は「わかった!もう今度から来えへんから、兄ちゃんに来てもらい!」って言う。でも、ご飯を食べ終わるころには別に普通に戻ったし、帰りしも次は9日な!ってご機嫌よう別れたのに、私が怒ったところだけが心に残ったのか、来てもらわれへんと困るから、 「えらい怒ったから来えへんと思って・・・・・・」 「しょうもないこというからや!」 となる。 帰ったら娘が 「今日もじいちゃん、怒ってたん?」って聞く。 「ううん、今日はこの前怒ったからもう来えへんかと思ったって泣いてた。」 「子どもやなぁ・・・」と娘。   そんなんで一昨日の金曜日は、穏やかに過ごして山を下りる。 まぁな、帰りたいと気持ちはわかるけれど、どないもこないもできまへん。  ”
10月
29
近所のおっちゃんからの手紙。
“近所のおっちゃんからの手紙が届く。 切手のはっていない封書が届く。 我が家の郵便ポストに自ら投函という封書です。   何年か前に自治会長をしていた60代のおっちゃん。 そのとき、私は町内会の隣組の班長で、長男が通う中学のPTA役員で、次男坊か通う小学校のPTAの問題を追及と、超多忙なおばはん。 そんな私に、 「何ごとも諦めへん姿、僕も見習ってがんばるわぁ」とか言う。 「何も手伝わへんで!」と釘をさす私。   おっちゃん、今、地域の役はしてへんはず。このたび、地域の暮らしを良くする会とかなんとか発足したとか。ご意見及びご協力の依頼の文書が入っている。   ん~~私、ただ今、地域社会や町内会よりもっとコアな両親4人の対応と息子二人を立派な男にするという、使命に向き合っている所存でございます♪(´ε` ) まずは自分の足元を固めることに真摯に取り組んでいるところで、町内会のことまでも、手も足も首も腰も回りまへん\(//∇//)\”
28
親子で将来について話し合え!と思った件。
“昨日の有馬。よくしゃべるおばちゃんヘルパーさんが言う。 「ねえちゃん(いつも私のことをねえちゃんっていう)、この前、兄ちゃんが来てたよ。」 「うん、私がたまには様子をみにいけって連絡してん。」 「そやったんや、せっかく兄ちゃん来てくれてんのに、大変やったんよ。」 「え〜なんで?」 「ねえちゃんを呼べっておとうさん、大騒ぎして。」 「あ〜、兄ちゃんもなんや私に電話するってきかへんかったっていうてたわ。電話いらんしぃ!」 「ねえちゃんやないとあかんねんなぁ、おとうさんは・・・」   ん〜〜〜、嬉しくない( ̄▽ ̄;) あれだけ、言うたのになぁ〜。常識的にも物理的にもあんたの面倒をみるのは兄ちゃんやで!って散々、お父ちゃんに言うたのになぁ。家に帰りたいっていうなら、兄ちゃんに頼め!と。そこいらの話はしていないらしい。どないやねん( ̄  ̄メ)   まぁ、別に私もあの兄ちゃんとこの白豚嫁がお父ちゃんの面倒をみれるわけがないのは承知している。白豚嫁もみる気はないっていうか関わりたくないって恐ろしいことをのたもうたぐらいやし。 しやけど、本来なら、長男の嫁(今どき、こんなことをいうのも時代遅れかもしれんけれど・・・)なんやし、自分は4人姉妹の末っ子ですでに父親は他界、母親だけ、上二人の姉は離婚しているから相方の親の面倒をみるという項目はない。となると、自由な身であるあんたがもっと動きなはれというところ。私は一人っ子の嫁。義父母はすでに大阪のホームに来ていてお世話している。 長男の嫁としての常識、それぞれの状況を把握しての物理状況から見ても、お〜〜い、そこの白豚嫁、動け!というものですわね(`´メ)  ”
20
新たな問題勃発か?
“昨日の有馬。半年に1回の担当者会議。主治医、リハビリの3先生、婦長さん、ヘルパーさん、栄養士さん、ソーシャルワーカーさんからのお話のあと私がしゃべるという流れ。   9月19日のリハビリ中、作業療法のとき、意識レベルが低下した一件は一過性のもので別段気にすることもないであろうという所見。それ以外に胆嚢せんきん症やら硬膜下血腫か水腫の疑い、そして心臓付近の水腫などは今まで通り経過観察。ただ、脳梗塞の後遺症による左腕の硬直で正確な心電図が取れなかったがそのレベルの低下も伺えるとか。体重の減少、全体的な体力の低下、脳血管障害のよる認知症の進行などなど。   お父ちゃんお気に入りの言語のリハビリの先生のお話。最近、帰りたいという言葉や戦時中の話で涙したり、長々お世話になりましたと挨拶したりという感情面の不安定さがちょっと気になるという所見。先週もこの先生が昼食時に顔を見せてくれ、舌の動きを観察、具合によっては食事形態の検討も考えておられるようやったけれど、本人が刻み食のままがいいというのもあって現状維持というお話も。言語療法というのもあるのか、この先生には気持ちのうちをしゃべっている様子にちょっと胸にくる。   それを見た婦長さんが「おつらいと思います。」なんて優しい言葉をくれるから涙があふれそうになる。つらいのかどうかわらかんけれど、感情が高ぶると涙があふれてくるという性質は、ちょっと大人げないと恥ずかしくなる。   そして、最後にソーシャルワーカーさんから爆弾発言。病院はただいま建て替え中、来年12月の完成を目指して山を切り開いて更地にして、今やっと建物の外側が出来つつあるという状況。病院が新しくなるとシステムが変わるらしく、料金体系も変わって値段があがるらしい。まぁそれはなんとかしよう。問題は次。その新しい病院は介護ベッドは50床。なので今、いてはる高齢者は全員、移れないという。その検討を今からする。この年末には結果が出るという話。どういう基準でその50名を選ぶのかは分からないけれど、それに漏れるとどこか施設を探さなければならない。その辺りはソーシャルワーカーさんが相談には乗ってくれるであろうが、新しいことに柔軟に対応できない性質の父ゆえ、それを機に帰りたい、帰る!連れて帰れ!が頻発するであろうし、移動させて新しい環境に慣れるだけの体力があるのか?   とりあえず、年末の病院側の審判が出てから本気で考えたらいいかとは思うが・・・・ なんだか、昨日が疲れた・・・”
18
大学受験も後半戦突入(^-^)
“16日の保護者会。今までに何回も聞かされていた私大受験料35,000円の話。何回も受けるお子さんは20万、30万はあっという間ですと先生が言う。夜、長男に「ところで私大は何コ受けるん?」と聞いてみる。 「1コやで。」 「どこにするんか決まったん?」 「同志社やめて立命館にするかも。この前の模試、立命館はAやったし、ここは確実なところのほうがええやろ?」 「ふ〜ん、立命館の工学部って草津やで。草津まで行くん?てかな、同志社の場所も知らんやん。どっちも行ってへんやん!」 「夏休みに行っとけばよかったわ。」 とりあえず、お金の段取りがあるから入学金と授業料をネットで調べる。 聞いてはいたけれど、今さらながら、理系と文系の授業料の違いにたじろぐ。かなりちゃうしぃ・・・( ̄▽ ̄;A こんなんで院まで行ってもろたら困るし。是が非でも国立に行ってもらわな、次に続く次男坊は私大確定やねんし・・・ この日、持ち帰った定期試験の結果。前回より席次をあげている。我が子ながらこいつすごい!と思った瞬間。 「俺のクラス、数C、99点がいてるねん。」 「へぇすごいなぁ。そんなん居てたらクラスで1番は無理やわなぁ。」 でも、長男、95点。これを見た、娘は「あんた、頭おかしいんちゃう!?」とのたまう。ある意味、頭おかしいわな。 この点数にモチベーションが一気に上がった長男はこのあと、鼻歌まじりで勉強していた。どこから見ても受験生の苦悩を感じさせる欠片はなく、えらい楽しそうに勉強してはりますねぇと言いそうになるぐらい。 思わず、 「もうさぁ、私立は考えんと国公立の3本立てでええのとちゃうん?」 「ん〜〜でも、中期いうたら府大やろ。府大は勉強したいものがないねん。受かっても・・」 あっ・・・ちゃんと勉強しに行くねんや。なら行きたいとこ1本で行ってまえ!   こんな兄貴をそばに見ながら、エレキギターと一体化している次男坊。教科書の代わりに楽譜を愛読中。この前の家庭科の試験、欠点。それも、私がただいま奮闘中のところ全滅。正解がショートステイや小規模多機能ホームとかデイサービスとか・・・あかんやん・・・ まぁな、姉弟3人がそれぞれ思い思いの道を歩くということでよしとしとこうと思わなやっていかれへん。 長男の高校にいくたびにこういうハイレベルな学校の実態を知れることに素直に感謝する。PTAのお仲間にはご主人は神大の教授でご長男は京大生って方もいらっしゃる。世間にはこういうご家族もいらっしゃること、またそういう方々と同じフィールドに身を置けるのはひとえに長男のおかげ。 学歴社会というのは確かにあるしなぁ。世間というのは器で判断する。それは仕方がないと認識をして自分はどういうスタンスで生きるかやな。”
ナーバスな問題の今後の対処に思案。
“今日、義父母のところに行く前、先日の成年後見人申立で同席してもらった社会福祉士さんに経過報告をしにいく。義母の実子お二人ともそれぞれの役所に事情を説明したらすんなり現住所(戸籍の附票)を送ってもらえた。それを添付の上申書とこちらの心情を綴った陳述書を送付済みの状況報告をする。   こちらの状況を把握してもらっているので「僕からいっぺん、家裁に電話してどういう対応になるか聞いてみます」と言っていただく。あちらも突然に家裁から封書が届くとビックリするやろうしなぁ。事務的な内容で後見人の同意を求めるのか、多少なりともこちらの状況を説明してくれるのか、その辺りを聞いてもらえたら助かる。   義母としゃべっていると、ときどき、9つと7つの子を置いて出て来たんやなぁ〜と頭をよぎる。想像するだけではらわたが引き裂かれる思いがする。なんとも言えん。そしてそれから40年たって、母親と離ればなれになった子どもがそれをどう受け止めるのか・・・ん〜私にはわからん。こちらの現状は40年間そんなことも知らされず一緒に生活してきた義父がそれを知ったときの衝撃は半端やないやろうし、義父が生存している間は知らせられない事実。せっかく、今、こちらに移ってきて問題勃発しながらも穏やかな日々を暮らしているねんもん。そんな事を知ったら、義父の義母への愛情も変化するかもしれんし、それによって二人の認知症がぐっと進むかもしれん。でも、子どもの立場はどうなんやろう?って思うとなぁ・・・はぁ・・・”
04
相続権は恐ろしい( ̄▽ ̄;)
“昨日の家裁。申立書類のテンプレートには記載する欄がなかったので書かなかったこと。義母の実子の件。「ご主人以外にお子様はいらっいませんよね?」と聞かれた。ん〜知らなければ、いませんと言えたがその存在を知っているのにいませんとは言えない。「実は今回、この件で戸籍をとると前回の婚姻で二人、子どもを生んでたことが判明して・・・私たちも知らなかったことやし、義父もしらなくて・・・・」と。 「現在の義父母の状態を考えるとこの件はそっとしておいたほうがいいというのがケアマネさんや看護師さんの意見でもあるし、私たち家族もそう思っています。今まで知らなかったことをここに来て知らされると義父のショックは想像を絶するものやし、義父母の夫婦仲もおかしくなっては困るんです。」と。 「とてもナーバスな問題なんです!」と食い下がって訴えた。   が、裁判所というところは無情なところで、そういった心情は一切考慮されず、相続権のある人の同意書が必要とおっしゃる。私たちは実子の存在をついこの間知ったばっかりで今まで一切の関わりもない。が、とりあえず、実子の現住所を調べて提示するという宿題を出される。面談した参与員のおっちゃんは「これはちょっと司法書士さんに頼んだほうがいいかも?個人ではなかなか厳しいかも。どうしても分からん場合は裁判官に直接陳述書を提出して免除してもらうのも方法かもしれんけれど・・・」   いずれは調べないと行けないことやったのでとりあえず分かる範囲の実子の戸籍のある役所(2件)に電話をしてみる。事情を説明する。どちらもそういう事情なら戸籍をたどれば住所を調べることができるので、手数料と申請書を郵送するよう指示される。これで住所がわかれば、なんのことはない。興信所を使うこともなく、個人でもここまで出来るってことやん。成年後見人申立をするというのを義母の弟である叔父さんに言ったときも「司法書士に頼んだりしなあかんし簡単でないやろ?」と言われた。昨日も参与人のおっちゃんには「この資料を作るの、なかなか難しいかったやろ?」と言われたが、難しいというより手間がかかるだけで、一般的国語力があればだれでもできるものやで。   しかしながら、申立資料作成は私、昨日の家裁での面談での回答もほとんど私が対応したけれど私は相続権もないただの人。こんだけ働いても相続権がなけりゃなにも頂けないとは不条理やわ( ̄▽ ̄;A”
9月
26
体育祭&文化祭
“明日は長男の体育祭。3つほど出るらしい。一日おいて土日が文化祭。 最初の予定では土曜日はいつも通りに有馬に行って日曜日に文化祭に行くつもりやったが、昨日持ち帰ったプログラムを見ると、長男のクラスの劇は土曜日。劇たって音響なので見に行っても姿が見えるわけでもない。でも、日曜日に行ったところ、特に見るべきものはなく役員の会議(土日、出れるほうでOK)だけっというのもなんだかなぁ~。 ということで、土曜日に文化祭、日曜日に有馬の父のところに行こう。 前回、くそじじぃに「もう来ぇへんで!」って言ったものの、とりあえず「次は29日な!」っで帰ってきたのを、連絡せず(連絡のとりようがない)29日から30日に日にち変更したら、やっぱり来なんだ・・・と思うやろか?と可愛そうになるが、こんな薬もたまにはええかもしれない。  ”
23
くそじじぃ!っと腹立った有馬。
“3か月ほど前から下の入れ歯が合わず、口の中で転がしていたお父ちゃん。のどに詰まらせるほど小さいものでもないけれど、危険やし、本人に病院に往診に来てくれる歯医者さんに治してもらうか聞いてみる。 嫌!やと言う。 1年ほど前も入れ歯が合わなくなりその歯医者さんに治してもらったが、歯医者さんというのは椅子がウィ~~~ンとベッドになるというシステムでないと治療はできないといいはり、自分の車椅子で大きい往診鞄だけじゃ頼りないと断固と拒否る。 歯医者さんに暴言をはくし、歯医者さんもこの人は診たくない!とおっしゃる。 なので、私が行って歯医者さんに頭を下げ、お父ちゃんをおだてて診てもらった。   それがあるからどうしてもって状況でないなら、私ももうええや~~って思ってしまう。   昨日、有馬に行くとその下の入れ歯が割れてしまったらしく、木曜日に往診に来はった歯医者さんに診てもらったが、やっぱり拒否って家の近所の歯医者に行くときかなかったらしい。歯医者さんも父のことは覚えているので診たくないのか「このままでいいんじゃないですか」ということやったらしい。   で看護婦さんに、「どうされます?」って聞かれる。 「父がいう近所の歯医者さんも高齢で店を閉めてもうないんですわ。他の歯医者に連れていっても同じやし、ここに往診に来はる歯医者さんとはお互い犬猿の仲みたいやし、食事自体、歯がなくても食べれるものやし、実際、噛むこともせず飲み込んでいるだけやし、下の入れ歯はなしでいいですわ!」と即断したる。 「とりあえず、お父さんを説得してください。」と言われる。   説得にかかるが、くそジジィは聞き分けがない。こういうときにボケてたらごまかしごまかしですませられるのにと思ってしまう。 腹立つから 「あんなぁ、私もあっちの年寄こっちの年寄、4人も一人で面倒みてんねん。ごじゃごじゃ、言うねんやったらもうここには来えへんからな!」 家に帰りたいやら、義父母と同じホームに行きたいやらぬかしよる。 「あんなぁ、お義父さんとお義母さんが入ってはるところは、最初に2000万いるねん。どこにそんなお金があるん?ぽんぽん兄ちゃんとこにお金あげるからこんなことになるねん。兄ちゃんらに面倒みてもらい!」 あいつはいっこうもけえへんとかぬかしよる。 「けえへんように育てたんは誰?私の子とちゃう!!あんたの子や!!!兄ちゃんに連絡してもらうから今後は兄ちゃんに見てもらい、私はもう知らん!!」ってぶち切れたった。   そしたらシュンとしてごはん食べていた。 とりあえず、部屋に連れて帰っていつものとおり爪を切って、車椅子からベッドに移してやる。帰り際に「今度はいつ、来てくれるん?」ってぬかしよる。 「29日」と答える私。   こうなると、のほほんと何もせぇへん兄貴夫婦にめちゃくちゃ腹立つ! あいつらはほんま何を考えているのか・・・・”
21
19
今度は水虫ですか?
“おとつい、義父母のケアマネさんから電話。義母の足に水虫ができていると。早めに処置したいので・・・ということで、ホームではいている上履きの洗い替えってありましたっけ?と問われる。 「すみませ~ん、買っていません。今度、買って行きます!あっ、お宝倉庫に散歩がてら義父を連れていって義母のスリッパを買ってもらってください!」 と言うておく。   入居時にはこけたりしてはいけないのでスリッパはNG と言われたが、少し前に散歩がてらのお買いものに近所にあるリサイクルショック”お宝倉庫”で178円のスリッパを購入して気に行ってはいてはる。 義母も足は普通なので同じようなスリッパでもOKということだったので、訪問ヘルパーさんが連れて行ってくれる外出にお宝倉庫での買い物をお願いした。   義母は季節感はまったくないので冬ももこもこ靴下を愛用。夏用の靴下も買って持っていっているがこういう小物はすぐにどこかに姿を隠す。困ったもんやわ。洋服のサンプルづくりを仕事にしていた義母は私が買って行った服も自分が作った!になるが、靴下だけは「みっちゃんからもらったんじゃ!」と覚えている。靴下は自分で作ったことがないから?「靴下をはくときはみっちゃんを思い出すんじゃ」と可愛らしいことをおっしゃる。   だんだんと綺麗、汚いの区別がええ加減になってきているので水虫もできるのか?  ”
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ほんま何様なん?NHKは・・・
“さっき、私の携帯がなる。NHKから。母の名前で確認されたから、娘です。連絡先は私の携帯番号を書いていますという。母のところの受信料の件でという。 内容を尋ねると、同居ですか?と聞かれるからいえ別のところに住んでいると答えると、同居している家族でないと言えないという。 「いや、電話をかけてきたのはお宅でしょ?」 「お母様の携帯だと思って・・・」 「母に関しては全部私が責任をもってやっているんですわ。だから、受信料も私のカード払いになっているでしょ?」 「契約に関してのことなのでご本人でないと個人情報の問題で・・・」 「いや、おたく、さっき、私の名前、聞きましたやん!私の個人情報はいいんですか?」 「いえ、ですから、こちらの決まりでご本人か同居している家族でないとお話ができないんですわ」 「いや、だからね、電話をかけてきたのはNHKさんでしょ?なにをもったいぶるですか?役所じゃあるまいし、受信料の件っておっしゃいましたよね、支払っているのは私ですわ。母に聞いても話にはなりませんけど。それにこの前のさんざんこの私とNHKさん話されていましたよ。おかしいじゃないですか?」 「そうおっしゃられても言えないものは言えないんです。」 「いや、だからかけてきたのはお宅でしょ?気持ち悪いやないですか?わけのわからん電話をかけてこられて。それに母にはNHKからダレがきても出るな!というてます。母とは話できないんですよ。わけのわからんこと言われて、母がまた鬱になったら責任とってくれるんですか?」 「そういわれても言えないものはいえないんです。」 「だからね、受信料を払っているのは私ですよ。あのね、高齢者の独り暮らしで契約云々の話もままならない状況やと子どもがそこに関わるでしょ?そんなお宅ようさんあると思いますよ。このご時世、なにをかたいこというてるんですか?そんな大層な話なんですか?」   と、ぶち切れる私。 上の者をだせ!と上の者がでてきたけれど、こいつも同じことを繰り返すだけ。   「NHKはいったいなに様なんですか!!!!!」と切れた切れた。 わけのわからん年寄に話してしょうもないこと言いくるめて悪さするつもりなんか!?そう思われて仕方ないオレ様NHK!  ”
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隠し切れない事実(+_+)
“成年後見人の申立をするのに、義母の兄弟関係を明白に知りたいと戸籍謄本を請求。成年後見人申立には戸籍の提示、提出はないのでこちらで把握できれば必要なかったんやけれど、別件で気になることがあったので出生からの戸籍を取ってみた。   義父母がこちらに来て、数か月したある日の午後、いつもの通り散歩しているときにぽろっと出た話。実は義母は義父と結婚する前に既婚歴があった。そのときは同居していた姑がひどい人で、子どももいないんじゃけぇ、別れて帰ってきたらいいと義母の母親が言ったと。「みっちゃん、おかあさんってありがたいものなんじゃ」という話やった。はっきりと子どもはいないと言ったが、そこは認知症にて微妙。念のために調べておく必要があるというのが目的。   したら・・・こともあろうにうちの旦那とおない年の女の子と二つ下の男の子を生んではることが判明する。戸籍というのは人生の軌跡を突きつけるものなんや。ちょっと怖くなる・・・・本来なら義母が亡くなって遺産相続云々となったときに判明する事実を今、知らされた。わが旦那もびっくりの事実。現在は脳以外は元気な義母。認知症が進んできても今のところ子どもの存在は匂わさない。このまま封印したままで終えるのか・・・子どもの立場としてはいうても血のつながった母親、会いたいのでは・・・と。   とりあえず、このことを義父は知っているのか?がポイントで、義父母の仲人さんに電話して聞いてみた。再婚やということ、前夫の暴力で離婚したことは知ってはったが子どもの存在は知らず、私たちと同様驚く。仲人さんが知らないってことは義父も知らない。仮に義母が結婚したあとに義父にそのことを告白したなら、義父は仲人さんになんらかのコンタクトがあるはず。なんせ、義父にとっては親並みに信頼している仲人さんなので。義父が知らない子どもに義母を会わせるのは至難の業。義父が生存している間は会ってもらうことは不可能かも。   仲人さんの助言で、まずはその子ども達が今どういう暮らしぶりをしているか、どういう人となりか調べてからコンタクトを取ったほうがいいとのこと。確かになぁ~なので成年後見人の申立のケリがついたら、この件にかかる。ん~~次から次へと問題勃発やわ^^;”
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FBのお友だち承認であらら~~~^^;
“面識のない方●●●●さんから友だち申請が届く。とりあえず、プロフィールを見るが怪しい雰囲気もないし、ネットであれこれしているので基本お友だち申請は面識なくても承認するというスタンスの私は、まっいいか・・・で承認。   したら、半日後ぐらいに高校同窓生の一人からメッセージ。●●●●さんってダレ?と。ん~~それは私がすでに●●●●さんとお友達になっているからか。私から派生していっているのかと不安になり、●●●●さんのウォールを開いていみると、すでに数名、私のお友だちがお友だちになってはる。誰が見ても私から派生しているって図式ですわね。 っでプロフィールのアイコンに書かれた文字に見覚えがある。   あ~~以前、仕事で関わりがあった!ということにそこで気づく。なので、ダレ?って尋ねてきた友だちにそのことをメッセージで伝える。そしたらそのあとも高校同窓生3名から●●●●さんてダレ?って届く。私が思うところのわかる範囲の事情の説明する。私から派生したのかどうかは不明やけれども、とりあえず、間口を広げるという意味での営業目的の友だち申請やろうから害はないと思うとは付け加える。すでに拒否した人、承認しようか迷っていた人、承認した人・・・ そのうち、同窓生グループの管理者である人のところには同窓生から質問殺到やったらしい。   ん~~、FBの友だち申請&承認は自分なりのスタンスを持っておかないと・・・・ FBに限らず・・・   ネット上では写真も公開しているがFB上では写真は出さないと決めている。先日、高校のプチ同窓会に参加したときの写真が同窓生のウォールからタグ付されて送られてきた。他の同窓生のウォールにそれが公開されるのは承認したけれど自分のウォールへの掲載はNG。本来なら非公開の同窓生グループの中で公開されるべきものをそこのやり方がいまいち分かりづらかったので個人のウォールに投稿したらしい。私はタグ付はOKでも自分のウォールは非公開にしたからいいんやけど、そうでない人は自分のタイムラインに写真が掲載されている。   写真については、ネットよりFBのほうが個人が特定される分、怖い気がするので私は支障がないものしか出さない。 実際、私の友だち承認からの派生の仕方をみたら繋がりの繋がりで広がっていくのが、おもろい反面ちょっと怖い気もしたしなぁ。個々の友だち承認に関しては自己責任ということやとは思うけれど、メールで質問があった人には申し訳ないとは一言付け加えた。 ほとんど公開でpostする私はなんでもOKのようやけど、自分の中でのルールは厳守です^^;”
02
新たな懸案事案。
“先週、水曜日に義母をMRIに連れて行ったが、それから数日、義父は義母に病院に行ったことを尋ねては、病院なんて行っていないという義母の返答で旦那に電話してくるというのを繰り返していた。そして最終、朝の3時半に電話をかけてくるという荒業に出たのでホームに電話してみた。   義母は自分が頭のMRIを撮ったことでなんかしら心にもやもやを抱えた様子やったし、だからよけい義父に病院のことを触れられるのが嫌みたいで、義母の嫌なことをすると義母はおかしくなるのに、それをしてしまう義父という悪循環。病院のことに関してはホームの看護師さんがうまく話をしてくれて終了。   その対応のお願いの電話のときに聞いたこと。その前日に散歩に連れて行こうとしたとき、義母は少し便の失禁があったとのこと。お腹の調子がよくなかったようで気づかなかった様子なんやけど、腰のところから出てきていたようなのでその状態が気付かないという点はやっぱり認知症。失禁した瞬間はお腹の調子がよくない状況やったので有りうることとはいえ、そのあとの自分の状況に気づかないところが進行しているのかなと。   また、以前から密かに危惧をしていたことがあったがん~~~やっぱり!という感じ。同じブースに居てはる人で少々気取ったおばさんが居てはる。義父母が一番に仲良くなった人なんやけど、気もきつそうやし気位も高そうなおばさま(当然、このかたも認知症)。いつかこの人ともめるのやないかと危惧していたんやけど、やっぱり!先週、私が病院に連れて行く日もソファに座ってはるその方の前を通りながら「みっちゃん、あの人、気取っとるんじゃ!」と大きい声で言わはった。うわっと思ったんやけど。   病院に行った行かへんの義父からの朝の3時半の電話のとき、「(義母が)人の悪口を大きい声で言うんじゃ」という義父の嘆きもあった。そのこともケアマネさんに伝えるとケアマネさんもそれはご存知のことで何度かその方と義母はもめたらしい。まっどちらも気は強いので言い合いはするやろなとは思っていたが・・・ その方の私の最初の印象どおり。気位が高そうで気も強そうなので何か変なことを見ると辛辣なことを言わはるやろなと思っていたが、義父も旦那も二人が最初にお友だちになった方やしええ人やと単純に喜んでいた。そんな単純にことは運ばんでっと思っていたのは私だけか・・・義父がその方を気にいっているっていうのも義母にはおもしろくないやろうし・・・そのおばさんもいうたら認知症やから、思ったことを口に出しはる。義母も自分のことは棚に上げて奇行をする人のことはぼろくそに言うので、お互いさまというか、みんな大人の対応ができなくなっている点がややこしいわな。この集団生活。 義母一人ならそれなりにワーカーさんが対応してうやむやで済ませられることも義父がいちいち気に病むのでここの対応も大変やわ^^;”
8月
31
久しぶりに見たリハビリで。
“今週は昨日の木曜日に有馬に行ってきた。私が着く時分は運動療法の時間。運動療法の場所にいくと手のマッサージをしてもらっていた。スタッフの女性がお父ちゃんの様子がよく見える近くに椅子を運んでくださったのでそこに座って見ることにする。 ひと通りのマッサージが済んでからその大きい部屋の中を歩くというのがお父ちゃんのプログラム。今までに何回か見ているので。立ち上がろうとする前に先生が私に「だいぶん硬直がすすんで歩くと左足が痛いみたいです。」といい、「ほな、歩いてみよか・・・」と父を促す。 脳梗塞を発症してからリハビリのおかげで左側の腕を軽く支えると自分の足で歩けるまでは回復したのだけれど、毎日毎日その訓練をしないとやっぱり現状維持は難しく、また体力の衰えもあり、昨日のお父ちゃんは両脇を抱えられやっと前に足を出すことができるという感じ。左足も痛いのか顔もしかめっ面。それでも部屋を1周して車椅子に座らせてもらう。 ここだけの話、しかめっ面で歩いている姿はちょっと胸にきた。なんだかなぁ~~~。こういうときに何もかも一人でしている身はそれも自分1人で抱えやなあかんということなんよな・・・・ 心にちょっと傷を負った私に、くそ親父は「わしの年金でちゃんとここの支払はできてんのんか?」って文句垂れる。「できてるがな、誰かになんかいわれれたん?」「お前も頼りないから気になるんや!!」って。なんでやねん!誰が頼りないっちゅうねん!!”
29
初耳・・・
“義母の成年後見人申請をするために、義母は生まれ育った福山の役所に出生から現在までの戸籍の履歴を請求した。手数料3000円分の為替を同封して送ったんだけど、夕方、電話がかかってくる。 結局、3000円じゃたりなくて450円不足。その分の為替を送るよう言われる。そしてそのついでに衝撃の事実になるのか・・・初耳のことを聞かされる。 「おかあさま、大阪市に籍が移っていたこともあるので、そちらにも請求をしたほうがいいかと思います。」と 「えっ?大阪ですか?」 「はい」 「それは何区でしょうか?」 港区なら義父が生まれ育ったところなのでありかなと・・・   「南区です」 「えっ南区ですか!!」 「はい」 「あのそれはいつごろでしょうか?」 「すみません、お電話では戸籍の内容はお伝えできないんです。戸籍謄本に書かれていますので。」 「あっそうですか。それでは、明日為替を送ります。よろしくお願いします。」 と切った。   え~~~~ずっと福山にいてたんやないの?大阪のそれも南区って・・・ 戸籍って怖い(>_<)”
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NHKというのは何様?
“母のところにしつこく届くNHKからの請求書。今のハイツに転居後、入退院を繰り返していた時の分。その後、私のクレジット払いの手続き済み。 その請求書を送り付けないよう電話した。 最初のお姉ちゃんは「お母様は車にカーナビはお持ちではないですか?パソコンはお持ちじゃないですか?携帯ではテレビはみませんか?」と。 81歳の母親や、老々介護で鬱になりかけて病院通いしているっていうているのに。なめてんのんか? 話が進まんで、その姉ちゃん、担当者から電話させるという。 今度は母のところの地区のNHKのおっさんから電話。病院の領収書を提示しろという。 そんな法律があるんですか? いや、そういうキマリなのです。 そのキマリを私は知っているんですか?そういう提示を今までみたことがありませんけれど。それはえらいNHKに都合のいいキマリですよね。すみませんけど、うちはいまだブラウン管TVでアナログですわ。それに受験生がいてるときはTVはつけないという我が家のキマリがあるのですけれど、そしたらそのTVをつけていない期間の受信料は返していただけるんですか? それはそういう書類を出してもらったら・・・ (どういう書類やねん。我が家は受験生がいてる間はTVつけていませんってどんな書類があるねん。馬鹿たれ!!) あのね、世間ではNHKの受信料支払ってへん人ようさんいてはるでしょ。うちはずっと支払っているんですわ。TVつけていなくても支払っているんですわ。今回も少ない年金生活している母のところの分を私が支払うようクレジットの手続きしているんですわ。それでいいんやないんですか!正直に電話してそれでなおかつこれですか!!正直者が馬鹿をみるってやつですか!正直に電話しやんと、請求書は無視しとけばよかったってことですよね? いや、それは私の口からはいえませんけれど・・・ (とおっさんいいながら、それしか方法はないというニュアンス。) ほんだら、そうさてもらいますわ!!!! と電話を切る。 くそ腹立つNHK。時代は変わっているねん。何様やとおもっとんじゃ!”
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今頃になって・・・
“先週、有馬からの帰りの母のところで。 父が兄ちゃん一家が来たとかの妄想の件。そこから派生しての兄ちゃんとのメールやり取りを、一応、母に伝えた。 「兄ちゃんところからやと往復500円で行けるねんで。病院バスはただやねんし。私はその4倍や。それでも兄ちゃんは嫁はんが電車代出してくれへんっていうててん。それがお盆に家族そろって行くわけがあらへんやん!!」って罵倒する私。 「へぇ、お金くれへんって言うてたんか?」 「そやで。子どもにゲームを買うお金はあっても有馬に行く往復500円はないねんて!!」ってさらに加速する私。 したらぼそっと 「やっぱり嫁次第なんやなぁ・・・今頃いうても遅いけれど・・・」と母がいう。 今頃か?今まで私がさんざん、ぼろくそにいうても、「4人姉妹の末っ子でお嬢様やから・・・」って白豚の味方していた母。 同じ尼崎内にいてても今年のお正月にお年玉をもらいに来たきり顔をみせない嫁のことがやっとわかったのか?   さんざんうちの親からお金を巻き上げておきながら、お父ちゃんの年金を私が管理しお母ちゃんもお金がないとわかった途端、寄り付かへんってどういう神経をしているのか? 何かあったときにお葬式にやってくるのやろうか?来んでええねんけれど・・・いや、来ていらんねんけど。葬式代を出してくれるなら来てくれていいって言うたろかしらん・・・(^^)v  ”
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お盆休みも無事に終了!
“昨年もハードな夏でしたが今年もハードな夏です。昨年みたいにこの先どうする?っていうのがないだけ楽かな。事後処理やし^^; 実家の母の右足ひざの痛みは歩きすぎ(といってもしれてる)によるヒビが判明。MRIはすぐにわかるのに、レントゲンは治りかけてきたらぐらいで影が見えるらしい。なので、今後は筋肉が衰えんように体操をしつつボチボチ歩きつつの日にち薬。せっかく治まりかけているのでそのヒビが悪化しないよう、靴の中にいれる中敷きを購入する。13,000円やし。医者の意見書があればあとで1割負担の残りが戻ってくるらしいのでその手続きもする。 が、13,000円支払ったのは私で戻ってくるのは母の口座。このヒザの痛みからの病院付添いでのタクシー代や病院代薬代もすべて私が払ったしな!くそ兄貴はわかっているのか!土曜日に、有馬に行ったらお父ちゃんは兄ちゃん一家が来たが黙って何もしゃべらずすぐに帰ったという。願望からの妄想に違いない。交通費かけて一家でくるわけがない。なのでその夜に兄貴に「お盆に一家で有馬に行ったんか?」ってメールしたがナシのつぶて。行ってへんってことやん!!   そして、義父母はますます認知症街道まっしぐら!義母は行くたびに毛のタートルのニットを着ている。見るだけで暑いやん。散歩に行くからこれに着替えよか~~って言って半袖に着替えさせる。義父も義母ほどではないが季節感がなくなってきている様子。そんな中、半年ぶりに広島の家を見に行ってきた。旦那と二人で新幹線からのレンタカー。60坪の敷地で乗用車なら横に詰めて4台、余裕を持ったら3台は止められる、灯篭やら松の木やらの庭が草ぼうぼうで見事。家の中も埃だらけ。そのままの状況で出てきたから炬燵の上も食べかけのお菓子やら・・・このまま置いていても朽ちていくだけ・・・って感じ。   この日はこの土地と家の購入を考えているご近所さんのお知り合いとの面談もあった。とてもよさげな50代前半のご夫婦。建築屋さんというご主人は水回りに手をいれてと考えている様子。当然、他の部屋の内装はいらわな無理やろうけれど。家自体は30年経過しているし価値はゼロ。土地だけの売買の交渉となる。うちの実家のマンションよりも安い固定資産税ということや、国土省のネットで調べたこのあたりの土地の値段からしても妥当な線での交渉。中のものの処分もお任せする方向でお願いする。とりあえず、もう1回、旦那と行ってこれは!というものを持って帰る予定。この前は写真の整理だけで日が暮れてタイムアウト。なんせ電気も水道も止めているので。   義母の箪笥、鍵がかかっている引出も栓抜きでばりばりとこじ開けてみた。中には指輪やネックレスのケース。開けてみるとどれも空っぽ。中身はいずこ?という状況やけど、それを探し出すには数日かかるであろうという状況になっているほど、ものが氾濫。これが認知症のなせる業?という感じ。次回、それらが運よく見つかれば、それはいずれ義母が旅立つときに一緒に持って行ってもらおうと思っている。そういうものを今度探しに行く。   カメラ好きやった義父の引出から一番高そうな一眼レフのカメラは私が頂戴した。アクセサリー類よりこっちに興味を示す私に旦那はそれ持って帰ってどうするん?っていうが、遊ぶねん!旦那は実母の写真を見つけ、それは大事そうに封筒に入れて持ってかえってきた。半年間、放置していたお仏壇の中には旦那の実母のお位牌が2つ。なんで2つなのかわからんけれど。塗のほうが裏に9,700円って値札がはってあるし。お寺さんに来てもらって供養をしていた風もないので今後どうするかの課題とともに、とりあえずはお位牌とお線香たてを持って帰る。お仏壇の引出の中もわやくちゃやったし、台所の水屋の引出もわやくちゃ。冷蔵庫の中も半年間放置の牛乳。2階の和室の押し入れには何かお返しでもらったタオルなんかが入った箱がようさんある。これらはまだまだ使えるがもって帰るにも嵩が高い。なので、家を買ってくださるご夫婦にお任せすることにする。   義父母が北海道から沖縄、香港やタイに行った旅行のアルバムも20冊以上ある。行った先々での拝観チケットや航空券やらもきれいにはってあり、それぞれに思い出のメッセージが書かれている。それらを持って帰るわけにもいかず、中からいくつか写真を取り出し一つのアルバムにして義父母のところに持っていく予定。衣類や食器や家電は一気に処分をしても胸が痛まないが、こういう思い出の写真や旅行の思い出の置物(気の置物がマントルピースの中にぎっしりある)は、正直忍びない。が、それを私たちが引き取ったところでいつかどこかで処分となるであろう。そう思うと、どこかで思いきらないといけない。と同時に、こういうあとあと処分に困るものは自分の生活でもどうするか考えやなあかんなぁ~と自戒する。   そして売買契約をするにあたって必要な実印。これが義母には作れない。なので早急に成年後見人制度を申請して滞りなく契約できるようにするのが目下のところの作業。そんな作業もあるので家財道具の処分等についてはお任せしたい。それにかかった費用は売り値から差し引くということで話をつけている。相手の奥様はリサイクルショップに持っていけばいくらはお金になるのでは?と提案してくださったが、そのために新幹線代を使って行き来して元がとれるか?っていうたらそれはきっと足がでる。なので、リサイクルショップに持っていこうかどうしようかはお任せでこちらタッチしない。とにかく、このまま置いておいてもご近所さんにも迷惑がかかるだろう。いずれここに住む気があるならまだしもなく、いずれ売却するつもりなら早いほうがいい。   そんなこんなで充実したお盆休みを過ごした^^;”
10
炬燵テーブルもですか?!
“おとついの夜、旦那の携帯にまたも義父の愚痴電話。義母のスイッチが入ったための妄想ともの隠しを訴える。義母が箪笥を開けて「何か取られたものはない?」と義父に尋ねたらしい。   取られたものというか、いろいろ行方不明になるのは義母がどこかに隠しているんやけどな・・・   その義父の訴えに旦那は「病気とはいえ悪質よな。自分が隠しておきながら親父にそんなん聞くか?」という。「病気やねん。しゃ~ないやん。それに悪質はないわ。もっとえげつないこと言われたりするで。とってもないのに財布を取ったやろ?とかうちの嫁は私の財布を取るとかご飯も食べさせへんとか近所に言いふらす人もいてるらしいからな。おかーさんのはまだ可愛い。」と私。   そんな義父の様子が気になる旦那はその翌日、昨日の夕方、仕事帰りに寄ってきた。夕方なのでやっぱり義母のスイッチが入っていて、炬燵テーブルが無くなっていた。天板は立てかけてあったらしく、あんな大きいものは箪笥には入らんとトイレを見るとトイレに隠してあったらしい。 当然、義母は「誰がやったか知らん」と言う。そうこうしながら義父がコンビニに牛乳を買いに行きたいといい、連れていくことになったらしいが、毎度のことながら靴がない。で見つかったら部屋で履き替える義母に「下で履き替えるんじゃ!」って怒鳴る義父。これも毎度のこと。 それに切れた義母は公共のお風呂場に隠れて鍵を閉めて閉じこもったらしい。手に負えなくなった旦那はワーカーを呼びに行きその場を任せ、義父と二人でコンビニへ。帰ってきたら義母は元に戻っていたらしい。   この日曜日の訪問を挟んで2回様子をみにいった旦那は2回とも義母のスイッチが入った状況でその妄想ぶりをまざまざと経験した。その状況においてもなすすべもなく・・・・といった旦那やねんけど・・・・”
06
昨日の義父母。
“昨日の日曜日。 お昼に仕事を終えて帰ってきた旦那。夕方から義父母のところに行く?夕方やったら散歩もそない暑くないやろうし・・・ていう。 うん・・・乗り気があるのかないのかの返事。   16時半ごろに車に乗って向かう。義父母の部屋、正確には義母の部屋をノックすると義母だけ。 「おとーさんは?」と聞くと、 「老人会じゃろ。」と義母。 ふ~~~ん、私はそのまま義母と話し込む。 旦那が隣の義父の部屋をのぞきに行く。命より大事な思い出のアルバム(そこには義父と旦那の写真。義母は申し訳なさそうに団体でのスナップにちょこっと。そりゃ、義母はおもろないわ!)を見ていたらしい。穴あくで!っていうほど見入ってはる義父。   二人がこちらの部屋に来た。早々に寝っころがる旦那。義父曰くにうちの旦那が仕事帰りに寄るといつも寝っころがっている。だから義母に息子がきてもおもろないんじゃ!っていわれる。   お~~い、今日は散歩に来たんやで!って旦那に向かって心の中で叫びつつ、 「おとーさん、散歩に行こうか?」って義父を誘う。 「そうじゃなぁ~神社まで散歩に行ったら気持ちいいじゃろうなぁ~」といいつつ寝っころがっている息子を見る。 「そう、ほんだら行こう!行こう!」って誘う私。 「行きたいなぁ~」と言って、息子(旦那)に向かって「しんどいじゃろ?」って。   なんでやねん!!介護に来とんねん、私らは。動け!と思う私は 「大丈夫やで、おとーさん、行こう!なっおかーさんも行くやんな!!」って強引に進める。 旦那は「しんどないで・・・」っていいながら、まだ寝っころがっている。   さっさと起きて引っ張っていけ~~って思いつつ、 「ほな、行こう!行こう!おとーさんの靴はここやわ。おかーさんの靴はどこかなあ?」って探しだしたところにやっと起き上がる旦那。   息子ラブの義父は息子と歩けるだけでハイテンション。その二人の後ろをちんたら歩く義母と私。 義母は「みっちゃんみて!おとーさんの嬉しそうな背中。」 「ほんまやなあ~」 「私はみっちゃんと步いて嬉しいっ」と可愛らしいことを言う義母。 「おかーさん、私もやで!」って二人で盛り上がる。   普通なら息子ラブになるのは義母でこんな会話もないであろうが、旦那とは義理の仲ゆえ、私にべったりにならはる義母なのだ。 それはええねんけど、ほんま可愛い可愛いで育てられた一人息子の旦那は気を使われることが当たり前で気を使うという訓練がなされていない。言うたらわかるから私はいちいち言わなあかん。前も4人で酒盛りしたとき、コンビニで買ったビールの入った袋を義父に持たせている。義母に「一くんに持ってもらおうか?」っていうたら「一くんにはそんなことはさせたらいけんのんじゃ!」と言わはった。そうやって大きくされた旦那。 2回目のときは何も言わず、義父が持っている袋を奪い取って旦那に持たせた私。そしたら義母は「みっちゃん、そんなことしてええのか?」と。「ええねん。この中で一番の力持ちやから持ってもらう!」と言うた私。 持たせたら別になんで俺が持たなあかんねん!っていうて拒否したりはせぇへん。ほんまにただただ気つかんだけなんよな・・・(ーー゛)”
03
暑さ寒さの認識ができなかったりするらしい・・・
“義父母のこと。義母だけやなく義父も。そんな話を聞いて、二人の部屋に行くと、この暑い盛りに二人とも半袖Tシャツの上に冬の長袖シャツを着て、ボタンまで閉めている。 「え~~おとーさんもおかーさんも暑くないの?」って思わず言う。 明日のデイに行くのにお風呂の着替えを用意していたワーカーさんが苦笑いしながら「二人して寒いっていうて・・・」って。   といいつつ、義父のほうは長袖を脱ぎだす。 私が何枚か買ってきた義母のTシャツが見当たらず、箪笥の一番下(義母のものを入れている。)から義父の靴が出てくる。 ワーカーさんに「半袖があるのは前に見ているからわかっているので、探してみてもらえますか?」っていわはって忙しそうに看護師さんに呼ばれて出て行ったので、義母の部屋の段ボールを開ける。   あるやん!さっき、ワーカーさんがいうてたパジャマの下(これがまぁ、かわいいパジャマを買ってきたのよ、私。私でもちょっと着ぃひんかな?ってやつやけど。)も見つかる。そして別の段ボールには義母の靴が冬物衣料と混じってある。   そうこうすると義父が「みっちゃん、神社まで散歩に行きたいんじゃ。」と。「よっしゃ!行こう!」とさっき見つけていた義母の靴を段ボールから出す。 「みっちゃん、よぅ知っとるのぅ~~」と義母。手渡すとその靴、こたつテーブル(こたつ布団は外し済み)の上に置く。え~~~~そこでおやつ食べたりしますやん!   そんなこんなでてんやわんやで暑いお日様の中に飛び込む!”
01
7月
30
徐々に弱っていく?
“金曜日の有馬の父。ナースステーションに椅子を借りに行ったら「あれ、今日は金曜日やの?」と顔なじみの看護婦さんに言われる。そして「お父さん、熱出ているねん。ちょうどよかったわ。娘さんの顔見たら熱、下がるかもしれん。」と。ん~~いや、私の顔にはそんな特効薬的効能はございません。   っで病室に急ぐ。ベッドに寝ている父のほっぴは真っ赤か。えらい高熱かな?とおでこを触るが、え~~~これ平熱ちゃうん?てな具合。本人、胸の上で指くんでいるし・・・・え~~~死んだん?って思うやん、それ、紛らわしいねんと組んでる指はずして熱を測る。36.9度・・・熱ないやん。頭の下には氷枕。至れり尽くせりやなぁ。   しばらくしたら看護婦さんが来て「血液検査の結果が出たので先生からお話しがあります。」と。え~~~血液検査までしてもらっているん?   先生は今朝、37.2度あって血を摂ったと、肝機能が低下しているのかと思ったがそんな数値もないし、特に問題視する結果はない。ただ、以前からの皮膚の湿疹面でアレルギーの数値が高いと。明日、皮膚科の先生がくるから診てもらいましょうとおっしゃる。   ことのついでに 「ここ1カ月ほど前からやたらろ食べるスピードが遅くなっているんですが、あれはやっぱり年齢のせいで徐々に衰退していっているということでしょうかねぇ?」と尋ねる。 「そうですねぇ、病気(胆のう腺筋症とか・・・)もお持ちなのでその影響もあるやろうし、年齢とともに全体的に少しずつ体力が低下しているのは確かです。」 そっか・・・こうやって徐々に弱っていっていずれろうそくが消えるようにす~~と終わるのかなと、せめてそのときはそばにいときたいな・・・  ”
12
要介護3と要介護2。
“火曜日、ホームに行くと、介護認定の封筒が届いていた。その場であける。 義母、要介護1からいきなりの2段階アップ、要介護3。義父は要介護2を維持。いや、義父は半年前に要支援1から要介護2になったからこのときも驚きやったけれど。今回は義父は見合わせなのでそのままやとは思っていた。世間では介護認定も厳しいらしいが、ホームに暮らしていることもあり生活状況の詳細をケアマネさんが説明してくれはるからかすんなり(?)ステップアップする。でも、ふと思ったんだけど、ステップアップ(これをステップアップというのか、ステップダウンなのか?)すると、お世話してもらえることは増えるけれどその分、支払う介護料も増えるわけで、そのあたりはどこの儲けになるのか?なんてことが頭をかすめてしまった・・・   その義母がその朝4時半ごろ、いきなり生まれ故郷の町(なんかいう町名で忘れた)に帰ると言い出し荷物をまとめだしたらしい。旦那のところには7時ごろに電話。9時半になっても帰るというているという。。なにか問題が発生したときはすぐにワーカーさんに言うようにと義父に言っているが、義母のその様子をほかの人に知られたくないので義父は義母を部屋から出そうとせず、ワーカーさんにいいに行くこともせず。   ホームに入ったころに向かいの部屋のおばさんがあちこちの部屋を徘徊してはわけのわからんことを言うていて、それを義父は「勝手に部屋に入ってくるからみんなに嫌われとるんじゃ」なんていうていた。旦那には「そんなん言うたらあかんわ!そのうち自分の嫁はんも同じようになるのに・・・」 とはいうていたが、今まさにその状態になりつつ義母をほかの人に知られたないという気持ちの義父。わからんでもないけれど・・・・   なので、私がホームに電話して様子を見にいってもらうようお願いする。義父も要介護2がつく認知症なので、義母の対応ができるわけはない。ここがなかなか難儀なところ。ここが大阪であろうと広島であろうとはたまた北海道でもあろうと、どこでもいいやん。そんな細かいことはどうでもいいやん!って思うのに義父はここは大阪なんじゃ!ということを義母にわからせようとする。それで揉め事が起こる。旦那が「おかんにはそれは言うな!」っていうても「これははっきりさせやないけんのんじゃ!」と義父。ケアマネさんにもその話をしておく。そして「一番はっきりさせんでいいことやのに、おとーさんも認知症やからなかなかこっちの話が理解できんとはいえ、二人もひと悶着の原因はいつもおとーさんやもん・・・」という私に「ほんま、自分で蒔いているのにおかあさんの対応にしんどくなってはるもんねぇ。何回も同じことをいわなだめなのでこちらで対応させてもらいます。」とケアマネさん。   どういうシステムになっているのかよくわからんけれど、ケアマネさんはたいてい居てはる。なので何かあったときには電話すれば対応してもらえるから助かる(^^)v”
08
2部屋に分かれる。
“おおかた一ケ月ほど前、義母の妄想によって義父も夜中にうろつくという奇行というのがあり、義母は寝るときだけグループホーム対応のブースの一室を提供してもらっていた。義母は寝るときに別室で寝ていることすら記憶になく、毎夜、「もうすぐ、あっちの部屋にいくんじゃ」という義父の発言に反論したり。そのたびに旦那の携帯がなるという状況が続いていた。義父は義母が別室で寝るとさみしいのであろう、本心は別室に行かせたくないのであろう、話をややこしくしてくれていた。義母が別室で寝ることの理由をケアマネさんにちゃんと説明してもらっているのに、しばらくするとそれを忘れてしまうという繰り返し。   そこで今の部屋から全く違う別の部屋2つに引っ越しをして対応してみようかという話もあったが、結局、今のふた部屋続きの間を仕切って(最初はドアがついてた。)別室扱いにし、ベッドもそれぞれの部屋に置いてみた。今まで居間として使っていた部屋に義母のベッドを移動し、そこで義母が寝る。今まで寝室として使っていた部屋を義父が寝るという形になったん。義父はなんでベッドを移動したんじゃろ?とイマイチその理由を理解できていない様子。ケアマネさんも旦那もその理由を説明しているのに、なかなか新しいことが理解できない。   義母はベッドを移動させたことをどう感じているのか、そこに大きなベッドがあるのに、そのせいでかなり部屋が狭くなっているのに、そのことに関心がないのか、今のこの瞬間だけがすべてという感じ。なんら支障がないからこちらは助かっているんやけど。   義母はこの年代の女性にありがちな導眠剤や睡眠剤を服用しないと寝れないなんてことは全くなく、寝ると朝まで爆睡する。それもこちら側としては助かっている。義父は60代から睡眠薬を服用しないと寝れないというのに。 義母の病気が進行していけば個々に対応しなければならくなるであろうと思っていた。それが早くなっただけの今回の引っ越し。しばらく様子をみてまた何か不具合があれば対応してもらおう。ほんま、これが自宅介護なら物理的な問題でそうそう簡単にいかないでやろうなぁ。そういう点でも高齢者4人抱えていても、やっていけるのはラッキーなことやわ(^^♪”
01
昨日の有馬の父。
“昨日は娘と一緒に有馬。娘が自分の病室に来て、ご飯も食べずずっと父の病室に座っているというお父ちゃんの妄想。願望からの妄想?ここ2,3か月前からちょこちょこ言い出していたが、昨日もそれを言う。「昨日も来てたのに・・・」と。前々から20歳前後の看護婦さんやヘルパーさん、理学療養士の見習いさんを見ると娘かと思ったと言うていたからそれがエスカレートしているような感じ。   加えて、昨日は空襲で家が焼けた話で涙ぐみだす。2カ月ほど前からご飯の食べるスピードが遅くなっていたがそれを娘が指摘する。「ご飯を食べるスピードが落ちているなぁ」と。おかゆさんが大好きやから、もっとゆっくり食べな、のどを詰まらせるでっていうぐらいがっついていたが、ここ2ケ月ほど前からはそのがっつきぶりが影を薄め、ときどき、手を休めてみたりしていたのが気にはなていたが、娘に指摘され、やっぱりそうよなって思う。   年齢も年齢なので年相応のボケぶりが顕著になりつつある?大した刺激もないところにずっといてるからボケへんほうがおかしいとは思うので致し方ない話よなぁ。といってもアルツハイマーのようなボケ方ではないので、テレビのニュースネタは新しいのもちゃんと覚えている。娘にも「今日は仕事は休みか?」と聞いていた。   義父母、父母の中で一番心臓が丈夫な父が年齢は一番上やけど(いうても義母をのぞいて3つ4つの差)、一番長生きするかなとずっと思っていたがここにきて、義父母がやたら元気やし(もりもり食べる。義母に関しては脳以外なんら問題なし。この年齢にありがちな高血圧の薬や導眠剤の服用もない。)、母は脳のMRIでもなんら問題なしで細々と頑張れそう。父は蓋を開けたら結構問題ありかもという状況やし、ここにきて食の進みがおそくなってきているのを見ると、ん~~父が一番最初かな、年齢順?と頭をよぎる。なんだかなぁ・・・  ”
6月
29
放置のお家の今後・・・
“義父母がこちらのきて半年。ずっと放置状態の田舎の家が気になるところ。おおかた60坪の敷地に庭もある。松の木があったりちいさな池もあって灯篭もある、日本庭園風を装いつつの庭。きっと草ぼうぼうであろうと想像するが、どないもこないもなぁ。角家でその庭部分は道路側なので隣のお家に迷惑をかける状況ではないにしろ、荒れ果てた状態やろうなぁ・・と。このまま、おいておいても固定資産税と市民税という維持費がかかる。いずれそこに移住するとかなら手をいれてとも思うが、住む気はない。いずれは売却するつもりなら、維持費やご近所さんに迷惑がかからんうちに手放す方向で動いたほうが賢明だという結論に達した。   これが旦那名義なら話も早いが名義は土地も家も義母名義。認知症ということでそこに売却の意思確認もできない。成年後継人制度の申請をしないとと思いつつ、今にいたる。他ごとにばたばた時間がとられなかなかそこまでまわりません・・・   義母は今居てるところが自分の家だと認識しているので、家の売却の話なんて混乱するだけで不要。それに、先日も義母の国保の引落の通知が届いていた。本来なら事務所に届いた郵便物は義父母に渡す前に旦那か私が確認してからとなっている。行政関係の書類を直接渡されて紛失してもえらいことやし・・・そういう約束になっているんやけど、事務所の中にボンクラちゃんがいてるようで時々、義父に渡してはる。その国保の通知も義父が「みっちゃん、これが来とるんじゃ。」と見せてきた。「おかあさんの国保の引落の通知やねぇ。おかあさんの通帳から口座引落の手続きをしたから・・・」と私。「そうか、そしたら、これ持って帰ってくれるか?」と義父。「うん、じゃ預かって帰ります。」という会話の間、義母は一切口をはさまない。自分の何かっていうのはわかっているであろうがそれが何かわからないから黙ってはる。   自分では理解できない話になると何も言わなくなるのが徐々に増えてきている。半年前まではそういった手配を全部私がしていることに関して「みっちゃんも大変じゃのぉ~」っていうていたのに、まったく口を挟まないようになってきているんよなぁ。今月は繁盛亭に落語に観に行くなんてものあって、それはそれで別料金が発生しているが、それについては義父は「2,000円が二人分なんじゃ」と気にしはるから「うん、ここの分と一緒に請求がくるからおとーさんは気にしやんでいいよ。」というが、義母はそこにも口を挟まない。ちょっと前は「みっちゃんに任せていたらいいんじゃ」というていたのに。   もともとが役所関係やお金のことは義父が管理していたようなのでよけい手離れが早い?ここにきて体重が4キロも増えたからか、動作も鈍くなってきている。これは病気のせいもある?なにもかもがスローモーなんよなぁ。もともとがせっかちできっちしりしぃの義父は年々、それが増幅されているようで、義母の反応にいらつきっぱなし。それでも半年こっちにいて義母はすっかり慣れた様子、義父は微妙な線を残しつつも慣れつつある?とりあえず、二人の様子も落ち着きつつあるので、週2回のホーム通いを週1と週2ペースの交互ぐらいにして、事務処理の時間を作らないと先にすすまへん・・・    ”
21
家族葬でも・・・
“大変立ち入ったことを伺いますが・・・っと先日亡くなられた近所のおばちゃんの娘さんに聞いてみた。 「ごめんねぇ、今後の参考のために・・・」とお葬式等にかかった費用。そしたらそこまで聞かせてくれていいんですか?ってことまで教えていただく。それはちょっと置いといて、家族葬で必要ないものは遠慮してそれでも100万かかったとのこと。   先日のお通夜・お葬式と参列させてもらって、本当にお見送りしたいと思う方々だけでこじんまりしていて、私はすごく良かったと思っている。親族だっておばちゃんの兄弟はすでに他界しており、その子供の甥っ子姪っ子のみ。親密にしていた甥っ子姪っ子なら声をかけてもいいやろうけどそうでないなら声をかけることもない。なので親族はほんとうに娘さん一家4名だけ。おまけにお通夜とお葬式の二日間とも使われた会場ではほかのお通夜やお葬式もなく、おばちゃんとこだけ。だからよけいじっくりと向き合えた感じでほんまに良かった。   我が家においても旦那は1人っ子なので義父母のときは親族といえば我が家の5人だけかもしれない。こちらに連れてきてからホームにときどき顔を見せてくれる義父の妹にあたる叔母さんや義母の弟にあたる叔父さんには声をかけて、そこから先はそのお二人にそれぞれの兄弟の新密度で連絡有無は任せるというのが妥当かもしれない。   私の父母に関しても現時点では兄弟はいてるし、どちらの兄弟にも私は連絡をとれる距離にあるのでそこらは知らせななぁ~と今のところ、元気に過ごしている両親4人の今後をあれこれ思案する。いや、突然というのはてんやわんやでホンマに大変そうやったので、先日のお通夜・お葬式は。なのでどちらかというと娘さん立場でいろいろとご近所さんとの意見調整もさせていただいた。   生きて行くということはほんといろいろ大変やわ。  ”
18
市民税の納付書が届く。
“義父母の市民税納付書が届く。1月1日に住民票が存在していた市町村から届くということらしく福山市から届く。十分な年金を頂いているから市民税も一人前で10万を超えている。うちの父は医療費に100万以上使っているので市民税は数千円ですむ。所得税は非課税で年金から引かれた分、還付されるのに、市民税はそうはいかない。   市民税はその市町村に事業所や家屋敷を所有している人にもかかってくる。となると、来年は住民票のあるココと家屋敷がある福山との二重の市民税となるってことに今頃気づく。固定資産税は形があるものがそこに存在するから納得できて支払ったが、市民税はすでにそこの市民でもないのに家屋敷をそこで所有しているとかかるということで、なんか、固定資産税を支払っているのに・・・と少々不服。家屋敷は義母の名義なのでもしかしたら非課税の範囲かも・・・とは思うが。   それに、1月に二人をこちらに連れてきてから家の様子は全く分からず。庭は草ぼうぼうになっているであろうと思うと近所迷惑甚だしいよなぁ・・・と思案する。2ヶ月に1回でも様子を見に行ける状況ならしばらくはそのままにしておいてもいいが、いずれ売却するつもりのもの。そう思うと、固定資産税も市民税もあほらしくなってくる。ご近所のこともあるし。数年置いておくというのはよろしくないという結論を旦那と二人で出す。売却する方法で動くことになったが、まずは義母の成年後見人制度の申請。日々の生活に追われてなかなか手をつけられずにいたが、重い腰をあげて作業にかからないとあかんよなぁ。   私の仕事が増える一方なんですけれど・・・    ”
16
平和な義母と平和でない義父。
“義母の妄想でしんどくなる義父のために、そして妄想がましになるようにということでおおかた一ヶ月前から寝るときは別々にしてもらっている。義母の妄想にでてくる悪者がそばにいてる義父に移行してしまい、挙げ句の果てに義父を恐がり逃げるという状況が回避されている。義母は毎晩、別の部屋に連れて行ってもらい寝る。(その別部屋の使用料はサービスというとてもありがたい待遇をしてもらっている。)毎晩のことやけど、まったく覚えていない。自分の部屋のベッドで寝ているつもりの義母。   何のために別室で寝てもらうかを何度も説明してもらっているが、いっこうに理解できない義父。これが問題なのだ。毎晩、義父は「もうすぐ別のところに行くから用意しろ」とか、そのために「もうすぐワーカーさんが迎えにくる」とか、義母に言う。義母はその記憶はないから、「私はここで寝てるのに」「そんなところには行かない」とか揉めだす。すると義父は旦那の携帯に電話をかけてくる。「○○(義母の名前、義父も義母のことをかあさんとか呼ばない。だから息子も呼ばない。義母は血がつながりのない息子にに面と向かってお母さんとか母さんとか呼ばれたことがない。義母はお袋と呼んでほしいのに。)が行かんっていうとんじゃ。」と訴えかけてくる。   「だから、親父は何も言うなって。ワーカーさんがちゃんとしてくれるやろ?そんなん言うてても毎日笑って行くんやろ?」って。そうなんよなぁ。行かんっていいながらもなんやかんやうまいこというたら最後は笑って別室に行って健やかに寝るという義母。そやのに心配症で過保護の義父は毎晩同じことをいうてくる。   義母は笑って部屋を出たあとも「今、笑って行った。」と電話。それが、昨夜、その「今、行った。」って言うのを4回もかけてくる。結局、12時前までその電話に悩まされた旦那。   数日前に、この状況を打破するために完全に別室対応にしてみましょうか?とケアマネさんから話があった。今はドアで繋がっている二部屋をそのドアを取り外して、寝室と居間で使っている。それを完全に二部屋にするとなるとそれはそれで渋るやろうけど、寝る時は別々と明らかな状況にすれば納得しやすいということ。   昨夜は義父は「わしが一晩中寝ずに○○のことをみとく」というたらしいが、義母は妄想の世界に入ると義父をも怖がる。男の人がすべて悪者になる。なので義父では対応できない。それがどうも理解できていない義父。   義父自身は義母が別室で寝ることが本心寂しいのもある。物理的な対外的なことは義父がすべてこなしていて義母は義父に「おんぶに抱っこなんじゃ」って言うているが、義父も義母に依存しているのは確か。義母は今はとても平和に過ごせている。問題は義父。1年前、ひとりになると不安になって30分おきに電話をかけてきた義母と同じ状況になりつつある義父。 夫婦二人そろって認知症というのはなかなか厄介・・・(^-^;  ”
11
どんな形でもいいやん。
“近所のとても親しくしていたおばちゃんのお通夜とお葬式に参列してきた。ご遺族は家族葬をとおっしゃられていたが、昨日のお通夜にはご近所さんが15名ほど、今日のお葬式に7名ほどでお見送りをさせてもらった。土曜日に有馬から帰ってきてから、参列させてもらうかどうかの意見調整やら会場までの足の心配やら、あちらこちらと意見調整で気を使って、お葬式でおもくそ泣いて、めっちゃ疲れてお昼前に帰宅。少し寝た。   何か言わな気がすまんという人はどこにもいてるもんで、そんなことわざわざ口に出して言わんでもいいやんということをいう。「これやったら家族葬とちゃうやん」と。一人娘さんの一家4人だけではあまりにもさみしいやろうし、私はちゃんと参列したかったし、こちらから押しかけたような形になってしまったようなとこもある。結果的には私はとてもよかったと思っているのに。   なんどかお見舞いを行ったが、後半、とてもしんどそうで、私に腰さすってやら背中なでてやらうちのお父ちゃん並みのことを言うてきはった。「あんたのお父ちゃんもこんなんいうか?」っていいながら。「いうでぇ。」と背中をさする。「あんたのお父ちゃんはしんどいっていうか?」とかあんたのお父ちゃんは・・・と同じように病院生活を送っているうちのお父ちゃんの様子を聞いて安心したいのか。17年前にここに越してきたときには頼りになるおばちゃんやったのに、すっかり私は甘えられてしまう。そういう年齢になってしまったということか・・・”
10
ん~なんだかなぁ・・・・
“昨日、有馬から帰ってしばらくしたら近所のおばちゃんが来た。私が故意にしている別のご近所のおばちゃんが亡くなられという話があるかほんとう?って聞きにきはった。2カ月ほど前に入院されてからなんどかお見舞いに行っていたおばちゃん。17年前にここに越してきて一番最初に声をかけてくれたおばちゃん。うちのお父ちゃんより2つ下なので親世代の方やけど、電話がかかってくると1時間はうだうだしゃべったりしていたおばちゃん。一人娘さんが北摂のほうに住んではるので、何かあったときはまずはあんたやでと後半は私を頼ってきてくれていた。それは娘さんもご存知でこの火曜日にもうちに尋ねてきてくれておばちゃんの様子をうかがったばっかり。   なので、何かあればまずは私に連絡をくれるはずと近所のおばちゃんは私のところに尋ねにきはった。何も聞いていない。しばらくするとその娘さんが来てくれはった。そして、やはり、おばちゃん、亡くなられたと。   ん~~~なんだかなぁ。火曜日にちょっと具合が悪くなられたのを聞いていたので今日ぐらい様子を見にいくつもりやった。木か金に行けばよかったと悔やむ。密葬で家族装でというご本人とご家族のご意向。親しくしてたであろうご近所さんだけは少し声をかけさせてもらう。うちの子どもたちの年齢もきちんと把握していて、次はだれが受験やとかちゃんと気にかけていてくれた。うちの子どもたちのことも可愛がってくれていた。今夕のお通夜には娘といく。仕事が終わったら旦那もかけつけることになっている。そして、わが身が抱える高齢者4人も元気とはいえいつなんどきというのはありえると実感。   お見舞いにいくと「あんたのお父さんは元気か?」と。同じように入院している立場のお父ちゃんの存在に安心する様子を見せていた。そして、同年代の元気な近所の人がお見舞いにくるのがちょっとつらいような本音ももらしてはった。ということで、ちょっとぐっときている・・・”
08
同窓会があるらしい。
“5月末に、Facebookのメッセージで高校のときの同窓会グループのお誘いが来た。送ってくださった方は女子なんやけど、まったく記憶になく、旧姓をうかがっても記憶にない。同窓会グループに参加させてもらう。お~~~知った名前を見つける。というても女子は結婚して苗字が変わっているのでいまいちわからず、男子ばっかり。それに私が仲良かった女子はFacebookをしていないようす。   てなことで懐かしいの男子に友達申請をしてみた。なんせ、結婚してレアな苗字に変わっているのでメッセージで旧姓を明確にする。下の名前で覚えてもらえていることに恐縮する。私はといえば、手元に卒アルバムもないし記念のマグカップの記憶もなく、自分の古い記憶だけが頼りに旧友を深めている。アルバム、たぶん、ここの押入れの中やと思うが、ひっくり返して出す時間もなく・・・^^;   高校を卒業して30年ということで11月に同窓会もあるらしい。Facebookのおかげで同級生とネットで再会というのも時代の流れやねぇ。しかし、みんな結構ええ大学に行ってはったんやというのを発見。自由な校風が売りの学校やったし、次男坊と同じ標準服で制服規制も緩かった。なのでめちゃ楽しかったけれど、それなりにみな勉強してはってんや。   それに高校のときはおとなしいかった男子がやたらネットではおしゃべりになってはるし、外国暮らしをしている人もいてる。30年の月日はみなを立派な大人にしてはるわ。いっこうに成長してへん私はどうなんや?と思うが・・・まっええか(^^)v    ”
03
体重の増加・・・ええのか?
“金曜日、義父母のところで。看護師さんが体重計を持ってきた。まずは義父。「55キロ」他人さまの体重を聞いてもそれが適切なのかどうかいまいちピンと来ない私。 看護師さんが「次はおかあさんよぉ〜」と。 コタツに首まで突っ込みながら私に話を聞かせてくれていた義母。「私?ん・・・よっこらしょ・・・」と起き上がる。体重計に向かう義母の背中に義父がつぶやく。「よ〜食べとるけぇ、太っとるじゃろ。」と。 壁に手をついて体重計に乗る義母。「おかあさん、手、離せる?」と看護師さん。そして「53キロ」と。それが多いのかどうか、適切なのかどうか、私には不明。ただ、義母は私より背が多少小さい。ただ、その年代の体重はそんなもの?とも思うし。   そしたら看護師さんが「あれ!えらい体重増えているよ。つまみ食いしてる?」って聞く。「えっ前はどれぐらいやったんでしょうか?」と私が聞く。「ここに来たときは48キロやったんよ。」えっ5ヶ月で5キロ増えているんや。え〜〜〜いいん? 「すんません、ちなみに父は?」と聞いてみる。「おとうさんは1キロ増えてはるわ。」1キロは許容範囲よな。なんせ3食きっちり食べてはるし。こっちに来る数年はたぶん出来合いのものやお菓子ばっかりやったから、栄養面でもばっちりの食事をしてはる。ただ、それだけでいいと思うのにやたら間食が多い。お昼ご飯を終えたばかりやのにお菓子をよ〜さん食べはる。   義父は昼も夜の量が多いからご飯を少なめによそってもらっていると言うているが、義母はそんなのこともなくぺろっと全部食べるんじゃ・・・と義父は言う。義母、ご本人はまったくそんなことには感知なし。   体重計を下りながら、「このお腹がいけんのんじゃ!」という。私のお腹を触って「みっちゃんはすっきりしとるなぁ。私はこの中に入っているんじゃ。」っていう。「え〜〜おかあさん、その中に赤ちゃんがいてるん?」「そうじゃ」 もう〜〜どないやねん! そんな冗談炸裂の中、真面目な義父は素知らぬ顔。 しかし、このまま体重が増加していくのはよろしくない。今度、ケアマネさんに会ったら尋ねてみよう。   ちなみに有馬のお父ちゃんは42キロやし。足の筋肉もなく・・・ココロが痛くなる。”
5月
31
20
体育祭一発目終了!
“昨日は次男坊の高校の体育祭。2週間前から準備、1週間前から午前中授業、午後準備という気合いの入れ具合。夜は8時までは学校開放で準備や練習。それからまっすぐに帰っても9時半、たまにご飯を食べて帰るとかで夜の11時前後の帰宅。さぞかし、おもしろい体育祭であろうと期待して9時ごろ到着を目指して家を出る。体育祭開会は8時半。   お天気もよろしく、9時ごろに学校に着いたがすでに保護者席ブースは満席。その後ろのネットも1重の人。ちょっとした隙間に身を滑らせる。とりあえず、次男坊は午前中に3つ、午後から1つ。午後からは綱引きやったので、午前中で帰るでというていたがので午前中はここに張り付いて観る。   棒引きとクラス対抗リレーと応援アトラクション(ダンス)に出場の次男坊。クラスの男子8名ってこともありたぶん出番が多いかも。どれもこれもえらい必死にやっている。1年から3年まで縦割りで4つ団に分かれて競い合う。3年生が1、2年を引っ張っていく、生徒たちで作り上げていく体育祭でなかなか見応えがあった。   とくにメインの応援アトラクションがすごかった。アトラクションはどの団もダンスでそのあと応援パフォーマンス。これがすごい。団長は羽織袴やったりするわけで。男の子ならこっちに憧れるかも。高校の体育祭とは思われへんぐらいの観覧席の数。保護者はもちろん祖父母やら兄弟やら、そして卒業生もよ〜さんで、私の後ろは4重5重になっていた。来年はもうちょっと早めに出てこやな。   結局、1時間押しで午前の部は終了。私は学校をあとにする。次男坊は体育祭終了後、後片付けをして(生徒たちの観覧席は丸太でこしらえたスタンド仕様になっている。)団の有志でご飯と食べに行って11時前に帰宅。学年で一クラスの学科で3年間、クラスも担任も変わらないので、団には参加してクラス以外の人と交わるように云っていたがちゃんとやっているやん(^-^)   次は9月にある長男の体育祭。ここは体操服ではなく衣装を作って仮装体育祭てな感じの華やかなもの。今年はシンデレラらしい。大抵、3年生は女子のドレスを基準にキャラクターが決まるからお姫様王子様系になる。こっちはこっちで別の楽しみがある。子どもの体育祭もあと3回(長男1回、次男坊2回)となるとなんだか寂しい。”
14
めでたし!5月\(⌒▽⌒)/
“黄金週間の直後に控える私の誕生日、母の日と5月前半はめでたい!   そして、昨日の市民祭り。娘の彼氏がダンスを教えている生徒さんたちが市民会館での舞台発表に出演するというので行ってきた。当初は私、ひとりでいくはずの予定やったけれど、ええ加減娘の彼氏にも会うべきやでと旦那も連れ出す。というても、仕事を途中で抜けて彼らのダンスだけ観るという流れ。   どんなことをやってはるかをちゃんと知っておくべきやと、まずは第一段階を踏んでおこうと。彼が教えている生徒さん達のダンスのあと、ダンス教室を主宰している彼と彼の友だちのダンスを拝見する。   「右の帽子をかぶっている子やで」と旦那に云う。真剣に観てた様子。くそ真面目な旦那の義父やと、わけのわからんことしているヤツはあかんとでも云うかもしれんが、その点、旦那はそこには何も思わない様子。   今まで、娘の彼氏に会わずにいたのは、ただただ、何をしゃべったらいいのかわからん・・・っていうだけのことなので、彼についてどうのこうのもないわけで、ダンス終了後、会場の外で生で対面する。とりあえず、ご機嫌よろしく会話していたので第一段階クリア。   彼らのダンスの前に彼氏のご両親とも偶然に会い、初対面のご挨拶を済ませる。   ダンスのあとは、義父母のホームが同じ駅なので、そこに行き、母の日プレのお洋服を進呈する。別に母の日にこだわらずに買ったんやけど。これからの季節の洋服を持ってきていないので、これからはそれらを買いそろえていかないといけない。   そんなばたばたの中でも、自分のことはちゃんと押さえるという末っ子の私は、iPodTouchを購入したもんね\(⌒▽⌒)/それも64GBのん。娘はそんなにいらんでっていうていたが、次男坊が3月に自分のお小遣いで買ったのが64GB。やつには負けられへん!  ”
06
GWなんて嫌いだぁ〜〜(⌒-⌒)
“というとこ。 さして何の予定もなく・・・・いや、あったあった!3日の夜はCavernClubでビートルズナンバーを堪能させていただいた。ついでのその翌週に誕生日の私は、同じくその前後に誕生日を迎えはる他のお客さんと一緒に、ハッピーバースディを演奏してもらい、グラスシャンパンを人数分プレゼントしてもらう\(⌒▽⌒)/次男坊は未成年にてアルコール抜き。   5日はいつもの土曜日のつもりで有馬に行ったら、帰りのバスがないというハプニングに遭遇。しゃ〜なし、阪急バスで下山。けったくそ悪いからエビスタ西宮で買物をして景気づけをする(^-^;   有馬では、お父ちゃんを車椅子からベッドに移したあとの車椅子に私は乗ってみた。運転してみた。私は両手が使えるから右も左も自由に曲げれるが、左手と左足が不自由なお父ちゃんにはこれが至難の業と知る。それでも最初の頃は右手と右足だけで車椅子移動をしていた。さすが、小さいわりに骨太のおじいやと感心。   車椅子に座る私にお父ちゃんがまたもいう。「そこに座ってたんや。ちぃ〜ろ(娘の名前、はひふへほが母音になる。)昼も食べんと夜も食べんと黙ってそこに座ってて、あいつはいったい何しにきたんや!!しゃ〜ないからわしが看護婦さんにいうて車を呼んでもうて帰した。車で帰ってきたやろ?」「いつの話やねんなぁ?」「この前や!」と、願望からの妄想かなんか知らんけど、会いたいんか?ちぃ〜ろに・・・。また仕事が休みの土曜日に一緒に来るやん・・・   そんなこんなのGW。終わった〜〜〜\(⌒▽⌒)/”
04
お寺で酒盛り(>_<)
“昨日の朝、7時半ごろ、旦那の携帯に義父から泣きの電話。義父が部屋から出ているときに部屋の鍵をかけて(ふた部屋を中のドアで行き来しているのでドアは二つ、その二つとも)30分ほどやっさもっさして、結局ワーカーさんに合鍵で開けてもらう。中に入ると義母はトイレに閉じこもって、例の義兄を怖がっている。ということがあったと、情けない声の義父やったらしい。   午前中で仕事を終えて帰ってくる旦那と午後から様子を見に行く。二人が居てる部屋に入る前にワーカーさんのところによって2人の様子を聞きに行く。運よくケアマネさんが居てはったので今朝の義父の話をする。   すると、義母と同様に義父もおかしな行動をしていることを聞かされる。先日の夜の騒ぎ以来、またそういうことがあったら義母はワーカーさんが常時しているグループホームの方の空いている部屋で寝てもらう段取りになっていた。が、義母が拒むので、義父母たちのブースの公共スペースの居間のソファーでワーカーさんが一人待機するという方法を取ってもらっていたらしい。そこに2晩続けて出てきたのは義父。1時間置きにその居間に顔を出すという行動。おまけにワーカーさんがちょっと席を外した午前1時ごろ、下はパジャマで上は服、頭には帽子をかぶってエレベーター前をうろつく義父。その間、義母は1回も姿を見せなかったのでたぶん部屋で寝ているのであろうと。   1時間ごとに出てくる義父にワーカーさんが「どうかした?」と尋ねると「いや、別に」と部屋に戻る。義母なら理由を述べる(それが意味不明なことでも)のに義父は「いや、別にいいんじゃ・・・」といつもごまかすらしい。ん~~義父の認知症も進んでるよね・・・ということでとりあえず、旦那と二人で部屋に行く。   しばらく雑談をしてから、散歩に出ようと促す。それでいつものコースで義父が今日は息子が居てるというので「ちっちゃい缶ビールを買って二人(息子)で半分・・・」となんやらつぶやいている。っで、今日は特別なっでコンビニにビールを買いに行く。ちっちゃい缶ビール1個どころか350MLの3本買っているし。私はジュースをかごに入れる。それを持って近くのお寺の境内で酒盛り。結局、義父は義母の缶ビールも横取りし、1本半以上を飲んだ計算になる。   「4か月ぶりじゃぁ」と嬉しそうやからええねんけど・・・   とりあえず、昨夜は問題なく寝たんやろか?とそれが気になる。しかし、義母の異常行動だけやなく義父までも。夫婦で認知症っていうのはほんま難儀なこっちゃ。   広島に保留中の義母名義の家と土地の固定資産税は1年分支払ったが、義父名義のお墓(先祖代々の墓ではない)の使用料の請求書とともに年2回の清掃の案内が届く。使用料は750円なので別になんら支障はないがとりあえずこちらの事情を説明しておいたほうがいいやろうと旦那にその封筒にあった連絡先に電話してもらう。事情を説明すると清掃も任意なので不参加でも構わないとそしてもし名義変更をするなら簡単にできるからと言われたらしい。   それなら、とりあえず旦那の名義に変えておいたら今後対処しやすいので義父にその了承を取るように旦那に言う。義父はすんなりOK。旦那は「おかん名義の家と土地の固定資産税は振込をしたから」とついでにいうと、「えっあれわしの名義じゃろ?」と義父。うわっこんなことも忘れてはるということにびっくり。家も土地も義母名義に変えてはるちゅうねん。だからややこしいなっているのに。まぁ、お墓だけでも動かせやすくなるからええわ。あの家も土地もあのままの状態でだれか引き取ってくれたらいいのにと思う私。手放すのにそれなりに固まったお金がいる。その労力と手間と費用を換算したら±ゼロにちかい価値やもん。大阪にあれだけの家と土地があるなら別やけど・・・正直、対処に困るっていうところ。義母の兄弟がほしいっていうならそのままの状況でいいならで無償で進呈してもいいぐらいやと私は密かに思っている。しかし、そんな人もいてないやろうなぁ。   お墓にしても入ってはるのは旦那の実母。それも分骨して。そこに順番からいうと義父、そのあと義母。そこで三角関係ってどう?あかんあかん。それにそのまま置いておくと私たちのあとはうちの長男に墓守がかかってくる。旦那はその土地で生まれ育っているから馴染みがあるが長男なんて馴染みもくそもない。ただただ長男というだけでそんな遠方の墓守をしやなあかんという縛りはないやろ。先祖代々というならまた話は別やろうけど。それも、私たちが元気なうちにきれいにしといてやらな。死んでからあれこれ縛るのは私の流儀に反する。”
02
いらつく義父。
“義母の病気(認知症)が治れば家に帰れると思っている義父は最近イラつき気味。ちょっとした義母の動作に注意および叱咤する。そして義母はこそっと私に「お父さんはすぐあんなこというじゃろ?私もひがみたくなってくるんじゃ、みっちゃん」と言う。「ほんまやなぁ、知らん顔しとき。」と私。   妻として母としてできて当たり前のことを要求する。とてもささいなことなんやけど、そのささいなことができないようになっている義母はいちいち小言を言われるのは苦痛。義父も認知症にて義母の状況を理解しろというのは無理な話とは思うが。認知症でなくても、男というものは嫁さんがそうなるとそれをきちんと受け止めるのがなかなかできないらしい。たま~にそれをきちんと受け止め献身的な介護をしはるご主人もいてはるようやけど、そういう人は稀なんやろうなぁ。   先日、それ、またもめる原因になるでと思ったポケットアルバム。「これがなくなると警察を呼ばなあかんのんじゃ!」というていた義父。案の定、そのポケットアルバムを持って「助けてぇ~」と部屋から飛び出してきた義母。それを追いかける義父ということがあったらしい。義母はさみしいねん。義父が大切に思うもの(一人息子もそう)にやきもちを焼いてみたりするわけや。大切なものなんやからどこかになおしておこうと思うわけや。それが義父にはまたどっかにかくした!になる。   義母の義理の兄への妄想はワーカーさんの中でもいったい何があったのか?と思われている。私も思うが・・・スイッチがはいるとその義理の兄が出てきて怖がる、挙句の果てに義父のことを義理の兄に見えて怖がったり、誰もいないところを指さしてあそこに隠れていると言ってみたり、かなり妄想がひどくなってきている。義理の兄に見られて怖がられる義父もたまったもんではないといえばそうなんやけど。一番信頼しているはずの義父のことをそう思ってしまうところの義母の深層心理も気になる。   義母の妄想は薬を変えてみることで多少なりとも改善できないかお願いしてみた。    ”
4月
30
夜中の徘徊(>_<)
“今、旦那から電話があった。ケアマネさんから電話があったとのこと。義母は夜中に徘徊しているらしい。何回も。それも例の義兄(義母の腹違いの兄。すでに他界ずみ)が通帳を盗みにくる!とよその部屋に逃げ込むらしい。広島にいてるときはそれで近所に逃げ込んでみたり、パトカー10台呼ぶ騒ぎを起こしたり。   2人で入っているホームは同じ階にエレベーターホールを挟んでグループホーム型のお部屋もある。義母が一人で入居したならそちらに居たほうがいいであろうという感じではある。っで、ケアマネさんは義父も寝不足気味で参っている風やし落ち着くまでそちらで寝てもらいましょうか?と提案。   そして、今、また旦那から電話。親父と話したけど、義母の夜中徘徊は1回ぐらいでと別に堪えている風でないらしい。ケアマネさんの話とちがうやん。まぁ、義父も認知症やし1回だけというのはわかっていないだけのことやろう。そのあたりの詳しい話をお昼過ぎにホームに行って聞いてこなくてはいけない。   しかし、その義兄に対してよっぽど嫌な印象をもっているんやろうなぁ。最終、認知症になった養母(義母の実母)を家から追い出したという人物らしいが、それもどこまでほんまなのか。当事者には当事者の言い分もあるやろうし。心の奥底の思いが妄想となって出てくる様子は義母と接しているとひしと感じる。   うちの子たちとそう馴染みがなく、うちの子らは義母に対してはかなり距離感がある。私の母には小さいころから私の代わりに幼稚園の遠足に付き添ってもらったりやったので、自然とばあちゃんと呼ぶが、義母にはそう呼ぶ機会がなく今でも呼ぶ機会がない。なのに、義母はうちの子たちに「ばあちゃん、ボウボ(帽子のこと)を買って!」ってせがまれた話を何度とする。願望からの妄想。   わが旦那がおふくろと自分のことを呼ぶというのも願望からの妄想。うちの旦那は面と向かって、おかあちゃん・おかあさん・おかんなど呼んだことがない。よその人と話すときにそう呼ぶことがあっても本人にそう呼んだことはないという。これは義父にも原因があると思うな。義父は私たちに義母のことを話すとき名前で指す。義母が私たちに義父のことを話すときはおとうさんやじいじと指すのに。義母に面と向かっておかあさんって呼ぶのは私だけ。   義母の深い願いはほんまの家族になることやねん。わかったれよ、男ども!”
29
絶交やて・・・(^^ゞ
“昨日の有馬。 「次は5日に来るわな!」と私。 「何曜日や?」とお父ちゃん。 「土曜日やで。ほれ、あんたの息子(ここ1年以上有馬に顔を見せない不届きもの兄貴。)の誕生日や!!」 「あいつとは絶交や!!!」とお父ちゃん。   絶交ってあんた、友達やあるまいし。それもいうなら縁を切るとか、マンションはやらんとか、とちゃうかぁ~~お父ちゃん。当然、喪主は私やしな、お父ちゃんの十八番の"黒田節"をBGMにワンカップ大関をいっぱい並べたる!と思った次第でございます。   昨日はリハビリテーション総合実施計画書にサインをして、控えをもらって帰ってきた。入院当初は126点中80点というポイントを稼いだのに、ここに来てぐっとレベルダウン。前回70点台が今回は62点とまたもポイントダウン。一番得点が高いのは6点の食事と社会的交流。右手が使えるので口にものを運ぶのは自立。理解、問題解決、記憶は5ポイントとまずまず。半身マヒによる更衣、トイレ等点数が低い。食欲があって認知具合はまずまずなのが救い。   先週、頭のMRI検査を受けた母は昨日の午前中、行きつけの内科医の先生にその検査結果を聞きに行ったとのこと。MRIの結果はアルツハイマーの影も脳梗塞の影もない、なんら問題はないということで頭痛は心療内科的なものか肩こりかその程度のもの。とりあえず、よかった。母まで手のかかる状況になられる(いまでも一応私が保護者ではあるが)と私は身動きがとれない。とりあえず、あちこち助けを借りながら一人で生活ができるということでよかった。   両親二人がこんな状況なのに・・・・山の上で絶交や~~~と云われた兄貴はいったい何をしているのか?”
27
昨日の健康診断。
“「この10年間で体重が10キロ増えたり減ったりはありませんか?」と聞かれる。妊娠出産でも10キロも増減せなんだ。「ありません。」と答える。診察のとき、聴診器を当てながら首をかしげはる。「ずっとセキが続いたりしていませんか?」と。「ん~年明けからセキが続くっていうたら続いています。」「それは1年中ですか?」「いえ、毎年、冬に風邪ぎみっぽくなったらそれから春先までセキが残っていたりします。」「血を吐いたりは?」「ありません。」   血を吐いたらすぐに病院に行くやろ?普通。 こんな会話で終わった診察。渡されたカルテ(それを持って最後のレントゲンへ行く)には"異常なし"。なんや、クエスチョンマークぐらいつくんかと思ったのに。なんやねん!結局、身長が微妙に伸びていた(旦那は縮んでいた)だけで別段問題なし。あとは即答できない血液検査と尿と胸のレントゲンの結果まち。   意外にも旦那の血圧が私並みやったことに驚き。マヨネーズを一人で消費しているし、義父も高血圧症やし、旦那の血圧は高めやないやろか?と踏んでいたので、本来なら喜ぶべきが正直なんや・・・と。マヨネーズの消費を食い止める理由になるのを期待していたのにあかんやん(^^ゞ   問診では、母方の祖父母が二人とも癌でなくなっている、その部位を聞かれた。しらんわ。私、小学生やったし。その子(母とか叔母)たちも別に癌になっていない。もうちょい踏み込んだ健診を受けてみたいものやわ。昨日のは無料にて贅沢はいうたらあかんけど。あとは自腹で受けなはれってことですわね。”
26
365歩のマーチ♪
“先日のホームでのこと。 デイサービスかホームでもらった歌集。歌集といっても手作りの冊子。中身は昭和の歌。それを見ながら義母と二人で歌う。 "365歩のマーチ"を気分良く歌っていたが、「3歩進んで2歩さがる」に食らいついた義母。 「せっかく進んだのになんで戻るんじゃ、のう、みっちゃん!」と。 同意見の私も「ほんま、もったいない!」「そうじゃなぁ、この歌詞はおかしい!のう、みっちゃん」と2人で文句を垂れつつ合唱。"高校三年生"では、主人公は自分たち(義父母)という設定で嬉しそうに歌う義母。義父のことが大好きでよかったなぁ~とほほえましく見ているが、これ、2人っきりになって、義母のおボケぶりに切れ叱る義父のことは『しらない人』となり、「助けて~~~」とワーカーさんのところに逃げる義母なのだ。   この日は昭和の歌合唱のあと、3人で散歩に出かける。栄養ドリンク(本当に栄養があるのかどうか・・・?)がやたら好きな義父のため、栄養ドリンク探しツアーに出る。自販機探しの旅。それがこの界隈には義父が好きなそれがなく、違う種類のもの。たいてい、そういうのって茶色の瓶。「これがそうじゃろか?」って聞くから「うん、たぶんそれやと思うで」っていうが、それがやたら大きい。5,6台めの自販機であきらめた義父はその大きい栄養ドリンクを3本買う。私も持たされるが、私・・・炭酸あかんねん・・・っで頑張って半分ぐらいは飲んだが義母も「下がしびれるぅ~~~」て騒ぐから、2人で残りを溝に流す。義父は見ているようで見ていない、気がつくようで気がつかいないってタイプなので、私たちの行動には見えていない。   目的を果たした私たちはホームへ向かって帰る。途中、神社に寄る。いつもお賽銭10円を義父から渡される。手を合わせるわけやけど、そのあとに義父は毎回、「わしはお金も持ちなれるよう頼んだんじゃ・・・」といわはる。私は内心(もう、ええやん!)って突っ込む。 認知症の2人を連れての散歩もだいぶん慣れてきた。車びゅんびゅんの道を横断するときは、二人の手をつないで、「死ぬときはいっしょやで!」と言う。死ぬ気で付きあわな・・・・これから暑さがひどくなるまでは散歩に連れ出す日々やろうなぁ。なんせ、部屋に3人で居てると私がそばにても夫婦喧嘩勃発しかけることが増えてきた。私への遠慮がなくなってきたのと2人のボケぶりが増したのもある。特に義父は覚えていることとそうでないことの差が激しい。これは脳血管によるものやないやろか?義母のように全体的なものではない。だから、はっきりいうてややこしい。自分はまともやと思っているから義母のボケぶりを叱咤しはる。そして、知らない人がいてる助けて~~と逃げられる。悪循環や・・・(>_<)      ”
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一身上の都合により・・・。
“一昨日の夕方遅く、某宗教の方がやってきた。この地区で取りまとめているという女性(上品で賢そう)の方を連れて。以前からお願いしていたその宗教からの脱退届けの件。なかなか脱退させてくれないことで有名にて4、5年かかった。私の意志は固いちゅうねん!!   組織としての正式な脱退届けもない。なので近所の人がExcelで作って来たそれには、その教えに納得がでけへんって説明したにも関わらず、理由は一身上の都合とされてある。そんなことどうでもいいから、住所と指名と印鑑を押して渡す。印鑑はフルネームの認め印。フルネームの認め印はこれにちゃんと私が承諾したという確固たる意思表示の意味で学校提出のものにも時々押す。どうでもいいのは名字だけの認め印やけど。   この期に及んで、「紹介者(母)に脱退のお知らせをしたい」とおっしゃる。「要支援1をもらってなんとか生活している母にそれをするってどういう信仰なのか疑います!」とはっきり云う。母は娘のためによかれと思ってしているのはわかる。それをわざわざお宅の娘は脱退しましたでと知らせなあかん道理がわからん。それについてはかなり怒り気味で云うたので、とりあえず母には「云わない」と帰りはったがどうなんでしょうかねぇ。     最後に、「こんなん云うのはあれやけどお母様のお葬式はその宗教ので・・・」とおっしゃる。「いや、母はわがままいうて家があるのに別のところに部屋を借りて住まわせている。その家賃はこっちもちや。母の葬式をするお金はない!」という。 「そのうちこの宗教をしていたからよかったとお母様を見て思われるときがくると思います!」と食い下がっていうから、「それはない!」と有馬の病院に父を入れたいきさつやら父の実家との確執を軽く説き、だからお宅の宗教には納得ができんと吐く。「それで一番大変な思いして根もあげず、折り合いつけて泣き言も云うてない私には母も別の宗教をしている叔母も何も云いません」ともいう。   最後の最後に「いずれまた目を向ける日がくるかと思います。」と云わはるから、「100%ないですわぁ。」と宣言する。仮に何かを頼りたいと思ったときには、いろんな宗教を調べてどれに納得するかで選定する。まぁ、そんな面倒臭いことせぇへんと思うけど。   別に誰が何を信じて信仰しようが個々の自由やからかまへん。ただ押し付けるな!ということ。どこに引っ越そうとここから外れられない宗教と行き先々で待ち受けているのに正式な退会届けがないのはどういうこと?   別の宗教の叔母も最近やたらとその教えを言い出す。それも母と3人で居てるとき。脱会届けを持ってきたお二方にもその情景の話をして、「こんなんいうたらあれやけど、私からしたらその情景って滑稽なんですわ。」なんてことも云うた私。叔母のいうてることは分かるけど、別にそれはわざわざそこに入らんでもいろんな本を読んだらええことやし。 基本人に考えを押し付けられるのも一つの思想に染まるのもそういう中での仲間意識も苦手な私は「いらん」の一言で終わりで、めでたしめでたし(⌒-⌒)”
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ビールはもうええ!
“昨日もまた雨模様の有馬。ここ何週もいまいちの天気。 そんなことはさておき、半年に一度のカンファレンス。病室でお父ちゃんの爪切りの最中に看護婦さんが来て「カンファレンスが始まるので」と声がかかる。土曜日にお昼ご飯を食べるディルームが会議室。婦長さんが「頭のCTの結果はこのあと写真を見ながら説明します。」と。   「はい、ここに来るときに『なんや、わし、頭悪いねん』っていうてましたわ。『頭は前からわるいやろ!』っていうて来ました。」と私。「えっ誰もご本人には検査結果はいうてないんですがねえ」と主治医。「いや、頭のレントゲンを撮ったからやと思います。」   っで始まったカンファレンス。半年前より左手の固まり具合が進行しているようなことや、それまでは支え無しでも歩けていたのが今は独歩は難しい状況、食事の飲み込み時のどに詰まりかけているのに次から次へと口におかゆさんを運ぶ(いやしいねん!)とか、左の注意が鈍くなっているのでアプローチをしているとか、そんな話を理学療養士の3先生がおっしゃる。   丸坊主でいつもニコニコしている介護士のお兄ちゃんは 「ここにくるときに、何か希望はあるか聞いたら『ビールが飲みたい』というたはりました。」と。そしたら婦長さんも「外に連れ出すとか下のロビーとかでノンアルコールのビールなら・・・どうでしょう?先生、栄養士さん」と言わはる。 「他の方の目にふれなかったら・・・」とか「ノンアルコールなら」とか、理学療養士さんやらは言わはる。   なんでやねん!アルコールの飲みすぎで脳梗塞になっとんねん。今さらビールもないやろ?!と思う私は、 「この時はよくてここではあかんという聞き分けができないのでビールは一切なしでいいです!!」と答える。 「娘さん、しっかりしてはる。それじゃ、ビールはなしということで。」   そして、髭剃りのこともネタになる。 「相変わらず、髭剃りはしょっちゅうしてはります。同室の方が髭剃りの音に敏感でないのでなんとか支障なく・・・」と婦長さん。 「申し訳ありません。髭はもうないやろ?っていうてもしょっちゅ髭を剃っていてよ~肌傷めんなぁとは思うんですが、暇つぶしやしそれぐらいは希望をかなえたいと。いくら壊してもなんぼでも買って持ってくるでと思っているので、よろしくお願いします。」と私。   どんな会議やねん!ビールと髭剃りやで! と、ひと通り終わってからナースステーションでCTの写真を見せてもらう。 2年半前のCTと比べて硬膜下に血腫か水腫がみられるという所見。これによって左手の硬縮が進んでいる可能性もなきにしもあらず。月1で往診に来られる脳外科の医師(主治医は内科医)に診断を委ねたところ、年齢的なリスクもあるのでいますぐ手術というより経過観察が妥当だと思われるという所見。ご家族さんはどうされますか?と問われる。   うちの病院には脳外科の専門医が常駐しているわけやないのでそこを心配され脳外科の専門医がいてる病院に移されるご家族さんもいてはります。とのこと。   今とりたてて本人が苦痛を訴えているわけでもないし、年齢的な面での手術のリスクを考えるとこちらで穏やかに過ごさせたいと思っていると言う。脳以外に胆嚢腺筋症あるいは胆嚢癌の疑いもありつつそれも経過観察状況。それを手術したところで左半身マヒが改善されるわけやない。本人は左半身マヒが改善され家に帰って介護なしで生活できるようになるなら手術も納得して受けるであろうがそうでないなら必要ない。   そんなこんなの有馬。このあと母のところに行き頭のMRI検査につれていく。こちらの結果は1週間ほどしたら通院している町医者に郵送されるらしいので結果はそのとき。   しか~し、いったい何をしているのやら?クソの役にも立たへん兄貴夫婦。  ”
19
少々アテが外れた。
“ちょっと語弊があるか・・・ 昨日の義父の心臓エコー検査の結果は、心臓そのものは何ら問題ない。それどころか年齢の割には上出来!問題は大動脈弁。それに伴う血管の状況が危惧されるが、それも今のところは様子みぃでいいでしょうと。今年に入っての2回の発作も、心臓のこの状況では心臓の発作とは考えられない。ニトロも必要ないねんけどなぁ~と。心配なら神経内科ちゃうか?と。   義父は義母のアルツハイマー具合がストレスになって心臓が痛くなるというていたが、それなら心療内科やろと思っていた。その通りの診断やん。ていうか、義母だけがストレスの原因でもないと思うが。本人の認知症具合を本人が受け入れらないところも気に病んでいるのとちがうか?   狭心症って聞いていたから問題は血管やと思っていたが、こうもはっきりと年齢のわりに上出来の心臓やと言われると、へぇ?てな感じの旦那と私。そりゃ、油もの、甘いお菓子が大好きな義父やもん。80越えて、丼ものやカレーライスが食べたいという。魚と鶏肉は嫌いで牛肉が大好き。まぁ、血管に血栓ができたら脳梗塞や心筋梗塞もありうる(てか、すでに脳血管の認知症もあり)ので、ホームの食事と血をさらさらにするお薬で当分しのげるって話。   そんなんで、まぁ、良かったやん!で予定より早く終わった病院を出て、うどん屋さんでお昼を食べて大阪城散策に行く。たったと步く義父の後ろ姿を見て、当分大丈夫と確信する。マジで私たちのほうがやばいかもよ?ってことで、来週、健康保険組合の健康診断に行く。私は手術を受けるたびに一通りの検査をしているので、検査項目を見ると別に受けんでもいいねんけど、旦那を受けさせるため一緒に行く。初めての健康診断に怖がってはる。なんせ、生まれてこのかた骨を折ったことも体にメスを入れたこともない。唯一、3年ほど前指先を2針ほど縫うたそれだけ。20針以上は縫った痕を持つ私は何が怖いのかわからん・・・意味もなく血圧あげよるんちゃうか?と危惧する。   大阪城散策中、ず~としゃべりっぱなしの義母。のど乾かへんやろか?と心配する。絶好調の義母だけど、ホームに連れて帰ってケアマネさんからびっくりすることを聞かされる。土曜日のディサービスで、トイレに行った義母。そこから外に出てしまって行方不明になったらしい。スタッフがあわてて付近を探し歩いて、結構離れた場所で広島の住所を言うてどういったらいいか尋ねていたらしい。ここは広島やと思っているので町名を言うていたとのこと。たぶん、トイレから元の部屋に戻れず外に出てしまったんやろう。ケアマネさんもホームの責任者もえらい謝ってくれはるが、それも今度の介護認定のときに言うてくれはったらいいし、無事に戻ってはるし、責めることもないので、へぇ~そうなんや!で済ます私。本人もケロっとしているしな。   昨日だって大阪城散策中は今は大阪に居てると思っているが車に乗っている間にすでに広島に瞬間移動しているから。行方不明になったことすらすっかり忘れているからそのあとも何ら支障もなく過ごしている。義母が居なくなったことを義父はトイレから戻ってこれんようになったとしか思っていない。義父も義父で先月、病院の帰りに入ったうどん屋さんに昨日も入ったたのに、前はお寿司屋さんやった!と譲らへん。うどんを食べてお寿司を食べた気になっているから、深く追求せんかてええやんで流す。   ただ、二人とも足腰が丈夫、ぱっと見ぃは何ら問題のないお年寄り。それがええような悪いような・・・昨日も義父の病院の医師は、息子夫婦と連れ合いが付添で来ていることに、義父の状況が心配で仕方がないのであろうという話ぶり。ちゃうねん!義父母はセットで動かなあかん。認知症の義父母を一人で連れて行くのは大変。結局、病院で医師にあれこれ質問したのは私。とりあえずしばらく様子みますわ!と決断も私やん。どないやねん!”
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いよいよ始動!
“先週の土曜は長男高校の進路講演会。今回は代ゼミの方のお話。基本、高校の授業をしっかり聴く。予習復習をする。ということで目新しところは来年のセンター試験の日程等。ここ数年の志望が多い学部等のお話。そして、最後に「この1ヶ月が勝負なんです!」と閉めはった。   どう勝負やねん!?と問いたい。   学校も朝7時過ぎからの早朝講習、平日の放課後講習、土曜日講習と受験に向けてスタート。公立高校の学費無償化ということで、長男はクーラー代やPTA会費や学年費等もろもろ3万で1年間通わせてもらえるというありがたい状況。加えて、無償の講習と学校だけで十分やん。   本人は5月連休明けの公式試合の勝敗によって決まる部活引退まで、部活との両立もあるので学校の講習をフルに活用しつつ、通塾ができるか検討。先日の塾の認定試験(これによって受ける大学別講座となるらしい)では英語は志望校ランクだったが、数学は一つ下になったのもあり、部活引退まではまずは数学を受講したいという。志望校ランクはチャレンジしたらランクアップをはかれるのでそれを踏まえて数学の受講手続きをとる。   火と木は朝6時半に家を出て学校の早朝講習を受けるらしい。塾の受講は木曜の19時すぎから。ということで、木曜日は朝6時半から夜10時頃帰宅までというハードな一日になることになった。大丈夫か?   塾受講の木曜日は小1から習っている書道のお稽古日。物理的に通うことは不可能。本人に「お習字を辞めるか一旦お休みにするか」どうしたいか?尋ねる。本人は「出来たら続けたい」というので、当分はお休みする方向でお習字の先生に電話させる。数学の受講クラスがランクアップすれば曜日が変わるのでお習字は再開できるので、ぜひともランクをあげてお習字も続けさせたい(^-^;   学校に提出する志望校用紙。志望校欄とは別に「ここまでならOK」という欄があった。ここを空白の長男。土曜日の講演会のときに進路指導の先生がこの欄の説明をしていた。「ここまでレベルを下げての受験をする」という意味。そこを空白にしている長男に「ここは書かんでいいん?ここって・・・・」って先生が言わはった意味をいう。「へぇ、そういうことやったんか。書かんでもええんやろ。」と空白のまま。   国立で2校、私立で1校を記載していた長男。学部+学科も書いていたので、ヤツなりにしっかり考えているのを感じる。自分の学力には控えめな評価をするやつがはっきりと意思表示をしたことで生半可な気持ちで受験に臨むわけやない。ということで、私も全面的にサポートすることにする。朝も6時半に出発ならいつもより多少早めに起きてお弁当をしっかり作りまっせ!   長男ということもないが、たまたま兄弟の中で勉強に向かう姿勢がしっかりしているのもあり、大学院まで行きたいなら国公立の選択しかないとプレッシャーをかけている。長男が大学4年、大学院2年となると次男の大学4年と丸々ダブる。ダブルブッキングってやつ。次男が国公立にと思ったら今から血の滲む努力がいる。そんな気は私にも次男にもさらさらないので、次男は私大確実。息子二人で私大同時はかなりキツい。ゆえにあんたの選択枝は国公立のみ!となる。   土曜の進路講演会は長男のための行ったがことのついでに私大文系の状況もチェック。なんせ、次男坊は数学の勉強は1年でおしまい。数Ⅰだけ。私でも数Ⅱ+Bを勉強した。長男はすでに数Ⅲ+Cをやった。そんな状況なので当然国公立は無理やろう。そして私大でも受験可能なん?って不安があった。で、私大文系の受験科目のクダリはしっかり聴く。国・英に公民歴史か数学という選択が多いらし。そんな話を長男にすると、「母さん、今から調べておいたほうがええで」とアドバイスされる。次男坊の学科はたぶんそれを踏まえているのであろう、数学が苦手な子が多いと踏んでいるのであろう、2年次3年次は国英と歴史がしっかりある。今からある程度の方向性を定めておくほうがいいわな。   そんなこんなで高校受験が終わったが、大学受験が始まった!    ”
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桜の季節も終わり。
“金曜日の有馬。 芦屋川の桜は1週前より美しかった♪芦有道路のくねくねが身に堪えるぎりぎりまで頑張って六甲の桜を見ようとしたが、トンネルを抜けると桜の季節はもうちょい先。   有馬の前日、義父母のホームに行ったとき、その日はほんまお天気もよく汗ばむぐらい。ちょうど、訪問ヘルパーさんが義父を散歩に連れ出すときやったので、義母と私と4人でホームのある駅界隈を散歩。途中のお寺の桜の木の下で義父母の写真をスマホのカメラにおさめる。ふたりともえらいええ笑顔をしてはる。なかなかええ写真が撮れてよかった。   それを有馬の帰りに寄った母のところで見せた。目鼻立ちがはっきりしている義母は認知症になる前は、はっきり云うてきつい顔をしてはったのが、今は可愛らしいおばあちゃんの顔。その変貌ぶりに、お母ちゃんはびっくり。おまけに義父とは7つ違いやのにその差は感じられない。どちらかというと義父は年齢より若く見えるのもあるけれど。   この日、途中から叔母(母の妹)も来て、3人でしゃべる。私のあれこれの話に叔母は「そのパワフルな前向きさはどこからくるん?」って尋ねてくる。腹から湧いてくる!とはいわなんだが。「黙ってたらそんな根性あるように見えんのに」とも加えられる。よ~いわれる。   この週は月曜日に近所のおばちゃんのところにお見舞いにも行ってきた。おばちゃんは思っていたより元気そうではあったけれど、手のかかる病気やし今のところ寝たままの生活でそれはやっぱりしんどそう。お父ちゃんより一個下という年齢なので今後のことも気になるところ。りっぱな娘さんがいてはるのでそれは私が心配することではないが、ここに越してきたときに一番最初に声をかけてくれたおばちゃんやし、気になる。   あっちやこっちや気になることだらけ。来週、有馬のお父ちゃんはカンファレンスがある。おとつい、看護婦長さんが「今日、時間ある?」って聞いてきはったが「あっ来週、カンファレンスやな、そんときでええわ」と何か話があるみたい。先月の請求書が届いたが、レントゲンの請求書が添付されていたのでその結果やろな。事態が一転しているのやろか?本人はいたって顔色よろしく、大きいお茶碗いっぱいのおかゆさんは足らんぐらいに食べているねんけど・・・・・ 来週のカンファレンスの日は、有馬のあとは母のMRI。なんや行きつけの内科でときどき起こる頭痛のためMRIの紹介状を書いてもらって近所の労災病院に連れて行く。それが次の金曜日。 その前、18日は義父の心臓エコー検査。 子ども3人はちょっとぐらいのことなら一人で病院に行けるようになったというのに、いつまでも続く病院付添の日々。 桜の季節、桜を愛でることで気持ちが嬉しくなる日本人でよかったわと思う、2012年春ですかね。”
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よかった・・・\(⌒▽⌒)/
“近所の友だちって・・・?80を超えた、うちのお父ちゃんより一つ下のおばちゃん。ここに越してきたときに一番に声をかけてくえて、以後、子どもらのことも気にかけてくれて・・・おかげさまであのとき2歳やった娘も20歳。   なので、あのとき60代やったおばちゃんは80代で、今度は私がいろいろお世話をする番と、ちょっと離れたところにいてはる娘さんの連絡先とか聞いておき、一人暮らしのおばちゃんが困ったときにいつでも云うてきてとなっている。   先月20日過ぎに腎臓がどうもよろしくなく、入院することになりはった。その2日後に娘さんのところに電話をして様子を聞いたら元気そうやったのでお見舞いに行く予定をしていた。私が行く前に、近所のおばちゃんが自分の診察のあと、病室を覗くと誰もいなくて、看護婦さんに尋ねるとICUに入っていると聞いて帰ってきた。なのでしばらく様子を見て、娘さんのところに電話で具合を伺うことにしていた。   近所ではICUってことでよからぬ噂が流れたりしていて、なんでやねん!!って思っていた私。「あんたもいろいろ忙しいのに私の面倒までごめんやで!」と云って、とにかく検査入院とかで2、3日家を空けるときは必ず私に連絡してくれていたので、私が知っている情報が一番確か。なのに、訳の分からん噂が流れている。   てなことで、次男坊の入学式も終わった夜から娘さんのところに電話をしていたがなかなか通じない。夜9時前まではかけていた。その以後は夜に帰ってきて疲れてはるやろうからと遠慮していた。そして昨日の夜、やっとお孫さんと話をすることができ、「ICUからも出て一般病室に移っている」と。「私たちも頻繁に病院に行けないので寂しがっている」と云わはるので、お見舞いに行っても支障ないか尋ねる。「寂しがっているので行ってやってください、喜びます。」とお孫さん。   よかった〜〜〜\(⌒▽⌒)/   なので、今日、生協のあと義父母のいてるホームに行って、帰りにぐる〜と回っておばちゃんに会いに行ってこ・・・”
08
まだ雪が舞う・・・
“有馬。 昨日の芦屋川は、5分咲きの桜を愛でながらの桜祭りが開催されていた。いろいろお店がでてバンド演奏もありの様子を病院バスの中から見る。芦有道路を登っていくとさすがに桜を楽しむにはもう少し先という風情。病室でお父ちゃんの爪を切っていると窓の外に白いものが舞う。下からふわ〜と舞うからゴミかと思ったら、いやいや、空から舞っている大粒の雪。例年ならお花見真っただ中という時期やのに今年のいつまでたっても冬っぽい寒さのおかげで場違いな雪が舞う。同行してくれていた友だちもびっくりの雪。   来週の有馬行きのときには芦屋川の桜はもう終わっているかもなぁ。ここよりもっと素晴らしい桜並木があるねんなぁ。JR芦屋からR2に南下する道。ここは両脇の建物と桜並木のバランスが絶品。芦屋というネーミングにマインドコントロールされている感は否めないが、うちのほん近くの桜通り(って子どもらがいう)に比べると景観の違いで桜並木のグレードが左右されると思うのは、昨日一緒にいった友だちと合致した意見。   入学式も終わって月曜からは息子二人のお弁当も再開。やっと通常の生活スタイルに戻る。今月は長男PTA会議、保護者対象進路講演会、お父ちゃんのカンファレンス、義父の心臓エコー検査、私の眼科定期検診と予定がてんこ盛り。あっちゅう間にゴールデンウィークを迎え、それが明けると私はまた一つ年を重ねる。ぐえっ・・・・よろしくない!めでたくない!   昨日、もうひとつ、塾の説明会に行ってきた長男。自分のことは自分でするという点では兄弟の中で一番自立しているヤツなので、とりあえずの方向性だけ示唆してあとは良きに計らえということで決定権を委ねる。費用については、それだけの価値があるということでOKを出す。つまり、かけただけの結果を出せ!ということで、本人も出す!と宣言しよった。まぁ、ヤツの芯の強さとモチベーションの持続力には信頼を置いている私。自分の能力を過小評価ぎみのヤツの口から結果を出すという言葉ゆえ、重みがある。てなことで、人生初の塾体験に私はココロオドル。私が通うわけやないけれど、私が通ったこともないところに行くのかお前は・・・という気持ちと、通塾生の親ってどんなん?って初経験、しょうもないこととはいえ、何ごとも経験よな。自分ででけへんかったことを子どもを通じて経験させてもらうということですわね(^-^)  ”
06
無事に入学式も終了!
“あの凄まじい春の嵐の翌日、次男坊の入学式が行われた。高校最寄駅から学校までの道にある桜の木も期待以上に咲いていて入学式日和(ちょい寒かったけれど…娘のコート着用にてしのぐ)。入学式は卒業式とちがって30分ほどで終わる。問題になっている君が代も全員起立で歌う。次男で3つ目の大阪府立高校ってことで、同じ府立高校っていうても3校とも雰囲気のちがいを感じる。当たり前やけど・・・   息子二人の高校は長男65期生、次男58期生ということで伝統のある高校。娘は合併して6年目の6期生。伝統のあるなしでも方向性が違うし、立地条件でも雰囲気が違う。つくづく思うが、3人ともそれぞれの個性にあったところをチョイスしたなぁ。息子二人の高校は自主を重んじるっていう点で似たような校風。娘の高校は私立並みに校則が厳しい。長男は制服がまったくないので100%私服登校。次男は標準服ということで詰襟を購入。先生のGOサインが出たら私服登校がOKらしい。   入学式後はホームルーム教室に行って担任の先生のお話などなど。最近は高校の入学式でもお父さんはもちろん祖父母出席ということで保護者のほうが多い人数。次男の学科は全国の公立高校で1校だけでちょっと特殊。各学年に一クラスずつなので、3年間クラス替えもなく、担任の先生も変わらずという説明を受ける。その学科専門担当教諭が3学年合わせて7名ほどいてはる様子。1年から3年までを見てくれはるようで、先生方の目のかけようが濃いように感じる。おまけにクラス40名中男子8名ということもあり、すぐに名前も覚えてもらえるにちがいない。   長男の高校は大阪市内の文教地区にあるが次男の高校は下町風というかコテコテの大阪というかそんな感じなので先生方もわりとへだたりがないようで、末っ子で甘えたの次男にはぴったり。電車の最寄駅が3駅。次男が使う駅を利用するクラスメートが男子で他に2人とのことで、昨日のオリエンテーション登校のあとは3人で帰ってきたらしい。最初に一人が下車、ついで次男、そしてもう一人。府立高校だけど学区指定がないので全国から受験可能で、県外からの子もいてる。その子はこちらに引っ越してきたらしいが。一緒に下校する友達のうち、最初に下車する子は大阪府下から来ているらしい。自分より遠方から来ていることに感心する次男。   12時半終了のオリエンテーションで次男が昨日帰宅したがの14時。今朝、オリエンテーションに向かう次男が「今日はお昼ご飯食べて帰るからいらん。」と。早速、新しい友達とランチですか?!と・・・・高校生になった途端、くそ生意気なことをしよると長男と陰口をたたく。まあ、友達ができたということで喜んではいるが。ていうか、ヤツはどこに行ってもきさんじに誰彼なしに友達を作る。今回に至っては男子8名っていうことで皆すぐに結託するやろ。入学式で見た8名はわが次男も含めて、似たような背丈の似たような雰囲気の男子やったし。ていうか、ほんま学科が特殊なのか次男のクラスに関わる先生方が子どもらを可愛がってくれる様子がひしと感じられた。その入学式後のホームルーム教室でも、親御さんは我慢しているのに副担の先生がポケットから携帯を取り出して子どもたちの様子を携帯カメラに納めていたはったぐらい。ただ、特殊なだけに途中で辞めていく子が一番多いのもこのクラスらしい。   男子より女子は人数が多い分、個性豊か。そのうち、一人雑誌モデルをしている女の子がいてる。お父さんは外国の方。背もたぶんクラスで一番高いかも。男子8名は次男とどっこいどっこいの背丈風やったし。学校中で噂になっているであろう女の子。入学式のときも後ろの席の親御さんが話題にしてはったぐらいやし。何につけても学年で一クラスということで良きにつけても悪きにつけても目が行くんやろうなぁ。   そんなこんなで楽しげな高校生活がスタートした次男。そしてこれから地獄の1年となる長男。ヤツはヤツで高校生活をエンジョイしている。こんなに楽しいとは思わんかったというぐらい。しか~し、自ら、「この1年が一番長くしんどいかも」といいながら、家に居てるほとんどを机に向かっているという状況。娘は「いつみても机に向かっているよな。頭おかしいんちゃう!!」って感心しながらも突っ込みを入れている。「部活を早々に辞めたやつは一日10時間勉強しているっていうてるしなぁ」と。そりゃ時間があるねんし、できるやろ!てか、その子は父親がやっている鉄工所を継ぎたくないからって医者になるっていうて引退前に部活を辞めた子やん。勉強するやろ!とりあえずあんたはここまで部活頑張ってきてんから正式に引退するまでは両立でがんばり!と他人事ゆえなんとでもいえるなぁ的なことを言う。   とまぁ、息子二人がそれぞれ違う高校でそれぞれに楽しげなのは何より。世間では咲き始めた桜やけど、とりあえず桜満開という感を味わう。社会人として働き出した娘も充実した時間を過ごしているようで、子ども達から高齢者に手のかかわり具合が加速しながらのスライド。ん~~~できたら、子どもから離れた分わが身のことにスライドする部分も増やしたい!いや、増やしたろと密かに企む(^^)v”
04
井上陽水の夢の中へが流れた瞬間!
“おとつい、義父母のホームに行ったときのこと。ホーム玄関に置いてある義母の上履き。事務所の人に聞くと、義母は訪問ヘルパーさんに連れられて散歩中。義父一人の部屋に行く。ノックして「おとうさ〜ん」って開けると、コタツ布団をめくっている中腰の義父と目が合う。   ♪探しものは何ですか?〜〜♪のフレーズが頭ん中を流れた瞬間!思い出の品として持ってきて飾っていたウイスキーの瓶の中に船が入った置物。それがないらしい。義母の仕業にはまちがいない。義母に聞いたらしい。「船はお父さんの専門じゃろ(義父はっ船乗りやった。)私は知らん!」と言われたと。「時計が無くなったりもするんじゃ・・・」と義父。   っで二人で探す。   ♪探しものは何ですか?♪ 船の入った瓶! ♪見つけにくいものですか?♪ 見つけにくい!どこにあるかわからん!! ♪かばんの中も机の中も探したけれど見つからないのに♪  ほんま見つからへん!! ♪まだまだ探す気ですか?♪ 探す! ♪それよりボクと踊りませんか?♪ いや、そんな暇ない!! ♪夢の中へ夢の中へ行ってみたいと思いませんか?♪  ん〜〜私はまだええ!!遠慮しとく! と、頭ん中で歌いながら船の瓶を探す。箪笥の中には無かったけれど、箪笥の横にある段ボールの中から見つかった\(⌒▽⌒)/ ついでに、ずっと探していた一番履きやすい義母の靴とシャンプーとリンスも。ということで、夢の中へ行くことなくコタツに入って義父と二人でアイスクリームを食べながら、最近の義母の話をする。   義母は食欲もあり、睡眠も問題なく、ほかの方とも朗らかにしゃべっていると義父がいう。「そうよねぇ、ちょっとモノ忘れ(ちょっとどころやないけど)があるぐらいでおかあさんは絶好調やもんねぇ」と私。義父は義母の病気が治ったら家に帰れると思っているのにすでにここにきて3ヶ月じゃ・・・・という。ん〜〜〜〜治らんのよ・・・とはいえず。そうやねぇ、3ヶ月経ったねぇと応える。   義母がどうも大っ嫌いな義理の兄(母親違いの兄・すでに他界している)が、ナイフを持ってお金をとりにくると言ってパトカー10台騒ぎを、そんなこともあったんじゃ!と義父はいう。(うん、知っている!何回も聞いた!)と内なる私の声。ここにきてもそれをいうんじゃ、わしのことをその人と間違えて助けを呼ぶんじゃ・・・と義父。それはおとうさんもしんどいねぇと私。   いったい、義理の兄妹の間に何があったのかそれを知りたいと思う私やけど、すでにまともに事実だけを話せる人はいないので謎に包まれたまま。どちらのにしても義母の矛先(たいていは嫁やったりするのに)が私ではないのでまっええか・・・と。   しかし、しか〜し、ほんまに思わぬところに隠すというかしまう(?)義母の技にはあっぱれ!”
02
イヤホンピース
“iPodnano のイヤホンピース、それも右ばっかりが無くなる。たいていはちいさなポーチにしまって鞄の中のポケットに入れるが、駅のトイレに行くとかお店のレジ前とかでたまに上着のポケットに無造作に突っ込んだりする。そして、取り出す時にポケットの口にひっかかるのかどうなのか、さぁ耳に入れようとするとない!右のイヤホンンピースがない!   ヘッドホンを買ったときに予備というかサイズ違いで3セットついていたので、順々に右にそれをはめる。なので左右大きさの違うイヤホンピースになったりする。それもまあええやんで済ます私。   昨日、旦那がイヤホンピースがないのでネットで探してというので見つけた。Sony製のヘッドホンなのでイヤホンピースもと見つけたそれはただいま品切れ中。とりあえず、サイズ確認をする。Mサイズを所望する旦那。っで、ちょっと試しに聞いてみる。予備で付いてた分はもうなくなったん?と。するとある。でもMサイズやないと耳にフィットせぇへんで低音が漏れる。たらいう。ふ~ん・・・   私にはそんなこだわりがないので、余っている分をいただく。これで当分、私は安泰(^^)v っで、入荷待ちで注文しとくか聞く。値段は1,280円。え~~高いなぁ~~と渋る旦那。まぁ、確かにイヤホンピースごときに1,280円は高いかもしれんが、Mサイズやないと低音が漏れるとからってこだわるなら1,280円は別にええやん。12,800円とちゃうねんし・・・   思わず、わからんわぁ、その心理。そんなに音にこだわるなら1,280円、別にええのとちがうん?っていうが、返事なし。まぁ、私がお金を出すっていうてるのにイランっていうから別にもうええやん・・・私は余りものが一気に増えてあと7,8回はなくしてもOKという状況やし。ふふん、それに、これの名前がイヤホンピースやてのを知れたからええねん。他にイヤホンチップともいうらしい。”
01
今日から4月♪
“新生活が始まる~~って期待感に満ちた日曜。当然、私のチョコ断ち再開、TV視聴禁止令も再発令。チョコ断ちだけでは足りんかも?って気になる長男の志望校なので、プラス別のものも断つことにする、ストイックな私(^^)   そして、とりいそぎ、冬の間に枯れた葉でえらいことになっているベランダのおりづるランをきれいにする。生命力のすごさはぴか一のおりづるランはこうやって枯れた葉を取り除いてやると新しい葉が出てくる。娘のPiTaPaLiteを解約する。通学利用の阪神電車の学割定期がLiteにしか乗せられず、2年前、旦那名義で2枚目のPiTaPa契約(Lite)をして娘のを家族カードで追加というややこしいことをしていた。   その娘は先週から働き出している。今日からが正式に社会人。長男は高3、次男坊は高1と、確実に成長の証しが目で見える。私はといえば、ん~~。何か始まる?変わる?を思い返してみる。子どもたちの学校のPTA役員は今年度も継続(3年間の自動更新)の長男の高校のソレが私のPTA役員生活もピリオドってことになる。今年度はカクカク云々の事情もあり(まぁ、高齢者対応で多忙ということで)PCでできることの作業を請け負う形になっている。とりあえず、意見交換の場として長さんのご要望で内々だけ公開のブログ設置をさせていただいた。高校だからか、選出された役員さんはみなちゃんと動きはる。小中学校のようなことはないので助かる。   次男坊は学科がらみでいろいろ発表の場があるようなのでそこにときどき出没する私は新しい世界が広がる?を期待しているが・・・そうそう、昨年は6月ごろから広島行きが頻繁になり後半どっぷりそこに足をつっこみ、夏場、懐かしい友人との再会の約束が延び延びになっているので、これは必須にこなす。   本業の仕事をもっと頑張りたいというのもある。義父母の生活も落ち着いてきたし、有馬の父も変わらずの状況。介護のお世話になっている高齢者を抱えているといっても幸いなことに同居ではないので、今のところあちこちの移動を楽しんで対応ができる。時間の配分を考えていこう~~~と子どもが新しい生活に足を踏み入れるのと同じように私も気分一新の4月1日。”
3月
31
ここはどこ?
“と、義母に聞かれる。「ん・・福山!」とニッと笑う私。横で聞いていた義父はびっくりした顔で私を見る。「みっちゃん、かわいいこと言うなぁ」と義母。   きっと二人っきりのとき、ここは大阪!いや、ここは福山!と喧嘩しているんやろうなぁ。不安になった義母は私に確認したんやろう。大阪でも福山でもどっちなとええやん。別に子どもの学校や職場やっていう危惧するネタはないねんし、今、笑えているならええやんと思う私。   義父とはここは大阪にいてる設定での話をし、義母とは福山にいてる設定での話をする。本人がここは福山って思っているならそれでいいやんとは思うが・・・ たぶん、ほんとうに福山?っていう漠然とした疑問っていうか不安を感じてはるのかもとも思うねんけど。義母でないのであくまで憶測。どっちにしても二人とも私のしょうもない話で笑いはるからええんちゃう。笑う門には福来るやし。   てなことで今日は有馬の父のところ。3週続けて雨の有馬ってどう?!”
30
衝撃の事実!
“先日、義父母と散歩に出かけた。義父は毎度のことながら一人さっさと歩く。義母とは腕を組むか手をつなぐかして、ちんたらちんたらしゃべりながら歩く。そこでのこと。   「みっちゃん、おかあさんってホンマありがたいものなんじゃ。」としゃべり始めた内容。うっそ~~~初婚とちゃうかったん?って事実。義母は旦那が9歳だか10歳だかのときに後妻さんとして義父と結婚している。子連れでもなくの結婚だったので初婚とばっかり思っていた。今のいままで。義母が初婚かどうかなんて気にもならなかったから。   いや、3年ほど前、義母の言動がどうもおかしい・・・認知症?とは思うものの決定打がなく、小さいことがちょこちょこ起こっていたとき、今後のためにもと、義母と旦那の戸籍上のつながりを調べておく必要があると旦那の戸籍謄本を取り寄せた。旦那の20歳の誕生日のあと、養子縁組をしていることが判明。そのときに、旦那には義母は初婚?とははっきりとは尋ねなかったが、それらしいニュアンスの話はした。そのときにはうんともすんともなかった旦那。まぁな、人の言葉の裏まで読み取れる性質ではないので・・・・   なので、てっきり旦那も義母は初婚だと思っていると思っていた。初婚とちがうかった!という衝撃事実を知ったあと、ホームをあとにしてすぐに旦那に電話した。こうこうで初婚とちがうかってんでぇ~~とこの衝撃ニュースを伝えたら、うん、そんなこときいたことがある・・・って何とも頼りない返事。まぁ、だいたいがいつもこうなのだけど。自分の親のことやのに・・・そして、子どももいてるとかっていうてたような、ちゃうかったかな・・・とまでいう。だから、何回もいうてる。認知症になった義母のことを全面的にサポートするのに、私たちがどこまで私たちだけの判断で手を出せるか?仮に養子縁組していなかったら、義母のお金を使ってホームに入居させるにも義母の兄弟に了解を得やなあとでもめる可能性がある。旦那が戸籍上どうであろうと俺のおふくろじゃ!と(そんなことを言うてほしい義母)という思いがあるなら別やけど、そんな思いもないのに。中学高校と思春期の一番親がうっとおしい時期に一緒に住んだだけなのでそこまでの思いがないのもわからんでもないが・・・・・・   子どもがいてたらその人に連絡して今の状況を知ってもらわなあかんやん!とはいうが、まぁ、それはないわ。義母の話の中にはいまだかつて子どもを産んだという話はない。その衝撃の事実のときも「子どももいてないんじゃ、そんなとこに戻らなくてもいいってお母さんがいうたから、何もかもおいて出たんじゃ・・・」というていた。今度は義母の戸籍謄本を取る必要があるのか?もぉ~~ほんまややこしい。ややこしい関係ならややこしくてもかまへん、子どもである立場のわが旦那、もっとちゃんと把握しとけよと思う。   義母といえば、旦那に"おふくろ"と呼ばれたくて、その願望が妄想となりいろんなエピソードを聞かせてくれはる。それを旦那に確認するとそんな事実は一切ないと軽く切る。先日の義母の誕生日。おふくろ、誕生日おめでとうって電話でいうたったら喜ぶでぇ~と云うてみる。   すると、旦那はおふくろっていまどき誰も呼ばんやろ!?ってことで却下しよった。別にええねんけどな。みっちゃんの株は上がる一方やから。しかししか~し、ここ近年、私にとっては衝撃のニュースやわ。徘徊して警察沙汰や泥棒騒ぎでパトカー10台呼び寄せた事件より、衝撃やった。   そんなこんなで認知症になった義母からは私が知らなかった事実がぽろぽろ出てくる。おもろいような、怖いような・・・・・・”
25
私の行動範囲がまた広がる。
“次男坊の高校は平野区と東住吉区のキワにある。尼で生まれ育ち、東大阪在住の私にはなじみのない土地。3人の子どもの高校によってこれまた私の行動範囲が広がるというもの。   23日は説明会と物品販売。午前中に物品販売で教科書やら山ほど購入。その一切合切をコンビニからゆうパック発送という技を使った私。高校のプリント説明がいまいち不親切で、念のため、現金は多めに財布に入れていったものの、教科書やら体育館シューズ等々は鞄に常備しているエコバッグに入れ次男坊が持つ。とてもじゃないが、お昼ご飯を食べ、午後からの説明会を終え、1時間ちょいかけて地下鉄で帰路に着くのはちょいと無理がある。おまけに私は帰り義父母のところによる予定やったし、教科書は次男坊担当としてもそのほかのものを持ち歩いてハリボテの網膜がはがれてきては笑えん。   そんなこんなでコンビニでは店舗裏にある不要な段ボールをいただく交渉をして、ことのついでにガムテープまでお貸しいただき、荷造りをする。何も買い物せず、名前のとおり便利なだけの活用は申し訳ないのでお菓子を買って、荷造りのすきまを埋める。てなことでめでたく、教科書等々物品は手元から離れ身軽になった次男坊と私はお昼を食べるためかごの屋に入店。店内は高校のホン近くということもあり同じような親子連れでいっぱい。私は日替わりの昼膳。次男坊は海老天ざるセット。どちらも海老の天ぷらが美味しく、贅沢な食事を終え、お店を出たとき。   南港通りの向こうの歩道に何やらロケ隊。遠目に中川家の二人を確認。「うわっ中川家やで!行こ!」とちょうど青になった信号を走って渡り、ロケ対のそばに。するとな~んと寛平ちゃんと花子ちゃんもいてはる。ちょうどパスタ屋さんの前でのロケ。ロケ中の後ろを通り過ぎながら近寄ったろと思って歩いていくと寛平ちゃんに「ここ、何区?」って尋ねられる。「え~~わからん!」と私。今思えば、そこはたぶん平野区。ひとつ西の道を渡ったら(高校の正門のある道)東住吉区って場所。いまいちの受け答えにここはリベンジしやなとロケの様子を見ていた。寛平ちゃんが私に話かけてきはったからか、スタッフの女の子に紙切れを手渡される。"魔法のレストラン"って番組のロケらしいこと、放送日(4月18日)出演はカットされる場合があるとか書かれている。出演ってあの寛平ちゃんが話しかけてくれたあれのこと?と思うが、あれじゃ、カットもくそもないやろ、はなから数に入ってないやろ。   そんなことより、やっぱりちょっとまともにしゃべりたいやん!って気持ちがむくむく。一通りロケが終わった風でロケバスに向かって歩き出し私の目の前を通りはったとき「寛平ちゃ~ん、この子、高校合格してん!」て叫ぶ。したら寛平ちゃんがこっち向いて、「おめでとう!これからやで!!」って。同時に中川家のお兄ちゃんのほうも「おめでとう!」っていうてくれはる。   てなことで私は興奮を隠し切れず、説明会に出席するべく次男坊と学校に戻る。さすが、大阪の下町よなと思う私は「ここらこんなことしょうちゅうあるかもよ!あんた、次は話かけや!」と次男坊にハッパをかける。娘の高校は山のふもとで田んぼに囲まれ広大なグランドの端っこにはモグラの巣があるという土地。入学早々の授業で教室に蜂が入ってきたときの対応を教えられたという高校。長男の高校は大阪城のおひざ元、文教地区と言われる場所で道路を挟んで北隣にはレベルの高い私立高校もあるしその北には同じくレベルの高い女子高もある。ちょいと気取った雰囲気。そして今回の次男坊。めっさ大阪のおばちゃんがうようよしている町のにおいがする。学校のモットーが大阪で一番元気のある高校!やら大阪を好きになる学校!やら、大阪らしさ満載の高校。三人三様というか三校三様ということで、個々にわが子ら三人の個性にぴったりやとわれながら思う。   本日、説明会でもらったプリント類にあれこれ記入し古タオルで雑巾3枚作製。明日、入学金5,500円を振込み、その領収書を書類に添付したら27日の次男坊登校日に持参する書類完了。次男坊は今週だけが自由。来週からは制服を受け取りに行く(月)健康診断(火)入学式(水)オリエンテーション(木・金)と毎日学校に行く。いよいよ、息子2人が高校生という実感に酔う。今どきの学ランは襟の替え芯もないっていうのも先日の物品販売で知った私。採寸時に学ラン上着をまとった次男坊はなかなか似合っていた。家庭環境的に高齢者に何かあったとき(ご不孝ごと・・・(>_<))に困るのが制服がない長男。ゆえに、あと1年は何もないことを切に願う。てか、4人とも顔色ええしな、あと2,3年は大丈夫やろうと踏んでいる。   翌24日はいつも通り有馬に向かった。かなりの強風の中、病院バスが病院入口の横ついたときには突風に揺れるし、痛いほどの雹にやられた。今年は春の訪れは遅いのかと気になる。芦屋川の桜はまだ冬の雰囲気を漂わせているしな。来週の次男坊の入学式のころに気の早い桜が咲きかけてくれたら式の雰囲気を盛り上げるのに。     そして、その23日の夕方、佐野さんの6月のライブハウスでのライブチケットの抽選結果がメールで届く。チケット、手に入る!4月に難波に新しくオープンするZepp Nambaでのライブ。かなり久しぶりの佐野さんのライブに密かに一人興奮を隠し切れない。てなことでただいまのiPodは佐野さんがヘビロテ。3月から3ケ月連続でビルボードライブでもライブが行われているが、こちらはちょいとビルボードライブっていうことで躊躇。同じライブハウスでもできたらノリノリの方が性に合っているのでZepp Nambaに行くことにする。末っ子が義務教育を終え、娘が社会人になるこの春。3人の子どもたちもそれぞれの道を歩き出した、歩き出しつつある状況に、私も子どもべったりの数年から徐々にフェードアウトの態勢がちょっと加速しつつある?って感は否めないが、まぁ、子離れできないよりええんちゃう?”
21
20
娘の卒業式。
“これで長かった学生生活も終わり。4月からは社会人。入学式は出席させていただいたが、卒業式を遠慮する。私の短大のときは、入学式も卒業式も親の影はなかったし・・・   卒業式を終えた娘からメールが届く。「2年間通わせてくれてありがとう」と。それを見て、卒業式に出て旅立つ姿を確認すればよかったと少し悔いる。が、遅い。   これで一人片付いたという気分。とりあえず、次男も義務教育を終えたし、高校生の息子二人を抱える身となる。長男は勉強と部活とを頑張りつつ、高校生活もエンジョイしていて楽しいみたいなので良しとする。次男も高校生活をエンジョイするであろうと思う春。てか、めちゃおもろそうな学科やしな、エンジョイせぇへんわけがないという次男。   それを横目にこの1年は来春の大学受験を目指して勉学に勤しむ長男になる。先日、有馬の父のところに長男と二人で行ってきたが、朝家を出てから夜帰ってくるまでずっと二人でしゃべりっぱなしやった。ネタは長男の大学受験の話やけど。ヤツの根本的考え方は私に似ているので私がいうことを的確に理解するところが頼もしい。実家の母のところでは、「勉強は好きなん?」って母のしょうもない質問に「うん、物理がおもろい」って答えた長男。思わず、あんた頭おかしいんちゃうか?って言いそうになった文系の私。   てなことで、ヤツは大学4年のあと大学院にも行くつもりらしいということが判明。とても恐ろしい現実(学費)にめまいがしそうになったので、大学は国公立限定で話をつける。   ん〜〜我が家はまだまだ学費の捻出に頭を悩ませなければならない。一人終わってもあと二人いてるやんって現実。頑張るで!”
15
病院付き添いと卒業式。
“月曜日は義父の狭心症の何かあったときように診察券作っとく受診。市の総合病院がホームから近いしええやろとホーム運営の内科医に書いてもらった紹介状を持って8時半に行く。そこから初診外来の受付と初診内科の受付に2時間。そこからホームに迎えに行き、小一時間時間をつぶしお昼前に義父母を連れて病院へ。この日は旦那がいてたので車移動なので楽とはいえ、あんたの親やっていうのに車の運転だけやし。どないやねん!!   内科の受診はすぐに中待ち合いに呼ばれたが、一旦心電図をとりにいってからの再診察に1時間半。あまりに遅いので受付に聞きに行くと「番号札は?」って聞かれた。最初の診察のときに返却しているやんってキレそうになるが、「もらっていません!最初の順番は二診の13番!!」って言うてやる。その前にも義父母を連れてきたと趣旨を受付にいうと「診察券は?」と「返してもらっていません。」「いや、返すシステムになっている!」って内科受付の問診をした看護師まで出てきていう。「保険証は返してもらったけど診察券は返してもらっていません!」「いや、私は渡した!」っておばはんの看護師が言う。「もらっていません!」のやり取り。受付のおばはんがカルテを探して「あっここにある!」って手渡さられる。それだけかい?謝れや!っていうことがあっての番号札。私も切れるでって話しや。   もっときちんとマニュアル化しとけや!偉そうにすなよ!あほんだら!!って心ん中でシャウト!!   義父と旦那は先月の発作の原因を義母の言動がストレスで起こったって言うから、来月にエコー検査。医者は発作が起きたなら今月中にエコーっていうたのを延ばしてどうするねん!それにストレスから発作なら心療内科に行けって話や。なんでもかんでも義母のせいにすな!と怒り心頭や。義母は私がホームに行っていることだけは覚えてはる。そりゃそうやろ、義母に心寄せて対応しているしな。義母の気持ち考えたれや!って旦那に言う。   そして、その翌日、次男坊の卒業式。これで我が家の3人は全員義務教育修了。あとは野となれ山となれ!我が道を我がの足で歩いて行ってくれ!という気分で私は嬉しくって仕方がない。卒業式自体は長男のときについでいい式やった。娘の学年は最低やったのを思い出す。今回は答辞を読む女子が途中、胸にぐっときて止まってしまう。するとステージの上、壇上の校長先生も同じく胸にぐっときて黒いハンカチを目元にあてて涙を拭う。おっちゃんの先生が泣きはる姿にこっちまでぐっとくるやんかぁ。あかんやん・・・って。   なんか全体におぼこい学年やったので、とんでもない悪ガキもいてへんんしほんま可愛らしい卒業式でよかった。娘のときはおまえら舐めとんか!ってな卒業式やっただけに長男・次男の卒業式がまともでよかったと義務教育を終えた開放感を味わう。   翌、昨日の仕事中。ホームから電話。先日の義父の区分申請の結果。要支援1から要介護2と一気にスリーランクアップした義父。電話の向うでケアマネさんも笑ってはる。そりゃ〜笑うやろって話やで。明らかに義母のほうが介護度は上のはずやのに義母を飛び越してどうするねん。要支援1、よくて義母と同じ要介護1になったら利用枠が増えて助かると願っていたから要介護2というのは驚きとともによかったというところやねんけど。   ケアマネさんは支払いが増えますけど・・・と気を使ってはるが、別にそれはかまいませんって答える。増えるって言うても5万も10万も増えるわけやないからええやん。それでご機嫌よろしく過ごしてくれはったらそれが一番。なんせ、義父はデイとか行事ごとに出たくて仕方が無い。暇を持て余している。なのでそれでご機嫌になるなら良しや。義母は実はデイとかにあんまり行きたくないらしいが。そやろな・・とは思っていたが、「みっちゃんとここでうだうだいうてるのがええ」と言うたはる。そりゃそれが一番やろな。デイに行ったらほったらかしにされることもあるやろ。私はホームに居てる間は100%義母に向き合っているしな。そりゃみっちゃんとうだうだしているのが一番やと思うわ。私も数時間だけやから100%向き合える。なのでこの距離感が一番。   とまぁ、今日は昼からホームへ行ってこ・・・  ”
11
ただいまのブームは線を抜く!
“木曜日のホーム。部屋に丸い椅子がある。なんでやろ?って思っていたら義父が隣のベッドルームにその椅子を持っていって、「昨日の夜、これがここにあったんじゃ」とエアコンの下の置く。「いつも寝る前にちょっと部屋を暖めようとしたら椅子がここにあって線(天井近くの壁に設置されいてるエアコンのその横にあるコンセント)が抜いてあったんじゃ」と。そして、「誰がもって来たのかわからんのじゃ」とも。   そんなん仕業は一人しかおらへんやん。当の本人は知らん顔して炬燵に座ってはる。「ほんまぁ?それでこの椅子に上ってお義父さんがプラグ差し込んだん?危ないからこれ、返してくるわ」とワーカーさんのところに持っていく。事情を話す。その最中に後ろから義父がくる。椅子を返して部屋に戻る途中、義父に「椅子、お義母さんが持ってきてはるねん。でも怒らんといてね。お義母さんの病気は怒ったらあかんから」と言う。「この前も非所ベル(やなくてナースコールやねんけど・・・)の線を抜いてベルがなって事務の人が来たんじゃ。それが箪笥から出てきたんじゃが、『見つかって良かった』って怒らんかったんじゃ」と。「そうやねん、怒ったらあかんから。お義父さんも我慢してね」と私。「それがストレスになってわしは心臓が痛くなるんじゃ・・・」と。「そうよねぇ、ストレスになるよねぇ。お義父さんもしんどいとは思うねんけど、お義母さんは自分がやったとはわかっていないから、ほんま怒らんといてね」と部屋に戻る。   当の本人は「どじゃった?」と炬燵に座っている。   で、わかった。 この件、義母は自分が関わっているということを感じていると。わかっているというのではなくなんやわからんけど感じているってニュアンスが一番ぴったりかな。いつもなら、私がワーカーさんのところに行くときは後ろからついてくるのにこの日は炬燵から動かず待っていた。その義母の顔を見て、あ~~これはわかってはいないけれどなんか自分がかかわっていると感じているんやなとわかった。   ここ2週間ほど、冷蔵庫のプラグを抜いたりしているのもあったし、線を抜くというのが義母の中でのマイブームということで下の事務員さんにも報告。ただ、今までは部屋の中のものをどこかに仕舞いこんで見つからないという状況やったのが今回は外から持ち込んでいる。まぁ、公共スペースのワーカーさんが使う丸椅子なのでええといや~ええけど。そのうち、他の利用者さんのものを持ち込むことも考えられるよな。   どちらにしても何か行動するときには義母なりの考えがあってやっていることやから、その心情に理解を示さなあかんわなぁ。ただ、そこに分別はなくなってしまうのが困る点。明日は、義父の病院。持病の狭心症のかかりつけ医を見つけておくための受診なので、即検査入院にはならないであろう。なのに、義父は検査入院する気満々。パジャマと下着を用意している。何かあったときに駆け込む病院がないと困るから、一度受診しとくという説明は何度もしているがそれが理解できないあたりは義父も認知症。義母は5分前のことも忘れてしまうので自分の我を通すこともそうしない。話のもっていきようではどうにでも転がる。義父にはそれがない。まだ自分はボケていない、ばりばりやれているというプライドがあるので、やりにくいったらない。まぁ、明日は旦那も仕事を都合つけて車で4人で移動なので、義父の対応は義父愛息の旦那に任せる。この父子と赤の他人同士の義母と私はお遊び気分で便乗(^^)v   しかし、ほんま次から次へといろいろやらかしてくれはるので飽きない。同じ屋根の下に住んでいるわけでないのでそれを楽しめる。丸椅子事件の次の日は有馬に行ったが、こっちは下は雨やったのが山の途中からミゾレに変わった。どないやねんっていう寒さ。金曜日は帰りの昼の便の病院バスがないので、私は病院を出てから阪急バスのバス停まで山を下る。なんでこんな日にミゾレやねんって感じ。土曜日なら帰りも病院の入り口から病院バスに乗れば(それは無料やし)芦屋まで下りてこれるのに。寒さが身に染みるこの日は高齢者周りには体力と気力と責任感が必要やと実感。2:4:4ぐらいの割合やわな。気力と責任感で体力をカバーって感じやで。   ホームの二人も有馬のお父ちゃんも顔色がとてもよろしいのだ。私よりよろしいのだ。恐ろしくなってくる。そしてホームの二人は手には長生きシミがある。それを二人して披露してくれはった木曜日。エンドレスに続くであろう私の高齢者廻り・・・・に立ちくらみを覚えて一瞬。怖いっ・・・というても、この週、月曜日は雨となんやしんどかったのでホーム行はパスした。しんどいときはパスさせてもらう。無理はしない。お気楽に高齢者廻りをしやな、続かへん・・・・”
06
進路決定(^^)v
“先週1日、次男坊主の合否発表・・・で無事、合格!全国の公立高校で一つという珍しい学科を受験。実技試験に朗読があるし、倍率2倍やし、どうなん?って状況ではあったが、やれやれといった感じ。午前中、球技大会で砂だらけで帰宅。シャワーを浴びて制服に着替えお昼ご飯を食べて家を出たのが13時を回っていた。14時の発表には遅れるであろうとは思っていたが、14時過ぎから次男の連絡を待つ。結局、30分回ったころに「受かってた・・・」と。すでに学校を出て駅に向かう途中から電話。なんか半信半疑になってしまう私は、16時前に合格者用プリント類を見て実感する。   「普通は番号を見つけたらすぐに連絡してくるやろ?」と私。「プリントもらいに行かなあかんかってん。」「何時に学校に着いたん?」「ん・・駅に着いたのが2時やった。」と。   てことは、学校まで15分ぐらいはかかるからそりゃ、14時発表に向けてスタンバイしてはる人がほとんどやったからヤツは一番最後やったんかもなぁ。ていうか、なんでこういう日に球技大会をするねん!って。   そんな状況やので男女比がわからず・・・学科の特性なのか、一クラス40名だけで女子が多い。年によっては男子3名とかもあったらしい。なので男子の人数が気になるところやけど、なんせ一番ドンケツでプリントだけもらって帰ってきたみたいで、「男子は何人いてたかわからん・・・」と。したら、友達の知り合いのご子息も偶然にも同じ学科を受けて合格したとその友達に教えてもらう。とりあえず、男子2名は確定ということやな。学校行事は普通科を一緒やし、普通科は文武両道で大阪市内の公立高校の中ではグランドがやたら広い。なので、高校生活をエンジョイできそう。   我が家の子ども3人とも、それぞれが思うところの高校に進学できてよかったと胸をなでおろす。そんな最中なので影を薄めてしまった、長男の英検2級2次試験合格のお知らせ。外国のお方との面接にて本人「受かった気ぃせえへん。」っというていたが、予想を反しての好成績で気分よく合格。晴れて英検2級保持者となる。が、英語はしゃべれませんな。娘は英検準2級保持者やし、昨年の今頃オーストラリアに3週間短期留学をしてきたが、英語、しゃべれません。なので英検もどうなん?とは思うが、チャレンジするってことでよしとしとく。   そして、日曜と月曜で頑張って、確定申告4人分完了。じい様二人と私のはネットで打ち込んでプリントアウトして郵送。旦那のはe-Taxで送信。税務署からはお父ちゃんや私あてにe-Taxでしませんか?って案内がくる。っがこのe-Taxを始めるには役所に行ってあれこれ手続きをしなあかんし、それ3年ごとに更新しやなあかん。そんなことを考えると旦那だけでええわってなる。相手をみて案内を送れよ!ハガキもったいない!。   てなことで仕事、行ってこ・・      ”
2月
28
ポリデント。
“先週の土曜、有馬の父のところにいくと看護婦さんが「ポリデントが残り少ないねん」と言わはる。中をみると3個。「下の売店で買ってきますわ」というと、「高いから今度来る時でええよ」というので、「でもなくなるで・・・無しでいっとこか・・・・」で翌日、IYネットスーパーで購入。箱に父のフルネームもマジックで大きく書いて用意万端。次の土曜日に持っていく。   したら、さっき、病院から電話。「ポリデントがなくなったから預り金で買っておきましょか?」って。入院したときに急に何か入用のときようにいくらかお金を預けている。こっちで買っていなければお願いするがすでに購入済みやし、先日の看護婦さんとの話を説明して、土曜日まで無しで行くことにする。お父ちゃんも無くなったら無しでええっていうてたし。   ていうか、売店、山までの持って上がり賃が加算されているのか、ポリデントにしてもティッシュペーパーにしても高い。ティッシュペーパーは嵩たかいしここから電車を乗り継いで持って行くのはかなんから売店で買うがポリデントはティッシュペーパー5箱セットが買えるほどの差があるので、それはもったいない。なので買って持っていく。   認知症の義母がいうから本当のところはどうなの?って話。私は入れ歯じゃないんじゃ、お父さんは入れ歯!って話。こっちに連れてくるのににホーム作成の持ってくるもの一覧に入れ歯の人は入れ歯ケースと洗浄剤とあった。なので、旦那に入り歯かどうか?またその場合の処理の仕方を義父に確認するように言う。っで、義父も入り歯なのだが、夜寝るときに歯磨きして入れ歯を外して封筒に入れて寝るという話。え~~いいんか?ポリデントと入れ歯容器を買おうか?と旦那に言うたが、「ケチやからいらん」と。ふ~ん。だからお金貯まるんか・・・・   小さい文字を見るときにかけている老眼鏡も「あれも別に視力を合わせて作ったものとちゃう」と。昨日の眼科でも義母の目。小さい文字を見るときは老眼鏡が必要なはずと眼科医。私に「小さい文字をみることはない?」と尋ねられる。前回、認知症ということを説明ずみなので。「また本人が不自由に思ったら処方箋お願いします。今のところ必要ないみたいなので」と答える。それも旦那がいうには「メガネを買うお金がもったいないねん」って。お金が貯まるはずや・・・   私にはできん・・・(>_<)”
27
眼科と叔母さん。
“今日は義父母を連れて眼科に行く日。義母は先週の診察からの様子見ぃ。先週の金曜日には白目の充血もすっかり良くなっている。義父は白内障の定期検査的なものと2,3日前から左の目頭がちょっと切れたようになっているのでその診察。義母と同じく、義父も視力は1.2で良く見える。加齢による白内障はまぁ予防の点眼も気休め程度に思えてしかたない私なのだけどもらっておく。目頭のほうは抗菌剤の点眼をもらう。それよか、両目ともにまつげが数本入っている状態でそれを取ってもらっていた。眼科の女医さんは「痛かったでしょう?」というが、そこはまったく感じていない、目頭のんはこれが原因かどうかはわからないけれど、念のため1週間後にまた・・・ってなる。   ていうことで先週、今週、来週と眼科通い。そして再来週の月は狭心症の持病がある義父を総合病院に連れて行く。何かのときの道を作っておいたほうがいいやろという程度の受診。   3日前に義父の妹にあたる叔母さんから電話で、月曜日に様子を見に行きたいと連絡。眼科の終わるころ、11時ごろに駅に迎えに行くことになっていたので、眼科の帰りに3人で駅まで行く。叔母さんは10時半には着いていたようで約束の11時になったら私の携帯に連絡するつもりやったと・・・・まぁ駅には10時45分ごろやったので無事に会えてよかったってもん。なんせ、私はえらそうに迎えに行くっていうたものの、叔母さんとは一面識もない。会えるのか?ってとこ。義父が一緒やったから無事に会えてよかった・・・って感じ。   4人で一緒にホームに戻り、会談。この年代のおばさん(70代)に受けがいい私は、義母と叔母の自分の話を聞いてぇなぁ~に応える。叔母さんは老人ホームっていうからもっとじめ~として暗いイメージで来たらしいが、欧風の建物、東向きのベランダから差し込むお日様で明るい部屋などなど、「よ~こんなええとこを探したわねぇ」と笑顔。年を重ねても兄妹にて兄夫婦のことを案じてはる。   ランチの時間には叔母さんと二人で向かいのコンビニでお弁当を買ってきて、4人で昼食。義母は自分の話はするが会話のキャッチボールがどうもかみ合わないので、叔母さんは私に向かってしゃべりはる。その合間をかっさらって義母もいつもの昔話を私に向かってしゃべりはる。てなことで女3人のおしゃべりに義父はつまらなそう。まぁ、しゃないわな。そんなこんなで頃合いに叔母さんを駅まで送っていって私も帰ると出てくる。駅までの道、叔母さんに昨年の夏からの義父母の様子を簡単に説明。義父母の認知症具合も説明。叔母さんは、神戸に居てはる義父の兄に今日の様子を伝えておく、ええとこに居てて安心したっていうておくねと。兄のこと頼むわねとも。あんたも忙しいやろうに・・・とねぎらいの言葉もいただく。1回乗換えで来れるのでまた寄せてもらうと行ってホームに上がっていきはった。   義父母の兄弟はみな大阪や神戸にいてはるので、ここに来てもらったほうが兄弟の交流がもてるようになってそれもよかったであろうと自負した私(*^^)v”
26
心臓発作の原因。
“2週間前と昨日の土曜日、狭心症の義父は心臓が痛くなりニトロを服用したとケアマネから連絡。12日にこちらの総合病院で受診する予定にはなっているが・・・脂っこいもの好き、肉好きの義父は高血圧からの狭心症。ニトロを持っているのはこっちに来てから知る。話のきれっぱしをまとめるとカテーテル検査のあとバルーン処置をしているのでは?と想像する。3か所ほど血管を膨らませているという話やし。ニトロは持っているだけで、「ここ何年も使ったことはないんじゃ」というていたが、ここにきて2週間前に服用。   でも、それ、期限切れ。にて、すぐに看護師さんが主治医に連絡して新しいのを処方してもらう。そして、それを昨日は使ったらしい。デイはお休みはしたが食欲もあり元気とケアマネさんから連絡をもらう。夕方、旦那がホームに行ってその原因とやらを聞いて帰ってきた。   義母に「お宅どちらさん?」と言われたり、「知らない人がいてる、助けて~」とワーカーさんのところに行くのがストレスで心臓がおかしくなるらしい。旦那は「おかん、最悪や」という。ん~~でもな、義母は義母の話を真摯に聞いてうなずいていればそんなことはいわへんねん。自分の話を聞いてくれへんかったり、自分の言動を否定されるとおかしくなりはる。義父は義母のその症状が理解できずいちいち訂正したりするし、義母のうだうだとした話に耳を傾けない。義父も高齢やし義母ほどではないが認知症にて、義父に義母の対応ができるわけがないから難しいわな。   もともと神経質やしストレスに弱い面があるとはいえ、義理の子を育ててもらってんから大目にみたれ!と義母の肩をもってしまう私なのだ(^=^;  ”
24
勇気リンリンみっちゃんマンや!
“昨夕、近所の人が来た。うちの実家と同じ宗教の人。私もそこに籍があるらしい。以前、除籍してくれというたが退会はできんとわけのわからんことをいうから、こっちもいや、我が家は私が教祖で家族4人私の信者、二十歳になったら自動的に脱会、旦那は死ぬまで信者、わたしにはそれは必要ないねん!と豪語する。いや、いつか必要に思うときがくるから・・・て食い下がるから、いや私はめっさ根性あるねん、麻酔がきれているのに目ん玉引き上げられても耐えれる根性があるねん、必要になるようなことは200%ない!とも断言。それ以来、なんら言うてこなかった。   そのときは、なんしか自分のところで脱会者を出したくないのか、その私のカードとやらを母のところに返すって言う。いや、それはやめてくれ、母は私のことを思って良かれとそのカードをこっちに回してきてん、その気持ちは無下にせんといてくれ!というたのにも関わらず、そのカード、母のところに返しよったらしい。お前らは人情はないのか!   昨日は、母が引っ越したこと(いうてもほん近所や)でそのカードがまたこっちに来たと。私のカードはたらい回し状況か!カードていうても名前と住所が書いてあるらしい(見たことないから想像やけど)いうたら、個人情報が書いてある紙(たぶん、紙やろ)やで。そんなもん、あっちこち回すなよ。個人情報保護法に基づいて即刻処分してくれや!昨日はまたそのカードが来たからどうしょう?っていう。   破棄してくれたらいいやん!って私。さっさと破棄しろよ!と内心シャウト!宗教は個人の自由って法律で決まってるやんけ!知らんのか?本人が破棄しろっていうてるねん、さっさと破棄しろよ!おまけに個人情報保護法の観点からもどないやねんって話やないか!とも今度、来たらいうたろ。   昨日は、私が一筋縄ではいかんことを今までの言動で分かっているからか、退会の手続きの仕方確認してまたくるわって。もう来んでええ!破棄したら終わりや!とまたも心の中でシャウト!   そして、それとは別に、こんな会合があるねん、時間があったら顔出してみいひん?って言わはるから、義父母がこっちに引っ越してきて、両親4人とも介護のお世話になっていることを語る。そんな暇ないねん!って話や。そしたら、そう、大変やなぁ、ほんだら余計気晴らしに参加したら?ってきた。気晴らしは存分にしている。先週も東京くんだりまで行ってきたしな。それに別に大変なことあらへん。こんなもん屁のかっぱや!   考えようによっては私の状況で泣きの一声もあれば格好の餌食となったであろう。私はそんな玉ちゃうしな!向かい風が吹けば凛として立ち向かう、勇気リンリンみっちゃんマンや。なめたらあかんで!   てなことで今日はちょい離れている駅まで徒歩で南下してそこから電車に乗ることに決定!こういう気分のときは耳にiPodを突っ込んで、今ヘビロテのブライアンアダムスを聴きながら闊歩する!!”
20
眼科の付き添い。
“結局、昨日は、心配性で過保護の義父が義母の目が赤いとやたら言い、それに反応した義母が目をこすり赤みがますます拡大。ケアマネさんから電話で、結局今朝眼科に連れて行ってきた。義父も付き添いで行きたそう(外に出たいから)やったが、義父は区分再申請のための認定調査で面談の日。当初からそれには私は立ち会わずケアマネさんが対応してくれることになっていたのでお任せして私は義母と二人で眼科へ行く。   駅からホームに行く前に眼科の場所を確認。その後10分ほどでホームに着いたが義母とならゆっくり歩くことになるので余裕を持って出る。結局、20分ぐらいかけて到着。問診票に自分で名前と住所を書きはったが、住所は広島のもの。なのでこそっと受付のスタッフに「認知症なので保険証で住所確認を」とお願いしておく。一通りの検査のあと診察。視力も眼底も全く異常なし。目の赤みは白目の血管が自然に切れて出血しているもので1週間ほどで自然に治るので気にすることはないと。加齢による白内障も目薬を差すほどのこともない。なんら問題のない目ということ。う〜〜うらやまし。私は問題だらけの目やちゅうのに。   なにはともあれ、心配性で過保護の義父もこれで納得するであろうと会計を済ませ、ホームに帰る。念のため1週間ぐらいしたらもう一回診せてねということだったので来週の月曜日も受診する。このときにはついでに義父も連れていって白内障の具合を診てもらうことにする。義父は広島の眼科で処方してもらった白内障予防の点眼を差しているので、今後のためにも一度は眼科を受診しておいたほうがいいやろうしね。   義母はほんとうに義父を頼りに生きてきたのか、病院も一人で行ったことがないようなことを言う。ん〜〜シアワセというのか、それがあだになって認知症になったんとちがうんか?とも思ったり。私なんて右目失明しているっていうのに一人でタクシーで入院して退院してきたというのに。私は認知症になる玉やないような気がする・・・   義父におんぶに抱っこの義母やから、認知症にならはっても可愛げがある。今日も「普通は嫁は姑を追い出したりするのに、みっちゃんは病院に連れて行ってくれて優しいなぁ」と言うたりする。そんな可愛いことを言うからできることはなんでもやったるで!って思うわな。義母の母親が嫁に追い出されたのもあってそんなことを言うんやろうけど。そんなこんなで義母と二人で出かける分にはなんら苦にならず、散歩がてらの眼科往復。来週は義父も連れていくが道中の様子がわかったし、義父は自分も診てもらうとなると自分のことで頭いっぱいになって義母のとこまで気が回らずいらんことも言わんやろうで、まぁいいか・・・”
19
ラーメン、延びてもうたがな・・・(>_<)
“今日のお昼は息子二人とラーメン。(長男は明日から定期試験にて部活休み)さぁ、食べようかというときに旦那から電話。義父から電話で義母の目が赤いから病院に連れて行きたいっていうてる、どうしょう~~?って。   どうしょう~~って今日は日曜やし、病院休みやし、まずは状況を確認してからと、ホームに電話して状況を聞いて電話するといったん切る。ホームに電話するとケアマネさんがいてはり、すでに血圧やら測って対応してくれてはる。そろそやろ、高い管理費払ってるねん(って私のお金とちゃうけど・・)。本人は元気やし目の端がちょっと赤いだけやので目をこすりすぎたか何かやと思うので病院に行くほどのこともないと思いますとのこと。   明日なら私は病院に連れていけるので、明日の朝病院に行った方がいい状況なら電話くださいと言うとく。+うちの実家の父もしょっちゅう目をこすって赤かったり目ヤニがでてるけど私ほったらかしやしなぁ~ともいうとく。   義父は病院が大好き。ちょっとしたことですぐに病院に行く。はっきりいうて神経質、過保護。目の充血で病院に行かんならんかったら私は毎晩病院通いやと思う、網膜剥離をやった私なのだ。ていうかなぁ、右目失明した私は一人でタクシーに乗って入院して一人で退院してきてん。どうしょう~~もないもんやで、うちの旦那。うちの実家の親が何かあったときには私は気丈に対応しやなあかんと腹をくくっているが、こっちもか・・・こっちも私が気丈に対応しやなあかんってことか・・・まぁ、うすうすわかっていたことやけど。   おかげでお昼のラーメン、のびのび~~やん(>_<) まぁ、ラーメンぐらいどうでもええねん。私はここ数日はご機嫌さ~んやから。”
18
ハードな1週間が終了♪
“1週間の間にライブに二つも行くという、なんと贅沢なこと!をさせていただく。シアワセなことですわぁ(^^)vそんな中、着々と次男坊主の受験は大詰めに向かっております。私が武道館に向かう時間、ヤツは本命公立高校に出願に向かっておりました。今朝の朝刊では倍率がでておりました。2倍か・・・。何倍であろうと受かるか受からないかやし。自分の力を出し切るだけ。ここまできたら・・・ 何ごとも全力で向かう姿は存分に見せているので何も言うまい。   昨日は午前中にお江戸から帰還、午後から義父母のホームに行く。水曜のデイでお風呂に入ったとのことですっきりさわやかになってはった。炬燵も臭くなくてよかった。義母はここは広島と思い込んでいるかと思いきや、昨日はここに引っ越してきたという認識のことを言う。そのくせ、私は大阪から新幹線で来たという設定で「泊まっていきぃ」と言う。そのときそのときで私は適当に話を合わすが、義父はそうはいかない様子でいちいち訂正したりする。なので余計頭がこんがらがる義母。   昨日の二人はご機嫌よろしい。ただ、思い出したように義父は「ここにいててデイに行くだけで○○(義母の名前)の病気は治るんじゃろか?」と聞いてくる。決まって私は「さぁ・・・?」と濁す。わがお父ちゃんになら、「あんなぁ、アルツハイマーは治らんねん。生活環境を整えて少しでも現状を維持して楽しく生きることを今しているねん。」っていうところやけど、認知症ではないと思っている義母の目の前でそんな話はできないので、さぁ・・としか言えない。   義母は自分の実の母親が認知症になって引き取っていた時の話をする。勝手に散歩に行って帰ってこれず洋服に縫い付けてあった住所と名前とでよその人に連れてきてもらった話をする。「ボケとったんじゃろな。ボケたらいけん。」と力説する。いや、貴女はそれを上回って警察で一晩泊めてもらいましたやん、私たちは朝一の新幹線で警察まで迎えに行きましたやん!と思うが「そやね」というしかない。本当に自分が認知症やとは100%いや200%も思っていない。でも、無意識の中で本能的に何かが違うとはわかっているんやろうなぁってのを感じる。      ”
16
月曜日のホームで。
“義父母のこたつに入って小一時間ほど団らん。だが、なんか臭う。うちの息子らの部活から帰った足の臭いがコタツから・・・18時前の夕食を機に私はブライアンのライブへと向かうべく退散する。ホームの玄関に行くと毎回、横の事務所から事務員さんとかケアマネさんとかいてはる人がお見送りしてくださる。この日はケアマネさんがいてはって、出てきてくれはった。   「お二人、ここ何日かお風呂に入っていないんですわ」とケアマネさん。ホームに移ってきて機嫌よくお風呂に入っていたのに、ここにきて義父が拒否りだし、それに便乗して義母も拒否っているらしい。「二人とも風邪気味っていわはるし、無理強いもよくないのでどうしてもってときはお体拭かさせてもらいます。」と。「風邪気味はないわ。二人ともツヤツヤした顔色で元気ですよ。お任せするんでお願いします。主人からもお風呂に入るよう義父に言ってもらいます。」と言って城ホールへ向かう。   コタツが臭かったのでそれか・・・。一人ならまだしも2人やからなぁ。何にしても2倍やもん。デイサービスの曜日変更の件も義父は「人間関係ですわ」と私にいうたが、旦那には「好かん人がいてる」と正直なところをいうてる。80こえとんねん、好かん人もないやろと思うが、幼児化している二人にて、嫌な子がいてるから幼稚園に行きたくないと一緒なんやろうなぁ。ほんに、義父の認知具合はやりにくい。   さぁ〜て、それはさておき、私は今から東京くんだりまで行く。武道館ですわ。初武道館。人生わからん。まさか一人で武道館に行くことになろうとは。旦那には迷うなよと言われたけど、私は迷いませんわ。東京駅から東京メトロに乗って九段下下車のビジネルホテルから徒歩で武道館ですもん。地図頭に入ってま・・・・   娘が今夜の夕餉と明日の男どものお弁当を作ってくれるというので心置きなく出かけられます。次男にいたっては中学3年間、ずっとお弁当持参(娘と長男は途中私の入院でコンビニで買っていくということあり)やったのがここにきてお弁当なしが一番ひっかかるとこやったので助かった(^-^; おりしも今日は公立高校の出願日でもあって、それは私がいてようがいまいが関係なく行われるので良しとする。これがまぁ、入試当日なら私も東京行きは断念したが・・・   子どもも自分のことは自分で出来るし、一人でお泊まりができるこの状況に感謝。介護のお世話になっている両親4人を抱えているというのにこんなことができるとはシアワセなことですわね。家の中で一番好きなことしているのは私のような気がしてならない今日このごろ。ほな、行ってこ・・・”
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第一関門突破!
“次男坊主の高校受験。併願の私立高校の合格通知が届く。やれやれや~~あとは本命の公立高校。これを突破したら私はやっとやっとチョコ解禁。おまちかねのカファレルのチョコレートを口にできるぅ。まぁ、これも3月末まで。4月になると今度は長男が高校3年生。大学受験生となる。やつはすでに大学受験に向けスタートを切っているが、けじめとして4月から。昨日も夜の9時帰宅で駿台やったけ代々木やったけ模試を受けに行っていた。おかげで私は日曜やというのに5時の起きでお弁当を作らさせていただいた。   そして今夜のブライアンアダムスのライブも心おきなく、楽しめる状況になったことを心よりうれしく思う所存のわたくし。カレーも作ったし、お天気がいまいちなのは別にかまへん。城ホールの中にはいったらそんなことは関係ない。朝からYoutubeで予習に余念なく、気分上々。次男坊主の合格通知でテンション一気にハイ!(^^)!   城ホールに行く前に義父母のホームに寄って、デイサービスに行くときにバスタオルやら着替えやらを入れるための袋(エコバックを買った)を持っていかねばならない。何をするにも二人分購入しなくてはならない。広島の役所からは転出届に付随しての後期高齢者や国保の書類がいっぺんに3通も届くし。いつまでたってもすっきりせん書類関係ですわ。   デイサービスで出会う声の大きいおばあさんのことを好かんと義父が言うからそのおばさんとかち合わないように曜日の変更をしてもらう。その人と何かもめたのか?とケアマネに尋ねたがそんなんではなくただ声が大きく(たぶん河内弁でまくしたてるのであろう。がらっぱちなしゃべり方をする人が好かん義父なので)、義父がデイサービスに行くのを渋るから理由をきくとその女の人のことが好かんと。わがまま言うな!って思った私でございましたわ。   なっほらみてみ、やりにくい認知症は義父の方やんけ!と旦那に言いたいのをぐっとこらえる。義母はデイサービスから帰った直後でもデイサービスに行ってたことすら覚えていないので、あの人が気に入らんもくそもない。何かもめたわけでもないのに好かんからっていうあたり、女々しないか?と思ってしまう私。がらっぱちなうちのお父ちゃんのこともケチつけよったしな、昔。そんなことを思い出す。   ひとにやってきたことは自分に返ってくる。別段何か被害をこうむったわけでもなく人のことを好かんなんていうていると、自分も他の人から理由もなく好かんって思われてしまうねんで、とわが子にやと言うねんけどな・・・・  ”
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東京へ行く~~♪
“先日、夕刊に載っていたプレゼントに応募したらそれに当たって東京に行く。明日から始まるブライアンアダムスのジャパンツアーの最終日、武道館公演に当たった(^^)v ジャパンツアーの皮切りが明日の大阪。これは昨年、チケットを購入済み。まずはここで楽しんで武道館へ行こう♪武道館なんてこんな機会がないと行くこともないであろう、で東京の地図を見ながら近場のビジネスホテルを取る。そして新幹線のチケットも予約。これは明日、大阪城ホールに行くときにチケットを受け取る。   とりあえず、娘の就職が決まったとはいえ、次男坊主は高校受験直前という時期。行ったものかどうしょうか迷ったが、このプレゼント応募を教えてくれたのは次男坊主。「受験勉強中のあんたを置いて行くけどええ?怒ってない?」と念のため聞く。「うん」ってことで行くこと決定。2名招待で明日の大阪城ホールは旦那と行くので武道館も仕事を調整できたら行くとのことやったが、どないもこないもならん状況のようで、結局、私は一人で行くことになる。ライブは招待でも交通費と宿泊代は実費なので、まぁ仕方がないとあっさりと「私、一人で行っていい?」と聞く。新幹線代と宿泊費、二人分より一人分のほうが助かる^^;   本来なら高い新幹線代を使って行くので時間いっぱい使って東京見物もしたいところやけど、そこはやっぱり気が引ける。なので、本当にライブのみで行く。翌日は7時発の新幹線で家には午前中に戻ってくる。できることなら泊りではなく日帰りで帰ってきたいところだが、新幹線の東京発新大阪の最終は21時20分。19時開演のライブ、終了は22時前になろうと想像すると、日帰りは無理。なのでビジネスホテル素泊まりでほんま寝るだけで帰ってくる。   ただ、このブライアンのライブ。明日の大阪城ホールも前日の今朝の新聞でもまだチケット発売の告知。完売していない様子。武道館は2日間ある。なんせ80年代のロックンローラーやしなぁと思いつつ、ヤフオクをうろつく。すると私があたった招待ハガキがオークションに出されている。私は某新聞社のプレゼントやったが別のメディアの分もあり、武道館2日間、それぞれのが何枚かオークションに出ている。   私もこのあたりの事情はよくわからないので想像やけど、イーグルスのとき会場で会った友達から聞いたがアリーナの中央は関係者席とのこと。そこが満席にならないと主催者側もアーティストに対して恰好がつかないであろう。そんな事情でのプレゼント招待ではなかろうかと勝手に想像する。招待ハガキには18時から座席券と引き換え、引き換え後即入場と書かれてある。招待受付ブースも通常の入り口とは別のところようなので、これは18時前にその付近に行っておかな・・・という気持ちになる。   明日の大阪城ホールはチケット購入済みやし27列目。私の前に大きい人が来ると距離よりもその人が障害になってどないもこないもあきまへんってなる。ただ、ネットの情報の座席表によると通路側の席なので多少通路にはみ出てもステージを望めるやろうし。てなことで今週は超ハードなスケジュールになってしまった。”
事件の真相。
“先日の老夫婦喧嘩からの騒ぎ。金曜日、ホームに行って詳細を聞く。まずは下の事務所で聞くが、そんな大きな事件はなかった、あれば下に連絡が入るはず、上で解決できたことかもしれないとのこと。えっでも、義父は旦那に下の事務所の人が何人か上がってきてえらいことになったというていたが、認知症の義父のこと、ここはまともな人に聞くのが一番と上のヘルパーさんに聞く。   月曜日に私が持っていったスウェットの上下。まぁ、そのときに私がいうた喜ばしぃをええように思い込んだ義父。大好きな一人息子が送ってくれたとなっている。大好きな一人息子は可愛い可愛いで育てられたため誰かのために喜ばしいをしたろという思考回路はほぼない。喜ばしぃをしたろという思考回路は私や。その可愛い一人息子は「これお義父さんにええのとちがう?買ったら着はるやろか?」っていう私に「着るやろ・・」というただけ。それを「親父に買ったってくれ」というたとちょいと色つけたのは私。   それを、一人息子がわしに贈ってくれた!!とえらい飛躍してもうてるからややこしい。そんなに嬉しいなら洗濯も拒むほど着たらいいのに、もったいなくて着ないのか相変わらず裾がちょんちょんの綿のズボンをはいている。ず〜とそれ。息子の愛情を確認しているのか、時々袖を通してみる。そしてすぐに脱ぐ。その脱いだものを義母がどこかにしまってしまった。義母は整理整頓のつもりが、整理整頓の能力はなくなっているのでどこにやったかわからんようになる。義父は可愛い一人息子が贈ってくれたものをどっかに隠しよった!と怒り狂う。今までにない怒鳴り声。   義母は義母で負けじとそんなものは息子から贈ってきていない!と口答え。あったものまでないものというあたり認知症。それでヒートアップした夫婦喧嘩の末、義母がリビング(食堂兼リビングの公共スペース)に助けて〜〜殺されるぅ〜〜と逃げたものやから、ヘルパーさん登場となる。おまけにいつになく尋常でない怒鳴り声やったらしく、ほかの利用者さんもびっくりしはったという。義父がえらいことをしたというのは、義母にたいしてえらいことをしたではなく、事務所から人がきて大事になったでもなく、ただただほかの利用者さんにかっこ悪いところを見せてもうてえらいことをしたなのだ。どないやねん!!   義父は間に入ったヘルパーさんに息子が贈ってくれたものでなかったら、ここまで怒鳴らんかったというたらしい。たかだか1,900円のものや。どないやねん。そんなに可愛いのか?まぁ、義父の息子可愛いさは尋常ではなく、今までも問題行動を起こしている。そのおかげで私はあんたとは結婚せん!っともなったのだ。孫が増えると息子がしんどいから孫はいらんとまでいう始末やしな。義母がこうならまだわかる。一般的には父と息子って微妙な距離感があって、ここまで息子可愛いにはならんやろ?   この義父の尋常でない息子可愛いさを見て、いままで不思議やったことがそういうことかと、想像の域やけどパズルが合った気分。。3、4年前、義母の弟からの情報で息子が死んだと義母がいうてるといって義父からの電話。朝の5時にかかってきた。朝の5時ってまぁ私はお弁当作りで起きているからええねんけど、よそ様の家に電話する時間やない。それもそんなあり得ん内容で。そのときは義父か義母かはたまた叔父か、誰がぼけとんねん!と思ったが、ボケてるのは義母やった。ただ、義母の心情は義父の息子可愛さへの焼きもちやなと今回の事件で直感した。   そう思うと納得する数々のこと。3年前にしょうもないことした旦那が義父母に助けを求めたがそれについては一切影を潜めていた義母。そして、今回の件で発覚した家の権利証をすべて義母名義に変更していた点。遺言状の内容。義父は一人息子には口は遺言状の内容とは反対のことを言うている。   今までに義父の息子可愛いさで嫌な思いをさせられた私は、はっきりいうて今回の事件で義母の肩を持つ。なので、金曜日には義母にズボンを一着買って持っていった。そしたら、みっちゃん、ありがとう〜と目に涙を浮かべて喜びはる。可愛いやん。義母は認知症になってから本来の性格丸出しになっている。いままでは私が母親よ!と片意地をはっていて接しにくかったが、今はただただ甘えたちゃんで誰かとスキンシップをしたくて仕方がない可愛げのある人になってはる。義母のために何かを持っていくと必ず涙を浮かべて喜びはる。それを身につけるかというとそれは認知症ゆえ忘れてしまうので別問題。いつも着慣れたものになるのは仕方がない。それでも、あの涙はほんもの。なので涙を浮かべて喜びはったと旦那に話すがあれは嘘泣きや!とこれまた義父のほうを案ずる一人息子がけんもほろろに言う。思わず、何いうてるん!あれはほんものや!あの瞬間はほんまに喜んではるんや!って私はシャウト。   父と息子がここにきて結託するから義母もよけに焼きもちを焼くねん。義理の仲やねんし、お互い(父と子)義母に気をつかったれ!と思う私。   ていうか、そんなに可愛いか?父親にとって息子って。うちのお父ちゃんははるかにボンクラ兄貴より私のほうや。お母ちゃんはボンクラ兄貴やけど。まぁ一般的に母親は息子の方が可愛いい。息子の方がというか娘とは可愛さの種類が違う。   義母と旦那が実の親子ならまたちがった展開になり、それはそれで私は嫁姑の嫌な感じになったかもしれない。おかげで私にとってはやりやすい状況ではあるが、義父のあの息子可愛いさはマジで頂けん。そして、旦那の義父と義母への気持ちのかけようの違いも頂けん。だから私は義父のことをちょいちょい悪くいうと旦那は親父よりおかんのほうがタチの悪い認知症やという。いや、認知度が違うし、はっきりいうて扱いにくいのは義父。それは私だけではなくケアマネさんも義母のほうが扱いやすいというてはった。義母のほうが扱いやすいということは、相対する義父のほうが扱いにくいってことや!   腹立つので義母が認知症にならはった原因は義父にもある!って断言してやる。義父は人の話を聞かない。自分に興味がないことは聞く耳持たずって顔をする。それや!義母のうだうだとした話、うんうんって聞いてやることもせんからや。と旦那にいうてやった。金曜日も娘の就職を決まった話をしているにもかかわらず、心ここにあらずって義父。思わず。「お義父さん、聞いてる?!」って言うたった。ほんまないわ。   旦那は旦那で助けて〜殺されるぅ〜って部屋から逃げて出る義母に苛立っている。殺されるってよ〜そんなん言うわって。それだけのことをしとんねん!って私は義母の肩を持つ。ココにきて父と息子VS義母と嫁の戦いや。ふふ〜ん、悪いが義母、安心しぃや!あんたの嫁は最強やで!    ”
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認知症ゆえ事件扱いにならず。
“昨日、ラジオから流れてきたニュース。旦那の実家のホン近くに住む70代の女性のところに強盗が入ったがその女性が認知症なので事実確認がとれず事件扱いにならなかった。それが1月中旬のこと。そして昨日、その強盗が自首したため事件となったと。その警察こそ、義父母がさんざんご迷惑をかけたところ。義母の徘徊発見後のお泊まりに始まり、強盗が入っただのとパトカー10台出動騒ぎやら・・・・ヘルパーさんとは、そのうち本当に強盗やら入ったときに相手にしてもらえなくなるかもしれない・・・なんて心配していた。なんだか、昨日のニュースを聞いて、最初に事件扱いにならなかった一因が義父母にもあるかも・・・なんて思えて仕方が無い。   強盗に合ったりしないためにも早く大阪へと年末年始のばたばたのときに連れてきた二人。着替えの洋服もヘルパーさん曰くに使えるものがないとのこと。ん〜〜確かに。取り急ぎの下着一式二人分は買って持って行ったが、洋服まではなかなか手が回らず。やっとこさ、先週末、有馬の帰りにユニクロでスウェットの上下を義父用に購入しこの月曜日に持って行った。そしたらそれが事件の発端となる。義父だけスウェットを買ったとき義母にも何か買ったほうがいいかなと頭をかすめたが適当なものがなかったのとその前の下着一式のとき、義母にはズボンを1着買っていたのもあり、今回は義父だけとなった。   自分も欲しかったのか・・・・義母はそれをどこかに隠してしまったらしい。義父は一人息子が大好きなので、その大好きな一人息子が親父のためにっていうので私が買いに行ったとちょっと喜ばしいの嘘をついたが、それもあってか大好きな息子からのスウェットを隠してっていう思いでか、義父は尋常でない怒鳴り方をしたらしい。それで1階の事務所から人が数名上がってきたと。どんな大声でも2階から1階の事務所までは聞こえるはずもないので、2階のスタッフが手に負えんと事務所に連絡したのであろう。この辺の詳しい状況は不明。この件はえらいことをしてしまったと旦那の携帯に電話してきた義父からの話なので。   とりあえず、今日はホームに行く予定やったのでそのときに詳しいことを聞いてみるが。これがあの田舎での夫婦二人の生活やったら、また近所に逃げ来んだ義母の強盗がいてるに近所の人がパトカーを呼ぶ騒ぎになったであろうと想像するとぞっとする。   実の父子である、父と息子の絆を目の当たりに見て義母の複雑な心境もあるように思うしな。義父はなにかにつけ、これ○○(一人息子、我が旦那)が買ってくれたんじゃとかしてくれたんじゃとか言う。嬉しくて仕方ないといった感じ。私がいてるところにあとから旦那が来る、旦那の顔を見た瞬間の義父の嬉しそうな顔ったらない。義母は旦那であろうと私であろうとそう変わりない。下手したら私が行くほうが抱きついてきて歓迎してくれたりする。なのでこういう事件が起こると私は義母の肩を持つ。旦那はいつも「あんな訳のわからんおかんの相手をしている親父がかわいそうや」という。訳の分からんのは脳の病気でんがな!そこを理解できない親父もボケてまんねん!と私が言うのも、どうも気に入らん様子。おかん相手やと誰でも怒鳴るわ!とくるしな。   どちらにしても、同居なんてとんでもないというのを実感する。一緒に暮らして介護してはる人は本当に大変やろうと思う。近所のおばちゃんや親戚のおばちゃんや友達は、有馬とこっちと大変やなぁ、偉いなぁと言うてくれる。そのたびにいや、同居してへんだけマシ。同居してはる人に比べたら屁ぷ〜みたいなもん。会っているそのときだけのことやもん。道中の時間の拘束はあるけど・・・とほんまそう思うわ。   とりあえず、目下の危惧は尼で一人暮らししているお母ちゃんの今後やな。義父母みたいにお金持ちでもないから今日いうて明日入れるようなホームは探されてへんし・・・そんなこんなで私は寝込まれへん!って気合いで家族5人中3人が鼻風邪の中、頑張っているしな(⌒-⌒)”
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春に一歩近づく(^-^)
“就活中やった娘も昨日の夕方、やっと内定を頂く。保育園か幼稚園の栄養士にのみ応募で、闇に葬られた履歴書数知れず、5日に二十歳の誕生日を迎え、来月には卒業式を控え、短大で一番仲のいいクラスメートも内定をもらい、焦りつつも初心貫き、保育所の栄養士として4月から社会人デビューを果たすことになった(^-^)   高校入試のときは一緒になって頑張って(おかげで私はその間3回も発熱)、あの頑張りがあとあとええ経験となり、短大受験も志望校に合格。入学後も勉学に励み、中学のときのあの成績が嘘のような好成績を納め、密かにこいつは大器晩成型やなと思う親ばかな私。そしてここにきて努力だけではどうも実り難い就活。戻ってくる「今回はご縁がなかった・・・」というお手紙。   本人が頑張るしかないと見守るだけ。まぁ、女の子やしあかんかったら適当にお茶濁して嫁に行ったらいいやんと言いそうになるのをぐっと堪える。本人は何も言わないけれど、栄養士として3年実績をつんで管理栄養士の道を目指している気持ちがあったようで、栄養士での就職にこだわっていたとは昨日知る。   私は明日私立高校受験の次男坊の動向も気になるところ。第一志望校は公立高校なので明日は念のための受験。ここで勢いをつけて本命突破を目指したいところ。彼もまたこの一年、よく勉強してきた。ただ、私が期待するところまで到達できていないところは正直否めない。それは点数云々ではなく、詰めの甘さの改善。最初に比べたら成長の跡はあるが、私の合格点には今一歩足らないかなぁというところ。それでも、この頑張りはあとあとええ経験として活かされるであろうと期待する。   我が家の桜はただいまつぼみといった感じかなぁ・・・”
06
帰りたいと言わない理由。
“義母は最近、広島に帰りたい、いつ帰る?と言わなくなった。そりゃええこっちゃ・・・と喜んでいたが、義母にとっては帰る必要がないからだということが判明。ここがその広島の家なのだ。ここは福山市○○と家の住所をはっきりと言う。私が何かを持っていくと「ありがとう、仏壇に備えてこよ・・・」と行って、隣のベッドルームにあるトイレのドアを開ける。そして出てくる。義父の姿が見えなくなると「おとうさん、二階にでもいったんじゃろか?」とベッドルームを見る。   毎回、私に「みっちゃん、よ〜来たなぁ。ここまでどれぐらいかかる?」「ん、3、40分かなぁ。」「それは福山からじゃろ?」と。そう、新幹線がとまる福山の駅から家まで車で30分ほどかかる、その福山駅からの話と思っている。「ううん、家から。」「えっ大阪の家から?」「そうやでぇ〜」という。「そうなん」と納得する義母。このここまでどれぐらいかかる?って会話は1時間の間に7、8回は繰り広げられる。毎回同じ回答をする私。   散歩に連れていく。戻ってきてホームの建物(ちょっと変わっていてオシャレな建物)を見て、「ここに来たことあるんじゃ」という。いや、さっき、ここから出てきましたんですぜと思う。   何はともあれ、帰りたいが収まっている最近は穏やかな感じではある。ただ、だいぶん慣れたのか義父の地が出てきて、理由はわからんが義母を怒鳴ることがしばし。そのたびに義母は別ブースのグループホームのほうへ避難してくるとのこと。ケアマネさんと私の想像では、義母のつじつまの合わない話をいちいち真に受けいらつく義父は怒鳴ってしまうのかなぁ〜と。義母の認知症具合が理解できないあたり義父も認知症ではあるが、あまりに頻繁に怒鳴る×逃げるが繰り返されるようであれば、2間のあいだのドアを戻して部屋を個別にしたほうがいいかも・・・と言うている。”
03
生保のお祝い一時金に振り回される。
“受け取るもののことは覚えているようで、義母名義の保険で今年はお金がもらえるはずや!と証書を見てくれと言われてホームから帰ってきた旦那。自分の父親の性格、一つのことが気になるとそればっかりという性質を理解できていない旦那はそんなことをすっかり忘れる。   夜10時に旦那のスマホがなる。義父から。いつも9時には寝ているはずの義父や。気になって寝るに寝れんかっての電話。   証書はあったか?というている。 あるわいな!私が保管しているねん。どこぞのおばあさんみたいに夜な夜な隠したりはせぇへん。と心の声。 こういう手続き関係、またそれにまつわる証書に書かれている内容を把握するとかって超苦手な旦那に内容を説明し、再度、旦那から義父に電話。説明しているが説明している旦那も100%自分が理解しているわけでもないので説得力にかける。   そして、今朝、6時半に旦那のスマホがなる。義父から。昨日と同じ質問。 げっ昨夜のこと覚えていないのか理解できていないのか、証書はあったか?とは認知症度パワーアップ!旦那はといえば、実の親にてぼけぶりの進歩を認めたくないのか、昨日と今日と2回説明したから親父もわかったと思うって。 わかるか!また聞きよるわ!とは私の心の声。とりあえず、今日、ホームに行ったときにケアマネさんに昨日からの様子、伝えておくからと言うとく。2月に入ったら介護度の区分申請をかけてもらうことになっているので情報は伝えておかな・・・・   さっき、その生保の契約内容を把握するため生保会社に電話。昨日からの義父の電話を伝える。結局、この保険は来年の秋に満期になる。今年の夏前に最後の年払いの掛け金を支払って秋に一時金をもらう。それもこれも義母の成年後見人の手続きを完了させやな、どないもこないもできん話しで、今は宙ぶらりんの状況。   固定資産税や別のガン保険の支払を滞り、督促状が来たことはわざわざ言うていないが、そんなことはすっかり頭からないのに、なぜに一時金のことは覚えている? それを覚えているから旦那は一縷の望みを持ってしまう。親父はまだ大丈夫・・・と。 昨年の夏ごろの義母は今の義父の状況。そこから一気にアルツハイマー道を下っていく。いまじゃ、苗字の漢字も忘れかけているちゅうねん。でも、キャッシュカードの暗証番号は覚えている。義父は忘れているが。   有馬のお父ちゃんみたいにすべてを私に委ねてみはったら悪いようにはせぇへんのに。週1回の面会も3年間欠かしていないし。病院代もマンションの固定資産税も維持費もそして確定申告も滞ることなく処理しているちゅうねん!   入れ歯もお父ちゃんはポリデントをいれた容器にちゃんと納めて寝てる。義父は歯磨きをして外して封筒に入れて寝る。なんでやねん!ポリデントや入れ歯容器を買うお金はないんか!とも心の声。   ま・・・・お金、貯まるわな。いつ使うん?”
01
遺言状、書いとこか・・・
“と、とりあえず言うてみた。先週の有馬で。「わし、書かれへん。」ってお父ちゃん。「いやいや、右手は使えるやん。書けるで!」「どう書くか、わし、わからんし。お前が代わりに書いといてくれ」って。「あんなぁ、私が代わりに書いたらあかんねん。本人が書かなあかんねん。住所と名前と書けるやろ?」「そりゃ、それぐらい書けるけど、あとはわからん。」「見本書いてくるやん。」「ほんだら、今度、紙と鉛筆持ってきてくれ」って。   ん・・・紙と鉛筆でええんか?消せない筆記具やないとあかんことないのか?面倒くさいな~もうええわ・・・   くそぼんくら兄貴夫婦がわけのわからんことぬかしよったら、今まで使った領収書(確定申告でもないけど、おいてある)ひっくるめて、支払ってから云えというたる。お父ちゃんの遺言書より、義母の成年後見人制度の手続きのほうが優先や。生保、ちゃんと掛け金支払うっていうてるねん。義母の口座から引き落としにしてもらわな、面倒くさくて仕方ない。その手続きをするほうが先決や・・・  ”
2月でございます(^^)v
“年明けから怒涛のような1月も無事に終了。4年前に介護元年(実家の父の脳梗塞発症)を迎えてから、一人、二人と年老いた両親4人が順番に介護申請。そしてめでたく(?)4人ともが介護のお世話になった昨年の秋。そして、今年になって、義父母を広島から大阪の老人ホームに呼び寄せた。高齢者対応にどっぷり両足を突っ込んでしまった感の1月。   2月はといえば、娘が二十歳の誕生日を迎える。次男坊主が併願私立高校、本命の公立高校と受験&発表。いまだ、厳しい社会情勢のあおりで就活中の娘。2日ほど前、クラスメートの一人がやっと内定をもらったと。君の桜はいつ咲くのか?と厳しい状況に耐えている娘。女の子やし別にええねんで、アルバイトで済ませてもと出そうになる言葉をぐっとこらえ、黙ってみている。   よくよく考えると、高齢者に振り回されている場合ではないねん。わが子らが将来の岐路に立っているわけやんか。   孫のこんな状況をマジで心配しているのは有馬のお父ちゃんと尼のお母ちゃん。毎回のように、就職は決まったんか?高校はどうなった?と。 孫のことより息子がかわいい義父と自分が一人になることが不安で仕方がない義母。まっええねんけど・・・   なんしか早く春になってほしい!切に願う、それだけ。 ふっふふん。13日は次男の私立高校発表日というのにその夜、私はブライアンアダムスのライブやん(^^)v大阪城ホール。いろいろ懸案事項を抱えながらも、それはそれこれはこれでいっとこか・・・ その前に確定申告(旦那の分)をある程度形にすべく今必死のパッチ!そのあと、私の分、そして父&義父の分と今年は4つ・・・ふぅ・・・”
1月
31
見解の相違(>_<)
“昨日のホーム訪問。義父母のブースに入ると共有スペースの居間兼キッチンで、お友達になったおばさんとくつろぐ義父。私に気づいたおばさん(この方も認知症)が「来はったよ!お嫁さん」っていうたはるが話に夢中の義父。ようよう気づいた義父は立って部屋に戻る。そのあとを続く。義父母の部屋の明かりはついておらず、ドアを開けて「おい!みっちゃんが来た」と義母を呼ぶ義父。「おかあさ~ん、どこ?」と呼びながら部屋に入った私に「よぅ来たなぁ」と泣きながら抱きついてくる義母。5分間ハグ。   カレンダーを見せながら「土曜日のデイは行かんかったんじゃ」と義父。「えっなんで?」と聞くが答えなし。まあ、帰りに下の事務所で聞いたらええわとさらりと受け流す。小一時間ほどしたら夕食タイム、それを機に「おかあさん、またくるわ!」と帰る。エレベーターが1階に着いたらちょうどケアマネさんと遭遇。土曜日のデイに行かなかった一件を聞く前にケアマネさんが実はこんなことがあったんです・・・と。   土曜日、デイに行く前、義母が義父を怖がってベランダに逃げてなかなか部屋に戻らなかったと。その前に義父の怒鳴り声とかも聞こえなかったのでそういったことはないと思うので以前のことを思い出したんでしょうと。こんなことが頻繁に起こる様であればふた部屋の仕切りのドアを元に戻して個別にしましょうと。   ケアマネさんと私は義父の認知症の度合が進んでいることの認識も、義母の同じことの繰り返しの話をさして聞いている風でもなく自分のことしか考えていない義父という認識も同じ、ホームにも慣れて地が出てきているであろう義父の様子というのも同じ認識。認知症の度合の違いはあれど、義父も認知症。なのでこんな状況が続くのは義母にはよくないであろうから様子を見ながら頻繁に起こるようなら個別対応でとなる。   ホームをあとにしてすぐに旦那に電話。土曜のデイを休んだことをいうたら、今朝電話したら親父がいうてたと。なんでか知っている?と尋ねると熱があったんやろ?と。ちゃう!熱なんてない。仕事中にて詳しいことは帰ってからと切るが、息子に嘘ついてどうするねん、親父ぃ~~義母よりまだ話が通じる義父の言うことを信じる旦那も旦那や。義父も認知症やって。義母は広島にいてるときもヘルパーさんにはいうていたし、ここにきてホームのケアマネさんにもいう、お父さんの悪口。悪口というと語弊があるかな、二人っきりになるときついんじゃ!っていう話。私は去年の夏からこっちなんども聞いている。旦那は聞いていない。ここがちょっと複雑な後妻さんの心境やと察する。息子には義父のことはいわない。夫婦を長年やっていたら所詮他人の夫婦。文句の一つや二つはあって当然。それを息子にはいえない義母のつらさや。   義父母を連れて散歩に行くとき、私とのときは義父がひとりさきに歩いて、あとから義母と私が手をつなぐか腕を組んで歩く。旦那とのときは義母は自ら義父と腕を組んで歩くらしい。なので、義母が義父の文句をいうのが信じられないといっためでたい旦那。   どうでもええけど、ケアマネさんと私の見解のほうが的を得ているでとだけいうとく。昨日も義母は「おとうさんがおらんようになって一人になるなんて考えただけでぞっとする。そのときは頼むなぁみっちゃん」というていた。義母は義父がおらんようになることより一人になることが不安なわけで、そのときに別に頼る相手がおったらええねん。「私にできることはするからね」と答えた私。そのために大阪に呼び寄せた。顔を見て抱きついてくるようなかわいらしいことをする義母や、できることはしたる!今はそう思っている。気持ちがかわる状況になるかもしれないので断言はできないけど・・・^^;”
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今度は生保の督促(>_<)
“義母が契約者のガン保険。住所変更と口座変更の連絡をし、すんなりいきそうやったのにNGやと。本社に確認したらば住所変更はOKやけど口座変更は本人の意思確認がいるとか。介護認定書のコピーと印鑑登録証がいるとか。介護の認定はええわ。認知症の人の印鑑登録はなんの意味ももたないと役所で言われているんですけれど・・・それに、名前は言えるがどこに居てるかが認識できていない人間でもしゃべれたら意思確認OKなのか?どのレベルでの意思確認をいうてはるのかがわかりませんと答える。ぶっちゃけた話、別の生保では成人後見人制度を利用しやな住所変更もできないといわれ春先には段取りをするつもりなんですけど・・・ともいう。   おまけにそのがん保険、年払いの引落ができていないと。その督促のハガキを送っているはずじゃと言わはる。11月末の引落ができずなのでそのハガキはコチラに転送される以前のもの。 お金の管理は義父がやっていたが先日の固定資産税の督促状についで生保もか・・・と要支援1のレベルは脱しているのでは?2月になったら区分変更の申請をしてもらう段取りなのでなんとかそこで要支援2に・・・。ガン保険のそれは今月中に振り込まなければ失効になりそれを戻す手続きはまたややこしいとか。即日送りますのでとファックスで段取りを指示してもらいネットからペイジー利用で振り込む。ほんまややこしいったらない。そのがん保険が引き落としされるであろう銀行の通帳の存在は私たちは知らずやし。   こんなそんなあれこれぜ~んぶ処理しているのは私。なるべく早くデイサービスを利用できるよう役所を走り回ったのも私。なのに義父は息子がやってくれたと思っている。ん~~お宅の息子はこんなこと超苦手ですぜ。要支援1 の義父が週2回もデイサービスと週1の訪問ヘルパーを利用できるわけもないのをケアマネさんがなんとかしてくれはった。実費でもなく。請求書を見てもうちのお母ちゃん(同じ要支援1。母は週2回1時間ずつ訪問ヘルパーを利用)より安い。ホームに支払っている管理費がそこそこやし、その辺はどういう仕組みかしらんけど・・・ホームの事務所にもちょこちょこ手土産渡しているしな。誰もいうてくれへんから自分でいうとく。こんなよ~できた嫁はそういてまへんで!!とな。”
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細かいことはどうでもええ。
“眼科にて。11月からコンタクトレンズ復活後、初の診察の本日。コンタクトの見え具合と目の状況を診てもらう。コンタクト復活の意義は眼鏡だと頭が痛くなることしばしなのでそれを改善するために先生の提案。私はコンタクトをあきらめていたので、喜んでその提案を受ける。私は密かにとにかくライブに行ったときに眼鏡やと動きづらいのと遠くが見えづらいのでそれを改善できるところが度数の落としどころともくろんだ。   人工レンズの右目と左目の両方を使ってええ感じに見えるというのははなから期待していない。右目と左目で遠近両用的使い方をすりゃ~ええと、脳の使い分けを訓練すればいいねんということで、先生には免許更新が楽なような度数でお願いした。右目のほうが遠くが見える。近くを見るときは左目を使う。なのでそこそこのところで私は満足しているが、今日の検診。コンタクトを付けての手元を見る検査ではあきらかに右目は見えない。人工レンズにてピント調整ができないから見える幅が小さいのも欠点。そんな細かいことはこのさいどうでもええ。とにかくライブに行って見えたらいいねん。   とは、いえず、検査結果をみた先生は「コンタクトレンズの度数交換が無料にできるのは2月の20日までなんでもし見え方に不安があったらそれまでに・・」っていわはる。100%私が希望するようには見えるわけがないねんから、今のこれで折り合いをつけて私は十分に満足してまんねんとはいえず、はいっと答えておく。   いちおう、仕事に行くときはコンタクトレンズ装着でPCもこなせる。電車の中でも文庫本を読める。スマホも見える。多少、見えづらいといや~見えづらいけど、細かいことをいうてたらキリがない。一時は失明を覚悟した右目やから見えるだけで充分やん。   今日も眼科でおばちゃんらがしゃべっていたが、白内障だか緑内障の手術のあと、目が見えるようになるまでの話。黒い中かすかな明かりはみえていたっていうクダリ。あのなぁ、おばちゃん、網膜剥離の術後はそのかすかな明かりすら見えへんねん。ほんまの闇やで。さすがの私もそれが1週間続いた日にゃ、ほんまに見えるようになるんかと主治医に確認したっていうほどの闇や。暗闇。かすかな明かりは希望の明かりや。   それを思うと今の状況でこれ以上は望みませんって気持ちになる。さぁ、コンタクトも装着して遠くも見えるようになった今、3Dの劇場映画も眼鏡on眼鏡でなく観れる!ライブで汗を流してタオルを振り回しても眼鏡が落ちる心配がない!それらに行きたくてしかたがないよぉ~~~昨今、周りを見渡すと後期高齢者の方々。脳梗塞やら認知症やら。それを思うと今、楽しめるときは思う存分楽しまなあかん!と気がせく。”
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生保の住所変更もままならず。
“義父母、ふたりで生命保険、6件。それらの住所変更と口座振り込み変更手続き中。別に解約するわけやなく、保険金の請求でもなく、住所変更なのにすんなり行かない。大手のところが本人の意思確認ができないからと成人後見人を立ててからでないとできないと。認知症やねん。そのあたりの管理能力はなくなっている。保険証等紛失(隠して)して再発行は2度3度やってまんねん。いわゆる、社会生活に支障をきたすっていう状況ですわ。その本人に意思確認なんてできるはずがない。今、いてるのは広島なのか大阪なのか行ったり来たりの頭の中やのに。   会社によってはすんなり変更の書類を送りますってことで話がついたりもしたのに・・・・生保以外にも葬儀屋さんの積み立て(完了ずみ)もあったのでこれは解約の手続きをと電話した。したら、大阪の互助会とのネットワークがあるのでもしそちらを利用するなら移籍という形がとれますとのこと。なのでこちらで利用できそうならそうしたいので資料をお願いする。   普通で考えると不動産の名義は義父。だが、これを先の記事にも書いたが平成7年に義母の名義に変更してはる。義父は息子(旦那)には「家は自分で土地を義母の名義に変えた。所得が低いほうが固定資産税が安いから」と言うたらしいが、権利書をよくよくみると、家も土地も義母名義。それに固定資産税は所得によって変化せえへんやろ?よっぽど低いとかなら減税やら免税の手続きがある市町村もあるようやけど・・・義父の言い訳やなと思った私。こちらとしては、もらっても対処に困る不動産なので義母の生活費に充てる算段で義父なきあと処分するつもりでいたが、義母名義なら処分できんやんってなる。ややこしい。ほんまややこしいことばっかりしてくれてはる。あれこれややこしいことをするなら認知症になるなよとも思う私。うちの実家みたいに大した資産もなけりゃ~そないややこしいこともない。こちらの管理も楽。   結局やね、やっぱり、そのつもりやったけど、成人後見人の手続きをしやなあかんことになる。ホームの支払いが危うくなったら(計算上では大丈夫やけど)、不動産を売ってお金に変える必要もでてくるであろう。空き家のままずっと置いとくのも物騒な話。いずれ、誰かが棲むってならまだしも広島じゃ100%ない話。うちの実家のマンションならうちの子の誰かが棲む可能性もあるので、震災でつぶれかけたマンションの走りの中古物件でも雨露はしのげるし置いておこうと算段の私。そのつぶれかけのマンションと同じぐらいの価値の田舎の不動産ですわ。   義父にいたってはすでに自分名義でもないから気がとんでいるのか、これも先の記事で書いたが12月26日期日の固定資産税を支払忘れている。いまだ、そのことを思い出さない。こっちも言わないが。督促状ってあんた~うちのぼんくら兄貴一家やあるまいしと届いたそれに突っ込んだ。督促状なんて生まれて初めて手にした私。私はそういうものを手にするような悪いことはしてへん。翌日早々に支払に行かさせていただきましたが。次年度分は一括払いじゃ!義父の後期高齢者の保険代も義母の国保の保険代も1回目はすでに支払ずみ。そして、口座振替の手続きも申請。払うべきものは期日内に支払う。これが私の信条!   うちのお父ちゃんはいまだに「もうそろそろ固定資産税の支払がある」とか「支所に行って手続きするやつ(確定申告)を頼むで」とか言い寄る。頭の中は回っている。体は回らんけど・・・・   あと、お墓が残っている。ん~~これは旦那の生母のみが入ってはるお墓。これこそ、こうなる前にどないかしとけよって思う。今の義母は一緒には入りたくないやろ?気悪い話や。それにそれをそのまま存続させてわが長男に墓守をさせるなんてことはさせられない。そこが先祖代々続いているっていうならまだしも、義父は次男やし。義父の父母は義父が10歳ぐらいに立て続けに亡くなりはって、天王寺の一心寺にいてはる。いずれ、そのお墓はそれ相応の手続きを取って処分するつもりやし。お墓の名義は義父やろうから(まさかこれを義母にするわけにはいかへんやろ)、義父なきあとまで置いておくか、それ以前に手放すかやね。   ふふん、こういう一連の段取り。実の息子の旦那ではなく嫁の私が采配を振るう。一番妥当やと思う線で動いているので旦那も文句いわず従う。というか従わせる。従わせるだけの理由を述べる。きれいに整理しいもってきちんと処理しているしな。おかげでいろいろ勉強させていただく。何ごとも経験。また一つ大きくなる私ってか^^; 体は一向に大きくならんけど。   てなことでお昼を食べて、確定申告のんちょっとやってホームに行こう・・・延々としゃべり続ける義母相手に帰りどころを見つけるのに苦労するから、夕ご飯(18時)の1時間ちょい前ぐらいについて、「そろそろご飯やから帰るわ!」っでホームをあとにする。最近はこのパターン。暖かくなったら昼間に行って散歩に連れ出すことも考えてはいるが・・・”
そんなこと言うたら自分の嫁はんも言われるで!
“って思わず、旦那に云うた。昨日、旦那が云う。義父母の前の部屋のおばさん。アルツハイマーであろう。足腰は問題ない。一日中、義父母らが居てるブースをうろうろ。各部屋に入っては何やら訴える。私もそれに出くわしたことがある。部屋に入ってこようとしている義父に何やら涙声で訴えている様子。炬燵に座って義母と話していた(義母の話を聞いていた)私が気になり、ドアに行く。私が「どしたん?」って聞くとそのおばさん「なんでもないの。あなたには関係ないの」と向こうに行きはる。   部屋に戻ってきた義父。「一日、あちこちの人のところに行ってんじゃ。皆、嫌がっとる。」という。「そうですか・・・。さみしいんやろうねぇ」っと私。そのおばさんのことを昨日旦那が云う。「向かいのおばちゃん、向こうのブース(同じ階でグループホーム的にしてはるところ。いつもヘルパーさんがだれかかれかいてはる)に移るんやて。」「誰に聞いたん?」「親父や。皆に嫌われているからあっちに移るっていうてた。」っていうから思わず「何いうてるん!そんなん言うてたら自分の嫁はんも言われるようになるで。近い将来の義母の姿かもしれんのに、そんなこと言うもんやない!!」って切れる。   大体、昔から人を外見で判断するところがある義父母。そこが私ともめたところやけど。自分のことは棚に上げて失礼なことを平気で言う。ほんまない。義母を連れて散歩に行く。するとすれ違う人みなに「こんにちは!」と挨拶をする。それはええことやねんけど、いうたら昔はせなんだことや。認知症になって誰彼なしに挨拶する。人によっては同じように「こんにちは」と返してくれはる人もいてるが、おかしなおばさんやって目で見られることもある。旦那に言うと、「おかん、そんなことしとるんか?」という。「山登りやないねんしとは思うけれど、認知症やしなぁ。別に悪いことでもないから。」と私。「頭がおかしいヤツやって思われるやんけ」と旦那。ん~外見を気にする親に育てられたからかとは思うが、頭がおかしいっていやおかしいんですわぁ。脳の病気やから!!   義父母を連れてホームの近所を散歩する。隣の家とひっついた建売住宅の前で二人して大きい声で「ひゃ~隣の家とひっついとる。こんな家にはよ~すまんのぉ」と。住んではる人が聞いたら気悪いことを平気で言う。私はスルーするけど。そりゃなぁ、田舎の土地は安いねん。家の権利書みたら60坪のあの土地と家、300万で買ってはる。昭和50年頭の話やけど。その後、平成7年に義母に名義変更のときに500万や。なぁ、土地の値段が違うねん。外側だけ見て判断すな!   いろいろ人に言うてたこと、ぜ~んぶ自分に返ってくるでとつくづく思う。そして、私も気をつけやな。人のふり見てわがふり直せや。てか、もう遅いか?すでにここで罵詈雑言書き連ねている?しゃ~ない、自分で言うたことのケツは自分でふこやないかっ・・・”
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お葬式用の写真も・・・
“役所関係がひと段落。次は生命保険等住所変更と葬儀屋さんの解約。っで朝から生保1件と葬儀屋さんに電話。生保は解約するわけやないので手続きの書類送付をお願いする。葬儀屋さんはすでに払込み完了の分、解約手続きとなり、解約担当者から後日電話という段取り。置いとけば使えますといわれても、広島の葬儀屋さん(結婚式にも利用可)には大変申し訳ないが遠方過ぎて使いようがおまへん。   っで、その一式書類の中に見つけてしまった。お葬式用の写真にしろと言わんばかりの証明写真の数々。義父のは若いころから現在に至るまで。たぶん、車の免許更新のたびに余分になったものを集めたもの。そして義母のは、ごくごく最近のものが一組。9月から通いだしたデイサービスでカットしてもらった髪型のもの。段取り、良すぎやろって思う。なんだかなぁ~という気分。   各々の両親の中で一番年かさはうちのお父ちゃん。順番でいうとお父ちゃんやろ。ん~~お父ちゃんのお葬式用の写真はとりあえず障碍者手帳に貼る用に私がデジカメで撮ったものをと勝手に考えている。でも、それ、パジャマ姿やし。いちおう、パジャマっていうのははっきりわからんようには撮れているけれど・・・・義父はキチンとネクタイしてはる。でも義母は普段着。バランス、悪いなぁ。   思うが、たぶん、こう用意周到やと結局それを使うときってなかなかやってこなく、何も用意していないのが急にってなるような気がする。そんなことを思いながら、新石切の銀行に行く。銀行の前でカメラクルーとすれ違う。誰かと思うと円広志氏がしゃべってはる。銀行の中で担当の女性とその話題。一般人を人間国宝って認定する番組(コーナー)があるらしく、それらしい。ふ~ん、どうせなら、福山雅治氏にでも逢いたかったなぁ~と失礼ながら思う。てかなんの感動もないってあたり、ちょっとぐらいのことでは動じないおばはん根性になってしまったか・・・とわが身を思う。   さぁ、残りの生保に連絡してホームに行こ・・・・”
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固定資産税の請求・・・そして今年の確定申告。
“昨日、我が家に届いた義母名義の固定資産税納付書。12月26日期日のを支払っておらず至急納付しろと催促の7,000円。1期分が7,000円ならまとめて払えばいいのにと思う私。尼のマンションの固定資産税も去年、まとめて3万なにがしコンビニで振り込んだ。だから、尼のマンションより安い固定資産税ってことか・・・。土地はお義母さん名義に変えてはる。上の乗っかっている家は義父名義らしいが、これは何の価値もないであろう。   こういう支払関係はここ何年間は義父が管理していたようやけど、年末にはそれもおぼつかなくなっていたのかと思うと、説得してこっちに呼び寄せたのは正解やったとつくづく思う。確定申告もしなければと旦那が義父に確定申告の話をしたら、「ここ何年も確定申告はしていない」という回答。え~~それでいけてるん?年金受給者はそれでOKなん?今年の確定申告から年金のみの所得者で400万以内の人は確定申告をしなくてもよくなったというのを新聞でみたから、去年まではしなあかんかったのやないのか?よ~わからんけど。   でもお父ちゃんは脳梗塞で身体が不自由になる前は自分で確定申告をしに役所に行っていた。だから、義父母らも行かなあかんかったんやないやろか?たぶん、いくばくかでも戻ってきてたんやないかと思うんやけど。もうすんでしまったことはおいといて、今後は私がちゃんとするしな。   そしたら、義父母の国保の申告控除はがきも届く。尼のマンションにはお父ちゃんの年金の所得証明はがきが届いていた。これと医療費控除とでお父ちゃんは差し引かれている所得税がまるまま戻ってくる。義父母は医療費控除をうけられるほど支払っていないであろうが、きっちり確定申告書と照らし合わせ、いくばくか戻ってくるようであれば申請する予定。   その前に一番重要な旦那の仕事の確定申告の作業がある。そして同じく個人事業主の私の分、お父ちゃんの医療費控除、そして義父母と今回は4つやん。夏からこっち義父母ごとでばたばたしていて書類整理が滞っているのでがんばらなねば・・・という状況。いつになったらのほほんとできるのであろうか?”
どことも新年度役員選出の時期。
“昨日は長男の高校Pの会議。中学Pと同じような委員会だけどスケジュールにそって段取りよく動いてはるので、私としてもやりやすい。この時期は新年度役員選出の作業がある。今年度は2年生保護者の長をやらさせていただいた。次年度、3年生の長になると全体の取り仕切りもありかなり時間が取られるのは今年度の様子をみてわかる。とてもじゃないが今の私の状況ではそれはとても無理。それに、11名で構成している中で一度もしていない人からっていうのが暗黙の了解となっているので、私は省かれる。そんなんで、一人っ子のお母さんが「うちは子ども一人なので」と快く引き受けてくれてすんなりと決まる。   町内会も役員(班長とか・・・)選出がある。ここは輪番制なので今はとなりの筋。私はあと4,5年は何も当たらない。なのに、近所のおばちゃんは毎回、この時期に私に「つぎは婦人部やな?」とか「夫婦そろっているから支部長やな。」とかいうてくる。終わったばっかりのときから云うから、ええ加減にしろよと腹立つ。「うちの順番まだやし。これ順番通りにしやな不公平やろ!」とはいう。   そばで聞いている仲良しのおばちゃんもあとから「なんであんたいつも言われるん?今のあんたの状況(高齢者4人抱えている)で無理やのに。」というてくれる。「せやろ、いつも言い寄るねん。自分とこの出戻りの息子にさせたらいいやんって思うわ!!」っていう。ほんまええ加減にしろよって話やで。だから嫌いやねん、某新興宗教。   私と仲良しのおばちゃんもその某新興宗教が嫌いなので、二人で盛り上がる。その某新興宗教をしているご家庭のご子息がそりゃまぁ品行方正であればご利益もあるのかいなと思うが、そろいもそろって髪の毛金キンでロクに高校も行かんかったり、ええ年こいてプ~やったり、それはいったいどういう宗教なんすか?って言いたくもなる。子どもが学校に行けへんようになったり、プ~になるような宗教をなんで信じられる?とまぁ、そんな話で盛り上がる。それが聞こえているのか?ここでこんなことを書くからか?   まぁ、実際、そこに片足つっこんだ私やねんけど。親がやっているから。優等生の私は、説法に真摯に耳を傾ける。子ども心にん?なんかおかしい?と思う節が多々ある。大人になったら、家を出たら、これとはおさらばさ!そりゃ~そうやろ、法律でそう決まってある。個人の自由や。そやのにまだ席はあるらしい。なので除籍してくれというたら、それはできないと前出のおばちゃん(毎回役をさせようとするおばはん)が云わはる。本人が席をぬけっていうてるねん!それが出来んって法律違反やないか!!   何かあったとき、絶対に必要やと思うときがくるからって食い下がって云いよるから、それは絶対ない!私が一番信じているのは私や。私がここの家の教祖やねん、旦那もう含めうちの子らはみな私の信者!二十歳になったら自動退会や!って云う。こいつ頭おかしいんか?って思われたかもしれんが、実際、そのようなものやしな。家族に受験生がいたらテレビは観ない教やし!子どもが小さいときに公共の場で静かにさせるのにお菓子は与えない教やしな!やたらめったに自販機で飲み物は買わない教や!   てなことでそれ以来、その話を言ってはこなくなった。もしかしたら、我が家の不幸を祈られているかもしれない。そしてその不幸の最中に泣きついてくるのを待っているかもしれない。それこそ、とんでもない話やわなあ。~となんで役員選出からこんな話になるのか。   私は超ヘンコやし。人と同じことするのん嫌やし。わがの確固たる意志はゆるぎないし。忍の一字が好きやし。人と群れるの嫌いやし。人を頼るの嫌いやし。どう?どれもこれもその某新興宗教信者に反しているやおまへんか!すんなり席を抜かへんからここでこんなことも云いたくもなるねん。誰が何を信じようとかまへん。私の思想は私のものや!   とにかく、4月からは学校P役員も町内会役員もなく、私は晴れて自由の身や~~~てなことが言いたかったわけ。freedomや!!    ”
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二宮金次郎とナイチンゲールとジャンヌダルクが私の原点。
“近所のおばちゃんからの電話・・・・40分(>_<)。おばちゃんっていうたかて、うちのお父ちゃんと1歳違い。80越えてはる。ちょっとした頼まれごと(ほんまよ~頼まれる・・・)とご近所の愚痴。そんなに私は頼みやすいか?隣の一人暮らしの70代のおばちゃんの携帯も何かあったときの連絡先は私の携帯番号やし。「あんたも大変やなぁ、あっちやこっちのお父さんやお母さんの面倒をみて。倒れんようにしぃや!」というてくれる。そして「あんたが倒れたら、あっちやこっちやどれだけ大変なことになるか・・・」とも。なので、「ほんま、私、逝くときはころっと逝くから、そんときは葬式来てな~~」っていうとく。まぁ、私は葬式はせぇへんねんけど。     昨日も職場で子どものときに参列したお父ちゃんの父、おじいちゃんのお葬式でのことを話す。孫やから焼き場まで連れていかれ、最後、お骨を拾うわけやけど、そんときにおばちゃんやおっちゃんが「おじぃちゃんは骨がしっかりしているから形がきれいに残っている」とかという会話をする。子ども心に、大人はえげつないと思ったもので、いらんしぃ、早く帰らせてくれ!と忍の一字で優等生の私はダダをこねることなくおとなしくしていた。が、心の中で罵詈雑言や。あんたら、おじいちゃん一人ほっといて、そのそばに私をおいて、わいわい楽しそうにしとったやないか!と。そんなことからあのお骨を拾うって作業はいるんですかねぇ?って職場で話す。     ホームの入居した義母は思い出したように帰りたがる。そりゃ、帰りたいやろ。っで、息子の旦那は、そのおかんの帰りたいを受ける親父がしんどくならへんかをやたら気にする。親父は一人息子がほぼ毎日、顔を見せてくれるからこっちに居つこうという気分になっている。実の親子はええわな。そりゃ、後妻さんのお義母さんは帰りたいわ。「みっちゃん、子宮筋腫の手術をしたじゃろ?あんときに子どもは一人いてるからってお父さんがいうから子宮とったんじゃ」ってお義母さん。自分の子どもが欲しかったんやろ。そんな話を小出しにしてくる。     だから、自分の妹の子と息子を結婚させたいと思うわな。ほんだら血のつながった孫が持てたもんなぁ。でも血のつながりもアテにならん。やたら自分の兄弟に固守する義母やけど、引っ越しましたのはがきをだしたが、連絡先の我が家に心配して電話をかけてきたのは、義父の友達と義母の勤め先の古い知人だけ。お互いの兄弟からはなしのつぶて。そりゃ、しゃ~ないわ。みんな60代、70代、80代としんどい年やったり、自分の兄弟より子どもや孫とのつながりを大事に思ってはったりや。でも、義母はそこの固守するから、自分の息子のことを弟の名前で呼んだりする。     旦那は「なんで二人して認知症になってんやろ?」と嘆くが、申し訳ないが自業自得やろと思う。うちのお父ちゃんが脳梗塞になったのも自業自得や。「酒ばっかり飲んでるからや!」と本人にも「自業自得や!おかげで私がしんどいめしてるねん!」という私に、「しゃ~ないやんけ!」とじじぃ。「しゃないことあっかぁ!!」と私。ここは、実の親子やから出来る会話。義父母に「自業自得ですわ」とはよ~いわんけど、孫が生まれるっていうのに自分の息子がしんどいめするから生むなとか、孫が病気やっていうたら遠くて行かれへんねんから連絡してくるな!とかいうから、孫も私も寄りつかんようになって、夫婦二人の生活を10年もしていた。そりゃ、刺激のない生活、10年なんらかわらん生活をしていたらボケるやろ!ボケいでか!っていう話。厳しいようやけど自業自得や。なので、義母の「帰りたい」を義父は真摯に受けるべきと厳しい私は思うわけや。     私がそれぞれの4人の親のサポートで走りまわらなあかんようになったのも自業自得やな。これはしゃ~ない。そういう運命と臨機応変に対応する。近所のおばちゃんにあれこれ頼まれるのも、なんでも頼みや!って雰囲気をかもしだしている私の自業自得ということやわな。できることしかせぇへんけど。これがまたできることがほかのおばはんより多いような気がする。自分でいうけど。     とまぁ、すべてはそういう運命よと受け入れるところから始まる。なので、私には宗教は必要なし。最近、思い出したが、私はこの人の生き方に影響されている。二宮金次郎さんや!私は小学校のとき、学校にあった二宮金次郎の銅像を見ながら、この人みたいに努力しやなあかんと思った。私が崇拝するのは二宮金次郎とナイチンゲールとジャンヌダルク。ここに私の原点あり!     ごくごく最近、近所に越してきはった人がいてる。うちの近所で幅を利かせている某宗教団体とはちがう宗教らしい。それは、うちのお母ちゃんの下の妹と同じなんやけど。つくづくこの二つの宗教と縁があると思いながらどっちも私には関係ない。職場で、一番手がかからん宗教はなに?って聞いたところによると、浄土真宗西本願寺らしい。それぞれの親4人の葬式をどうするかを思案している。お墓もいらない。天王寺の一心寺でみんな仲良くお手手つないで収まってもらおう。私もあとから行くし。     そんなこんなを考える、70代80代との関わり。 ケツメイシのDVD、買うたるねん!!  ”
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事件勃発!
“昨日、夕方、ホームに居てる旦那から電話。「誰がミカンを持ってきた?」って。3時ごろに男の子が持ってきたと義母が云うているらしい。その時間はうちの男の子は学校やし、妄想や!よその部屋から持ってきたかもしれんからヘルパーさんに確認してもらいという。結局、よその部屋の人もみな認知症にて、そんな話をきいたところでわからん。義母はというと、途中から廊下に置いてあったと言い出す始末。   このホームは下の玄関を入るとすぐに横の事務所から人が出てきはる。利用者が生活している2階へのエレベーターはパスワードを入れないと動かない。昨日知ったが、玄関に誰か入ってくるとどの利用者の関係者かが該当階のヘルパーに連絡が入るシステムらしい。それによると、昨日、義父母がいてるブースに来たのはうちの旦那が最初で最後。なので外から男の子は入ってきていない。   結局、みかんの出所は不明のまま。それ、私がその前の日に持っていったみかんのような気がするねんけど・・・   して、昨夜、旦那が云うには義母、5分おきにトイレに入っていたとのこと。その前日の私が行ったときも40分ぐらいの間、こたつに座ることなくうろうろしていた。落ち着きがない様子。今日は院長の往診(毎水)なので、みかんの件ともども伝えてもらうよう電話する。遠方からきて、混乱しているのやろうなぁ~と思うが、とにかくここを乗り切ってもらわないと。   てなことで仕事に行ってこ・・・”
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テレビも直す嫁(^^)v
“昨日、ホームに出かけようとしたら高校Pの委員長から電話。2,30分話をしてしまうから予定より大幅に遅れて、寒空の中駅に向かう。何いうて地下鉄高井田からJR高井田中央駅へ上がる階段が信じられんぐらい風が吹き込んできて寒い。その上、JRのホームも空の下でおまけにここは15分に1本しか来ない(時間帯によったら20分に1本やったりする)から、電車が行ったあとはつらい。拷問のごとくの時間を過ごす。ホームまでは乗り継ぎがうまくいったらドアtoドアで30分のときもあるが乗り継ぎに下手こくと4,50分を要する。   そんな寒空の中、片手には前日に買った二人の下着が詰まったパンパンに膨れたエコバックと途中のスーパーで買った、みかんとまがりせんべい、そしてもう片方には私の鞄。気を抜くとへたり込みそうになる荷物。それらを抱えてホーム着。共同リビングで仲良くなったおばちゃん(同じく認知症)と3人で大きいテレビの前で談笑中の義父母。私の顔を見た途端、開口一番に「テレビが壊れたんじゃ」と口をそろえて言う。え~~~買ったばかりのテレビ、そう簡単にはつぶれんやろ?あのあほほどいっぱいある地デジテレビのリモコンの操作ミスやろ?と心ん中でつぶやきつつ、「ほんだら、いっぺん見てみるわ。」と私。「○○(旦那の名前)に電話して云うたんじゃ。夕方、見にくるっていうてたんじゃ」と義父。   いや~うちの旦那には直せんで!と思うが、ここは黙って「そうなん?いっぺん、私が見てみるわ」って3人で部屋に行く。有馬のお父ちゃんもよ~やる、地デジ以外の放送のボタンを押しているやろという予想通り、電源を入れたらBSの契約をしていないとかのメッセージが出ている。なので地デジのボタンを押す。テレビ、映る。「うわっ直った。みっちゃん、どうやったんじゃ?」と義父。で、このボタンやでと教える。   「○○(旦那)にテレビが直ったって電話しといたほうがいいかのう?」っていうから、「うん、しといて」って私。携帯電話の操作をようよう覚えた(それを教えたのも私)義父は嬉々として旦那に電話。「テレビ、直ったんじゃ!みっちゃんが来てくれて直してくれた!」というてる。テレビも直す嫁やで、ええ嫁、もらったやろ!とこれもまた自分で言うとく。   そして持ってきた下着の山を広げて、「これはお義父さんのん、こっちはお義母さんのんやで。」というと、義母は涙ぐむ。認知症になってからは可愛らしくなってはるので、「泣くことあらへんやん、箪笥にしまっておこか?」と二人で箪笥に収める。義父も嬉しそうに箪笥にしまっている。二人とも認知症にて父親じゃ母親じゃというえらそぶるところがこっちに来てからとんとなくなって、おかげでやりやすいし可愛げもある。   そうこうしたら、仕事帰りの旦那が到着。テレビの壊れた(壊れたわけやないけど)のを直すにはこうするっていうのを、旦那に説明する義父。「そんな、俺に聞かれてもわからんかったわ」とあっさり白旗をあげる旦那。テレビを直せるのはみっちゃんだけやで~覚えときやぁ~~とこれもぼそっと心ん中でつぶやく。   して、朝一、生協までにと、駅前の郵便局に行って義母の国保の引落手続きをする。顔なじみの局員さんで、先週の義父母の住所変更の一件も記憶してもらっているのでやりやすい。そのあと、次男の併願私立校の受験料を振り込みに南都銀行に行く。そこで中学Pの人と会う。同じく私立校の受験料振込に来てはる。すこししゃべる。この方は一生懸命動いてくれはる人やから私は快く話ができる。もし、これが例のぼんくら二人やったらスルーやな・・・今から、そのぼんくら二人の尻拭き作業をする予定。ほんま、なんで今頃、こんなことを私がやらなあかんねんと思ったら、怒りがふつふつとしてくるちゅうねん!!!いらん仕事増やしやがってって、お父ちゃんみたいにぼろくそ言えたら気分も晴れるが、なんせ、女相手に喧嘩はせん性質の(ちゃうねん、女は怖いねん。だから喧嘩、よ~せんねん。)私はぐっとこらえて、縁を切る。これが終わったら正真正銘、縁を切る!    ”
15
いらんことするな!っていうたのがわからんか!!
“と怒鳴った昨日。有馬のお父ちゃんに。土曜日はディルームで昼食。嚥下障害を防ぐため、おかゆと刻み食。左半身マヒにて左の口元から食べこぼしがある。他の患者さんと同じ病院が用意してくれている大きいエプロンをつける。食事が終わって歯ブラシをする。そこまではええ。歯ブラシの後片付けをするため、水道のところに行くのに、「じっとしときや!わかった?いらんことしたらあかんで!じぃ~~と待っといて!」というてお父ちゃんから離れる。   歯ブラシセットを洗ってお父ちゃんのほうへ向かって歩き出す。げっエプロン取っと~る。で戻ると、パジャマの上にエプロンについてた食べこぼしそのまま落としているしぃ。「だから、いうたやろ!!じっとしとけって、いらんことするな!っていうたんわからんか?人の話聞いてへんのんか!」と舌巻いてどなる。このディルーム、やたらテレビの音量が大きいのでそれにかき消されるから少々大きい声でいうても誰にも聞こえへん。そばにいてるのは脳梗塞の後遺症らしきおっちゃんおばちゃんばっかりやし。お父ちゃんの後ろにいてはる人は60代前半ぐらい。若いがこの人が今、かなり手を焼かしている風。お父ちゃんもたいがいと思っていたが、おっとどっこいてな話で、上には上がいてる状況。   そして、思うが、ここは脳梗塞の後遺症、そこからの認知症の方が多い。ほぼ100%車椅子移動。食べこぼしはあるが、下のほうもおむつやったりするが意思疎通ができる。がゆえに、駄々をこねよる。っで、義父母がいてるホームは認知症(アルツハイマー)の方が多い。自立歩行やし、ご飯だって普通食。うな丼も出てくる。だけど話している内容が筋が通っておりません。医療が発達したこの高齢者社会のもっとも問題となっている認知症と脳梗塞をまざまざと見る。脳梗塞は防ぎようがあるっちゃ~ある。認知症はなぁ~~と。そんな感傷に浸っている間がないのが現状。   私に怒鳴られたお父ちゃんはしおらしくなっている。しおらしくなりつつも、「風邪はなおったんか?」とうちの長男の風邪の具合を聞く。このあたり、頭は達者。風邪なおったんか?の言葉は、悪いが私やから聞き取れるっていうやつで、もっとゆっくり口を大きくあけてしゃべれよって言いたくなるぐらい、もごもごいうてて聞き取りにくい。そして、○○ちゃんは?(次男)といまだちゃんづけ。いつまでたっても小学校2,3年ぐらいのイメージが残る次男。そのくせ、お父ちゃんはこの次男に免許をとらせ(自分の年金で車も買うたるとか)、自分を乗せて家に連れて帰ってもらおうともくろんでいる。   そして、○○は?って私の名前を言う。え~~順番的には次は娘やろ?と。3回目にやっと気づいて□□は?と娘のことを聞く。まぁ、どんだけ怒鳴られようが、一番かわいいのは娘の私で、なのでわが娘のことをしょうっちゅう、私の名前でよぶ。これは娘が生まれてからずっと。なので娘は「じぃちゃんはおかあさんのことが一番かわいいねんなぁ」という。とその娘の成人式の画像を見せる。   「ほぉ~長袖か・・」とお父ちゃん。「ちゃう!!振袖や!」確かに、袖、長いけど・・・・2年前にも「わしがこんなところに入ってもうたから、□□(娘)に長袖を買ってやられへん・・・」って嘆くから、長袖ってなんやねん・・・て思案。その前に娘の年齢の話をしていたからそれは振袖ちゃうん?って突っ込んで、「あんなぁ、長袖とちゃう!振袖や。覚えときや!」っていうたのに、忘れたんか!!!って話。やけど、ここは突っ込むだけで怒鳴らず。   そんなこんなで、有馬から尼によって、そのあと堺筋本町の寺内によって義父母の下着をたんと買う。たしか、11月の終わりに下着を買って送ったのに、それ2枚ほどしか持ってきてないし。てか、穴の開いてるショーツを出してきて、「みっちゃんが見える!」って穴からのぞかれても・・・・   てなことで、今から持っていこ・・・・”
14
掃除した尻から・・・
“ゴミが舞う、義父母の部屋。私はそんなこと平気なんやけど、実の息子の旦那は「わしが行って寝っころがられへん。掃除してくれてへんのんやろか?」っていうから聞いてみたが、掃除した後に行った私。何も変わらんやん・・・てな状況。   義母は義父と二人になると「いつ帰るんじゃ?」と聞いているらしく、義父は「死ぬまでここにおるんじゃ!」と答えたそう。私には「あんまりしつこ~云われるといやになる」と嘆いてはる。義母はといえば、私が行くと「みっちゃん!みっちゃん」の連発。挙句の果てに「みっちゃん、かわいいのぉ」と云わはる。心ん中でどこがかわいいねん!と突っ込みつつ、苦笑い。今のところは私は居心地いいので気分よくホーム通い。旦那は義母の弟の名前で呼ばれたり、部屋の汚さに辟易しながらも毎夜仕事帰る寄る。まぁ、孝行息子ですわ。   昨日はいったん、うちの住所に入れて二人の住民票もはれてホームに異動させ、ゆう貯の住所変更(6冊あるから1時間かかる)もすませ、あとは生命保険等の住所変更を終えたらとりあえず、事務処理は完了!事務処理が達者な嫁でよかったやろ!と自分でいうとく。   さて、今日は有馬のお父ちゃんとこ。近所のおばちゃんは「自分の親もあるのにあちこち、あんた、えらいなぁ」というてくれはるが、「同居して面倒みること思ったら全然楽!私なんてほんま全然楽やねんで」と。ほんまそう思う今日このごろ。行ってこ・・・・”
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怒涛の4日間。
“6日に広島から義父母が移ってきた。お昼過ぎに娘と二人でホームに行き、午前中に届いているこたつやその他こまごま雑貨の梱包をほどき、セッティング。15時前に疲れてはてた旦那が二人を連れてホーム到着。2泊3日で病院受診、銀行、役所周りと普段ならすべて私任せのことを認知症の二人を連れてこなしてきたのでかなりへとへとの旦那。スケジュール・段取りは私が一覧にして持たせてあったが、あちらこちら見落としあり。ホーム到着後、私は娘を連れて、義父の委任状を持って役所に行って転入手続きや保険、介護の手続きに走る。   夕方、ホームに戻り夕食後まで付き合い、帰宅。次の日は有馬の父のところから冬のバーゲン真っ最中の梅田に足を踏み入れ(バーゲン素通り)、紀伊国屋で次男の最後のあがき、うすっぺらい問題集を選び、即ホームに向かう。翌8日は午後からホームへ。この日は朝の4時半に義父母は外に出ようとしていたのをヘルパーさんに止めらたということがありその件で管理担当の方と話す。義父は私が作った引っ越しましたのはがきを郵便ポストに入れようと思っていたようで、広島に帰ろうとしてたわけでもないので良かったのだけど、今後は勝手に外に出すのは止めたほうがいいということになる。   そのため、ストレスがたまるであろうと昨日の9日は午後一番でホームに行き、散歩に連れ出す。その前、成人式ゆえ、娘を5時に起こし、美容院に送り出したり、堀川戎神社に福笹をもらいにいったり超ハード。いや、その前日もホームに行く前、午前中、旦那から電話で財布を忘れたから駐車場から出られへんのヘルプコール。財布を持って緑橋往復をやってからのホーム。(親子で手がかかるったらない!)   えびっさんの心得。福娘より福おばちゃんのところで福笹を授かるほうがいい。福おばちゃんは毎年、オマケしてくれはる。昨日なんて1,500円分もオマケしてくれはったし。おばちゃん曰く「神さんも気前がいいねん!」らしい。   そんなこんなの怒涛の4日間。12日にもう一度役所周りをしてホームでの介護が受けれる状況にしたらディサービスも始まる。それまでは、サポートのため行ける日は足を運ぶ予定。でもこれも考えもん。私たちが顔を出す入居してはるほかの方との交流の場を失うことにもなる。ディがはじまったら徐々にフェードアウトして週に1回2回の訪問で済ませるようにしなければ、これから先が長い。こちらの身が持たないのと、こちらの暮らしも落ち着かない。   とまぁ、そんな状況で昨日、今日と仕事!行ってこ・・・・”
04
03
初詣からのホーム準備!
“毎年、2日は枚岡神社に初詣。必ずといっていいほど、参道で学校関係の家族とすれ違う。それも、あんまり好みでないお方・・・なんでやねん!!今年も例年にもれずか・・・・駐車場待ちの間、子どもと私は先に車から降ろされるので先におみくじを引く。これも毎年のこと。マイナス思考のわが旦那はぜったいにおみくじを引かない。万が一、凶でも出た日にゃぁ、それを真に受け一年中暗くなるとそれを恐れて引かない。凶が出るかも?なんて危惧すらしない私は毎年引く。たいてい、小吉とか末吉とか。妥当な線。今から上を目指せるぜ!という位置で満足。   これでしょっちゅう大吉を出す長男と凶にお目にかかる次男なのだが、今年は子どもらはみな吉。私は小吉。「かあさんが一番べべ!」と言われるが、「春ごろには抜かすから!」と私。こと細かくあれこれチェックをする長男は探しものがどうのこうのとか、健康がどうのこうのとかうるさい。そんなもんはどうでもええがな。私はぱっと見て良さげな一文だけ記憶する。   今年の厄年にあたる年齢をチェックする3人。「あんなぁ、それ母さんの若いころにはなかった厄年が増えてるねん。神社の商法にまんまと乗るな!」というておく。「そして、みてみ、それ40代、全滅や!」と。そして「母さんのあえてあれが厄年にあたる出来事か?っていうのは見事にその厄年の年齢を外れている。気のもん!母さんに厄年はなし!」と強気な発言をかわす頃に旦那登場。あえておみくじネタはしない。   今年は高校受験の次男が絵馬を授かる。たいていが志望校合格!なんて書いているので「あんなぁ、志望校なんてごまかしたらあかん。ちゃうんと学校名を書かな神さんもさて、どこの高校や?ってわからん。学校名を書きや!」という。が、ほんま大丈夫か?という次男は私の心配どおり学科名の漢字を間違う。「かあさん、もう一枚買ってきて!」としゃ~ないなぁとここは絵馬を授かりに行く。そしてめでたく学科名まで記入。「名前もフルネームで書いてときや!」と。本人、これだけで受かった気になって、「母さん、合格発表の次の日には携帯と服と買いに行こな!」やて。「受かったらな!」と釘をさす。   このあと、毎年の参道での腹ごしらえ。玉せんを買っては毎回、メインの卵を下に落とす長男は今年もそれをやらかす。高校生やろしっかりしろよ!と来年は玉せんはタブーやで。卵落としたらセンター突破でけへんでとここでも釘をさす。   そして、くら寿司でたらふくお寿司をいただく。というても、私はえびとあなごとまぐろのみ。デザートのシューアイスは2ついただく。くらポンもふたつゲット。めでたい2日めのメインイベント、ホームの入居準備に向かう。年末に届いている地デジ対応TV(いまどきのテレビはみんなそれか・・?)のセッティングに5人で取り組む。まさに初体験!「この大きさ(22インチ)でええから、ほしいよなぁ」とつぶやく旦那に息子二人がうなずくが・・・・1年お待ちという話。すでに長男の来春、大学受験体制にはいっており、もう1年テレビ禁止令が密かに発令されましたぜ!元旦の朝、貴方たちが爆睡しているとき、厳かにわたくしが一人発令しましたの(^^)v   テレビと冷蔵庫を設置しその他のこまごまもとりあえず形を整えホームをあとにし家路につく。お昼前から夕方6時まで、この狭いピンポイントで動き回りへとへとになる。そして、いまだ年賀状の作成にいたらず。今日から部活があるという長男。お正月も昨日までということで、今日は家にこもってあれこれ用事をこなさなければ・・・  ”
02
元旦は山に行く~
“元旦はまずは山(有馬)に居てる父のところにご挨拶♪11時過ぎに芦屋に到着。まずは腹ごしらえとR2沿いにある"日の丸軒らぁめん。"に寄る。内容はコチラ。病院到着後、まずはナースステーションに挨拶に行く。そこで看護婦さんが「てんちゃん(父のこと)、今から浣腸やねん!かまへん?」と、元日早々に浣腸とはつらいなぁ~お父ちゃん。「かまへんで、その間、部屋でとくしぃ」でとりあえず、父のところに。   「今から浣腸らしいなぁ」「せや、痛いねん。浣腸するぐらいなら死んだほうがましや!」と我が家5人を含めて、一番ほっぺがピンク色の父が言う。「あんな、そんなええ顔色してたら死にたくても死ねん!!」というてやる。そんなこんなで浣腸をすませすっきりしたお父ちゃんに「そういえば、あんた、年男やなぁ、84やん!」「せや、宝くじ買うたら3億円当たるような気がする!」とお父ちゃん。(年男で当たったら皆買うわ!)「そうなん?ほんだら夏のん、買ってみる?それ3億当たったら、ここにいてる6人で山分けしてくれるん?」「山分けしたる!」と元旦から能天気な父娘は宝くじの話で盛り上がる。その他4人はこの会話を苦笑いしながら聞いている。正月から超平和な会話にシアワセを感じる私。ぷっ・・・   そして、下の足湯場で足湯をして山を下りる。昨年の元旦は大雪で芦有道路はさんざんだったが今年はクリスマス寒波の雪の残骸がかすかに残る程度で車はすいすい。この後は尼のお母ちゃんとこによって鍋を食べて(作るのは私・・材料も我が家持ち)帰る。が、お母ちゃんが云う。 「さっき、兄ちゃんから電話があってん。」って嬉しそう。 「ふ~ん、なんて?家、引っ越したっていうてたか?」 「ううん、家はそのままでいけるらしい。」 「それ、どういうことやねん!しょうもないところでお金借りたんとちゃうんか?」と私。我ながら、超きつい妹。 「さぁ、その辺はわからん。正月の挨拶をして山(有馬)にもずっと行ってへんってえらい気にしてたで。」と愚息をかばうお母ちゃん。 「行ってへんてなぁ、おととしの11月から来とらへん。1年以上、ほったらかしや!!!!」と切れかけの私。 「そうやなぁ、携帯からやったし長話もできんから、子供だけでも来たら?お年玉用意しているでっていうてん。」って親ばかぶり発揮のお母ちゃん。 「ふ~~ん。それで?」超冷たい私。 「一回電話切ってんけど、しばらくして明日行くってかかってきた。」 返す言葉なしの私! くそぼけ兄貴とよくボケ白豚嫁!目の前にいてたら罵詈雑言を浴びさせてやるのに!   年金で細々と暮らしているお母ちゃんゆえ、我が家の子どもらには「ばあちゃんからお年玉をもらおうなんて思って行ったらあかんで!!」っていう私に3人ともが「わかっている。」というたのに。孫でさえそういうたのに、くそったれの愚息は「お金がないから」って電話だけで年賀をすまそうとしたらしい。お金がないっていうのはお母ちゃんところにいくバス代がないってこと。どついたろか!!   元旦早々、私はおもいっきり誓う!ぜったいに喪主は私がする。長男として喪主して恰好つけたかったら葬式代をだせ!って思いっきりシャウトしたるしな。我が家の子どもらに云わせたら、じいちゃんの葬式には来えへんのんとちがうか?とあの白豚嫁のことを言うていた。来んでいい。来たら、こき使ってやるからな!   しかし、あんな愚息でも長男は可愛いらしいお母ちゃんにも腹立つ。結局、無理をしてうちの子らにもお年玉を用意していた。それさえもくそボンクラ兄貴のあの可愛げもない子どらにお年玉をやりたい手前か?とさえ思うやろ?だから、6人いてる孫のダレ一人にもお年玉を用意せんかてええ!って年末に云うたやろ!!くそったれ~~そのしわ寄せは私やないか!マンションのトイレ修理の3万はきっかり私に請求してきよるし、それがお年玉に化けたって話やんけ?   とまぁ、結局、私は切れまくりで新しい年を迎えたってことはまたも1年中切れまくる?そんなこともないやろぉ~~~と・・・”
01
明けましておめでとうございます!(^^)!
“いつもと変わらない朝を迎えたことに感謝!2012年も忙しくなりそうですが、なにごとも真摯に取り組む姿勢は変わらず、邁進していきたいと思っております。   さ~て、2,3日前の話とはいえ、昨年のこと、ほんまないわ~~というPのヤツのおかげで、書きかけていた2010年を振り返ってみる!というお題のネタ、今さら公開もできずゴミ箱に捨てたし。くっそ~~。大晦日まで仕事をしやなあかんようにした本人は音沙汰ないし。連絡するといいながら連絡していないというのは舐めてんのんか!!と。私がここまで憤るのをまともな人は納得して当然のことというたはるしな。ほんまない!   と、新年早々、文句をぶちかました私。たぶん、いやきっと、今年もここでは文句ぶちかましになるんやろうなぁと思う。   大晦日といえば世間では紅白を見るというのが習わしのご家庭が多い中、私は結婚してこのかた最初から最後まで紅白を見たことがない。ここ数年は紅白のこの字もかすめない。我が家ではダウンタウンのんを見ているか、もしくはテレビがついていない。紅白を見ないのは旦那の趣向。彼の実家がその趣向らしく・・・まぁ、義父は若い時分から夜8時には寝るという習慣。基本、テレビはNHK。なのに、大晦日の夜の紅白というのはあまりないらしい。     正直いうて、くそ面白みもないお家なのだ。かというて、テレビの代わりに本を読むというわけでもない。笑いのツボの違いは土地柄+家柄ということなのだ。うちのお父ちゃんはテレビでプロレスorボクシングor相撲を観ながらラジオでプロ野球というステレオ観賞をしていたから、シーズン中は家ん中うるさかった。そこに+お父ちゃんの「打たんかぁ~あほ!」とか「いてまえ~~猪木ぃ~~」とか・・・そこに私も時々参戦する。なので、私はその時代のこの4つのプロスポーツは網羅している。   旦那はサッカー少年で野球には興味なし。結婚当初はプロ野球のセリーグとパリーグの違いを私が教えたという。仕事の付き合いで数年前甲子園に阪神選を見に行き、やたら興奮していた。悪い!私は子どものときから甲子園には行っている。外野専門やけど。それも自転車で武庫川の堤防を走って・・・   子どものときの育った環境の違いはかなり大きく、また、家庭の成り立ちの違いもかなり大きい。が、そんなことも私のペースに巻き込んで、この6日には義父母は大阪にやってくる。別に私だけに都合がいいようにしているわけやなく、客観的に考えて妥協点を見出すとこうなったわけで。それは、旦那の実家に限らず、私の実家もそう。まぁ、うちのお母ちゃんにいたっては人生の際でえらいわがままを言い寄ったから、しぶしぶそれに応えてやったが、その代償として葬式はせん。てかするお金がないやろ!って話。生きている間にええ思いをさせてやっているねん。葬式までは手はまわらん。   そして、今日は5人で有馬のお父ちゃんところに行く。最近は、「わしにはお前だけやからな!」を連呼してはる。「わかってるがな!だからこうやってきてるやん。」というが、せや、今度、それいうたら「ほんだら、あの中古のマンションは私にやると遺言状書いて」というたろ。マンションたって震災にあってイガン出るし、昨年のクリスマス頃にはトイレから水がじゃじゃもれで年末に修理(修理代は我が家持ち)やし、内装をきれいにして売りに出しても、子ども一人も大学に行かされへんぐらいしかならへん。それでも、くそぼんくら兄貴に半分持っていかれるのは腹立つ。遺言状かけ~~って話や、お父ちゃん!唯一、阪神間に建っているというところが私には魅力。   そんなこんなのやっぱり文句をぶちかまして元旦のネタは終わる。”
2011
12月
29
今朝の電話
“7時半に旦那の実家から電話。受話器を取ると無言。 「もしもし!」と私。 「みっちゃん?」と義母。 ナンバーディスプレイやからどこからの電話かは分かっているが誰からかまでは家電なのでわからない。 「おかあさん、おはようございます。」 「おはよう」とここまではよかった。 「私・・・大阪に行くの?」と義母。 「そうよ。待ってるよ。」 「それはいつ?」 「6日からよ。なんで?」 「私、お世話にならないけないような病気でないし、迷惑かかるでしょう。だから行かない。」 エッ、何いうてるん!もう契約したし・・・・ 「そうなん?でも、待っているよ。お母さん、来てちょうだい。」 「それ、お父さんも一緒?」 「そうよ!お父さんと一緒に来て。」と声を大にして言う。 なんせ、お父さんと一緒ならどこでも行くということで大阪行きをすんなりOKした義母なので。 そしたら、小声になった義母が言う。 「あのね、あの人(義父のこと)、いろいろうるさいの。一緒に行くの嫌!」ときた。 え〜〜〜やっぱり、義父がまたいらんこと言うてる。   今回の大阪行きも義母が病気(認知症)やから仕方なしに納得ということで来る義父。いやいや、貴方も認知症ですやん。二人とも病気!っていうのが理解できず、自分は十分まともだと言い張る。言い張るところが認知症やのに・・・・と思うが刺激してへそを曲げると困るのでスルー。ただ、そのうち、義母にお前のせいで大阪に行くことになったとか言い出すやろうなぁを危惧していたら案の定や。   認知症の義母を説得なんて無駄なので、話を変える。というか、この二人を説得するのは私の仕事やない。ここは旦那の仕事なのでそこに私は必死にならない。旦那が決めたことに従っています嫁を演じる。っで、 「お母さん、風邪引いていない?」と話を変える。あとは知〜らない・・・と。   認知症になった義母、それまでの"私が母親よ"という片意地をはることもなくなったので、私としては気を使うこともなく今のところ可愛げもあり接しやすい。可愛げというのは、認知症ゆえ近場に住み頻繁に顔を会わすようになるとどうなるかわからんとは思うが・・・。ただ、息子である旦那とも義理の仲。私は嫁なので義理の仲。血が繋がっていない分、キレイっていやキレイ。ほかの周りの高齢者の血のつながりのやらしさを感じずにはいられない今日このごろなので、その点、それがない分、やりやすい点もある。   まぁ、どちらにしても頻繁に顔を会わせともめ事も増えるであろうとは肝に銘じておく。”
28
受け入れ準備中!
“23日に無事に契約をすませ26日に契約金を振込み、あとは6日の入居までに受け入れ準備を済ませる。とりあえず、テレビと冷蔵庫はホームに運び込まれている。トイレットペーパーやらシャンプーやら細々したものは我が家に届いている。これは年明け2日に持って行く。コタツと部屋干し用物干は6日の午前中、箪笥も同日にニトリから届く予定。義父母は14時前に新大阪着なので15時前に入居する。そして、昨日は携帯電話、らくらくフォンを新規契約してきた。部屋には電話はない。公衆電話も置かれていないので電話は事務所のを借りることになる。頻繁には気が引けるしほかの入居者も携帯電話を持っていると聞いたので買うことにした。   ファミリー扱いにすると旦那や私の携帯への通話は無料やし、メールは必要ないので一番安い料金。持ち帰ってらくらくフォンの設定をする。超簡単なので御年80の義父も使えるであろう・・・というか、今、毎日のように息子(旦那)と連絡を取り合っている状況なので使わずにはいられないと予想。   入居してきた当初は寂しい思いをさせられないので頻繁に顔を出すつもりやし、転入届けや移動届けや銀行等の住所変更等で役所行きも頻繁になる。ばたばたと年が明けて行く。9日には娘の成人式やし、そのあとは次男の高校受験がいよいよ佳境に突入。     忙しいときにはあれこれ忙しいことが続くもので、我が家の健康保険証が切り替えとなり、一旦国保に移してから建設業の国保加入をする。12月は所在地の国保なので今、その健康保険証が手元にあるが、これがちゃっちい!ポイントカードか?というカードサイズの紙仕様。ケースもないのでくしゃくしゃになったら終わりやん・・・って感じ。昔のサイズ(今の後期高齢者の保険証)のほうがまだまし。高い保険料を払ってこれかい!とツッコミつつ、まぁ、1月から建設業の国保やからあのしっかりした固いカードになる。その建設業の国保の加入手続きを昨日、西大橋まで行ってやってきた。   この建設業の国保には以前も加入していた。そのときは四ツ橋筋の古い雑居ビルやったのが今は長堀通りに面した全面ガラス張りのリッチな事務所に移転してはる。儲かっているの?と思った私。厚生年金保険やら国保やらあちこち行ったり来たりの我が家。これらの手続きはすべて私。昨今、新聞をにぎわしているサラリーマンの主婦の年金。自分の年金がどうなっているかわからんなんて私には信じられない話。なんせ、私は行政すら信じていないので年金の領収書やら何やら何までぜ〜んぶ保管している。だいたい、国にやっていることなんて、知らないと損をするばっかり。   先日の契約金振込のとき、ことのついでと我が家にやってきてくれはったお客様係(ファイナンシャルプランナーでもある)に時間を取ってもらいあれこれ相談する。義父母のあれこれ大切なものの管理の方向性など・・・・少し前に相続税と贈与税の仕組みが変わるという新聞記事があったのでその辺も詳しく聞く。世の中には知らないことがたくさんある。知らなければ損をすることがたくさんある。おかげでまた私が勉強するネタが増えた。私の勉強ネタはもっかのところはお葬式事情やったりするねんけど。義父も父も次男。宗教事情もあれこれ調べやなあかんし、どちらも次男ならお気楽。代々云々を気にせずにできるがそれをどうするかが思案どころ。   現役バリバリ世代のお葬式なら社会生活上参列していたく人も多数であろうが80を超えるとその辺りを念頭にいれる必要もないならご大層なことは必要ない!と私は思うがさて当のご本人たちは・・・というところ。私の父母にいたっては無い袖は振れんということで至ってシンプル(チープともいう、質素ともいう)でよかろう。文句があるならかかってこんかい!ということで私が強行に押し進められるが、義父母はいかがなものか。   そんなことを思いつつ、2011年も残すところあと4日か・・・・    ”
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MaryChristmas(^^)v
“世間ではクリスマスでなおかつ日曜日という本日、私はPの作業をする。クリスマスの日に一人この作業をしている状況に非常に憤りを感じるわたくしでございます。こういう状況に至らせた奴らは今頃のほほんとクリスマスを楽しんでいるかと思うと、腹立つやろ!   段取りもでけへんというのは想像力に欠けるということで、想像力のないヤツは・・・・はっきり申し上げてバカですわねぇ。ここはアホではなくバカです。大阪弁ではアホというのは時に愛情表現として用いられる。可愛いヤツやな~という意味で使うとうきもある。その場合はカタカナでなくひらがなが適しているというのは私の感覚。なのであえてバカと申し上げる。   私にはとてもマネできない失態に近い状況を招きながら、いっこうに堪えていない様子。そのケツを拭いてやっているねん、私が!甘えるのもええ加減にせえや!と言いたいのをぐっとこらえる。ん~~これぞ忍の一字。その代り、これっきりや。女・子ども相手にいちいち噛んでられへんので絶つ。   さて、夏からず~と引きずっていた義父母の問題もとりあえず1コマ前進。年明け6日にはめでたくこっちのホームに入居が決定。先日、契約も交わしてきて、さっき電気屋さんから電話でテレビと冷蔵庫は届けられた。箪笥とこたつとその他こまごまとした生活雑貨は6日にニトリから届けられる。ティッシュやシャンプーやその他もろもろもネットで注文して年内にはここに届く。それを持って2日には入居先に運び入れ、テレビのセッティング等々・・・の予定。   とりあえず、ぜ~んぶカード払いにしたので年末の買い物三昧でもなんとか年は越せる?いや~別にお金がなくてもあっても新しい年は平等に誰にでもやってくる。昨日は有馬のお父ちゃんの、せやせや足の爪切ったろ!とぱっちんぱっちんする。「ほれ~足の爪もきれいになってこれで正月を迎えられるで!」という私にお父ちゃんはうなずいていたが、別に足の爪が伸びてようがお正月は有馬にもやってくる。「今度は元日に来るわな~~」と手を振って、ものごっつい寒い山から下りてきた。はんぱちゃう!ここらとは空気の質感が違う。それが一層身に染みるってやつ。   年明けは4日から仕事。年末の仕事は納めてきたが、それは外勤の仕事。在宅の仕事(旦那の仕事の作業などなど)はいっこうに終わらず。年末ギリまで働いて年明け早々から頑張らさせていただきますという感じでしょうかねぇ。   思い返せばこの2011年もまた激動でございました。というか、ず~~と走ってはります?って聞かれるぐらいあちらこちらでちょこちょこと動いていた私。たしか、私はあんまり身体は丈夫やないねんってタイプやったが、いや今でもそのはず。身体のわりに根性だけは人一倍。それでイケてる?   昨日、有馬の帰り、母のところでの話。母の妹・叔母はヘルパーをしているが、その叔母の職場での認知症のおばあちゃんの話。おばあちゃんなんてかわいいもんでなく、色ボケばばあと申し上げたい。いつもは男性のヘルパーがお風呂に入れたはるとのこと。その日はたまたまそのヘルパーがお休みだったので叔母とか他の女性ヘルパーがお風呂に入れようとすると暴れまくって拒否。それで仕方なく、別の男性の新入りヘルパー(60代)に頼んだらすんなりとお風呂に入ったと。そして、そのあと、その60代のおっちゃんが打ち明ける。触られまくった・・・と。げ~~~色ボケばばあやんけ!!と私はシャウト!そんな色ボケばばあ、他にも聞いたことあるけど・・・・若いオトコマエのヘルパーの兄ちゃんがお迎えのときはご機嫌で、ちょいとぶちゃいくな男のヘルパーの兄ちゃんのときはご機嫌斜めになるって色ボケばばあ。   そして、お母ちゃんに「私がボケたら色ボケにはならんわ、なるとしたら、ここに置いとったもんどこやった!!!」とかいうて子どもをさんざん詰る。そうなったら、どこなと施設にほうりこめと子どもいうたある!」っていう私に「あんたはボケんわ。」とお母ちゃん。内心、いや、私もそう思ってる。   そんなこんなでボケるとかボケへんとか、ほんま色気もくそもないクリスマスの日。昨日はイブ。有馬から尼。そして梅田経由で帰宅。イブの日の夕方に梅田なんかに行くもんやない。あほらしいってやってられへんと帰宅。そして今、Pの作業って。最初に戻るが、ほんまないわ~~。            ”
19
結局、私の独演会!
“ここにきての進路変更を申し出た次男に、ならばその件は自分で先生に云えと出かけた三者懇談。そしたらすでに担任には自分の意思を伝えていたようで、黙っている私に担任が「いままで挙がってこなかった学校を出されて・・・」という。そこには親の私は知らないのでは?という気持ちありの言葉。   それで、そこから一気に私の口が動き出す。4月の時点では行きたいと思う高校があるなら普通科でなくてもOK、それがなく普通科と思うならそのあとの選択肢が広がる学校を選ぶという点でいままで挙げてきた2校を言う。そして、先日の私の雄たけび(ここはとりたてて云う必要がないのでスルー)事件の内容。そして今回の進路変更の件。それについての私の考えを一気にしゃべる。   今日の目的は併願で受ける私立校を決めることなので、そのあとその話になる。次男が決めた私立校は微妙な線で別のところいうが、五ツ木模試ではずっとBランクできているのでと押す。結局、今週中に決めると保留。だが、仮にその私立がNGで今回言い出した第一志望校がNGの場合、もう一度チャンスがある。公立の後期で以前からずっと挙げている一つは余裕で受かる状況。それを担任にいう。担任は第一志望がNG のことを考えたら私立は確実にということしか頭になく、後期でリベンジできることを思いつかなかった様子。 進路指導が初めての担任なのでしかたがないが・・・私は3回めの進路指導やし(わが子限定)、いうちゃなんやけど、娘のときに下手な塾に行くより私のほうがはるかに結果を出すでというのを実証ずみ。てなことで結局、私の独演会できっかり15分で終了させて帰宅。たぶん、ここにきての進路変更を申し出たからであろう、次男の前後には懇談の予定はなく、時間をかけて話をするつもりのを見てとる。   ていうか、たぶん、その学科を受けたデーターがないか少ないかで学校もなかなか進路指導が難しいのでは?とは思う。だから、土曜日に学校説明会に行ってきてだいたいの状況はつかんできた。どの程度の子が受けるかも集まってきている子らを見たらなんとはなくわかったし。勝算はある。   そんなこんなで結局、本日の予定を残しながら今頃の時間。やることてんこもり。義父母の大阪引っ越しも今のところ気持ちは変わりなくできている。今週後半には契約を済ませる予定。そのあとは部屋の中を段取りしていつ来てもOKにしなければならない。今朝、こっちの市役所に電話して今回の場合の介護保険の継続についての確認をとる。したら、学校に行く前に銀行さんが突然にくる。ちょっと固まった金額が旦那に通帳に入ったもんやからそれの運用についてだとか。いや~あれは素通りするお金なんですわと事情を説明する。というか、すごいよなぁ、そのソースはどこから?それって個人情報はOKなん?って思う私。まぁ、うちのお金やないから早く契約して元の金額に戻さないと落ち着かへん。   それよか、学校に行く前、FM大阪でやっていたケツメイシの特集でリクエストをした。したら、私のペンネームが呼ばれた。ひゃっほ~~~ってな気分。次男の名前をつかったペンネームにやつは照れていた。先日、娘がFM802でSuperflyのTシャツが当たった。当然、ペンネーム(というか通常の呼び名)を呼ばれた。それを聞いて、私はペンネームがまずいか?と思ったが今日のでいやそんなことはないということを認識。そんなこんなのいろいろ目白押しの一日が暮れようとしている。  ”
18
15
12
認知症を認めない親父。
“またも暗礁に乗り上げてしまったわが旦那。大阪行きを拒否の親父は「自分は認知症でないから行く必要がない」ときた。そして、挙げ句の果てにおかんまでもが「私は認知症でないから二人でここでやっていける」と言い出した。たぶん、これは親父がおかんに「お前が認知症やから大阪に行かんならんのんじゃ!」というたであろうと想像する。いままでそんなことを言ったこともなく、「お父さんが行くならどこでもいい」とさえいうていたおかんが急にそんな電話をかけてくるあたりおかしい。   「最近のおかんは電話にでてもすぐに親父に代わる。話していてわけがわからんようになるのが嫌みたいや」とわが旦那がいうてたぐらい。たしかにそう、自分に自信がなくすぐに義父に聞いたり、代わったりする。そんな義母が自ら電話をかけてくるのがおかしい。義父に責められたにちがいない。   認知症でないという人ほど認知症やのに、墓穴をほってどうするねん!年相応の物忘れをしはる人はそれをちゃんと自覚してはる。それができないってあたりが二人して認知症や!だが、認知症相手に常識的かつまともな話をしても通じるわけがない。まぁ、ここの交渉は何回もいうが旦那担当なので私はちょっと離れて見ているし、自分の親でない分、気も楽。   旦那は自分の親父にかなり手こずっている。遠距離でさえこの状況。間違ってもあり得へんけど、同居なんてした日にゃ、気狂うにちがいなわが旦那なのだ。   そして、認知症でもないのになんで毎日ディに通えてる!って話。介護申請もちゃんと通っているしな。それもどちらかというとまともです!というアピールをしてのこと。パトカー10台呼ぶ騒動を起こしたこともいまだ理解できていない二人。近所迷惑も甚だしいねん。社会生活がきちんとできないという状況を認識していないあたり、立派な認知症でございます。   なんせ、初めて地域包括センターの人に会ったときも、先日の老人ホームで相手が名刺を出すと、「変わった名前なんです」といいながら、自分も名刺を出すという義父。ちゃうやん、その名刺はうちの旦那に出してはるねん。それに変わった名前はすでに知ってはる。おまけに名刺を出すべきわが旦那は邪魔臭いのか慣れてないのか名刺を持って来ていないのか出さない。私が作った名刺出せ〜〜〜と思う。なんやったら私の名刺だそか?とも。せや、今度からそうしたろ。認知症の義父が出すねんし私が出してもなんらおかしない。   だいたい、80になって別に仕事もしていない身でその名刺は社会的にどういう意味がある名刺やねんって話で、この辺りが自分の認知症を認められない所以。しょうもないプライドは捨てろって話や。そんなプライドは糞の役にも立たへん。親としてのプライドを保とうや。それは老いては子に従えってことや。潔く子に従う親こそ親としてプライドを持っているということとちがうんか!   そんなこんなも認知症の人にいうても理解できるわけもなく、「何いうても理解はでけへん。えらいことにならんうちに強行に連れてくるしかないで!」と旦那の背中を押す。表立っては私は動かんしな。そのかわり、男手ででけへん細かいことはする。”
11
昨日の夕方・・・梅田に行く。
“昨日は有馬のお父ちゃん。新しい年を迎えるのに頭、すっきりしとこか・・・・と昼食前に1階の理容室に走る。2か月に1度ぐらいの割でここできれいさっぱりしてもらう。眉毛もきれいに切ってくれはる。(なんでか、眉毛はびよ~んと伸びて目に入りそうになる。髪の毛より伸び率いいんちゃうか?)ひげもきれいにあたってくれはる。   私も近々娘にカットしてもらお・・・・・・と思いながら、山を下りる。おとつい、昨日とめちゃ寒い。有馬はここよりもっと寒い。ひえひえ~~やん。いつものとおり尼のマンションに寄って母のとこに行って帰るわけやけど、昨日は野田で下車せずそのまま梅田まで行く。紀伊国屋に寄るために。阪神から阪急下にある紀伊国屋までを土曜日の夕方18時ごろ歩くというのは至難の業。阪急百貨店前がどうなんすか~~ってぐらいの人々・・・・・・。そして、紀伊国屋入口、BIGMANの前。待ち合わせの若者であふれかえっている。ええな~~今からどこかにみんなでごはん食べに行くんや・・・とそれを横目に紀伊国屋。   ここも人々 ・・・・やっぱりこういう街中の活気はええ。ここを通り過ぎて買うものだけ買ったら速攻引き返さんならん身のつらさ。このまま帰るのはおしいとふら~と阪急百貨店に足を踏み入れる。というても洋服を見る気もせず、地下1階。食料品売り場をうろつき、結局、晩のおかずに唐揚げとお芋さんの天ぷらとアナゴの天ぷらを買う。サラダの材料は冷蔵庫にあるからこれでいい。1階のデザート売り場はクリスマスケーキの予約受付やら超ラブリーは洋菓子があちらこちらにある。   ほんまこういう街の雰囲気はテンションあがる。東梅田に向かうのにホワイティ梅田をちょいとひやかす。そういえば、独身時代、ホワイティ梅田には毎日のようにふらふらしていたし、ここにある靴屋さんには21.5サイズが置いてあるのでしょっちゅう見に行っていた。それを思いだしその靴屋を探すが、改装してから場所が変わったのか別の靴屋さんなのか、それでもちゃんと21.5サイズを置いてあってうれしくなる。というて別にみるだけで買うこともせず、ためしに履いてみることもせず。なんせ、次男からお下がりのドクロの靴下をはいているので人前で靴は脱げない。今度はふつうの靴下をはいてこ・・・と思いつつ、靴屋さんの場所をインプット。   しか~し、土曜日の夕方に梅田に足を踏み入れてそのまま用事だけ済ませて帰るという、なんともさみしいこと。外からみたら、ちっちゃいおばはん、何をちょろちょろしてるねんって感じとは重々承知の上、うえ~~~ん、私もどっかで遊びたかったよぉ~~~    ”
08
揺れ動く親父心。
“朝の6時半。電話が鳴る。ナンバーディスプレイに表示される旦那の実家。出る。旦那を指名。代わる。何かあったか?と思うが・・・話の流れで大阪行きを躊躇している親父を説得する旦那。朝からややこしい話で大変ですなぁ〜と他人ごとに内心突っ込む私。いや〜そこの交渉は実の親子でしか出来んやろうということで、義母も私もノータッチ。義母は自分も引っ越す話なのだが、義父任せの態度なので助かる。   たぶん、義母は自分が1人残されることはほぼ間違いないと思っているし、そうなったときのことを考えると義父に乗っかって反対を申し出ても・・・・とは本能で感じてるはず。義父亡きあと自分の面倒を見てくれる人がもっとも大事なことだから。   すでに契約の段取りでこちらでは話を進めているので、旦那は今さら大人げないことを言うな!と叱咤するが、いうても80歳。脳梗塞とアルツハイマーの混合の軽度の認知症の親父。常識なんて通用はいたしませ〜ん。   電話を切った旦那は、大人げないことを言うのは認知症やからか?と問うてくる。私は医者でもなけりゃ〜介護職にも就いておりません。さぁ〜どうやろ。まぁ、長年住み慣れた家を離れるねんもん。そう簡単に腹はくくられへん。早く目が覚めて布団の中から天井を見上げてたら、あ〜〜やっぱりココに居たいって言うのは認知症やなくても思うやろうしなぁ〜と言うとく。   親父のやっぱり止めとく・・・・の今回の理由は、雨漏りが気になるから家から離れられへん。らしい・・・雨漏りがするならなおさらキレイなところに移りはったどうですか?という話やん。ていうか、わしもあと1年じゃとかいうてる身、雨漏りなんてどうでもええやんとも思うが我がお父ちゃんでもないので言わない。   ここは一気に話を進めて年内強行は必至やと実感した私。   12月はほんに忙しい。広島と大阪で引っ越し準備なんて、それも自分がするわけやないからややこしい。お正月を迎えるにあたって仕事も忙しい。昨日もおとついも12月ということでお弁当も早々に平らげ、PCに向かう私。2カ所とも小規模な会社で、代表取締役は便宜上そうなっているだけという考え方ゆえ、私は社長とは呼ばず、名前で呼ぶ。私も名前で呼ばれる。時々、私が一番偉そうか?って思ったりすることもある。お昼休憩もそこそこに仕事を再開した私に、恐縮しはる。いや、しやなあかんことはちゃっちゃとしやな落ち着かへんだけで、暇なときは適当に遊んでるし。昨日の帰りしも、今日はえらい忙しくて・・・と恐縮してもらう。   わが次男坊主は目指すところが明確になって吹っ切れた様子。いや、おかげで12月になって学校説明会に参上しやなあかんがな・・・とは心に中でつぶやく。とりあえず、旦那にも話す。別に普通科やなくてもいいんやろ?って聞く。本人が行きたいとこでいいと旦那。そうでしょうとも、私もあなたがやりたいという仕事をなんなとしなはれと背中を押したったもんなぁ。何も言えまへんで。言えるのは私だけや。   娘は成人式の日に予約した美容室の不適際で当日えらい早くに着付けと髪の毛をやってもらうことになったと嘆く。おまけに一緒に予約を取った友達が、そんなんやったらと知り合いのところでしてもらうと裏切り行為。しゃ〜ない、当日一緒に行ったるやんと慰める。ふわふわショールの用意をし忘れていたので、年内には買い物に行かなければならない。   そして、例のP作業。どう考えてもギリギリやし、それで完成させてもめちゃくちゃええ加減な状態になる。別にそれでいいならそれでいいが、発行日を来年早々に変更することはできんのか?と打診してみる。で、来年発行へと変更。発行を遅くしてもらった限り、それなりにええようにカッコつけたものに仕上げやなあかんようになったわけやけど、それはしゃ〜ない。やる以上は責任感を持ってしやなあかんねんで!ということを身をもって説きたいが、いうてもわからんから時間の無駄とあきらめる。   これ、我が子やと怒鳴り倒すけどな。よそのおばはんやから言われへん。先日も次男のことを怒鳴り倒した。それで進路変更を申し出て来たわけやけど、それについて長男が言う。普通科やなくてええの?普通科やないとこって信じられへん・・・とそりゃあんたはそうやろう。あんたとちゃうねんからええやん。しかし12月になってからってのはなぁ、もっと早くに言えって話やという私に、長男がまたも言う。   あれ、きつかったで。ボクのときよりきつかったわ。と、次男を怒鳴り倒したときの私のことを言う。   いや、あんたにも怒鳴ったか?怒鳴りはせんけど同じことは言うた。   それ言うたんは夏休みのころや。そのあとあんたは自分で進路を決めた。12月には気持ちは固まっていたやろ?あいつはこの時期にまだ気持ちを固めんから怒鳴ってん。   まあな・・・と長男。しかし、よ〜見てるねんなぁ。そんなにきつかったか?私。とは聞かない。   別にきついとは思わん。あんたの人生や、自分で決めろっていうただけや。母さんが通うんとちがう。母さんが通う高校は母さんは自分で決めた。ていうただけやし。別にとんでもなく無理なことはいうてない。最大限努力したら行けるであろう高校は勝手ながら私が示唆したが、最終決断は自分やと最初っからいうてる。ただ、行ってもしゃ〜ないところは行かせへんとは声を高らかに宣言はしたけど。   私よりでかくなった坊主を、ちょっとここに来てみと呼び寄せ、怒鳴り倒す私。私が怒鳴り始めたら誰も止められへん。何を返してもそれにおっかぶせて怒鳴り倒す。家族の誰も、私のこの口には勝たれへん。怖っ・・・  ”
05
少~し進展の兆し!
“というのも、ヘルパーさん口添えの次の日。この日は義母はディに行かず義父と二人で過ごす日。要支援1の義父が要介護1の義母の面倒をみるという日。そんな日に義父は義母を一人置いて病院に行ってしまった。認知症の定期的な受診はこちらから付き添うが、足が痛いだとか不穏を訴えては二人で近場の病院に行ってみたりしている。二人で行くならいいが、よりによって義母が在宅の日にふら~と「病院に行く」と出かけたもんやから、義母は不安になる。そしてヘルパーさんに「おとうさんが病院に行った。入院するかもしれん・・・」と、少々パニックった様子で電話をしてきたらしい。お昼前には帰宅した義父に電話で「一人で病院に行ったらだめでしょう。」というがピンとこない義父。   という、ちょっとして事件を引き起こしたのもあり、旦那が親父に一喝する。「親父も認知症が進んでいるからおかんのことを忘れて病院に行ってしまう。こういうことがあるから二人の生活は無理なんや!」と。そんなこんなで頑なだった義父が大阪行をしぶしぶ承諾したような形。善は急げと契約の段取りへとことを進める。   あとは引っ越し当日まで義父の気持ちが「やっぱり行かない!」に傾かないことを切に願うばかり・・・   師走にはいって5日。いつにもまして今年の師走は超忙しくなりそう。   なのに、時間の段取りが組めない奴らに怒り奮闘の私。これで縁を切る!と宣言する。   年明け早々には娘の成人式がある。振袖は2年前に買ったが、小物類は私のを使う。足りない分は購入しなければならない。そんなんでその準備をしてやらなければならないし、ここにきて、この時期に高校受験の次男が志望校の変更申し出をしてきた。   私が通うわけやないから基本本人が行きたいと思うところに行くべきやと思うので、そういう意思表示をしてきたならそれは全面的に応援してやらなければと12月も遅々にある学校説明会の申込みをした。   悪いが、優先順位をつけていくと、前出の段取りの悪い奴らとの関わりはどんけつ!べべ!”
01
ヘルパーさんの口添え作戦。
“大阪引っ越しを断固として拒否している義父。あれこれ理由をつけるが、ただただ、自分が死ぬまでは家にいたいということで、義母のことよりもまずは自分となっている。義母は「お父さんが一緒ならどこでもいい」というてはる。認知症になる前ならそんなことはいわず、こちらも断固として家にいる!だっただろうが、認知症になってあれこれ不安に思うのであろう。誰が考えても、男性であり7つ年上であり心臓疾患を抱える義父のほうが先にいなくなる。そうなったときのことを考えると義母は不安で仕方がない。その辺りのことを懇々と説いても、わしがここにいたいとか、わしがおらんようになったら(義母を)大阪に連れていってくれとか・・・の義父。   そして、今、お世話になっている小規模多機能ホームのケアマネさんに相談を持ちかけた義父。その時の様子を昨夕、ケアマネさんから電話があった。クリアファイルにいれた老人ホームのパンフレットと料金表を見せた義父は「大阪の息子から毎日のように電話がかかってきて、ここ(老人ホーム)に来いという。わしやいやなんじゃ・・・」と。「ここ(田舎)で面倒みてくれるという人もいてるし、あれ(義母)の兄弟も面倒みてくれるというている。」と。(いや、それはこちらで確認ずみで誰も面倒を見れる状況でもないし見る義務もないし、ご本人たちも寝耳に水の話。義父母の希望的観測というか妄想。)   ケアマネさんが、「お金のことが心配なの?」と聞いたら「それは大丈夫なんじゃ。」と。そりゃそうよ。それはこっちで確認済み。「今、あれこれ動いてくれているのは息子さん夫婦でしょう。今、何もしてくれていない人が面倒みてくれるなんてことはないよ。今、あれこれ動いてくれている息子さんら大阪においでというているなら、そうすべきやと思うよ。お父さんに何かあったときにお母さんのことが心配でしょ。それはご家族さんも同じよ。今、身体が元気なうち新しいところに行って慣れたほうがいいよ。前向きに考えてね。」と話してくださったそう。   そして、義母に「お母さんはどう?」って確認したら「私はお父さんが一緒ならどこでも行く。」とはっきりいうたそう。これからも折にふれて大阪行きを口添えしてくれはるということで電話を切る。義父にしたら、ディに行きだしてから義母も落ち着いていきて警察ザタを起こすことはなくなっている。二人の生活が成り立っていると思っている。いやいやそれは周りの手助けがあってのことで、その辺りは認識がない。義父にしたら、ケアマネさんが「今、なんとかやっていけてるし、今までどおりうちに通ってくれてたらここでの生活も大丈夫よ。」とでも言ってほしかったのかと思うが・・・   二人に変わったことがあればケアマネさんからこちらにすぐに連絡が入るのに、その辺りの詰めの甘さが認知症なんやろうなぁという義父。お正月のディ利用の確認もあった。スタッフさんの人数が少なくなるので・・・という話だったが、義母1人ぐらいならなんとか対応してもらえるとのこと。ただ、義父が大阪行きに気持ちがちょっとでも傾いたら、気が変わらんうちに早急に対応するので年内に動くこともあるのでとお願いしておく。   こちらのホームも長いこと保留で部屋を確保しておくのも難しいので一日でも早く決まって、年末であろうと年始であろうとまずは二人の引っ越しを進めるつもり。出来たら、年内に収まってほしいところ。年を開けたら次男の高校受験も大詰め。じっくり落ち着いてと思うから。”
11月
30
手を焼かされる親父。
“旦那が親父というから私も旦那との会話では親父と呼ぶ、義父。毎日ように仕事の合間に親父に電話をする旦那。大阪への引っ越しを説得するがすでに説得すべき言葉は完売。同じことの繰り返しらしい。そして、昨日は義母は日と水以外毎日、親父は水のみお世話になっている小規模多機能ホームのケアマネ兼ヘルパーの方に、「大阪行きを相談してみる・・・・」と親父が言ったそう。   なので、夜、旦那がそのヘルパーさんに電話をして、親父がその話をしたら、「二人だけでココでの生活は限界、すぐにでも大阪に行くべき」と口添えを頼む。そして、それに向けて水面下で動いているこっちのホーム入居時に必要な健康診断書依頼のため、病院受診をすること。それについてはそのヘルパーさんのところで必要ということで口裏を合わせてもらうよう、またヘルパーさんにはアセスメントシートのお願いとお願いだらけの電話をする。すべて、私の指示ではあるが、親父との交渉をしている旦那がヘルパーさんに直接いうべきとそこは投げる。   そして、電話を切ったあと、旦那が言う。「ヘルパーさんがみんなの前でおふくろが親父のズボン下をはいていたことを公表した」って。「え〜〜そんなことはせんわ。私がちゃんとした格好で行ってるかどうか聞いてやっとズボン下のこと言いはってんで。それは親父の妄想や。」「そうよな・・・」と旦那。   ていうか、親父は自分のズボン下をおかん(旦那がいう)がはいていることは知っていて、それは、「わしのズボン下のほうが温いからじゃろ」と親父は言うていた。親父はそれを良しとしていたのに、何を今さら・・・。   義母は認知症になる前から大きなことを決めるときは父と息子の交渉でそこに義母は自ら望んでか義父が入れないのかわからないけどあまりタッチをしない。認知症になってからは難しい話はノータッチ。中途半端な状況ながら明らかに夏より進行している義父には手を焼かされる日々。   大阪行きに関しては大金が絡む話ゆえ、ここは実の親子で話すしかないってことで、私も軽〜くノータッチ。裏ではあれこれ手を回しているが。お金の管理という点ではすでに親父もかなり危ない。夏に私が同行した銀行のこともすっかり忘れている。そのときに確認した親父名義の定期の通帳が見当たらん。見当たらんどころかそんなものがあったことすら記憶にない。ここは認知症の親父をつれて取引のある銀行周りをして現在残高の確認を急ぐべきと旦那に叱咤。   そして、いよいよ、成人後見人の手続きをしやなとマジで思う。夏に一度、ざ〜と調べたが、行政書士さんに頼む必要もなくこちらで手間をかけたら出来そうやったで、本腰を入れて手続きの方向に動かなければ。   ボケた親父は通帳が50冊やら100冊あるやら豪語しているし。いや〜それは通帳記入が満杯になっている通帳も含めてってことやろ。それを含めたらうちでも20冊はあるちゅうねん。   私は旦那に言う。「仕事で必要やっていう機材、親父にお金は返したけど年開けたら買うから。」「えっお金あるんか?ええんか?」「お金はなんとかする。仕事に必要なものは借金しても買うべきやろ。そのかわり、その分、気合い入れて働かなあかん。私は田舎の二人みたいな金銭感覚やないから。使うべきところには使う。特に、知識や経験を得るためには使う。だから、(娘を)オーストラリアにも留学させたんや。」というて、またAmazonで本を注文する私。   てなことで、今日は月末。支払日。ど〜んとお金が飛んで行く。お金は回さなあかんねん。経済活動を活発にするためにはお金を回さなあかん。しやけど、しょうもないことに使うやつは論外。私の友達の義父なんて、会ったこともないじじぃやけど、毎夜、飲み屋で散在してるらしい。そこで何を得ているのか?うちの義父みたいに出し惜しみするのもどうかと思うけど・・・   さぁ、仕事しょ・・・”
29
旦那の嘆き・・・
“先日の来阪した義父母の様子。義母は認知症のおかげというと語弊があるが、私は母親よ!という変な片意地もなくなった点がやりやすくなった。義父はといえば、なんともやりにくい。   そして、その日一日、爺婆のために予定をつぶしてつき合ってくれた孫娘に対して、義母は目の中に入れても痛くないってこのことじゃ・・・とかかわいいなぁと連発し、ティッシュに包んだ1万円札を娘にこそっと渡すという可愛らしいおばあちゃんぶりを発揮。認知症になる前は旦那とも義理の仲(後妻さん)ゆえ、当然、孫とも義理。微妙な一線を感じずにはいられない状況やったのが箍が外れたのか、おばあちゃんっぽくなってええ感じ♪   そして、あんたこそ血は繋がってまっせという義父は、孫娘に対しても他人行儀な様子。それを我が旦那は嘆く。なんでやろ?認知症のせいやろか?と   いや〜認知症は関係ないやろ。性質の問題やと思うけど・・・元々、父子との密接度も薄いやん。義父は1人息子の旦那が可愛くって仕方がないがそれは猫可愛がり状態。生まれたときからの写真がアホほどある。(私なんて3歳ぐらいからしかない。それも数枚。)言うなれば、義父の一方通行な親心。父子間のまともなコミュニケーションがないから、ことあるごとにもめる。ことっていうのは私との結婚とか人生に深く関わる事柄。今回の義父母の大阪引っ越し話もそう。   たいていの家庭では父子のコミュニケーションがイマイチでも間に入る母親がうまく取りなすわけやけど、旦那のところは義理の仲ゆえ、義父が我が嫁と息子の間に入るという図式ゆえ、難しいわな。   それが当たり前で育ってきたが、実際自分が所帯を持って子ども3人の父親になってみたら、そのバランスの悪さにやっと気づいたのか・・・。まぁ、私にはさしてどうでもええことなんやけど・・・私の実家の爺婆と孫との関わりを見て、我が親と我が子の関わりの違いがなんだか寂しくなったのか?そんなもん元々の家族の成り立ちが違うから、どうしょうもない。事実は事実と認識した上で対応していくしかおまへんで!   てなことで、雰囲気も一新したこのblogなのに結局、見た目だけで中身は同じになるのは仕方がない。昨日のやっと届いたブツを得て、今後の流れを私の都合に合わせた段取りを提示したメールを一斉配信。これ、最初っから私都合で段取りを進めるとなんとも高飛車ないけすかん奴になるが、この時点でこの状況を打破するためには、多少喧嘩売ってる?風でも仕方がない。世間とはそういうもんよ。社会に出たら、もっときついでということでぬるま湯に熱いお湯を投入や。   それに即レスがあったのはキチンとした常識を持ってはる人のみ。あと1人は今頃なにを聞いてくるん?っていう質問をよこしたので、懇切丁寧にくどく説明した。私の文を熟読したらそれで理解できるはずが、理解出来ない様子で2度3度とメールで説明。ようよう寝まっせって時にやっと理解しはる。   ん〜〜読解力と想像力がなさ過ぎ。私が思うに頭が賢いというのは単に勉強ができるということではなく、ちゃんと人のいうていることを理解できる想像力の有無も関係あるよなと実感。この想像力は柔軟性を持って発揮できるという代物。違う視点から考えるということが出来るかどうかや?それが出来るなら1回目の私のメールで十分理解できたはず・・・・   この二人だけであとはなしのつぶて。お前らやる気あるのか!!とシャウトするが、私はやる気はありません。ただただ、責任感と私がやる以上キチンとする私の意地だけ。  ”
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結局、今ごろ届いたブツ。
“1週間前に子ども~学校経由~子どもで届くはずだった写真データがはいったSDカードが今ごろ届く。っで中を見てみたが、私には関係ないものがずら~とあって、関係するであろうのはこれかいな?という状況で、ほんでこれをどうしろ?っていうのか。 丸投げでしょうか? せめて、この写真を使うとかそういう指示ぐらいあっていいのでは?どういう趣旨のものをつくるかも説明もなくで、どうしろっていうねん?!って話。 久しぶりに友達から電話。いろいろ話すが、ほんまなぁ狭い世界で一生を終えるやつにと付き合い切れんという気持ち。 なんか、せっかく新しいテンプレートでってことでこのblogをちょっと可愛らしくと思ったのもつかの間、結局、ボヤキ漫才を繰り広げてしまうblogか・・・いや、実際、このblogは超プライベートにボヤキを繰り広げるつもりで作ったらから本望ちゃぁ本望。可愛らしくは別のblogで展開中。てなことでエンジン全開、ボヤキたおそか・・・ しかし、 めっちゃやる気が失せる私。どれもこれも中途半端やし、今のこの時期からどんだけ頑張っても知れてるし、別にここに必死にならいでも、あきらめるとかあきらめへんとかっていうより、すでに私は昨年の一連の活動で完結しているので、もうええやろ?というのが正直なところ。 前年より一層発展、もしくは違う切り口で攻めるとか、そういう向上心を持って活動したいのに、ちんたらちんたら同じことの繰り返しで、ここで一人躍起になってもしんどいだけと、今年度は最初っからやる気ナッシング。 とりあえず、責任があるからすべきことはするけれど、それにしても作業するにはそれなりのネタを用意してもらわななぁ。私の好きかって作っていいのか?そんなことしたら橋下新市長と同じぐらいラジカルなことしまっせ! ふふん。大阪はおもろいことになっています。大阪市内の職場に週2回足を運ぶ私としては、大阪市の動向は自分が住むここより興味がある。そりゃそうよ。大阪市に隣接しているという立地ながら保守的かつ発展性にかけるここはいつまでたっても一緒。江戸時代からの旧家を自慢するPTA役員もいてて、それがどないしてん?という話。 そんな私は自分が住む市長選は棄権したくせに、大阪市長選に一票投じれんことが残念でしかたなかった昨日、大阪府知事選は足を運んだもんね。 ”
SereneBachからwordpressに移行しました
“Wordpressのプラグインの豊富さと長年同じテンプレートで気分一新もかねて、SereneBachから移行。本当は記事データも移行しようと試みたがデータが多くエラー。近々の数個だけ手作業で移行。あれこれプラグインを入れてとりあえずこれでOK。あとはぼちぼちと・・・・ 以前の"cha*koの雑記帳"はこちら→”
wordpressに移行しました!
“長らくこのアドレス、このテンプレートで運営していた"cha*koの雑記帳"。 テンプレートを変えたいなぁ〜から、ん〜〜いっそwordpressに移行してみる?と 自問自答しつつ、 なんや腹立つことの気分替えにwordpressに移行の道を選択。 このアドレスのここはこのまま残しつつ、 新しい新天地(アドレス)で (いうても似たようなnotebookがあとか先かのちがいだけ) "cha*koの雑記帳"をスタートさせました。 新しいアドレスはhttp://notebook.cocoapie.com 今後ともご贔屓によろしくお願いします(^^)v”
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マイナス思考のスパイラル。
“マイナス思考のスパイラルに巻かれてしまっている義父に 何をいうても後ろ向きな言葉しか返ってこない。 旦那が ほんまマイナス思考やで!と いう。 いや~~~そんなあなたも相当なものですやん。 とは私の内なる叫び。 プラス思考の私がそばにいてるから現在があるということを お忘れになられては困りますなぁ・・・と これもまた私の内なる言葉。 次男を身ごもったとき。 その報告を義父母にした旦那。 それから1週間。毎夕になったら義父母から電話。 3人も育てるのは大変や とか 子どもは1人でも少ない方が心配ごとが少なくてすむ とか 生むなという電話。 受けているのは旦那。 私は直接言われていないが 電話の内容を1人で抱えきれず、 通常なら妊娠初期のナーバスな状態であろう妊婦に 相談を投げかけてくる。 義父母の言葉に納得して 私に生むなというたならば 私は即刻離婚するつもりでいたが、 そういう気はない。 でも、3人は大変やろと 自分の肩の荷の重さに暗くなっている。 毎夕、そんな電話を受ける旦那は 日に日に暗くなり お笑い番組を見てても笑いもない状況。 横で馬鹿笑いの私。 ええ加減にしろよと あんなぁ、私は家を欲しいとは思わん。家を買うこと思ったら子ども3人は屁ちゃうか? と なぜに、妊婦である私が励まさなあかん。 私の後押しで 義父母の意見には首を縦に振らずに済んだ旦那に 義父か義母かどっちか知らんけど、 今後、一切何も助けないから勝手にしろ! と捨て台詞で電話を切ったらしい。 捨て台詞で電話を切るというお得意のパターンに笑いそうになり、 そして、 それって、縁を切るってことか? そんなニュアンスやった。 よっしゃ!ほんだら、この先面倒見やんでいいっってことよな!ラッキー♪ と私。 実際、それまでだって別に何かしてもらったわけやないし これからもしてもらおうなんて思っていない。 単に孫が3人になりまっせの報告に 息子の肩の荷が重くなるとか 心配ごとが増えるとか マイナス思考のしょうもないことば~かり言うて 妊娠初期の精神状況を案じる気持ちのかけらもない義父母。 案じてもらわなあかんような柔な根性でもない私には別にそれはどうでもいいねんけど。 そこに噛む嫁もおるし、 文句をいう嫁の親もおるやろ。 そんなこんなで生まれた次男。 3人目にして初めてこっちに見に来たという義父母。 それは謝罪の気持ちも表れかと、 とりあえず、生むな事件はこっちに置く寛大な私。 そんなこんなで遠ざかるわなぁ。 そして夫婦だけの刺激のない生活を15年。 その結末が認知症。 孫と平気で喧嘩していた有馬のお父ちゃんは 一番認知症になる環境に身を置いているのに 義父母よりしっかりしている。 昨日も やんちゃな次男を案じて 自転車に乗るときには気をつけろというとけ!と 脳梗塞後遺症の鈍くなった口で言う。 マイナス思考で柔軟性がなく そして義理の中での母とひとり息子という状況では なるやろなぁ~と思っていた認知症。 旦那は なんで二人そろって認知症になってんやろ? って聞いてくる。 なる条件が揃っている。ならいでか!と私。 そして、しょうもない豚嫁をもらったぼんくら兄貴。 どうもうさんくさい行動をしている。 2週前に行った実家マンション。 トイレに入った私。 トイレの床がぬれている。 ティッシュで拭いてみる。 黄色い水や、おしっこや。 便座の前におしっこって立ちションするやつの仕業や。 とりあえず掃除をしておく。 昨日、お母ちゃんが言う。 なんかな、兄ちゃん、マンンションに寄っているみたいやねん。ラーメンを作ったような跡があってん。 あ~~やっぱり。実はな・・・・とトイレの話をする私。 マンションに帰りたがっている父のため、 管理費も光熱費も固定資産税も全部、うちが負担している。 あんたにはもう関係ないから鍵を返せというたのに。 私に無断で勝手なことをするな!って話や。 それに跡を残すなよ。 そういうところがボンクラやちゅうねん!! 感がいい妹が毎土に風を通しに行っているのを忘れたんか?  お母ちゃんは 困ったことがあったらあんたに相談したら知恵貸してくれるっていうてるねんけど何か言うてきた?って聞く。 何も言うてけ~へん。 てか、あれは兄貴や。弟とちゃう!反対やろ?困ったことがある妹が兄貴に相談するのが世間の相場とちがうんか?とはこれまた私の内なる声。 腐っても兄貴や。そこはしょうもないプライドが邪魔して何も言うてけ~へんわ。 腐っても長男の豚嫁や。しょうもないプライドだけはえらそうに持っていて私のことを嫌っているらしい。 嫌われるほどしゃべってことも関わったこともないからあほちゃう?!って思うばかり。 嫌われついでに今度会うであろうお父ちゃんかお母ちゃんのお葬式ではさんざんこき使ったるから覚えとけ! てか、来るんかあんた??って話。 それに私が喪主もしくか ボンクラ兄貴と連名の喪主で 最後の挨拶は私がしゃべるって決めてるしな。 切々と語るで。毎週往復2時間かけて通った有馬の日々。 雪の降る日も台風の日も・・・ どいつもこいつもの話のついでにもう一つ。 まるでぼやき漫才のようやけど。 この時期にこの状況やというp作業。 先週、子ども・学校経由で我が子が持ち帰る資料が入ったデータ。 それをもとに作成するはずがいまだ届かず。 1週間、そこの子の鞄の中。 役に立たへん子どもにまかすな! 自分でもってこい! 女子と喧嘩するのが苦手な私は 3日までは下手に出て、 うちの子、まだ預かってないねんけど・・・ってメールをしたが もうそんなあほらしいことやってられへん。 ギリに渡されてもでけへんもんはでけへんって突っぱねる! あ~~スッキリした。 ぼやきネタ続きの今日この頃、ストレス貯まってる?”
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私との結婚以来の父と息子の確執。
“大阪行きを了承しない義父に最後通達をした旦那。 すでに契約済やからというた途端、 雄叫びをあげて電話を切ったという義父。 なぁ、なぁ、どんな雄叫び?と聞くと 言葉になっていない大声らしい。 自分の意にそぐわないと話しの途中で電話を切るというのは 義父母が認知症になる前からの習癖。 私も何度かその目にあったが、 旦那も何度もその目にあっている。 頭、おかしいねんと旦那がいう。 まぁな、ボケていなときから常識があるかというとないわなと私。 最近、発覚(私だけが知らなかったという事実)したが、 義母は兄貴が二人いた。 認知症になってからは、 やたら兄弟の話をするし、 その中で泥棒騒ぎで警察沙汰を起こした犯人はすでにこの世にいない兄貴に したてあげて警官に訴えた義母。 私が義母から聞く兄貴の話は悪口ばっかり。 私たちが結婚するってときに 釣書を書けとのたもうた義父母。 私の分は私が書いた。 旦那の分は義母の字。 それによると義母は5人兄弟のはずが 最近の話しでは7人とか8人とか。 旦那にいうと、 兄貴が二人いてると。 釣書にはそんなん書いてなかったで。 上の兄貴は認知症の母親(義母の母親)を家から追い出したし その下の兄貴とは折り合いが悪かったから書かんかったんやろ。と旦那。 それってえらい卑怯な話よなぁ。私のことは興信所を使って お父ちゃん、お母ちゃんの実家まで調べに行って、自分らは嘘をついてるてな 20年前の話とはいえ、卑怯やわなぁ!と旦那を攻める。 興信所を使っても別段文句をつけるとこがなかったら 最後はマンッション住まいをしている父母をあげつらったという義父。 えらい大層な家で えらい大層な息子と結婚したという私。 あほちゃう! 釣書に書くのを省いたのは義母のくせに 会えば、その話 挙げ句の果てに ○○(その兄貴に名前)って知っているじゃろ?って聞いてくる。 知らないって答えると えっ知らんのか、話にならん子やのぉをそっぽを向く。 まぁボケてはるから別にそこは良しとしても ボケていない時のその卑怯なマネは許せん私。 そしてその兄貴の息子(旦那とは血がつながっていない従兄弟、旦那より2つほど年上)が 大学に行ったから 自分とこ(うちの旦那)も大学に行かせやな!って思ったんじゃ!!って あほみたいな話を切々と語る義母。 あ~~そういえば、 うちのお父ちゃんの兄貴も 私が短大に受かったとき、 本家(長男の兄貴)の娘が高卒やのに分家(次男のお父ちゃん)の娘が 大学に行くとはどういうことやねん!ってお母ちゃんは攻められたと 今頃聞かされた私。 知らんがな!そいつらは勉強ができんかったということやろ?! そのおっさんは しょうもない女子校の理事長と知り合いやからと 私が高校受験のときに口きいたろか?と抜かしよった。 いらんねん!っと それを無視した私。 それが気に入らんかったか? なんでそんなしょうない女子校に行かんならんねんと 私は滑り止めも受けずに志望校に受かったしな! そして、そのしょうもない女子校には 私のぼんくら兄貴の長女がこの春入学しよった。 笑た・・・ 話しを戻す。 なんせ、常識がない義父は 息子の結婚で その相手の私の職場、朝の9時に電話をかけてきて わけのわからんことをいうて 「いわれたことは一生忘れん!」と捨て台詞とともに電話を切った。 いわれたことは一生忘れんというのはお互いさまや!と思った私だが その言葉だけは覚えているが電話の内容はすっかり記憶にない。 このあと、あんたとは結婚せん!と宣言。 すでに広島で就職(結婚したら広島に嫁ぐ予定やった)していた旦那は 一晩かけてやってきて、 頼むから結婚してくれ!と懇願。 頼まれたから結婚したという私。 情に弱い私。 そんなこんなもちょっとこっちに置いといて、 認知症になった義母を放置することはできず、 私の生活スタイルは守りつつ(仕事とか週一有馬に行くとか)なら 出来ることはするというスタンス。 この歩みよりがわからんか!! 腹立つから ええやん、お義母さんだけ連れてこよ!お義父さんは1人で暮らしてもらったらいいやん! っていうたら、 ここはやっぱり実の親子。 親父はどうするねん!!って旦那。 知らんがな。来たくないもんしゃ~ないんちゃうか?実の兄貴(伯父)もほっといたら?っていうているねんし。 まぁ、はっきりいうて、今のままのほうが楽やねん。月一の受診時にあんたが行くだけですんでる。これがこっちに来てもらったら手間取られるねん。それでもほっとからへんからこっちへというてるねん。そこの気持ちがわからんねんやったらほっとくしかないやろ! という私の言葉を受けて、 冒頭の契約したからこっちにくるしかないという最後通達をした旦那。 別にまだ契約はしていないが、強行に出るにはそれしかないやろという私の意見を真に受けて最後通達をした旦那。 まぁ、義父は息子を後ろで操っているのは嫁やとわかっているやろうけど。 しか~し、結局、私のいう通りにするのが一番ベストな状況になっているのも確かな話。 しやから、旦那は私の意見で動く。 ボケた義母はボケる前のへんな片意地もなくなり みっちゃん、頼りにしているなんていうたりもする。 そんなことをいわれたら、よっしゃまかしとき!ってなるのが私や。 悪いようにせぇ~へん。 私の意見で動くくせに時々勝手に動いてしょうもないことをする旦那。 私には黙って 仕事で必要な機械を買いたいと義父から30万もらって帰ってきよった。 認知症の親から金をせびるな!と怒鳴り、 私の目の前で 私に怒られたからとその30万返せ!と再び怒鳴った。 その通りにこの日曜日に いわれた通りに返していた旦那。 過保護な親と甘えた息子の図式そのままんまやんけ! 子どもがマネしたらどうするねん! そして、話は変わるが、 時間の概念がない人に頭いらっとした昨夜。 ええ加減にしろよ!という気持ち。 この時点でこの状況はないやろ?と 私がしやなあかん資料はいつもらえて、 最終、いつまでに仕上げやなあかんの?と聞いても その返事がなく トンチンカンな回答。 時間の調整をするからと理由までつけて いつまでに仕上げやなあかんのか? 2回聞いて、 関係ない回答を出してくる。 人の話が理解できんのんか!とレスを返しそうになったから 昨夜はレスせず寝る。 私ができんかったらもう1人に頼むとかっていうから もう1人の担当の箇所の出来上がり具合はどうなん?って聞いても それにもレスなく トンチンカンな回答を返してきてたし。 それだけを専属でやっているのとちがうねん。 おまけに無償やし。 口では体調大丈夫?とかいうけど 口と行動が伴っていないちゅうねん。 なので、今朝、そのもう1人に 進捗状況を確認してみた。 50%やと。 私は0%。 ということは全体で25%やん。 この時期にそれはない! おまけに、私はそのもう1人がつくったものを 私が体裁を整えて最後形にするという作業があるねん。 これ、Excelで作ったものをIllustratorで仕上げるって作業。 コピペで簡単にすむようなものとちゃう。 ファイル形式がちゃうねん! なのでそのもう1人に 来年も引き続きするなら、 もう1人PC作業を出来る人を入れてもらいや。 時間の配分が出来へん人やからしんどいでと老婆心ながら忠告をした。 したら、来年はわからん。もしかしたら会長するかも?と わけのわからんレス。 現も前も同級生という話までもついてきた。 思わず、狭い世界で生きているねんなと返しそうなったので レスはせずスマホから手を外す。 旦那の実家も田舎やけどここも田舎やと辟易した瞬間。 貯まりきった鬱憤をとりあえず吐いた・・・・ さぁ、仕事しよ・・・”
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80を超えた男兄弟の結託。
“義母の弟である叔父の口添えに大阪行を決断したふうの義父だったが 実際にホームを見学したら現実をおび躊躇。 なので、ここは義父の実の兄である伯父さんに口添えを頼んでみた。 ん~~これが大きな誤算。 伯父は84。軽い認知症(でも車椅子で移動。こちょこちょ歩きだというから 軽くはないとみた)の伯母を老々介護しているという。 っで、結局、義父側に寄り添う意見。 それは義母のことはなんら考えていないということでっせと心の中でいいつつ 旦那に代わって(口添えを頼んだのは旦那だが仕事中にて不在)、 初めてしゃべる、一面識もない伯父相手にしゃべりまくる。 我ながら、口上手いと思うが、 こっちのいうこともわかるが、 子は親の面倒をみる、老いては子に従えもわかるが、 もうしばらくほっておいたら?という。 いやはや、義父も認知症なんですわというが そこがいまいち理解できない様子の伯父。 あんたも認知症か?と心の中で突っ込む。 この件にしろ、 わが実家の父母にしろ、 血や、血。 血のつながりはえげつない。 エゴや。 ちゃうやん! どこかで妥協点を見出ださなあかんねん。 折り合いをつけやなあかん。 いうちゃなんやけど、 このまま離れたままで月一の受診日に付き添うだけのほうが ある意味、楽なんやけど。 こっちに来てもらったら、さみしい思いをさせんように 最初は連日顔をだして、そのうち、最低でも週一は顔を出す。 まぁ、私が元気なうちという条件つきやけど、 いうたら、そのほうが時間がとられるししんどいねん。 それでも、そのほうが二人のためにベストやと思うからの話。 何かあったときのことを考えたら こちらに来てもらっていたほうが手立てが早い。 義父に何かあったとき 義母はパニックになって何もできないのは経験ずみ。 それは、その伯父も経験している。 義父がそばにいてるのに 伯父のところに電話して 「1週間帰らへん」とか嘆いていたという義母やないか? 老いては子に従え!!!! 何回でもいう。 老いては子に従え!!!!やわからんのんか”
井戸端会議に花を咲かせる能力がない。
“基本水曜出勤の職場。 別に今日、出勤でもよかったんだけども、 カレンダーは祝日やしで明日出勤。 先々週、2日続けて出勤したので先週はお休み。 2週間ぶりの出勤の明日、 取引先から期日指定の仕事のメールが届いている。 週1勤務の私は、期日指定の仕事がくると忙しくなる。 てなことで、本日は 昨日、買った義母の下着なんかを宅急便で送る。 中学PTA広報紙の記事作成。 旦那の仕事の会計処理。 結局、家で仕事みたいなもん。 PTAの広報紙は、 前回パスしたから、今回もちょっと楽させてもらいたいともくろんでいた。 私の現状(高齢者に対応に多忙)は報告してあるし・・・ ところが、前回頑張ってくれた方がお手上げを意思表示。 (私は全パスでもよかってんけれど) 配布されたものも、最終、技術の先生の手を借りたという話も聞き、 結局、2/8ページなら出来るっていうていた私は 6/8ページ担当することになった9月末なのだ。 なので、前倒しで進めてほしいとくれぐれもお願いしたが 結局、ギリギリの状況。 今期で最後やし 私の名誉のために形にはするが、 来年からは知〜らない。 (てか、当然。来年は子どもは在籍していないもん。) 長年のPTA役員活動で実感したことは 私にはおばはんの集まりで花を咲かせる能力がないってこと。 おっさんと喧嘩する能力はあるんやけど。 おっさん(学校管理職を含む)と 喧嘩する能力があるなんて自慢にもならへんわな。 幼稚園の誕生月に記念に作る手形と日頃の記録。 仲がいいお友達の欄は御堂くん。 子どものときから男の子と喧嘩しちゃぁ遊んでいた。 女の子同士のお人形遊びは苦手で仕方なかった私ゆえ、 その頃に 女の子同士の井戸端会議に花を咲かせる能力を養えなかった。 ここが私の原点。 てなことで、 大人に、いやおばはんになった私は 相も変わらず、おばはん同士の話の輪には入れず、 一人黙々とに向かう 喜楽でよろしい・・・”
子の心、親知らず・・・・
“実は日曜日の義父母来阪にはちょっとした事件があった。 事件というと大げさやけども・・・ 新大阪駅で出迎えた二人。 東口の前のタイムズに車を入れているので そこまで私は義母の腕に手を回し、一緒に歩く。 男どもは先々行くし・・・・ それは東口の階段を降りているときに起こった。 義母がはいていたズボンがするっとひざ上まで落ちてきた。 「あっズボンが落ちた」と義母。 みると、下着丸出し。あわててズボンをあげる。 階段を降りている最中やったので 私たちより上にいる人はそう見えないはず。 下からあがってくる人も たいてい、足下を見てあがってくるから見た人はそういない。 あげたズボンを後ろから持ち、駐車場まで行く。 ゴムが外れたズボンを上からひもでくくっていたようで わけのわからんひもがぶらぶら。 義父母に会うまでは 温かい格好をしてくるやろか?と心配で 万が一、寒そうな格好なら、 あとで合流する娘に適当な上着を持ってきてもらう段取りはしていた。 その点はしっかり着込んできてはったから安心したのに、 スボンがずるとは・・・ 老人ホームに寄る前にカジュアルショップによってウエストがゴムのズボンを買って はかせる。 「買ってくれてありがとう」というていた30分後には そのズボンは 「私が作った」に変わっている。 秋口に病院に連れていくときに見た義母の足下。 寒いといいながらレースの靴下をはいていた。 靴下を買って送らなければと思っていたが 後回しになっていた。 それも合わせて、ヘルパーさんに新大阪駅での一件を伝え、 普段の義母の服はいけてるのかどうか確認する。 すると、下着がてんでなっていない様子。 義父のズボン下をはいてみたり、 パンツをはかずガードルをはいてみたり、 というか、まともなパンツがないという。 左右そろった靴下も見当たらないという。 もちろん、ゴムがないズボンもはいてきているとも。 だから、義父母二人の生活は無理なんや。 義父に義母の下着のチェックまでできない。 義父は要支援1。 人の手を借りないとだめな状況で義母の面倒をきちんとみれない。 昨日、仕事の帰り、 堺筋本町の寺内に寄って、義母の下着、靴下を買って帰る。 こんな状況やから、一日でも早くこちらに来てって思うが 首を縦にふらない義父。 毎日、仕事の合間に電話してそれを説得している旦那も だいぶん、疲れてきている。 ここの交渉は実の親子でやってもらうべきなので、 私は話を聞いて助言をするだけ。 老いては子に従えはほんまよくいうたものや。 私の実家の父母はすっかり私に頼っているので ここはとりあえず老いては子に従えになっている。 時々、ひするがまぁそこはなんとか・・・ 有馬の父は土曜日は38度2分の熱があった。 やたら機嫌が悪く、今日は扱いにくいと思いながら 昼食のあと爪を切るのに手を触ると熱い。 背中に手をやると熱がある身体。 体温計ではかると38.2度。 これはいけないと看護婦さんにいう。 たまたま土曜勤務やった主治医が来てくれはって診てくれはる。 こういうところが療養型医療施設のありがたいところ。 それを気になりつつの日曜日やった。 月曜日の午前中に有馬に電話したら2日ほどの熱やったようで今は平熱というので 一安心。 こんなもん、あちらこちらが一時に具合悪くなったらどないもこないもでけへんがな。 だから、義父母は早くこちらに来てほしいというている。 子の心、親知らず・・・・”
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井戸端会議に花を咲かせる能力がない。
“基本水曜出勤の職場。 別に今日、出勤でもよかったんだけども、 カレンダーは祝日やしで明日出勤。 先々週、2日続けて出勤したので先週はお休み。 2週間ぶりの出勤の明日、 取引先から期日指定の仕事のメールが届いている。 週1勤務の私は、期日指定の仕事がくると忙しくなる。 てなことで、本日は 昨日、買った義母の下着なんかを宅急便で送る。 中学PTA広報紙の記事作成。 旦那の仕事の会計処理。 結局、家で仕事みたいなもん。 PTAの広報紙は、 前回パスしたから、今回もちょっと楽させてもらいたいともくろんでいた。 私の現状(高齢者に対応に多忙)は報告してあるし・・・ ところが、前回頑張ってくれた方がお手上げを意思表示。 (私は全パスでもよかってんけれど) 配布されたものも、最終、技術の先生の手を借りたという話も聞き、 結局、2/8ページなら出来るっていうていた私は 6/8ページ担当することになった9月末なのだ。 なので、前倒しで進めてほしいとくれぐれもお願いしたが 結局、ギリギリの状況。 今期で最後やし 私の名誉のために形にはするが、 来年からは知~らない。 (てか、当然。来年は子どもは在籍していないもん。) 長年のPTA役員活動で実感したことは 私にはおばはんの集まりで花を咲かせる能力がないってこと。 おっさんと喧嘩する能力はあるんやけど。 おっさん(学校管理職を含む)と 喧嘩する能力があるなんて自慢にもならへんわな。 幼稚園の誕生月に記念に作る手形と日頃の記録。 仲がいいお友達の欄は御堂くん。 子どものときから男の子と喧嘩しちゃぁ遊んでいた。 女の子同士のお人形遊びは苦手で仕方なかった私ゆえ、 その頃に 女の子同士の井戸端会議に花を咲かせる能力を養えなかった。 ここが私の原点。 てなことで、 大人に、いやおばはんになった私は 相も変わらず、おばはん同士の話の輪には入れず、 一人黙々とに向かう 喜楽でよろしい・・・”
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子の心、親知らず・・・・
“実は日曜日の義父母来阪にはちょっとした事件があった。 事件というと大げさやけども・・・ 新大阪駅で出迎えた二人。 東口の前のタイムズに車を入れているので そこまで私は義母の腕に手を回し、一緒に歩く。 男どもは先々行くし・・・・ それは東口の階段を降りているときに起こった。 義母がはいていたズボンがするっとひざ上まで落ちてきた。 「あっズボンが落ちた」と義母。 みると、下着丸出し。あわててズボンをあげる。 階段を降りている最中やったので 私たちより上にいる人はそう見えないはず。 下からあがってくる人も たいてい、足下を見てあがってくるから見た人はそういない。 あげたズボンを後ろから持ち、駐車場まで行く。 ゴムが外れたズボンを上からひもでくくっていたようで わけのわからんひもがぶらぶら。 義父母に会うまでは 温かい格好をしてくるやろか?と心配で 万が一、寒そうな格好なら、 あとで合流する娘に適当な上着を持ってきてもらう段取りはしていた。 その点はしっかり着込んできてはったから安心したのに、 スボンがずるとは・・・ 老人ホームに寄る前にカジュアルショップによってウエストがゴムのズボンを買って はかせる。 「買ってくれてありがとう」というていた30分後には そのズボンは 「私が作った」に変わっている。 秋口に病院に連れていくときに見た義母の足下。 寒いといいながらレースの靴下をはいていた。 靴下を買って送らなければと思っていたが 後回しになっていた。 それも合わせて、ヘルパーさんに新大阪駅での一件を伝え、 普段の義母の服はいけてるのかどうか確認する。 すると、下着がてんでなっていない様子。 義父のズボン下をはいてみたり、 パンツをはかずガードルをはいてみたり、 というか、まともなパンツがないという。 左右そろった靴下も見当たらないという。 もちろん、ゴムがないズボンもはいてきているとも。 だから、義父母二人の生活は無理なんや。 義父に義母の下着のチェックまでできない。 義父は要支援1。 人の手を借りないとだめな状況で義母の面倒をきちんとみれない。 昨日、仕事の帰り、 堺筋本町の寺内に寄って、義母の下着、靴下を買って帰る。 こんな状況やから、一日でも早くこちらに来てって思うが 首を縦にふらない義父。 毎日、仕事の合間に電話してそれを説得している旦那も だいぶん、疲れてきている。 ここの交渉は実の親子でやってもらうべきなので、 私は話を聞いて助言をするだけ。 老いては子に従えはほんまよくいうたものや。 私の実家の父母はすっかり私に頼っているので ここはとりあえず老いては子に従えになっている。 時々、ひするがまぁそこはなんとか・・・ 有馬の父は土曜日は38度2分の熱があった。 やたら機嫌が悪く、今日は扱いにくいと思いながら 昼食のあと爪を切るのに手を触ると熱い。 背中に手をやると熱がある身体。 体温計ではかると38.2度。 これはいけないと看護婦さんにいう。 たまたま土曜勤務やった主治医が来てくれはって診てくれはる。 こういうところが療養型医療施設のありがたいところ。 それを気になりつつの日曜日やった。 月曜日の午前中に有馬に電話したら2日ほどの熱やったようで今は平熱というので 一安心。 こんなもん、あちらこちらが一時に具合悪くなったらどないもこないもでけへんがな。 だから、義父母は早くこちらに来てほしいというている。 子の心、親知らず・・・・”
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1歩進んで2歩下がる・・・
“結局、義母の弟、叔父さんが 義父母の面倒見るというのはない。 息子(わが旦那)のいうことを聞いて大阪に行ったほうがいい。と 義父に話してくれたようで 義父もこっちにくる気持ちに傾いた。 というてもこの傾きはなんかの拍子に反対振り切ってしまうので 善は急げ、気が変わらんうちにと 昨日の日曜、ホームの見学に義父母が来阪。 本来なら1泊でもしてもらって、ホームでの一日を体験してもらいたいのだけど、 日帰りでっていうので そこはこちらが折れて、日帰りで昼食をホームで頂く。 子どもも部活試合の長男をのぞいて、娘と次男も一緒にホームで食事会。 その後、受験生の次男は自宅に帰らせ、 大阪歴史博物館で遊び、新大阪でお見送り。 ホーム自体はきれいなところだし、 スタッフさんもみな優しく、 文句のつけどころがなく、 昨日の帰り際にはこちらに引っ越してくる気になっていたかの義父が 今朝、もう少し待って!と躊躇の電話。 義母は お父さんが行くなら行くという姿勢。 とにかく、問題は義父なんよなあ。 結局、振り出しに戻り、毎月の支払う金額がもったいないという。 支払分はなんら心配することもないのだけど、 なんせ、昭和一桁生まれなので節約が身についている。 困ったもんや・・・・ 自分が生きている間はここに居てると。 いや、もし義父に何かあったときに義母はパニックになって対処できないから そうならないうちに今のうちにと説得するが・・・ ホーム側も 二部屋の続き部屋は各階に一つしかなく、 3セットのうち2セットは契約済み。 残る1セットを義父母にと考えているので いつまでもうだうだ云っていられない。 他の施設でもそうだけど 夫婦部屋というのを用意しているところは少なく、 昨日、連れていったところは我が家からも近く、 お値段もべらぼうは高くない(私からしたら高いけれど)。 これを逃すともっと高いところになってしまう。 そうなるとますます渋るであろう。 長年住み慣れた土地を離れることを 快く受け入れる高齢者は少ないであろう。 100%ほな行きまっさ!となるわけはない。 ある程度はゴリ押しで進めて行って 流れに乗せないと、ことは進まない。 義父との交渉は当然、実の息子の旦那。 私はとりあえず他のサポートはするが お金が絡むことには関わりたくない。 踏ん切りなんてつくわけがないので 事務的処理を進めて行って、 引っ越ししなければならない状況をつくるしかない。 これが契約金を一時でも立て替えられたらいいのだけど、 そんな力がない私たちは途方にくれる。 いや、旦那だけが途方に暮れる。 私は私でわが親のことで途方に暮れかけちゃ〜やり過ごしている。 そして主導権をわが手にしたので途方に暮れることはなくなった。 そんな中、次男の三者懇談。 別にわざわざ行かんでもっていう内容。 試験の結果から現状は想像つくので それを一通り私がしゃべったら 先生の言うことがなくなってしまった。 早々にお開き。 来月の三者懇談には併願の私立をどこにするか決めるという約束だけして退室。 そして、中学校のPTA新聞づくりのネタが届く。 前回は母の手術とかで100%パスをさせていただいた。 今回はそうもいかない様子だったので なるべく早くに原稿を欲しいと9月末に云っていたのに すでに11月も後半。 例年の発行日は冬休みの前日。 そうなると12月10日ぐらいまでには形にしないといけない計算。 あと3週間のリミット。 現在、白紙の状況。 厳しい・・・・ あっちもこっちもあれもこれもでてんてこ舞いやん・・・・”
16
80を超えると・・・
“あれこれ考えて、近場の老人ホームがいいかなという結論をだし、 そこに移ってくることを説得する旦那。 長年住み慣れた土地を離れるのは 高齢者にはなかなか踏み切れるものではない。 昨日のこともすっかり忘れてしまう。 行動に関して覚えることができなくなってしまった義母は まだやりやすい。 認知症初期の義父がなかなか首を縦にふらない。 あれやこれや理由をつけて大阪行を拒否る。 それを一つずつ崩していくしかないよなぁ〜という状況。 しまいに、 わしの気持ちが行きたくないんじゃ と言い出した。 分かっているちゅうねん! わしもあと1年か2年やから、それまではここに居る。 と いや、だから、仮にそうなったときに 義母はパニックになってなんら対処ができない。 その時のことを考えてくださいというが 人間80を超えると 人のことなんてどうでもよくなるようで 自分のことしか考えられない。 昨日はとうとう 義母の弟が面倒みてくれるというからそこに面倒みてもらう と言い出した。 いや、その弟は大阪在住やし60代やし。 仕方なくその叔父さんのところに旦那が電話する。 義母の認知症具合は私たちと同じ2年ぐらい前から気づいていたようなニュアンス。 義父がまだ大丈夫と高をくくっていたらしいが 実はその義父も初期とはいえ認知症なんですわ・・と旦那。 大阪に連れてくることにはそれは当然賛成の意を表しはる。 というか、反対する立場でもない。 面倒を見るとか見ないとかという立場でもないわけで、 常識的に考えたら 一人息子がいてるねんし、そこしかないわけや。 そんなこんなで その叔父さんからも口添えをしてもらうようお願いして電話を切る。 実際、こっちに来て何ら支障もないし 親父にとってはいうことないと思うねんけどなぁ〜と旦那。 そりゃ〜あんたは田舎が嫌で出てきた身。 年老いた夫婦が 新しい土地で暮らし始めるのはかなりのストレスであろうし それによって認知症の具合が多少悪化することも理解したうえで やっぱりこっちに来てもらうしかないわな。 そして、旦那がメモしてきた 義父母の預貯金メモから一覧表を作成。 義父より義母のほうが5倍以上もある預貯金は あとに残すからか?義母が一人になることを考えて? 生命保険も義母は3つもかけてはる。 二人で4つの生保は年間50万の出費。 てか、義母に3つもいるか? ならば、一人にならはったときのことを考えて一刻も早くこちらに来る気にならへんかなぁ・・・ お義父さんよぉ〜〜〜”
11
久しぶりに行ってきた友達ん家
“何十年ぶりやろ? 毎年、年賀状を作ったら取りにくるので最低年1回は会っている。 昨日は、ご主人の仕事の書類作りを依頼されて、 送り迎え付でお邪魔してきた。 ここから南に下がってちょいと東にいった山の際。 結婚しはったとき、子どもが小さいとき(うちの娘より一つ上の男の子がいてる) お邪魔したが 相変わらず、田舎でございました。 ご主人曰く、これでも開けたらしい。 歩いて行ける距離にスーパーが出来たと。 そして、送り迎え付で参上の私に イノ(小学生のときの私のあだ名)もここに住んでたら車運転できたでぇ~と。 それでもせん。とは黙っとく。 私が車を運転したら、なにかと頼りにされる。 いまですら頼りにされっぱなしやのに、 出来ないことを作っておく必要があるということで 運転はしないと誓った山陽自動車道や。 てなことで、早速、書類作成に取りかかるが 作成というほどのものでない。 ん~~バイト料、お米30キロはすでに迎えに来てもらったときに受け取っている。 そこのご主人はPCをいらう気はなく 嫁(私の友達)に よ~教えてもらっとけ!という。 てなことで、宝の持ち腐れと化しているそこのPC。 とりあえず、メールから始めよかと、 メーラーの設定からする。 遠方に引っ越した夫婦の知人から スカイプを始めろといわれていると二人していうので、 ほな、まずはイヤホン付きマイクを買っておいて。 次はスカイプの設定をするから。 お米30キロ分、手伝うわ!と そして、外が暗くなりかけたころ、 そこを出発。 友達にいう。 お宅の旦那、昔、あんなしゃべらんかったよな? そやった?と友。 お互い年を食ったといえ、 ええおっちゃんになってしゃべりやすくなってはった。 私の前で友達のことをボロクソにいうたりするが 優しそうな目で友達を見てた。 ええ夫婦や。 あんましボロクソにいうから 私がやたら友達を あんた、えらいなぁ~~と褒めちぎってやった。 すると、 せやねん、結構こいつえらいねん!って どないやねん! いつもなら年賀状サンプルを3つほど作ってファックスを送る。 それを見てどれにするが選んでもらう。 ほな、今年はメールに添付するからそれで選んでな!と 約束もした。 ちょっとこっちの世界に引きずり込んだろ・・・”
04
12時間の旅。
“今日は次男の参観&進路説明会。 ゆえに、有馬行きは昨日に前倒し。 そして、昨日の夕方、義父母のために老人ホーム見学を予定していたので 旦那は仕事を休み二人で移動の一日。 17年前、文化住宅からここに移るときに持ってきた 窓用エアコン。 ここでは使うことなくず〜とベランダに置いていた。 急遽、それを市の指定する業者で廃棄をお願いしようということになり まずは郵便局でリサイクル券を購入。 夕方、そこに持っていく段取りで出発する。 駅前郵便局のあとは、谷四の法務局を目指す。 例のとんでもない業者との対応。 最後の段取りのため、法務局で代表者事項証明書を取る。 ここから有馬を目指すわけやけど、 10月から2年越しで病院施設立て直し工事中につき 病院まで車では行けない。 ただいま、山を切り開いて大きいトラックが行き交う状況にて 芦有道路の料金所を出たところの駐車場が仮の駐車場。 そこから30分に1回、病院まで運んでくれる病院のバスに乗る。 法務局を出発した時点で10時を回っている。 11時半のバスに乗れないと、仮駐車場から歩いて病院に行かなければならない。 お昼12時から13時は病院バスは休憩なので。 車だと2分ほどの距離。 徒歩20分ぐらい。 ただ、平坦な道ではない。 ここがみそ。午前の最後にそんな大仕事をしたら あとの予定に影響がでる。 ここはなるべくエネルギー保存でいきたいところ。 とりあえず、11時半前着を目指して阪神高速を走る。 いつもなら芦有道路、途中にある展望台から東六甲を堪能する休憩時間を入れるが 昨日は展望台はスルー。 ぎりぎり3分前に駐車場に到着。 病院バスに乗り換え、父が待つ病室へGO~~ 小一時間ほどで病室をあとにして 午後一番(13時15分)の病院バスで駐車場に戻る。 帰りは西宮におりるコースでここからR2を通って母のところを目指す。 母のところには先日購入したガスストーブが待っているので これを受け取る。 昨日は11月とは思われへんほど暑かったので ガスストーブって?!って感じではあったが、 なんせ、超格安で購入できた品。 受取場所が尼崎限定という条件付きだったのは仕方なく、 車があるとき(旦那が動けるとき)でないと引き取りにこれない。 車があるときにあれもこれもと用事をぶっこんだれ!の私は 使わず眠っている私のノートPC (動作がスローモーだがまだ使える)を マンションに持っていくことを思いついた。 有馬の帰り、マンションに寄って風を通す小一時間の間 時間をつぶすのにPCがあれば助かる。 ガスストーブを受け取ったら今度はマンションに行って PCの設置。 それから速攻、次の目的地へ向かう。 今度は後ろに積んでいる窓用エアコンの廃棄場所を目指す。 請け負っているのは運送会社で、本業の奥に廃棄家電が種類ごとに置いてある。 一番多いのはブラウン管TV。 そりゃそうやろ、これはよ〜わかる。 エアコン、洗濯機、冷蔵庫とあるが すでにそれもほるんですか?という薄型TVもある。 我が家にはない薄型TV。 思わず、つぶやく。 「うち、まだブラウン管やで・・・」と。 ブラウン管TVは奥行きがあるから 上にモノ置けるし、重宝してる。 本来の存在意義は無視されてしまっている我が家のTV。 そこからこの日のメイン。 老人ホーム見学。 以前、友達に教えてもらった大阪市内の老人ホームには旦那が1人で見学に行った。 そこは超リッチな作りで旦那も気にいっている。 今回のところはもう少し近場でも探してみようということで 見つけたところ。 東大阪市内ということで 大阪市内のホームより安い。 そして、そこを紹介してくれはった人(シニアライフ支援センター)がいうには やっぱり土地柄、有料老人ホームでも安い。 また、東大阪では需要が少ないのでこのタイプは少ないとも。 施設内をあちこち案内してもらい、 居住してはる人の夕食の様子も見せてもらう。 ご飯のメニューも我が家よりリッチ。 見学のあとはいろいろ話をしてそこを出たのは20時。 帰ってご飯を作る気力がない私は Hotto Mottoのお世話になる。 お弁当を買って帰る。 朝、9時前に家を出てから大方12時間の移動。 何が嬉しい〜って、ガスストーブ。 定価7万税別のがなんと12600円税込でゲットやもん。 どういう仕組みなんかわからんけど、 大阪ガスのサービスセンターのおっちゃんがいうには 電力不足でガスストーブの需要を増やそうということもあるらしい。 おっちゃんは今出ているシリーズを各3個ずつ格安で販売できる持ち分があるとのこと。 プラズマクラスターもついているという一番上のクラスなので ガスストーブだけやたらリッチになった我が家。 なのに、今日も温かい。 初始動はいつになるやら・・・”
03
年賀はがきの発売開始!
“いつもならこの時期、ゆうパックの集荷でお世話になっている ハラダのおっちゃんが来るのに来はれへん・・・ 年賀はがき、駅前の郵便局で調達しやなあかんかなぁ〜て帰宅した昨日。 テーブルの上に年賀はがきの申し込み用紙と名刺が一枚。 名刺には新人のころハラダのおっちゃんに連れられて来た、 おっちゃんの弟子のお兄ちゃんの名前。 (弟子というのはお兄ちゃん自ら言うたはった。) 郵便局の人、7時頃、また来るって言うたはったで と次男。 あ〜よかった、年賀はがき、また持って来てもらえるわとホッとする。 7時過ぎにやってきたお兄ちゃん。 有馬や福山やって奔走していたため、 また本業のバスケットが開店休業状態ゆえ、 久しぶりにあったお兄ちゃんが言う。 ハラダさん、引退しはったんですわ。 え〜〜そうなん?最近、顔見んなぁと思っててん。 こちらにも挨拶に何回か寄ってたみたいなんやけどお留守やったみたいで。 そやねん、なんやばたばた忙しくて・・・ ハラダのおっちゃんは73歳。 (うっそ!アルツハイマーの義母と一緒やん!) 郵便局の昔のシステムで定年後の再就職でっていうのは おっちゃんから聞いたことがある。 そして民営化され、 もうそろそろ・・と辞めないけない状況になったらしい。 寂しなるやん! そうなんすわ。ボクの師匠で、ここに初めて来たときも後ろについて来てたし、あれ7年前ですわ。 とお兄ちゃん。 おっちゃんの話や世間話をしながら20分。 年賀状、必要な数書いてポストにいれとくわ! 都合のいい日、書いてもらったその日に持ってきますわ。 と別れる。 そっか、7年になるか。 あのときはかわいらしかったお兄ちゃんもとうが立って一人前にならはった。 そんなこんなで年賀状のシーズン到来。 そして、一枚舞い込んだ喪中はがき。 義父の兄の息子が亡くなったというはがき。 せやせや、義父がそのお葬式に行ったときに義母がおかしくなったという それやん。 のちに義父に その亡くなられた息子さんておいくつやったんですか?って きいたとき 義父は 46じゃと言うていた。 喪中はがきには64って書いてある。 逆さまやん! ていうか、その義父の兄である伯父は昭和2年生まれ。 ということは御年84歳なわけで、 え〜〜〜20歳で親父になってはったん?という新たな驚き。 とてもシンプルなさっぱりした5,6行の喪中はがきに 私は2度驚かされる。 一粒で二度美味しいやなく 一枚で二度驚く! そして昭和3年生まれのわが父。 先週土曜日の逢瀬のとき、 年賀状、もう出さんでええわ。 という。 え〜あんた(親に向かってあんたという超尼っ子の私)、年賀状出さへんかったら死んだと思われるで。 と叫ぶ。 死んだときは死んだはがき出すやろ。あれ出してへんねんから死んだとは思わん。 と父。 ん〜〜〜死んだはがきは誰が出すん? それ、私やん。 てか、死んだ、死んでへんという、いうたらタブーな言葉を平気で使う父と私はどうなん? とりあえず、昨年末時点、生存している父の友人3、4名に出す、年賀はがき。 勝手に出しといたろ。”
01
今日はPCと戯れる
“本来なら外勤日の火曜だけど イレギュラーでお休みとなった本日。 本当は旦那の仕事の会計処理をする予定が すっかりPCと戯れてしまった。 こういう時間がないと身が持たない。 朝、せやせや、見つかったコンタクト、 4年前と変わっていない左目だけ入れてみる。 眼鏡より左右の視力の差がひらき、 遠くは左目だけを使っているので眼鏡より見える。 近くは右目だけを使えばちゃんと見える。 文庫本の小さい文字も手元15センチほどでばっちり。 ええやん!これっと思っていたが PCよ。 PCとの距離が微妙。 明らかに左目は年齢からも軽く想像できる老眼がはいってきている模様。 手術した目は人口レンズやからすでにピント調整ができない いわゆる、老眼と同じ状況。 それなのにそれぞれにピントの合う位置が違うとなると これがまぁ厳しい。 2時間ほどコンタクトで頑張ってみたがどうも見づらく 眼鏡にチェンジ。 明日は外勤やけどコンタクトは無理。 道中はコンタクトのほうがいいかもしれないけれど PC作業にて仕事中は眼鏡やないと・・・ 18日に眼科で右目用のコンタクトを合わしてもらう。 これはたぶん左目に合わせたものを作ってもらうことになる。 両目で0.9ぐらいかな〜と眼科医はいうてはった。 そうなると、両目で見る遠くは眼鏡より見えるようになるが PCが厳しい。 なかなかうまいこといきまへん。 どこかでうまいこと折り合いがつけれたらいいのい。”
10月
31
90まで生きるらしい・・・
“土曜日は叔母(父の妹)を連れて有馬に行ってきた。 阪神芦屋のホームで待ち合わせをしてそこからは病院バスに揺られる。 79歳の叔母は独り身(結婚をしていない)ゆえ、 頼る人がいないのもあってまぁしっかりしてはる。 「この前なぁ金比羅山に登ってきた!」と言う。 金比羅山には私は行ったことがないので あちこちの話で想像するだけやけど、 どこそこまでが400何段でその上にまた200何段の階段があるとか。 「なぁ、それ登って、また降りたん?」 「降りやな帰ってこられへんがな!」 ごもっとも・・・・ この叔母。 学校を卒業してから定年退職までずっと同じ会社やったのもあるし 父とほぼ同額ぐらいの年金をもらってはる。 おまけに独り身。 旅行(国内のみ)が好きで北海道の雪祭りなんて あほほど行ったはる。 それぐらいがお金の使うところなので そこそこ預貯金を持ってはる。 お金のあるところには それを無心するやつがいてる。 甥っ子、姪っ子たちがそう。 叔母の残っている兄弟は父だけ。 仮に父より先に叔母が逝くと遺産は父のもとにくる。 それは困る。 もめるもと。 一日でも父より長く生きてもわらな困る。 叔母は 「90まで生きやなあかんねん。90になったら母親(私からしたら祖母)の 50回忌ができる。だから90までは死なれへん!!」という。 「そりゃぜひとも頑張ってや! ほんでな、持っているお金、全部使い切らなあかんで。 置いといたらもめるもとやで!!」と私。 お金持ち体質、 または お金持ちになれる資質 がない人間が ある程度かたまったお金を持つと その持ちように支障をきたす。 あれこれいらんことに気がいったり、 周りからいらんことを言われたり、 もめるもと。 お金は自分が管理できるだけあったらいい。 自分の手に余るようであればどこぞに寄付すればいいのに。 有馬の父は癌の疑いもありつつを保持しながら 血色がいい顔色と食欲にあふれている。 元気そうでなによりですわ。”
TVショッピングのセールス電話
“今日は月末で忙しいちゅうのに電話。 旦那も私もwebサイトで仕事用の電話番号と掲げている電話が鳴った。 話の内容によってこれは旦那の仕事、私の仕事とわかるが さっきのセールスの兄ちゃん。 どっちやねん?って話。 ていうか、テレビショッピングでものを売るっていうから たぶん私やろう。 ジャパネットたか○をイメージしてもらったら・・・といい、 1月限定で通常、出演料が50万のところ35万でって。 番組は衛星やったかCS放送やったか、なんやそんなん。 35万でその枠で宣伝ってボランティアやん。 量産しているものやなし・・・ そういう場で売るものでもないやろ。 にいちゃん、何を売っているのかわかっているん?って思う会話。 手当たり次第にかけてるのか? うさんくさい。 35万支払って割あいませんわ!と断っているのに 当社は1カ月間受け付けるシステムなのでその期間に・・・って しつこい。 だから、何を売っているのか知っているのか?って言う話。 電話がかかってきても私は名乗らないので (どっちの屋号をいうべきかと迷うから) いつもはセールスの兄ちゃんはこちらの職業を確認しはる。 その時点で、これは旦那の仕事にかかってきたとか 私の方とかわかる。 それが今日の兄ちゃんはそんなことも一切なくやしな。 そんなんで仕事とれるんやろか? 第一、いうたはる番組見たことないし、知らんし、 てかテレビ、今見ぃひんし。 かけるとこ間違うてはるとしかいいようがない。 そんなんでひっかかる人、いてるねんやろか? いてるからこんな電話がかかってくるねんやろな。 わが旦那がひっかっかったどうしょうない業者は 裁判沙汰までおこして(私がおこした。)いまだ未納。 旦那に聞くとうちより20万ほど多い売掛金を支払ってもらえず・・・で あきらめた知人がいてるとか。 たぶん、他にも100万未満であきらめている人、いてるみたいやし。 というてその悪徳業者、いまだ健在しているようやし。 あほぬかせ。 次の手じゃ!とあきらめきれない私は裁判所に電話する。 その悪徳業者はなまいきにもwebページを持っていて そこに東北地方の地震の被害者にむけて・・・って 偽善者ぶりを発揮している。 知らん人が見たら騙される。 これだけでもwebページは額面通り信じたらあかんということや。 と、webページを運営している私がいうのもなんやけど 所詮、その後ろにいてる生身の人間を見やなあかん。 そこを見極めな。 ええ加減な輩にこの忙しい私は頭ぶち切れの10月最終日をあと少し。 あかん、急ご・・・”
28
目薬、リザベン一つになる。
“とりあえず、覚書で。 というか、もともと薬やサプリメントを飲むというのが 面倒くさくて仕方がない私は 眼科で処方してもらう目薬(それも二つ)を もらう(買う)だけで点眼することなくやった。 最初のうちは 術後ということで感染症も怖いし 1つさして、数分おいて2つっていうのを とりあえず一日2回(本当は3回)は欠かさずやっていたが そのうち、夜だけ1回になり、しまいに皆無状況になった。 それが、今日、術後3年を経て、来春で丸4年でコンタクトも復活?なんて 明るい兆しの中、目薬もリザベン一つになった。 リザベンってネットで調べるとアレルギー性結膜炎用やったりするが よくよく調べると後発性白内障予防というのもあった。 ていうか、今日、眼科医もそういうてはったし 薬局の薬剤師さんもそういうてはった。 ということは、50年もつといわれた人口レンズではあるが またも白く濁る可能性がなきにしもあらず。 てか、網膜剥離だって 今度発症するときは朝起きたら目の前真っ暗ですと宣言されている中、 とりあえず、点眼、復活する?って気分になる。 1つやからってのもある。 目薬を2つなんてほんま面倒くさいったらない。 1つさして間をあけやなあかんっていうのが面倒くさい。 やってられへんかったが、 一つになったらさせんこともない?と言う気になる私。 しやけど、二つから一つになったのに 薬局で払うお金はほぼ同じってどういうこと? 薬自体の値段ってあってないようなものなん? まぁ、どうでもええけど。 眼科の会計だって 他の人(平日の午前中なんて高齢者ばっかり)は何十円とか何百円の世界が 私ひとり1,700円とか支払っている。 2か月ぶりに行くと待合室の椅子がリニューアルしてあった。 あれの一部は私のお金ちゃうん?”
見えない目で書く・・・コンタクト復活かもかも
“両目眼底検査+今日はとってもいい天気。 帰り道のまぶしかったことといったらないわ。 今はまだ、目がぼやけているが 半日費やした眼科診察。 何か変わったことは?の問に ときどき目が痛くなること。 それがひどくなると頭痛に変わること。 夕方になると眼鏡がしんどくなること。 などを言う。 したら・・・ 手術して何年になるかなぁ? 4年目に入っています。 そやな、レンズもきれいに収まっているし眼底もきれいやし いっぺん試しにコンタクトにしてみるか? (うっそ!コンタクトはもうあかんとあきらめていたのに・・・) いっぺん、前のコンタクト、左目だけいれてみてと言われる。 あの〜コンタクト、もうイランと思って捨てたかも・・・ 一度探してみて。 っで、3週間後、コンタクトを合わすための予約を入れて帰宅。 ただし、年齢的にも老眼がはいってくるであろうから コンタクトにすると手元が見づらくなるとのこと。 なのでなるべく、その支障が少なくてすむよう 両目で0.9ぐらいまでの視力を出すとこで止めておくらしい。 なんでもいいねん。 明らかに左と右の視力の違いは怖いし、 なるべく左右の差をなくすため、運転免許証が更新できる ぎりぎりの両目で0.7にの眼鏡は はっきりいうて遠くが見えへん。 それがコンタクトで0.9まで出してもらえるなら 来春の免許証更新もクリアやし それよりなにより、 映画やコンサートが思いっきり楽しめる。 もっかの私の楽しみの焦点はそこやから。 術後、もうコンタクトは無理とあきらめてあの日がうそのよう。 ふっふ〜〜ん。うれしくってたまりません。 まぁ、当然、外出しないときは眼鏡でええし、 コンタクトと併用して使い分ける。 こうなると、2月のブライアン・アダムスのコンサートが待ち遠しくてたまらん。 本日、チケット一般発売の新聞広告がでてたけれど、 私はすでにウドー音楽事務所に予約済み。 まぁ、大阪城ホールやし、どこでもええ。 ケツメイシの和歌山ビックホエールのスタンド一番後ろっていうのよりは マシやろうし。 術前から右目は見えてるけれど使っていないという状況やったので 左目だけでこと足りるっちゃあ足りる? 右目なぁ、厳密にいうと線がゆがんで見えるし (これはひどくなると手術らしい) 左下は視野欠けてるし どうなんすかぁ〜〜ってのが正直な話。 こんな不具合を抱えながら、明るく元気に前進あるのみ。 ボケる気がせえへん・・・・”
25
認知症、進行している?
“月曜の朝になると義父から電話がかかってくる。 義母が 足を痛がっているとか 病院に行くとか 熱があるとか で、ディを休むという電話。 ブルーマンデーってやつでしょうか? そんな日も結局遅れて迎えに来てもらったら 午後からは元気になっているという。 やっぱりブルーマンデーやん。 そして、この月曜も足が痛いというから車で病院に連れていくという。 お義父さん、車は乗ったらあきませんよと私。 どうして?と義父。 これがわが父なら あんなぁ、車運転して警察沙汰になったらこっちに迷惑かかるねん、 乗るな!っていうてるのがわからんか!!!と シャウトするところやけど ぐっとこらえる。 っで、ここは大事な1人息子の出番。 旦那から電話をかけさせるからというと 自分から息子に電話をかけるから携帯番号を教えてと言われる。 っで090〜〜〜と言い 復唱しはるまではよかってんけど 最後の4つ。 はじまりは5やのに、何回訂正しても0と言う。 お義父さん、最初からいうからねと 090〜〜〜と最初から言うと 同じように小声でいい、 そして再度、復唱しはると やっぱり5を0といわはる。 あ〜〜これはメモにはちゃんと5と書いているが 口に出すときに 自分では5と言うているつもりが0になっているんや。 この番号のクダリだけで5分。 今から仕事やっていうのにやってられへんから ほんだら・・・・と電話をきる。 しばらくして旦那に電話してみると 義父からかかってきたらしい。 (ちゃんとかけれているやん) 車に乗る云々は旦那があかんというとすぐに わかったっと引き下がったらしい。 引き下がったんならまぁええ。 そして、 車云々のことを誰と相談したんじゃ?と義父が聞いてきたから 旦那は○○(私の名前)と言う。 ○○って誰じゃ?って尋ねる義父。 ○○は○○や・・・とそのやりとりをしばらくして やっと思い出したか あ〜〜奥さんか?と旦那は聞かれたらしい。 旦那が私に言う。 お前のこと、忘れかけている。 そりゃそうやろ。他人やもん。 だいぶん、ひどく(認知症具合)なっているよな? そやな。きてるな。 義母にいたっては スイッチが入ったときは 義父にむかって それは○○さん(義父の名前)の大事なものなんじゃ、こっちに寄越せ!と 義父が持っている預金通帳を奪い取るらしい。 夫婦も他人やから、しゃ〜ないわな。 そんなこんなで思うこと。 今まで、聞いたことがなかった 義父の両親が何歳で亡くなりはったとか 義母の子どもの時分の話しとか 昔話をやたらしだす義父母。 ときどき、姉妹がらみの昔話をする母。 いっこうに昔話をしない父。 認知症がひどいほど昔話の頻度が多い。 一番、認知症になるであろう環境で生活している父が 頭の中はまだイケテル。 孫(娘)の就職の心配、 孫(次男)の高校の心配、 孫(長男)に免許証を取らして自分を乗せてもらう魂胆。 そして、 和歌山も大変や(先日の台風で)東北も大変や、 地震も台風も止めれるやつが首相になれ!とぼやく。 いや〜〜天災を止めれるやつはおらんやろ!と思うが、 こういうむちゃなことは昔っから言うてるからぼけていない証拠。 いまだ健在ってこと。 唯一、脳梗塞の後遺症による左側の認識がイカレテいて 体が不自由なだけで気持ちは前を向いている。 そして 昔話をしだすとあかん。 ボケてきたってことやでという仮説を私は立てる。 これ、当たっていると思う。 気持ちが後退しだすとあかんってことや。 前進あるのみ!”
23
我が家における私のアイデンティティー
“相変わらず、スマホに振り回され中の旦那。 SDカードがいっぱいで画像がみられへんエラーを訴える。 最初に言うたやん。 PCをばりばり使えやな、スマホは無理!って・・・・と思うが しゃ〜ない、スマホを受け取り設定を見る。 SDカードの容量が1GBで空きなしって表示。 え〜〜〜スマホで1GBはないやろ? もしそうなら、旦那の機種、あかんやんってなる。 なぁ、取説はどこ? っで取説をみる。 とりあえず、買ったときには8GBのマイクロSDカードがついていたらしいことが書いてある。 そういえば、着うたが前の携帯のまま使える〜〜〜なんて喜んでいたよな。 なぁ、このマイクロSDカードって前の携帯のやんなぁ?入れ替えたよな? 入れ替えたんやろか? (知らんがな、覚えとけよ) 入れ替えたから着うたがそのまま使えてるんやで。取説に8GBが入ってたと書いてある。 ほんだら、入れ替えたんやろなぁ・・・ (どないやねん!) その最初についてたのは? どっかに入れたと思うから探すわ。 いっつもそうやねん。 なんかPCおかしい!って訴える。 っで、何をしててこうなったん?って聞くが わからん・・・とのたまう。 ちゃうやん、やったことをゼロにして前の状況に戻せばたいてい改善される。 だから、やったことを戻していこうやと思うのに 何をやったかわからんとのたまう。 何回、心ん中で 自分の行動を覚えとけ!と叫んだであろう。 まぁ、旦那がやることは大体想像つくので 私の直観力で対処する。 対処するって別に大したことでもない。 ほんましょうもないこと。 頼むからしょもないことでいちいち呼ぶな。 そして、これはいう。 あんなぁ、自分であれこれやってみやな、いつまでたっても身につかへんで。 子どもらに言うてることと同じことを言わさせていただく。 ついでに声を大にしていいたい。 よそ様のお宅では そんなんPCなんて主人に聞かなわからんわぁ〜ておばはんがのたもうて おっさんが助ける。 もしくは PCのことは子どもしかわからんねんってのたまうおかんを子どもが助ける。 これだけでも 我が家においての私の存在価値はかなりある。 もっと大事にしよか・・・・”
22
恐るべしAmazon
“ガスコンロの五徳もさながら、 昨日、父の病室サイドテーブルの上に置かれている ポリデントの中身を確認。 あと10日分ぐらいしかない。 来週はポリデントを買って持ってくるわ!と昨日の私。 そして今朝、いつものネットスーパーで検索するがない。 我が家(というか私?)ご用達のAmazonで探す。 ある。 注文する。 っで、今、届く。 恐るべしAmazon。 Amazonプライム会員の私は もちろん送料無料。 昨日はシャンプーの詰替えを二つほど注文。 その前はBryan AdamsのCDを2枚注文。 どれもその日のうち届く。 どうなんすかぁ〜〜これ。 出不精の私がこんだけ出ているが 一日、一つの外出が限度の私は 帰りにスーパーで買い物をするエネルギーは切れている。 なので、ネットスーパーにAmazonの存在はありがたい。 認知症にさえならなければ、 70を超えた私は 家に居ながらとりあえず生きていけるような気がする。 せや、目だけは大切にしよ。 見えんようになったらそれもわやや。 PCを駆使し、 スマホを駆使する 70超えのばあさんになった私。イカスやん♪”
有馬フルコース。
“いっつも土曜日に行く有馬を今週は昨日行ってきた。 今日は娘が学祭でクラスメート18人と学生生活最後の思い出にダンスを踊るって いうのでそれを観るため 繰り上げ有馬。 当初、いつも通り一人で行くはずが 旦那と行くことになる。 6月からこっち、有馬の父のところに+旦那の実家と 私の移動距離はえらく増え、 旦那も自分の親にて足を運ぶが私と折半。 私のほうはというと私オンリーが対応。 ゆえに気を使って仕事の都合をつけたらしく 私の有馬行に同行。 その気持ちはありがたく頂いておこう。 だが、同行してもらって助かるのは道中の移動だけで 別段、父と会話するわけやなく(両方が口ベタにて間に入った私が余計疲れるちゅうねん) 父の世話をするわけやない。 昼食後のぶくぶくぺ〜(歯磨き&うがい)の段になると 病室から姿をくらましやがった。 まぁ、そうなるやろとは思っていたが・・・ いまでこそ、私はトイレに連れていってお尻を拭いてやることもせず 入れ歯を洗ったり、爪を切ったりで楽なんやけど・・・ そのうち、自分の親もそうなるのになぁ〜と思うが もうええわ。 もうええことあれへんか、そうなったらその世話は誰がするって大きい問題がある。 そんなこんなで ちょっとは嫁はん、大事にしやなえらいことになると思ったのかどうか定かではないが 車で有馬まで運んでくれた。 ついでに病院の中庭の足湯場で二人で並んで足湯して 山を降りてきた。 遅い昼食は私の従妹夫婦が経営する西宮のカフェで 美味しいランチをいただき、 母のところに寄る。 この日は新しくガスストーブを買ったので それを大阪ガスのサービスショップの人が設置する約束になっていた。 新しくハイツに引っ越したときガスコンロの設置とガスの開栓に来てくれはったおっちゃんに 直接電話でガスファンーヒーターをお願いしたんやけど、 これがまぁ定価3万超えるのが税込1万円。 ただいま、開催中のガスてん期間中ということもあるらしいが、 そして おっちゃん、我が家のガスストーブも長年使ってるなら・・・・と 母に買ったのよりグレード上のを紹介してくれはる。 7万超えるのが12,000円っていわはる。 なんか、持ち分を3台ずつあてがわれていてその台数やと安く販売できるらしい。 どいういう仕組みなのかわからんけど、 うちにしても助かるし、 購入させていただくことにする。 というても おっちゃん、うち東大阪やねんっていうと 配達がねぇ〜と 渋りだすから ほんだら、母のとこで受け渡しはいける? ええ、それなら持っていけますわ。 となる。 2,3日前、ガスコンロの五徳の足、2本目が逝かれちまった。 1本目はずいぶん前に折れてしまっていたが 5本のうちの1本ゆえ、残り4本あるし、 多少、フライパンががたつく程度で難なくすませていた。 が、2本目の足折れはさすがに危険。 っで、旦那はコンロごと買い替えろというが ん〜〜〜こういうところにせこい私は Amazonで探してみる。 すると、このコンロ対応の五徳があった。 ので、この際やからと5本とも足健在のほうも年季がはいっているので 替えることにして2個注文。 っで届いたそれはぴったり。 ガスコンロ本体はずいぶんと年季が入っているので 五徳だけが浮いている。 その前にはお風呂の釡が逝かれて、 めちゃぬるいお湯しか出てこない状況で こちらは代替え品をAmazonで見繕うことなんてできないので 旦那の仕事関係の人に来てもらって12万の散財をしたばっかり。 ゆえにガスコンロには二の足を踏んだのに ガスファンヒーターは定価からの割引率と 長年のご愛顧の既存のストーブの寿命の影ちらほらの前回の冬やったので 思い切って買う。 残すは炊飯器か・・・・ これも旦那が買えやというので買うつもりやけど、 来月回し。 今月は12万も飛んでいったしなぁ〜〜〜。 そんなこんなで 有馬フルコース、 父の見舞い〜足湯〜cafe cahoのランチ〜母のところ をこなし、 学祭一日めの娘を拾って 遅おそに車で帰路。 長〜い一日でございました。”
20
そして、どうでもいいやん!って話。
“長男の高校は制服がない。 体育祭には体操服(これは指定のがある)ではなく、ユニフォームといって衣装を作る。 3年生になると女子はドレス系が増え大変らしい。 先日のPTA の会議で、このユニフォームの件で意見が出る。 親の負担が増える、親が作れない場合業者に出して費用がかかる。 なので廃止しては?という意見で、 その発言者は個人的には子どもが自分で作るのが理想、 だけどもそれができないのでとええ恰好をいうてる。 いうてもオールマイティにどの教科もできてないと合格できないという高校やねんし、 男女関係なく家庭科もできてるはず。 自分で作らせたらよろしいやん!と手を挙げていうたろか〜〜と 気になったがあかんあかんと自分を制す。 そこに通うわが長男は自分で作るしな。 男子がやっているねん、女子ができんことはない。 そんなもんは家庭の問題で学校の問題ではない。はき違えるな! と言いたいのをぐっとこらえる。 別にその衣装の出来栄えを競うわけないねんし 形になったらいいねんから ホッチキスで止めるなりしてもええわけやん。 今年の長男のクラスはルイージ(昨年は忍たま乱太郎)。 ズボンの型紙はどうなん?それって感じではあったが そこはあえてスルー。 とりあえず、一から十まで 私が有馬に行っている間に一人で仕上げていた。 言うたらなんやけどドレスのほうがごまかしがきくし簡単やん。 それに 別にその衣装を着た子どもを必死になってみるのはその親だけやん。 他の人は それらの衣装の細かいとこなんて別に気にもならへん。 自意識過剰やちゅうねん。 自分で作らせたらいいものを それをせずに廃止案を出すあたりが気に食わん。 私は一切その衣装づくりに関わっていないので 声を大にして来年もやれ〜〜〜と叫ぶ。 そしたら別の人が、 体育祭のときに敬老席を用意してほしいと要望。 うっそお〜〜〜〜高校やで、小学校やないのに、敬老席ってあんたぁ〜〜って 突っ込みそうになる。 我が家の子どもらの敬老4名は全員介護申請手続き完了で 高校生の孫の体育祭を見に来るなんて思考は全くない。 てか、私ですら、PTA役員やから足を運んでいるが 娘の高校の体育祭は1回も行っていない。 長男はその衣装のみならず、 自分のズボンのすそ上げも自ら行う。 おまけに余った布でiPodケース(ファスナー付)をつったりもしても そんじゃそこらの女子よりお針仕事しまっせっていうヤツ。 男女関係なく 子どもに家のことをやらさな、 その子のためにならへんぞと声を大にして言いたい私なのだ。 そして、このどうでもいい話が 議題となって 来週の火曜、学年保護者懇談のあとの学級懇談で話し合われるということらしい。 あほくっさ〜〜〜〜と思う私は、 そこで自分でやるようにしむけはったら?と言うかも。 私と違ってラジカルとは程遠い長男ゆえ、 私もそこでは控えめにならなあかんかなぁ〜と思うが その時の気分・・・・”
ずるずる・・・と、ストイックな私?
“ずるずる・・・・・といまだ、体調復帰せず。 ん〜〜やっぱり年には勝てんか。 とはいうもののそんな体調を相変わらずだましだましで 仕事に行きぃ〜ので頑張っている。 密かにたてた目標。 次男の中学時代のお弁当皆勤を狙う。 娘のときがお弁当がなかった場合学校でパンを買ってくれるというシステムがあり しんどいときは利用したこともあった。 長男になると、そのシステムがなくなったためお弁当作りを頑張っていたが 途中、入院手術という事態がおき致し方なく、コンビニで買って行ってもらうということがあった。 これも突然の入院の一日二日のみであとは娘が頑張ってくれた様子。 次男の場合、とりあえず現時点で 私は一度もお弁当を持たさずに登校させたことがないらしい。 本人が 僕、コンビニでお弁当やらパンやら買って学校に行ったことなんてない!と 言うから。 へぇ〜〜私、頑張っているやん!ってことに最近気づき、 それならば、卒業までのあと半年足らず、 お弁当皆勤賞を狙うと決めた。 なので、夕方のご飯は 先日のように 心優しい長男がおでんを作ってくれたりなんてことに甘えるが 朝はとにかく5時に起きて作る。 たとえ、しんどくておにぎりだけになっても次男にはお昼に食べるものを持たせると 誓ったのだ。 別に皆勤賞って賞状があるわけではないけれど・・・ 高校のPTAの集まりでお茶菓子としてチョコレートが出たりする。 っで、チョコ断ちの私は軽く説明する。 本来ならだれにも公言せずでないと意味がないらしいが 正直者の私は言うてまう。 したら、上のお兄ちゃんが京大に通ってはるという同じ役員さんから 「そんなストイックなことをしはるんやねぇ」と言われる。 (いやいや、お宅のお兄ちゃんこそストイックに勉強しはったんやない?) ストイックなんてかっこええもんでもないけれど、 結構、我慢することが好きやったりするというか 我慢している状況から脱するときが嬉しかったりする。 こんだけ我慢してもん。頑張ってんもん。と その到達点にかなり満足するという、 まぁ、はっきりいうてヘンコ?っていう性質ゆえ。 てなことで、ずるずると鼻声を引きずりつつ、今朝も5時起きファイト!の私であった。”
15
便乗して発熱、鼻水、鼻声の三連発!
“長男に便乗して 娘と私も風邪っぴき! 夏からず〜〜と走り続けていたような私は 我ながら、よ〜持っていると思っていたが、 やっぱりあかんわなぁ。 それでも仕事帰りにこりゃあかんというしんどさで 速攻、洗顔だけして寝る宣言。 私のカフェエプロンをつけた長男作のおでんをいただき またも寝る。 で熱はしのぎ、 鼻声と多少のセキをマスク着用で 昨日の有馬父の半年に一度のカンファレンスをこなし 母んとこによってどしゃぶりの中、気合で帰還。 私の足をマッサージしながら 母さんの足は愛と勇気が詰まってるんか?と聞いた次男の言葉を 呪文に歩く。 さて、本日は早めの昼食で、午後から長男の高校PTA。 行ってこ”
10
長男、発熱〜まさか、あんたもかまってほしい病?〜
“昨日の朝、 「のどが痛い」と長男。 運良く、部活もオフなのでうだうだと過ごしている様子。 なのに、15時に散髪の予約を入れている。 「え〜〜あんた、出かけるん?」 「うん、今日、行かな行く間がない。」って どこを切るん? いっそ丸坊主にしてこいと思う私。 っで美容院(くそ生意気にバーバーやなくて美容院に行きよる)から帰宅の長男。 「あんた、熱あるんちゃうん?」でデコを触る。 「これは7度5分ぐらいやな。」 数時間後、えらい顔が赤い。 また、デコを触る。 「8度3、4分ってあたりや。はかってみ。」と体温計を渡す。 体温計はやっぱり8度4分。 赤ん坊のとき、しょっちゅう発熱のやつ。 体を触るとどれぐらいの発熱かわかる。 晩ご飯のときは8度8分やのに お鍋にガッツリ食らいつく。 田舎のボンボンの旦那は 8度超えたら今でも死ぬという状況になるので 「お前、8度8分もあってよ〜食べるなぁ」と感心する。 「そりゃなぁ、41度を超えた経験をもつあんたは8度台なんてほかの人の7度台やわなぁ。」と私。 なんせ、生まれたから小学校にあがるまでは 発熱、脱水やら ロタウイルスやら 入院もしょっちゅうでやつの熱に慣れっこの私。 だが、それでも、いつもやつが熱を出すときって 私がほかごと(娘や次男の学校や幼稚園の行事とか)に気を取られていることが多く、 かまってほしいねん・・・からの発熱?と思うことも・・・ 昨日も、まさかな・・・高2にもなってかまってほしい病でもあるまいし・・・と思うが、 そんなことは子どもやからってわけでもない。 年寄りもかまってほしいねんっで やたら我がの病気をアピールしよるし。 今朝、娘が起きてきて 「移ったかもしれん」ってのどの痛みを訴える。 「あんなあ、気合いや!気合い!気合いが足らんねん!」って激を飛ばす。 (あんたもかまってほしい病か?) 長男は微熱になっているが昨日の今日やし 今日の部活は午前中っていうので 「部は休みや!」と言うとく。 「うん、分かってる。」って私がただいま読書中のクジラの彼 (角川文庫)を 「母さん、貸してな」って取っていきよった。 私がまだ手を染めていない告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)を先に読了しよったし・・・ くっそ〜〜”
09
だましだまし・・・で新幹線に酔う。
“先週は、しょっぱなから調子がいまいち。 やっぱりずっとでずっぱりは堪えるよなぁ。 火曜日の仕事帰りからしんどくなる。翌日も仕事やというのに・・・・。 寝るに限ると寝て、仕事に行く。 なんせ、月初はどちらも請求書発行があって忙しい。 出てしまうと不思議なもので、体も気持ちもばりばり動く。 木は有馬で金は福山と遠出。 こういう体調のときは有馬のバスに酔う可能性が大が、 この朝は多少の酔いはありつつも、先日のしばらく横になりたいとマジで思うほどのことはなく、 とりあえず、下山。 調子は戻ったかと金曜日は4時半起きで福山に向かう。 したら、前日のバスはなんとかOKやったのに 新幹線でむかむかしだす。 もともと、新幹線に限らずやけど(JRは特に)座席シートがあかん。 あの頭のとこが前にせり出しているシートがあかん。 寝るときに枕があると気分が悪くなる私なので 乗り物の座席、親切にもまくら代用ごとくに前にせり出しているあのシートは苦手。 たぶん、有馬行のバスより苦手。 新幹線さくら号は親切にもそのまくらが一段と存在が大きい。 おまけにこの朝に限って後ろの座席の人がお寿司を食べだす。 酢飯のにおいがする。 新幹線は窓が開かないから、よけい辛い。 お弁当は昼時、窓が開く、特急電車で食べてくれ〜〜と思う私。 どないもこないもたまりまへん・・・いう状況。 なんでか、朝の7時前発という時間帯で お盆でもないのに ほぼ満席でという切符売りのお兄ちゃん。 旦那とは並びの席ではないが、 岡山を出ても私の横は空いている。 空いているが気分は悪い。 なんとか無事に福山に着いたが、そこから今度は中国バスに20分強揺られる。 ふらふらやん。 旦那の実家からは速攻、義父の車を旦那運転で これまた小一時間ほどのところにある笠岡の病院へ行く。 しかしながら、大ボケちゃんと小ボケちゃんの保護者的立場になったら これがまたむくむくと元気になって、 この一日は無事に終了。 この日の成果は 脳血管障害による認知症という診断やった義父は アルツハイマーもちょいとあるようで混合型の初期の認知症という診たて。 病院から旦那の実家に戻ったら 地域包括の人とヘルパーに来てもらって今後の相談。 っで皆でよってたかって 運転はもうあかん!と義父を説得。 とりあえず、12日に旦那が一人でまた行くが、そのときに廃車にする予定。 この週、最大のイベント。 土曜日は小学生のときからの友達4人と会った。 奈良の友達が東大阪在中のもう一人の友達と私を拾って 一路、尼崎は武庫之荘に向かってGO~~~ 私は後ろで寝るで〜〜っていいつつ 結局、しゃべりまくりの巻。 そのあとも夕方17時までしゃべりまくり・・・ というか、もう一人と私の二人がしゃべりまくり。 共通点は末っ子の二人。 聞き役は長女、お姉ちゃんの二人。 やっぱり末っ子は甘え上手でしゃべりまくりなのか・・・ この日のためになんとかこの週は乗り切ったようなもの。 美味しい串カツもご馳走してもらって大満足で またも家まで車で連れて帰ってもらう。 あちらこちらのみなさん、大変ご迷惑、お手数をおかけしましたという気持ち。 おかげさまでこの週も無事に終えました。 だが、このだましだましのへろへちんは、今週も続く。 てか、たぶん、しばらくは  to be continuedやわ。 今週も前半仕事で、後半は高校PTAが木と土やん。合間に有馬。 仕事も10月中に仕上げなあかんというリミット付のものを抱えていて、 下手したら月の後半は在宅でしやなあかんかも・・・という状況。 いつになったらのほほんと過ごせる日がくるんやろう。 くそったれ〜のなめとんか!っていう例の業者は 結局、第三債務者である金融機関から弁済するものがないという通知が届き、 最後の手段に移行。 また、裁判所提出の書類作りですやん。 てか、向こうはそこまで必死になる金額でもないしあきらめるやろと踏んでいるのかもしれないが、 私はしつこいねん。 お金云々より舐めた真似されたことに腹立つねん。 できることをとことんするが私のモットーやしな。 てなことでこの忙しいのに しょうもないことさらすなよ!って気分の私。 へろへろちんも怒っている間は姿が小さくなる。 怒りは私のエネルギー?って思うこともしばしあるが、がんばろ・・・”
03
プラスマイナスしてシアワセの部類。
“今日は旦那の仕事の事務処理。 ひとつ、しょうもないことさらしよった業者のせいで私はまた 裁判所とやりとりをせんならんという手間なことになっているし。 舐めたらあかんでという話。 なんでこう あっちもこっちも人を舐めるやつっていうのがいてるのか不思議でしゃ〜ない。 ろくな大人がおらへん。 明日、明後日は外勤日。それも月初ということで請求書作成。 木曜日は有馬で金曜日は広島。土曜日は小学生のときの友達の家。 先週に引き続き、木曜日に有馬。リハビリの様子を見て帰ろう。 後ろから両脇を軽く支えられながらといえ、自分の足でよちよちと步くのは 週2回といえ頑張ってもらわななぁ。 先週はそのよちよち歩く父のパジャマがずるずるとずりかけつつ 紙おむつがみえつつの状況。 「今度くるときパンツのゴムを持ってきて付け替えるわ!」と約束。 新しいパジャマを買ってやらなあかんかな〜と 思いつつも着なれた体になじんだのを ボタンつけかえ、ゴム入れ替えしながら着させている。 破けてどうしょうもないとかなら新しいのを見つくろうが 基本、寝てるか車椅子やし、 そんなに体が大きく重いわけでもないので傷んでいない。 母には冬支度用にホットカーペットをAmazonで買って送ってやった。 もしかして、私って孝行娘ちゅうん?!って自画自賛。 金曜日は岡山の笠岡にある、きのこエスポワールという認知症専門の病院に 旦那の両親二人ともを受診させる。 なので、旦那と二人で行く。 ここ最近は毎日のディサービスに出かけ、 そこで一日(9時から晩御飯まで)過ごしている義母は だいぶん落ち着いているようで警察沙汰を起こしていない。 だが、これも長くは無理であろうから次の手段として 高齢者賃貸住宅(当然、介護つき)を探している。 でひとつ友達に教えてもらったところに 昨日、旦那が仕事のあと行ってきた。 マネージャーという人に館内案内とともに説明をきき、 こちらの事情もいうたらしい。 一般的な値段のところやと 200人300人待ちになっているが そこは入居時にかなり大きなお金が必要なのもあってか 一人部屋も空いているし 夫婦部屋もひとつ空いているという。 ちょっと明るい展望。 受け入れ先はあるってことは今後の対応としてはかなり心強い。 事務処理は私がやっても 義父、義母とお金の対応は旦那の仕事。 そこはあせらず、とはいえなるべく早急に。 ほかにもいろいろ問題はあるっちゃぁある。 が、どんなことも それはうれしいことも つらいことも 楽しいことも しんどいことも 私が持てる量というのは限られていて、 絶えずその状態があるとしても 抱えきれんほどのことはないものやと、 つぎからつぎへとやってくるとは思うが、 なんとかやり過ごせるもんやわ。 っで、トータルして、 プラスマイナスしてみて 私はシアワセの部類やと思うのはただただ能天気なだけ? 先日、アルカリ電解水の機械が壊れたので修理引取にきた人に 幸せそうですねと言われた。 シアワセそうに見えるらしいということは シアワセなんやということやわなぁ”
01
体力の限界か・・・
“いつもなら土曜日が有馬行きと決めているが 今日は、次男の志望校選択のための高校見学にて 木曜日に有馬に行ってきた。 先週の土曜の次男の運動会から 長男の体育祭やら仕事やら 気合いでやり過ごしてきたが やっぱりあかんか・・・・ いつもにまして芦有道路のくねくねが体に堪え、 胸がむかむか。 やっとの思いで病院についたが体がふわふわして 父のところに行く元気もなくロビーの椅子に座る。 病院やし応急処置でベッドに寝かせてほしいぐらい気分が悪く、 これ帰りにまたバスの乗れるやろか?と不安もよぎり 最悪な状況。 しかし、いうても頼る人もおらへんし、 なんとか奮起して父のところに行く。 木曜日の午前中はリハビリフルコースになっているので 本人不在。 また1階まで降りて、リハビリの部屋をのぞく。 椅子に座っているより立って歩いているほうが気分が紛れる。 そばにいてたリハビリの先生に父の名前を言い、見学させてもらうことにする。 本人は車いすに座って待機中。 手を振るが気づかない様子。 本当は週3日で運動、作業、言語を2つずつ、1コマ20分のリハビリを そのたびに車いすに乗るのが邪魔臭いと 一回で3つ、1時間ちょいかかるコースを懇願したという父。 おかげで、リハビリフルコースは疲れる。 父の順番になると そばにいた先生が そばの椅子に座って見てあげてくださいというので 近くの椅子に移動。 幼稚園児の保護者的な気分やわなぁ。 後ろから脇を支えらながら自分の足でよちよちと歩いている父は やっとこ私のことに気づき、 「来てくれたんか?」と嬉しそう。 「頑張りやぁ〜〜」とエールを送る。 この頃には気分もましになってきている。 というか、頼る相手もいず、 父の前では私が頼られるという立場になると シャキっとせんならん。 一通り終わって、普段なら上のヘルパーさんが迎えに来てくれたり 下の先生が連れてあがってくれたりするはずやけど 今日は私がいてるので 「連れてあがります」と車いすを押す。 今日の運動の先生はいつもの先生ではないらしい。 いつもの先生はドイツに研究旅行中とか。 その先生の名前を反対にした名前が今日の先生の名前やと 父が言う。 この辺りの記憶はしっかりしている。 先日、読んだ本にも書かれてあったが 誰かに依存して生きてきた人、生きてる人は認知症になるらしい。 脳梗塞で体が動かんようになるまでは 洗濯物やガスの元栓、家の戸締まり、 近所のお年寄り宅の古紙回収をし集会所に運ぶなんて仕事を わしがおらなあかんねん!でやっていたからか、 頭はしっかりしている。 お父さんにおんぶにだっこなんじゃ!という義母は 父より10歳も若いのに アルツハイマーになりはった。 精神的に自立しやなあかんという現実を見る。 そんなこんなでなんとか無事に山から降りてき、 自宅にたどり着いたが、 今度は右目の奥からまたもこめかみが痛くなる。 っで、 「母さん、寝る!」宣言。 寝るに限る。 よりあえず、なんとか復活ではあるが、 来週は旦那の両親を岡山の病院に連れていったりと またも出ずっぱり予定。 自立していて 人に頼られっぱなしの私は そのうち、イテまう・・・・”
9月
25
22
こういうときはカーニバル〜〜
“いってみよ〜〜〜全員タオルふれ〜〜 わざわざyoutubeで観やんかて、 これが入っているDVDを持っているんやけど、 youtubeで観るほうが盛り上がる 3月末の大阪〜神戸〜和歌山と巡った ケツメイシライブのDVDが11月に発売される。 もちろん、Amazonで予約済み。 手元にきたら、次男と二人で家ん中でタオル振り回すで めっさ疲れるけど、ストレス発散や。”
私を殺す気か?
“怖いタイトルやけど・・・ 昨日、寝る前のこと。 なんでもかんでも人ごとの旦那にいらだつ。 こっちで施設を探すっていうても 結局、納得をしない(そんなことは当たり前)親を連れてくるのは至難。 おまけに施設との契約では ここに住民票を移しておかないといかなかったりと 現住地で無理から施設に入れるより手間がかかり エネルギーもいる。 しやのに、のほほんとスマホでTVを観てる。 だいたい我が家は今TV禁止っていうてるやろ!!! 子どもが我慢しとんねん、親も我慢しろちゅうねん。 そんなんで、こっちで施設を探すならネットで調べるなりして 情報収集、それから実際に足を運んでみるとかやろ? 通常ならケアマネさんにお知恵を借りることもできるけど、 介護をうける人間がここにいない以上、ケアマネもつかへんし。 っで、そんなんで 住民票をどうするってのが問題やという話から 「いきなり施設よりこの近所に賃貸をかりて住まわすほうが まだ連れて来やすい」とか 「それぐらいのことしてやりたいしなあ」とか 「そやけどそれやとこっちの負担が大きくなるわなぁ」と抜かしよる。 あほか〜〜 こっちの負担やなくて 子どもと私の負担や。 寝る前やし穏やかに 「悪いけど、私の負担は半端でない。」とだけいうて速攻寝たったった。 3人めを妊娠したときに、 「子どもは一人でも少ない方が心配ごとがすくなくていい」 「3人もは大変(1人息子の旦那がしんどいめすると)」 だから、やめとけと1週間毎晩、電話がかかってきて 挙げ句の果てに 「こっちからは何もしないから勝手にしろ」って 電話を切ったのは義父と義母。 いままでも別に何もしてもらっていないのに。 未熟児で生まれた長男がしょうちゅう入院しても 「遠いからこっちからは行かれない」って 誰も来てくれとは言うてない。 今度のお盆は連れていけないと入院先の病院から 電話しただけや。 なんやかんやと世話になっているのはうちの実家。 こっち優先や。 あほんだら! 最初にいうたやろ、 あんたは育ててもらった恩があるから返しや、 私は何もないからできることしかしないと。 聞いてなかったんか! 近くに賃貸借りたら、 私は仕事も行ってられへんようになる。 あんたの仕事もでけへんし、困るのはあんたやろ! 有馬にも行かれへんようになる。 じっと家で寝てるだけの人ならいいけど 体は元気で 裸足で近所を走り回ったりしているのに 目はなされへんやないか! そんなことしたら 私は疲労困憊していてまうわ。 殺す気か! アホも休み休み言え! だいたい、通帳やら鍵がなくなったり出てきたりは 義母の仕業やのに それを未だに夜な夜な、外から人が入ってきている、盗難やと 言う義父も認知症や。 アルツハイマーと脳血管障害の認知症と二人も 素人が面倒みれるわけがない。 有馬の父が脳梗塞で車椅子生活になったのを 人ごとみたいに 「年取ってあれはかなん」って言うたけど そんなこと言うから親二人が一度に認知症になってん。 私は知らんしな。 自分でなんとかしろ! あ〜〜すっきりした”
21
くせ者は義父
“最近、出勤前に実家に電話する旦那。 「今日も行けよ〜〜」と義母がデイサービスに出かけるのを促す。 先週途中からのデイ利用。 とりあえず先週末までの3日間はこなす。 (日曜だけはお休み) 昨日もやいのやいの言うて行かせ、 今日にいたっては 「熱があるから今日は行かん」と義父。 「何度あるん?」 と何回も聞く旦那。 結局、別に熱もない。 本人が行きたくないから 子どもの登校しぶりみたいなもんと 今日は雨やしええやろ・・・とこっちで話、旦那出勤。 直後、義母からいつも変わらない声色で電話。 元気そうやん・・・ 本人は今日は仕事が忙しいという。 いや〜〜あなたはずいぶん前に年金ぐらしになってはりますやんと思うが うん、うんと聞く。 こっちは雨やし 「今日は雨やし、家でゆっくりしときましょか」と電話を切る。 ヘルパーさんに連絡のSMSを入れる。 しばらくしてヘルパーさんから電話。 様子みがてらいちおう迎えに行ってくれたらしい。 義母が行く気になりかけていたのに 義父が「今日は行かん」とかたくなに拒否。 ん〜〜〜男っていうのはどうよ? 自分は老人会の世話役や〜〜って 義母をほったらかしてあちこち出歩き、 義母にさみしい思いをさせて、 そのさみしさが認知症をひどくさせたのもあるのに 今となっては 毎日、義母がデイに行くと自分がさみしいと そうかといって二人でディに行くほど自分はボケていないという義父。 いや〜十分ですけど。 義母の認知症ぶりを全く認識できず対応をできないあたり 同類(種類は違うが)やと思うが。 義父が寝ると夜な夜なうろつき(これは夜間徘徊という?) 通帳やら鍵やらをしまいこむ義母。 日中、それを怒鳴りながら探し回る義父。 近所にその怒鳴る声が聞こえ、 あそこの家はどうなっている?と地域包括に連絡がはいっているという状況。 元気が有り余っている義母は まっぴるま近所をはだしで走り回っているというのも 先日、旦那が近所の人に聞いてきた事実。 おおかた2年ほど前 うちの旦那が死んでいるのと違うか?と朝の5時に義父から電話があった。 義父いわくに 義母が義母の弟(大阪在住)から聞いたという。 我が家では 誰がボケてるねん? 義父か義母かはたまた叔父か、 それとも3人ともか〜〜〜と。 そして、その近所の人から聞いた事実。 大阪にいてる息子が死んだとその2年前に近所の人は聞かされていたと。 あのときから認知症が始まっていたと今思えばの話。 そんなこんなで認知症夫婦相手は疲れるわぁ。”
とりあえず午後から出勤。
“週一出勤というので、(そんなんを2か所行ってる私) その日にはするべきことがあるときは絶対はずせない。 別段、なにもないときは 今日みたいな台風のときはお休みをもらうのだけど、 今日ははずせないから午後から。 今日がだめなら明日でもという対応も可能やけど 明日は明日で予定がある。 勤め始めたころは、自宅で自分でやっている仕事と子どもの学校行事以外は 融通がきく私やったが、 今では、週一勤務がもうひとつ増え、 高齢者対応で遠方に行くことしばし、 1週間が10日あればいいのにと思う今日このごろ。 まぁ暇を持て余すよりましか・・・”
18
バスの最後尾はあかんわぁ。
“昨日の有馬行き。 病院の送迎マイクロバス。 補助席を使って30名ほど乗れる。 一応、この送迎バスは職員用で、 その空スペースを患者のご家族さんもどうぞという病院のご厚意で走っている。 なので、私は娘と私や、叔母と私で行くときは利用するが 娘、息子二人と私になると阪急バスを利用する。 無料で乗せてもらうのにそない大勢はあかんやろ・・・と。 そんなバスにときどき おばちゃんのグループが乗る。 おばちゃんっていうたかて おばちゃんからおばあちゃんへ移行する年代。 自分たちの友達が入院しているらしく、 5,6人が誘い合わせて乗る。 昨日もそういう連中が JR芦屋から乗っていた。 このバスはJR芦屋から阪神芦屋、阪急芦屋川と回って 芦有道路へと上がっていく。 私はいつも阪神芦屋から乗る。 いつもは余裕ありで座れるのに、 昨日はすでにほぼ満席。 空いているのは一番後ろ。 そこに座る。 阪神芦屋で満席となり あとは補助席利用になる。 芦屋川からの人はみな補助席。 昨日はぎりぎり座れたが 日によっては補助席にも座れず、 乗車できない人も出てくる。 いくら無料とはいえ、 お見舞いできゃっきゃっとおしゃべりな おばはん連中は 自腹で上がれと思う瞬間や。 昨日のバスはまた お尻を思いっきり左右に揺さぶりながら山を上がるから 最後尾の私は胸のあたりがやばくなってくる。 やばくなってくる前に眠りにつきたかったが その前になんだかあやしい状況を察知した私は 寝るに寝れず、 頼むから早くついてくれ〜〜〜と願うばかり。 へろへろちんで無事に到着。 昨日は入院代の支払いがあったので 受付でその処理をして、 いつもどおりにロビーの血圧計で血圧を測る。 上が120手前と私にしては高め。 私はいつも100あるかないか。 ふらふらちんの体で 父がいる3階まで階段で上がる。 エレベーターもあるけれど、 車椅子の人が乗ったりしはるので 一人のときは階段を利用。 へろへろちんの私は3階までやっとたどりついた感でデイルームで 他の人と一緒に あほほど大きいボリュームのTVを観て、 昼食時間待ちをしている父のところに行く。 昼食のあと、歯磨きをしている最中の父。 ぶくぶくぺ〜をするのに 飲み込みかけて咳き込む。 咳き込みながら顔を真っ赤にしてうなりだす。 えっ!どしたん?お父ちゃん?大丈夫か? 背中をさすりながら、 「大丈夫か?」と言うが本人は真っ赤な顔で 「うぅ〜〜」って唸る。 え〜〜〜息がでけへんのか? 誤嚥か? 他の人のところにいてはる ヘルパーさんの姿が見えるし 大声で呼ぼうかと思ったとき 「出よらへん」って父。 「何が?」 「便や!」って 「え〜〜今のはきばってたん?」 「せや」 「せやってあんた、ややこしいことせんといて。息がでけんようになったか思たやんか!」 頼むでお父ちゃん。 私は今日はへろへろちんなんや!って思うが、 まぁ、便やったらええわ。 そんなこんなの有馬をあとにして 母がいてるハイツによって 19時前に帰宅。 あ〜〜〜しんど・・・”
変わった名前。
“昨日、有馬から帰り 義母のヘルパーさんからSMSが入る。 「晩御飯を食べて帰った」と。 朝から晩御飯までお願いしたが、 本人もしくは義父がそれを拒んでいたので一歩前進と喜ぶ。 が、そうそうすんなりことが運ぶわけはないやろと思っていた。 今朝、出勤前に義母に電話した旦那。 電話の向こうで 「月曜からは行かない。」と。 理由を問う。 「他の人に変わった名前と言われた。」 「他の人がごはんをぽろぽろこぼして食べるから。」 お世話になっている施設を 義父と一緒にみてきた旦那曰く、 「おかんが一番若い。他はみな80ぐらいの人ばっかりやった。」 そやろな、義母は73やもん。 体もすこぶる元気やし、自宅の階段をだっだっだと駆け上がって降りてくる。 ていうか、 変わった名前っていまさらですか?って話で、 そんなことは子どもらも私も言われ続けてる。 思春期の子どもらは まぁはっきりいうて嫌やな〜って思っている。 そんな話題を知らない旦那。 いや、あんたも子どもの時、言われんかったんか?って 今さらながら聞きたい私。 てか、知り合うたとき、 自ら、「変わった名前やねん」っていうたから、 それまでもさんざん、言われ、自分でもそう認識しているってことやわなぁ。 私はとはいえば、気に入っている。 フルネームが特に気に入っている。 インパクトのある名前ですぐに憶えてもらえるし ええやんと思うねんけどなぁ。 仮に旦那と離婚して、 子どもらが私の旧姓(これはまぁ、あほほどある名前、面白みもくそもない名前)が いいというても 私はこの苗字を継続する。 印鑑を作っても画数が多くてなんかええ感じやし、 私の旧姓は画数が少なくて重みに欠ける。 ネット上でも私のフルネームで検索すると サイトが出てくるし、変わった名前の広報委員としてはかなりいい仕事をしているつもり。 それを今さら、幼稚園児みたいに(まぁ、認知症やから幼稚園児みたいなもんやけど) 変わった名前って言われた・・・って。 我が家の子どもですら それを理由に学校に行きたくないはなかったんやけどなぁ。 数週間前、私が病院付添で行ったとき 「みっちゃんも名前になれた?」って義母に聞かれた。 「ええ」と答えた。 慣れたいうもんちゃいまっせ、このフルネームでぶいぶい言わせてまっせと 云いたいのをこらえた。 わざわざそんなことを私に聞くのは、 義母の本心は嫌なんやろか? そのときは、嫁としてこの家になれたか?って意味合いで そんなことを聞きはったんかと思ったけれど。 私は別に家意識はまったくない。 私個人としてフルネームが気に入っているというだけ。 それはわざわざ言わんでいいかと黙っていた。 義母が最初、警察のお世話になったとき 名前を聞かれ旧姓で答えたというのを警官から聞かされている。 言うた人も 認知症かなんだかわからんけれど、 施設を利用しているご高齢の方。 そんなことを取り合っていたら 今後、施設利用なんて無理。 ここは、心を鬼にして 迎えてきてもらって行ってもらうしかない。”
16
今度はメマリーやて・・・
“病院は目星がついていたので、電話をして 外来初診の流れを聞いて終わり。 そのあと、私が住む地域包括センターに電話して相談に乗ってもらう。 30分以上も私の話(せやせや、こんなこともあったと時系列がテレコの話)を 嫌がらず、聞いてくれ、アドバイス頂く。 その中で、 脳血管障害の義父、それも心臓疾患ありにアリセプトを処方した病院の話をする。 すると 「え〜〜〜〜〜〜」と穏やかに優しげにしゃべってはった おっちゃんだか兄ちゃんだか知らんけど、包括の人は大声をあげてびっくりしはった。 「アルツハイマーって診断されていないんですよね?」と聞かれる。 「そうですよ。CTに二つほど血栓があって脳梗塞やなぁ、右手の動きはどう?って言わはっただけです」と答える。 やっぱり・・・・せやろ・・・・ と調子こきの私は 「心臓にも持病があるのにですよぉ〜〜」と 「おまけに、おとつい受診したときに このひと月で認知症がぐっと進んだっていうとアリセプトを飲んでないからやって 言わはったんですわぁ』と そして、ヘルパーさんが 「あれは試験的に出すから」といった認識の疑問点もぶつける。 「私がこんなんいうたらあれやけど、 病院には不信感もあるし、 ヘルパーさんには介護は家族が中心でやるもんやから早くどないかしろって いわれ、 というて変えるええ病院も近くになく、 介護環境遅れてる?って思えてしかたないですわ!!!」と言う。 で、電話を切って、速攻、旦那に電話。 「お義父さんにアリセプトを出しよった(処方なんて言葉を使ってもわからん)話したら 大声あげてびっくりしてはったで。 やっぱり、あそこ、あかん!」っていうだけ言うて切る。 そして、電話を置こうと旦那のPC前に行くと 何やら処方箋が。 よくよくみるとメマリーって書いてある。 メマリー、メマリー・・・・どっかで聞いたなぁ。 あ〜〜〜〜〜アルツハイマーの新薬やん。 っでPC調べる。 アルツハイマー型認知症の期待の新薬って書いてある。 えっ誰の処方箋?ってぱらぱらめくると 一番下はアリセプト一つで義母の名前。 メマリーは義父。 心臓疾患の薬あれこれ8個の中に紛れて メマリー。 てか、プラビックスがないねんけど。 8月にみた処方箋は プラビックスとバッファリン配合錠A81が並んでいたのに 今回はプラビックスはない。 私の中ではプラビックスは 有馬の父も飲んでる、血をさらさらにする薬、脳梗塞の薬という認識。 バファリン配合剤A81は、血栓の形成を抑制する、心臓疾患の薬ってかいてあるから これはまあそうなんやろうけど、 なんでプラビックスがなくなって ほんでメマリーなん? なんか説明があったんかと また、旦那に電話。 「いま、処方箋みつけて、メマリー出されてるやん。お義父さん。」 「処方箋って?」 「薬、薬の紙! メマリーってアルツハイマーの新薬やで、 あのおっさん(病院の医師のこと)説明したん?」 「うっそ!何もいうてへんで」 「何も説明しよらへんとメマリーなん?」 「ほんだら、すぐにやめさせやなあかんか?」ってまた副作用がでるかどうかを心配の旦那。 「心臓疾患にあかんかどうかまだ調べてへんし、 気分悪くなったっていうてる?」 「何も聞いてない。」 「ほんだら、とりあえず、処方箋みてびっくりしたから」と切る。 ないわぁ〜〜〜ほんまない。あのヤブ。 新薬出すねんやったら 義母に出せや。 私はまたアリセプトにこだわるから 新薬は扱ってないのかと思ってたら、 出せるんや。 出せるけど その出し方、どうなん? くっそ〜〜〜 あの私の言葉にやたらけんか腰に答えるあのおっさんの えらそうな顔が浮かんでくる。 信じられへん”
ネットサーフィンといいつつ、ネットスーパーネタ
“昨日のイオンのネットスーパー。 16時から18時の時間帯指定にした。 13時から16時までは自宅講習ゆえ。 17時回って現れる気配なし、 18時ちょい前に下で荷物をおろし荷台に乗せる音が ベランダから聞こえる。 きたで!と娘と次男が叫ぶ。 IYはほん近くやからいつも時間帯の一番でうちに来てくれはるが イオンはちょっと離れているから時間帯の最後なのかと思いつつ、 ドアを開ける。 コンテナから常温のものをまずは受け取る。 下のコンテナは冷蔵・冷凍ものらしく 保冷ボックスが入っている。 ここまではIYと一緒。 っでおっちゃん、 「これごと渡すんですかねぇ?」と 保冷ボックスごと渡してくれようとする。 え〜〜今度いつ注文するのかわからんし それまで保冷ボックスを預かっておく場所がない。 てか、それどう考えてもおかしい。 で、 「いや、その中身をもらったらいいと思うで」という。 おっちゃん、ジッパーを開けて、 「これですか?」と商品が入ったビニール袋を渡してくれはる。 「うん、これでいいで」 「いつもこうしてるんでしょうかねぇ?」って聞かはる。 とりあえず、「うん」と答える。 いつもはイオンやなくてIYやし。 おっちゃん「初めてのことなんで・・・」と行って立ち去る。 マニュアルはないんか? 昨日はIYのネットスーパーは私が見た時点で 本日のご注文は終了って謝ってはったので、 これは困った・・・・・と最近、始めたばかりのイオンに初オーダーをした。 ホン近所のチコちゃんはよそに変わるからただいま閉店やし、 こんだけ、あっちやこっちやと電車で移動の日々が続くと IYまで行く気力もない。 駅に行く途中にあったチコちゃんですら素通りやし。 そういえば、もうすぐ次男の運動会。 運動会は観たいが、行くのがしんどいやん・・・・ ていうか、その3日後の長男の体育祭も行くのが面倒くさい。 どっちもP役員にて行かなあかんような感じ。 次男のほうは、高齢者対応で時間がとれずまったく活動を免除してもらっている。 このまま、除籍してもらってもええねんけど・・・と思う私。 高校のほうは中学ほど時間がとられることがないし メンバーに助けてもらいながらという状況。 さぁ、今度こそ病院探ししよ・・・”
やっぱり・・・ヤブ!
“ヤブやんか〜〜〜と声を大にして言う。 おとついは旦那が新幹線に乗って我が親の病院付き添いをした。 私は外勤日。 仕事中に旦那から電話がかかってくるし 仕事も忙しいしで、 頼むでえという気分。 このひと月で義父の認知症具合がぐっと進んだ。 それをあのヤブ医者は 「アリセプトを飲んでないから」と言うたらしい。 飲み始めて気分が悪くなって受診したとき、 それは飲まんほうがいいって言うたのは お前んとこの内科医!って言うたん?って 旦那に聞くが 言うてないと。 先月の診察後、そうそうに義父の介護申請手続きをしたのに あのヤブが市に提出する意見書を 最近まで手元に置いていたらしい、 出し忘れていたらしいというのもそのとき判明。 お前がボケとんか!って 言うた?って聞くが 言うてないと。 よかった・・・・ 私が行ってたら 診察室でプチって切れてえらいこと言うてた。 だから、今回は 私が行ったら何いうかわからんからやめとく・・・は正解やった。 っで次の診察はいつ?と聞くが これも旦那は覚えていないと まぁ、そういうことやろうとは思っていたけどな。 私の術後の執刀医からの説明も覚えておらずやったしな。 そんなことやろうと 私は体丸めて、右目から血の涙を流しながらぐえぐえ吐きながら その背中で執刀医の話を聞いてた。 アテにしてへん。 結局、私が昨日、病院に電話して一応確認した。 一応というのは そこの脳神経内科は信用ならんと 別の病院に行くべきと、今から探すから。 包括の人もヘルパーさんも別の病院っていうのは賛成してはる。 ヘルパーさんにも 主人は私の親のときはノータッチやったし、 今回、自分の親で初めてのことであたふたとしているんですわぁというとく。 私にしたら、そこの二人だけとちゃうねん! こっちにも介護認定されている二人がおるねん。 ここは言うとかなあかん。 そして、車がないと病院にも行かれへんとこで 脳血管の疾患による認知症の80歳のおじいさんの運転免許証。 おじいさんがどないかなるのは自業自得や、それはしゃ〜ない、 しやけどよそ様を巻き込むようなことになったらどうするん? 知らんからな! なんかあっても!と旦那に言う。 車がないと生活しにくいのをよくわかっている旦那は 黙る。 だから、あそこの人の感覚は、 親がそうなったら子どもがそばに来て 日常の世話をするっていうことになる。 ことあるごとに ヘルパーさんは 介護の中でできることは限られている、やっぱり家族さんが中心になってもらわなと 早くなんとかせぇと言わはる。 なんとかっていうのは あそこの高齢者施設に二人を入れるか 大阪に引き取るか。 苦渋の決断をあれこれ迫られる我が旦那なのだ。 私はそれ、一応、お父ちゃんのときにやったし。 有馬に連れて行く前夜、 お父ちゃんのことを思うと胸が締め付けられた。 そんなことは知らんと 仕事で訳のわからんことして私の手を煩わしよった。 今回は私は新幹線に乗っても行くし、 こっちであれこれ調べたら 電話したり、 どうすべきかを考えている。 それを自分の親に交渉するのはあんたの仕事やでと 私はそこは立ち入らないと決めている。 なんせ、お金持ちになる資質もないのにお金持ちになってもうたから お金に固守して警察沙汰を繰り広げているねんし、 私が何かいうと今度は私がお金欲しさって思われる。 しかしながら、 病院のウェブページでは認知症外来をでっかくうたっているから 行き慣れた病院やし都合がいいと受診したのにアテが狂った。 さぁ、今から病院探しのネットサーフィンや。”
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子どもが高校受験生になると・・・
“我が家ではあらぬことが起きる。 ていうか、 旦那がらみで起こしよる。 今回、末っ子坊主がめでたく高校受験生となり 今回は、何もなさげか・・・・と思っていたら ほら〜〜〜やっぱり〜〜〜 旦那がらみ(旦那の実家)で 私の手が取られることが起きた。 娘のときも長男のときも 旦那の仕事がらみ。 通常なら、世間一般どちらの奥様も そうめったに経験するようなことではないことを 私は経験させていただいた。 おかげで、 あ〜〜また、一つ、強く賢くなりましたわ!と 嫌味のひとつもふたつの言う。 世間では受験生を抱えた家は 神経ピリピリさせて・・・なんてこともあるであろうに そういうナーバスな時期に限って、 なんでやねん!ってことに私は奮闘させられる。 そして、そして、そ〜〜して、 ここにきて、 やっぱりというか 待ってましたとばかりに、 てんやわんやの大騒ぎ。 てか、これは2,3か月でケリがつくようなものではなく、 最低でもあと10年はエンドレスの予感を感じる。 来年はめでたく、長男が大学受験生なのに、 そんなことはおかいましに 怒涛のように押し寄せる、高齢者たち。 たちって4人やけど。 かわいい孫が、 試練のときを過ごしているというのに、 好き放題 云いたい放題の 高齢者たち。 私はだれが何と言おうとも、 それぞれの両親4人とも 一人で生きにくくなったときは 引き取ることはなく、それぞれの状況に応じた病院なり施設なりで 臨機応変に対応してもらうと決めている。 そういうスタンスなんですわぁ〜〜とは 先日、義母のヘルパーさんに宣言した。 今日の職場でも 義母のヘルパーさんや包括の人には 大阪を引き上げてこちらにこないのか?と聞かれた話なんぞした。 社会にかかわっている(旦那も私も仕事があり、子どもらは学校)家族が動くより 年寄が動くほうがいろんな影響が少ないから、大阪に呼ぶしかないやろと。 が、そんなことを はいそうですか、そうします!なんて いうわけもなく、 説得しに行った旦那から嘆きの電話。 私と結婚するってとき以来の悶着を 義父と起こしている風。 知らんがな・・・ あんたの親やん。話つけろ。と思う私。 いうとくけど、 私はお父ちゃんのことは一人でやっている。 お父ちゃんの今後はすべて私に委ねられている。 ここについては み〜〜んな、さじを投げよった。 だから、私は平等といいつつ、 お父ちゃんは優先順位1番やねんなぁ。 こういうバタバタの状況でも 高校受験を終えていく根性はわが子どもらにあるはずと、 いうことで寝よ・・・・”
お金持ちになる資質を考える
“先週のおわりかけ、3回めの警察沙汰をやらかした義母。 私が知ることとなったのは その夕方、介護申請の結果がくるころであろうから 郵便物が届いていない電話をしてみた。 そしたら 義父がぼそっという。 「今日、家の前に消防車が10台きた」と。 「なにかあったんですか?」 「さぁ、」 「おとうさんが呼びはったんですか?」 「近所の人」と。 状況がわからんけど 無事そうやし、 義母は 「みっちゃんは幸せか?私は幸せぇ〜〜」とルンルンなことを言うたはるから まぁ、ええか・・・と電話を切る。 念のため、翌日、旦那に電話をしてもらう。 と、義父はパトカーが10台というたらしい。 消防車って言うたやん!って思うがまぁええ。 10台が5台ぐらいになる。 そして、 やっぱり、ことの発端は義母やったと判明。 ナイフを持った人がお金を取りにくる〜〜って 近所の家に助けを求めたらしい。 のちに、ヘルパーさん、包括の人から聞くと パトカーは10台以上、やってきたらしい。 暇かい?と突っ込みそうになる。 てか、あの警察署に10台も止まってたかなぁ? とか、 その間、他で事件があったらどうするん? とか。 義母が見る、ナイフを持った人は義父なんやけどなぁ。 義母が大事な通帳やお金やらをしまう(隠す) それを 怒りながら捜しまわる。 義母にとって、 怒りながら家の中を物色している悪い人がここに現れる。 そんなコントみたいなことを、 すでに私の知っている限り、10回はやってはる。 毎日の日課となっている。 そして、その結果、 相乗効果というか 自転車操業というか 二人の認知症ぶりが悪化をたどる一方。 とくに、アルツハイマーと診断された義母にとっても 遠方にすむ私たちにとっても 多少の認知症ぶりがあっても頼みの綱だった義父が わけわからんようになっている。 綱はすでに切れかかっている状況。 っで、思う。 お金持ちになる資質がない人間が身の丈に合わんお金を持つと お金に固守する。 と、こんなことになるんやとつくづく思う。 私が想像していた以上にお金持ちになってはった義父と義母。 この20年間、なんら変わり映えしない家の中。 真面目に働き倹約した生活。 唯一の楽しみは二人で旅行。 これは北海道にも数回、海外(東南アジアやけど)にも行ってはる。 それはええ。 それ以外にはつつましやかに生きてきはった。 それもええねんけど、 そしたら、いっそ、身の丈に余るお金は寄付なりしはったらいいのにとさえ思う。 すべてを二人の今後に使い切ってしまわな。 人様が働いたお金を何もせんといただくとええことあらへん。 お金は必要以上にもつとえらいことになる。 てか、ほんまお金は怖い。 お金で身を滅ぼす輩もいてるしな。 お金で信用を失う輩もいてる。 私は身の丈に合ったお金でちまちまと生きていくと心に決める。”
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器用貧乏〜書類作り〜
“貧乏性の私はとりあえず自分でできることは自分でしたい。 ずいぶんと昔のことのように思えてしまう、 例のあの事件。 PTA会費横領事件ってやつ。 あれの告発状ってのを皮切りに、 内容証明やら 支払督促状やら 弁護士やら行政書士の先生に お金を払って頼んだら楽にやってくれるであろう書類のあれこれ。 私が作成した。 裁判所のwebページで 書式テンプレートがダウンロードできるねんし ほんだら自分で作れるやん。 書類を作ってもらうだけにお金を出すなんて もったいない!と 刑事事件のあの告発状は作ったけれど 刑事事件はあれどまりとは思っているが、 民事は自分でするしな。 てなことで 田舎の義父と義母の成人後見人の話も 書類は私が作るからと旦那に宣言。 そして今後、予想されるあれこれをだ〜と説明。 お前、よ〜知っているなぁと旦那。 ネットで調べたらわかるといいつつ (何べんもいうてるやろ!知らんっていうことは恐ろしいことやと 勉強しろっていうてるやろ!)と心ん中で毒を吐く。 次男が声に出して勉強している、ことわざや四文字熟語。 「器用貧乏」って言葉にドキっとする私。 結局は大成せぇへんのか・・・・ くっそ〜〜〜”
wordpressでwebページ作り
“娘の彼氏はダンスのインストラクター(っていうんかなぁ?)で 独立してがんばるというので、 私にできることがあったら手伝うで!と ただいま、彼が自分でwebページを作るってので お手伝いしている。 旦那の仕事のwebページを作って ありがたいことにそこから仕事が広がっているのを 娘に聞いたらしい。 商品が違うからどうかとは思うが 間口を広げるという意味では webページを活用するべきやろうから お手伝いしまっせで おおかた形にしつつある。 よ〜がんばっている。 HTMLもわからないねんし wordpressで制作することを提案。 というても、私もセミプロぐらいの程度で 一応、それでお給与ももらっているが 全然いけてない。 でもいけてないなりに形にはして、 成果を上げているので 結果よしでええやないと思っている。 が、身内限定。 てか、中小企業のwebページは 見た目重視より お客様視点重視でベタなページのほうが成果がでる。 お客様視点で押さえるべき点をしっかり認識すること、 ターゲットを絞った戦略やでと 彼に説明。 そして、いろんな入口を作るという意味で Twitterやfacebookとの連携。 最近、できたmixiページもそのうち使うでと 次から次へと提案する。 wordpressのプラグインにいたっては 設定が英語オンリーやったりで 私がそれをたぶんこういう意味やからこう入力と こと細かく指示。 英語でなくても これはたぶんこういうことやからと 私が直観で得た知識を披露する。 ほんま合ってるんか?と思うが、 期待通りの結果がでれば正解やったということやん!と 子どもら同様、彼にもええ加減な指導をしつつ、 ゴリ押しで進める。 なんとかそれなりの成果が出るよう いたって気持ちは本気。 私の勉強にもなるしね”
介護システムって全国共通やないの?
“主人の実家。 若者が街に出て行くから高齢者対策は十分やと思っていたら どうもそうでないように感じる今日この頃。 確実に要介護がつくであろう義母は 暫定でヘルパーさんに来てもらうよう包括の人に依頼。 っで小規模のグループホーム的な(とは説明されていない)ところの 責任者(といってもヘルパーとケアマネ兼任風)が今月からちょこと足を運んでくれてはる。 事の流れとして ケアマネさんがついて、そこからお世話になる事業所さんを探してもらったりと いうたら、私たち家族とのヘルパーさんの間にケアマネさんがいるということになろうかと 実家の父のときも 今回の母もそうやし、 そう思っていたが・・・・ 暫定で入ってもらっているからちがうのか よ〜わからんけど、 彼女はケアマネさんですか?と包括の人に尋ねると違うといわれる。 彼女の名刺にもそうは書いてない。 介護環境がイマイチのように感じてしまうのは その彼女も 義父に処方されたアルツハイマーの薬(アリセプト)に異議はない様子のことを言わはる。 お義父さんもちょっとボケてますねと言わはるから 父の場合はアルツハイマーではないんですわ、 そやのにアリセプトを処方されて・・・と言うと あれは試験的に使うところがあるからと。 いやいや試験的かなんか知らんけど 心臓疾患もあってそっちの薬ももらっている義父に 試験的に出す薬ではない。 ちょっと勉強したらわかる話や。 実際、吐き気の副作用で3日間食事ができんようになったんやし。 義母の薬の管理ができないことで 来週の診察時に同行して病院で日にちごと、朝昼晩と小分けにしてもらうよう依頼すると彼女。 いや、その病院で 私が薬の管理もできないんですわと言うた時 あのヤブ医者は そんなことをここで言われて仕方がない、それはヘルパーをつけるなりして そちらで対処しろと 蹴った。 まぁ、来週の診察は旦那が同行するし 私は知らんしな。 土地柄かなんか知らんけど 結婚して11ヶ月ほど居てたけど あれから20年経つが ちょこっと大きいスーパーができたぐらいで なんら発展していないゆえ その間に出来上がった介護システムが イマイチ確立されていないのか? 親がそうなったときは子どもが帰ってくるもんやという意識なのか? しかしながら、 義母は生まれも育ちもそこやけど 義父は高知生まれで大阪育ちで成人してからそこやから 別段、そこにこだわる必要はない。 とまぁ、ここまでは2日前に書いた。 そして昨日、義母は要介護1と通達が届く。 それが届く前日に ナイフをもった人がいる〜〜と近所に助けを求め 近所の人が警察に連絡するという 3回目の警察沙汰をやらかした。 多少はまだましと思っていた義父も この一ヶ月で認知度が進んでいるのを 旦那も私も感じている。 つまりは二人っきりの生活は厳しい状況になりつつあると。 車がないと動きがとれん土地柄、 今だ見つからない(義母がどこかにやった)運転免許証にしびれをきらし 再発行をしてもらったというのは昨日の話。 3回も警察沙汰を引き起こしているのに 運転免許証の再発行に応じる警察もいかがなものと思うが、 本来なら運転をやめさせるように説得すべきなのは長男一家と言われるので ここだけの話にしとく。 有馬の父に うちの旦那は1人っ子やからなぁ〜ほっとからへんっていうと え〜〜一人っ子やったん?! って今更ながら、何いうてるんって話。 え〜〜あんた、知らんかったん?って私。 知らんかったってお父ちゃん。 くそボンクラ兄貴は 私のメールを見て電話をかけてきたが、 またしょうもないことをぬかしよった。 しらんがな!あんたが大変なんはあんたらが悪いねん。 私が大変なのは私は悪くない!とシャウト。 くそボンクラめ。 くそ豚嫁め。 ついでにくそ野郎がもう一人。 昨年10月からの売掛金を未だ払わず、支払い督促から訴訟へと移行、 向うの条件をのんで譲歩して5回分割で折り合いをつけたったのに 先月分から音沙汰なし。 次の手だてと この忙しいのに法務局や裁判所やらの日々。 なめたら承知せぇへんぞ!と海に向かって叫びたい気分。 そして、 私はこういう向かい風に負けてなるものか!と そこに我が身の存在意義を見いだすという どうしょうもない体質。 おかげで、 あちこちから難問が私のところに舞い込んでくる? 運命線のかけらもないお父ちゃんの手のひらとは打って変わって 私の手のひらには上から下まで運命線が刻まれている。 それゆえ、 ええように解釈する私は 何がやってこようとも収まるところに収まるものと ポジティブシンキングに酔う。 が、体力がない私。 しかも、見た目にどこにそんな根性があるですか?風の私。 ふっふ〜〜ん。まぁ、見といてみと意気揚々の私。怖っ・・・”
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せっせと養生する。
“我が家の玄関先は旦那の仕事の材料で倉庫化している。 まぁ、これは生きていくためやししゃ〜ない。 それはええ、 台風が来るっていうてんねんから、 朝行く前、時間がなければ早めに起きてやねぇ、 ビニールをかぶせるとか 台風対策をせんか? と文句をいいつつ 娘と二人でビニール袋を開いて養生に励む。 こうやってな、いつでも誰かが知らんまに手を貸してくれるという状況で 育った一人っ子は ほんまあかんわ!とのたまう私。 わたくしの幼少時代は 台風や〜〜ていうと お父ちゃんが家の玄関(その頃は社宅の長屋)の引き戸やら窓やらに 細い木をバッテンにして打ち付けていた。 そんな作業は親父がするもんで育った私が いまでは私がする。 なんでやねん! 先日、瀬戸内の友達のところにみんなで遊びにいった娘。 すき焼きのあと、うどんをいれるやら知らんかった〜〜ってのたまう。 へぇ知らんかったん? 次の日はそこにごはんを入れてすきやし飯やで。 おじいちゃんがよ〜食べてたわ。 すき焼きっていうたらおじいちゃんが作るって決まっててん。 なので、私はすき焼きは作らない。 てか、もともとすき焼きはすぐに胸が焼けてしまうので 嫌いではないが作る気がない。 鶏肉愛用の我が家において牛肉を使うというところもネック。 すき焼きを食べるときに 器に生卵を入れるというのも お父ちゃんは嬉々としてやっていたが私は生卵は嫌いなのでしない。 そのあとのうどんも すきやし飯も お父ちゃんが嬉々としてやっていたのを 私は見てただけ。 そう思うとな、 今は左半身マヒで半寝たきりのお父ちゃん。 あれこれ家のことをやっていた親父やってんと思い出す。 自転車の荷台に乗せられ、武庫川の堤防を走って甲子園まで 野球を観に行ったとか、 今はなき阪神パークのプールに連れていってもらったとか。 そのとき、背中に絵が描いてあるパパと子がいて 半径3メートルに誰もいなかったという光景は今でも目の奥に焼き付いている。 いやいやそんな思い出に浸っている場合やなく、 私は台風対策の養生をして 今から福山までGO〜〜なのだ。 行きはよいよい帰りはこわい♪ あ〜〜〜今夕、帰ってこれるか? 私より1コ若い、新幹線が動いてくれるか?”
8月
31
10円ハゲ
“昨日、父の妹にあたる叔母から電話。 もう少し涼しくなったら父のところに連れて行って・・・と。 叔母は79歳。 私と一緒に電車とバスを乗り継いでの病院行きはしんどいであろうが ずっと独り身やから頼りになる人間がいないので 同じ年の母より元気。 まぁ、年相応よりましなほう。 ただ、電話がかかってくると同じ話を繰り返す。 エンドレスに長い。 まぁ、たまにのことなのでつき合う。 その叔母が言う。 10円ハゲができたと。 私の実家がてんでバラバラになっている状況が心配で そのストレスで10円ハゲができたと。 え〜〜なんでぇ〜なぁ。 その渦中、まっただ中にいてる私にできるならわかるけど おばちゃん、そんなん気に病まんでいいがな!と私。 せやけど・・・・ と叔母。 てか、てんでバラバラっていうたかて 子ども(ボンクラ兄と私)らはすでに別世帯を持っているわけやし、 てんでバラバラってそれは大げさやで。 それに、別にとりあえずいろいろ回っている。 滞ってどないもこないも・・・って状況ではない。 叔母は唯一、生存する兄のお父ちゃんの行く末を案じている。 あんなぁ、おばちゃん。お父ちゃんのことは私がちゃんとするから! なるようにしかならへんねんし! という。 あんただけが頼りやでぇ〜〜と叔母。 おまえだけが頼りやで〜〜は有馬のおとうちゃん。 あんただけが頼りやではお母ちゃん。 みっちゃん、頼りにしてるからは義母。 私もいうてみたい。 あんただけが頼りやねん・・って。 よよっと頼ってみたいものやわ。 今日は旦那の仕事の支払日にて在宅で支払い作業。 明日は外勤。 そして、あさっては新幹線に乗って福山やん。 さっきは 要支援1がついた母の担当になったケアマネさんから電話。 地域包括の人との支援契約にご足労願いたいという話。 そうこうするうちに ただいま申請中の義父と義母の認定もおりるであろう。 そうするとそっちもまた契約やね。 とりあえず、あちこち流れに乗るまでの段取りは 奔走しやなあかんと覚悟。 流れに乗れば、お父ちゃんのようにリズムがつかめるはず。 そして、ちょっとイケズを言う。 お父さんも私がどないかなったときに困らんよう料理ぐらい勉強してみる? と旦那にイケズを言う。 お母さん、そんなんいうたらあかんわ。お母さんLOVEのやつが一人いてるねんし・・・ と娘。 マザコンと噂の次男が お母さんはどないもならへんねん!!と力む。 あんたか、お母さんLOVEは・・・ っで、旦那は聞こえんフリ。 私は10円ハゲはできんけど やたら増える白髪。 ブラッシングしたら白髪だけカットするっていうブラシかクシを発明してくれ!と 儲かるでぇ〜〜〜と 長男に言う。 それは髪の毛が多い母さんだけやろと一言で返される。”
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要支援1だそうです。
“母の認定通知。 まぁ、妥当な線やと思う。 一人暮らしを完璧にできるかというと少々不安。 でも、いちおう一通りのことは自分でできる。 年相応の物忘れ、 それ、さっきも聞いたでって話はするが、 べつにつじつまが合っていないこともなく、 妄想もなく、 とりあえず、靴下も左右同じ一組をはいている。 どちらかの手が動きにくいこともない。 細々とお針仕事(パッチワーク)を休み休みやっている。 重たいものを持ったり、お風呂掃除やらは ちょっと手助けが必要。 手となる娘(私)はバスと電車で2時間の距離。 ゆえに、少々お助けがあればなぁの介護申請で要支援1はありがたい。 母の相方の父は要介護4。 昨日も車椅子からベッドに移すのにひっしのぱっちの私。 娘がいたから父の背中を支えていたが それがなけりゃ〜靴下と靴を脱がせている間に 上半身はこてちんと倒れているであろう。 右手でベッドを柵をしっかり持っておけというが それもだんだんとわが身をささえきれなくなりつつある? ここにきて、 私が旦那の実家に出向いている話に 心配になってきたのか、 幼児返りに似た状況。 一時は収まっていた 家に帰りたい病が復活。 頼むでお父ちゃんという気持ち。 して、ただいま、申請中の義母と義父。 私の希望的予想では 義母は要介護2で義父が要支援2かなぁ。 義母は仮に要介護1でも次回には必ず要介護2になるであろうと想像する。 義父はん〜〜〜要支援1も捨てがたいわなぁ。 ここらあたりは、厳密な線引きもないやろうし、 訪問調査に来はった市の職員の印象如何やわなぁ。 あと2,3週間で結果がでる。”
頭痛で撃沈の巻
“2回目の目の手術をしたあとから エネルギーがなくなると目が痛くなる。 目の後ろ側が痛くなる。 今年の夏は あちこちの高齢者相手にばたばたの日々。 兵庫県は有馬から 広島県は福山まで 私の行動範囲は広がる。 そんな合間にケツメイシライブで和歌山まで足を延ばすということもしでかすから。 それでも、家でゆっくり過ごすという日を中にいれてしのいできたが ここにきて 家でゆっくりもなく、出ずっぱりの日々。 もともとが虚弱体質。 手持ちのエネルギーは僅か。 その僅かのエネルギーを4,5時間の睡眠で補いつつが ここに来て、底をついたか。 気力だけではどうしようもなくなったか。 昨日の有馬行は 娘の彼氏が車で運んでくれ、あの集中豪雨の直前には家にたどり着いていたので 体力はそない消耗していない。 おまけに病院の中庭にある足湯場で 念願の足湯をしてきた。 有馬の温泉のお湯にひざから下をつけて 足の血行を良くしてきた。 それなのに。 帰宅してあわてて洗濯物を入れて しばらく横になる。 雨が小雨になったところで 近所のコンピニに牛乳を買いに行く。 そのあとから 目の後ろが痛くなり そこからこめかみに広がる。 ごはんどころの話ではなく、 寝る!と言ってすべてを放置して爆睡。 途中、旦那が 「ごはん、コンビニの弁当を買いに行ってくる、何かいる?」 っておこしよる。 「いらん。」で 旦那の手元を見る。 お金を所望せんかったのは握りしめていたスマホか。 スマホに入っているIDで購入やなということはインプットされる。 して爆睡。 今朝はだいぶんとましになっている。 やっぱり睡眠不足と疲れやな。 その前日は 先日の母の入院手術の診断書をもらいに 塚口まで行き、 そのあと母のハイツに行き、夕方帰宅。 暑い盛りをうろうろしたのもあって 母との会話中、 気を許すと爆睡しそうなほど眠たかったのは かなり疲れがたまっていた証拠。 外勤先のクライアントからたんまりの仕事の依頼があって、 9月10月もめちゃハードになりそうでくらくらする。”
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冷たいものと言ってドレッシング・・・
“昨日は私は外勤日。 本日は久しぶりの自宅講習。 在宅のただいま夏休み中の娘と次男(長男はすでに先週、夏休み終了のゴング)は その間子どもの部屋へ引きこもり。 そんな日々ん中。 昨日は義父の訪問調査が行われた。 地域包括センターの方が立ち会ってくれるのでこちらから出向くことはない。 して、夕方、17時前。 あと数分で終業という、最後の仕上げ、大詰めにかかっている私の携帯が鳴る。 旦那からの着うた。 あわてて取るがボタン押し間違えて切ってしまう。 「うわっ切ってもうた」の独り言に後ろで社長が笑う。 かけ直す間に就業時間が終わるのであとにする。 最後のメールを送って、帰り支度。 前のパン屋に寄って地下鉄の階段を降りながら旦那に電話。 留守電。 なんでやねん!と心ん中で突っ込む。 そんなこんなを電車を待つホーム、電車を降りたホーム、帰り道で 数回やり過ごす。 いつも留守電。くっそぉ〜〜 っで、家に着いてしばらくしたら旦那の着うた。 「訪問調査の様子やから帰ってから話す」って。 それやったら就業時間内にかけてくるな!ちゅうねん。 急用以外は仕事中にはかけてくるな! して、帰宅した旦那。 「市の人と包括の人が来て冷たいものを・・・って おかん、ドレッシングを出したんやて」という話。 包括の人もびっくりしてすぐに電話をくれたらしい。 ドレッシングを出した義母に義父が怒鳴ったと。 あかんやん・・・・それ。怒鳴ったらあかんやん・・・・ 先週、私が行ったときには 温かいものを入れるティーカップに前日にかった午後の紅茶の冷たいのを入れてくれて スプーンの代わりのフォークが突っ込んであった。 ドレッシングは出なかった。 そして、無くなったと思っていたものが 出現したらしい。 だからいうたやん。 ぜ〜〜んぶ、お義母さんの仕業やって。 今だでて来ずの義父の運転免許証。 これもそのうち、忘れたころに出現するかもよ。 いや、これはどこにも行かんといてという怨念がこもった仕業。 出てこんかも・・・ 同居していたら もっといろいろ目が点になる事案があるのかもしれないが、 いや、それはそれで 最初はおもしろがっていてもだんだんとつらくてしんどくなってくるであろう。 遠距離にて ときどき聞くそんな話。 そしてときどき見るそんな状況は 今のところへぇ〜〜と客観視の私。 そばにいてる義父はきっとしんどいだろうと思うが、 だからもっと早く対処しましょうっていうてたのに こんな事態にならな認識できんかったのはどこのどなた? しかしながら、 ここにきて、 アルツハイマーの義母、 脳梗塞予備軍の義父、 脳梗塞後遺症で半寝たきりの父、 メンタル面が弱い母。 こういうスゴログになっていたか・・・・ どこかでサイコロの数がちがっていたら またちがう状況やったかも・・・とは思うが、 とりあえず、私が元気やったらなんとかなるやろ、 いやなんとかするし。 まぁ間違っても へんな宗教に頼ろうなんてやわな根性ではないので しょうもない話はごめんこうむるで!”
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指影絵のキツネ。
“診察のとき 義母も義父も 先生の手元を見て やってみるができなかった。 二人のできなさぶりが明らかに違う。 義母は認識ができていない風。 義父は指が思うように動かずできない。 これだけでも二人の認知症の種類は異なると思うが・・・ そして、さっき、 脳梗塞の後遺症で左半身マヒの有馬の父に これ、できる? ってやらせてみた。 普通に使える右手ですんなりキツネを作ってみせる。 できるやん! うん、しやけど、左ではできん。 と、自分の右手で左指を動かそうする。 そっちはできんで。 ええねん。右手でできたら。 ついでに聞くけど 今日は何月何日? 8月19日やろ? 何曜日? 土曜や! ん〜〜〜今日は20日やで。 まぁ一日ぐらいはええわ。 曜日は合ってる。 月曜日、義母は 同じことを聞かれて 4月、ん〜〜〜何日じゃったっけ・・・・というたはった。 義父はちゃんと8月15日って言っていた。 義父は左脳に血栓があるので右手の動きが鈍い。 父は右脳に血栓なので左半身がマヒで利き手の右手は使えるから、 食事はスプーンで介助なしでOK。 脳梗塞は血栓によって運動機能がやられたり、 神経がやられたり。 それを認知症というくくりにいれれるかどうか?も個人差やわなぁ。”
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そして、足のむくみ。
“ここ数か月、やたら足がむくむ。 外勤で帰った時、 有馬から帰って時、 などはもちろん、 自宅でPCで仕事をしていても、夕方になるとむくむ。 正座もできないむくみよう。 ひどいときは、 翌朝もむくんでいる。 みかねた末っ子次男が 夜、マッサージをしてくれたりする。 そして、 母さん、一回病院に行き!と 夏休み前から云うていた。 私が網膜剥離で入院したときも あんなさみしいところ(窓際やったしぜんぜんさみしくなかったんやけど)に 母さんは一人で寝てる・・・・と さんざん、いうてたらしい。 娘が教えてくれた。 ゆえにさんざん、マザコン扱いされる。 その末っ子が、 いっこうに病院に行かない私に向かって、 ほんだら、今度の金曜日に病院に行こう、俺がついていくからって スケジュールを組む。 病院に行くほどのことでもないやろうとめんどくさがりの私は思う。 せっかくの在宅の日、家でのんびりしたいやんとも思う。 がせっかくのヤツの気持ちなので従い、 今朝、病院の送迎無料バスに乗って二人で出かけてきた。 いっこく堂に似た先生が診察してくれはる。 初診ゆえ、私の既往症を見て、 目の手術が多いですねぇといわはる。 多いって2回だけやでと思うが、いちおう ハイ というとく。 こんだけ手術していると 心電図とかも撮ってはりますよねぇ?といわはる。 ええ、撮ってます。 毎回、貧血があるっていわれます。 まぁ、足がむくむ原因を調べる検査をしておきましょう。 採血をして尿を取って、心電図と胸のレントゲンというコース。 結果は 腎臓も甲状腺も心臓もとくにこれといって問題なし。 血液も多少の貧血やけど これもずっと昔からそういわれてはるみたいなので問題なし。 足の筋力を鍛える。それようのなんとかソックスをはく。寝るときに足を高くする。 など簡単に対処法を教えてもらう。 これで私の健康診断はOK?と思っておく。 帰りに本屋で むくみを治す74のワザ+α (これ効き!シリーズ)を買って帰る。 そして、それに載っているマッサージを さっそく 次男坊主がやってくれる。 手術を受けるたびに 今日と同じように一通りの検査をするので それが私の健康診断みたいなもの。 私の足をマッサージしながら 次男がいう。 母さんの足には愛と勇気がつまってる? ってアンパンマンごとくに人の足をいう。 うん、それに 気力と責任感がつまっている。 と答える。 それだけで、ここ数か月の私は生きているようなもの。 そんな私をマジで心配しているのは次男坊主だけ。 かわいいヤツ。 いままさに そのかわいい坊主は 私の病院に付き合ってお疲れで居眠りをこいてる。 私と一緒に参戦した、ケツメイシ大阪と和歌山公演で すっかりケツメバカになった次男。 私の足をマッサージしながら ケツメイシのカーニバルを聴き、 二人でノリノリになれるこのひととき。 これを幸せといわず、なんという。 娘のiPod Touchで この先何年生きる?とかっていうアプリがある。 それをやった次男。 母さ〜ん、ちょっと来て。母さんもこれやってみ。 って私の手元をのぞく。 私の早死を心配しているゆえ、のぞきこむ。 したら、 ごめん、あんたやり長生きするみたい・・・って いう結果。 それによると私は120歳まで生きる。 っで設問の答えを次男と言い合う。 最後のあれか、 今の幸せ度か? 私は幸せ度100%にした。 それをいっぺん半分にしてみる? それでも次男より長生き。 ええい、幸せ度ゼロや!で同じぐらい。 なんの根拠もないお遊びに必死になる。 っで、思うわけ。 幸せと思うことで寿命が延びるというのは あながちウソでもないかもと。 ていうか、 今、あなたは幸せですか?と聞かれ、 100%幸せと答える私は能天気?いや、ポジティブということやろ”
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脳梗塞とアルツハイマーですか・・・
“15日と16日は連チャンで福山通い。 当初は15日でことが済む予定が 16日の夕方から認知症のテストをするとかで、 泊まりの用意もしてきていないし いったん新幹線で大阪に帰って 翌16日はお昼前の新幹線に乗って再び福山へ。 "行きはよいよい帰りはこわい。" そのまんまのお盆帰省ラッシュの真っただ中。 大阪から福山行はJR西日本のおでかけネットで指定席予約で席確保。 帰りの時間が読めない福山大阪間は 自由席となる。 15日は新大阪どまりの"さくら"で座れたが 16日は東京までいく"のぞみ"やったで座れず。 めっさハードな2日を終え、そのあと水木と外勤。 早死にするんやないかと末っ子は心配してくれている。 マザコンと姉ちゃんに突っ込まれつつ・・・ 二人の診断の結果。 義母はアルツハイマーやろう・・・と。 断定はせんのんか?と心ん中で突っ込む。 CTとたぶん長谷川式の検査のみでの判断。 血流を調べるとかせえへんのか?とやはり心ん中で突っ込む。 このへんの内科医で認知症をここまで調べられるのはうちぐらいと 田舎のちょっとした総合病院の院長は豪語する。 誰もそんなこと聞いてへんし。 ついでに診てもらった義父は CTで脳に血栓が二つほどあるのを発見。 脳梗塞と診断。 まぁこれは妥当な判断やと納得。 二日目の認知症検査での結果も 義父より義母のほうが重いという。 言われんでもわかってるねん。 はなから義父はついでやというてるやろ!と心ん中で怒鳴る。 こんなとこで大阪弁でシャウトしたらえらいこっちゃとこらえる。 ほんで、なんで二人ともアリセプトなん? それも・・・ それじゃ認知症の薬を出しましょうっていうから。 それってアリセプトですか?と問う。 ただただ、何を出すか問うただけ。 なのに 僕は新薬を使うのはどうかと思うので・・・っていう。 はぁ?そんなことは誰もきいてない。いうてない。 薬の名前を確認しただけや。 ほんで、なんで、義父もアリセプトなん? 二人の認知症は程度の違いもやけど 明らかに種類がちがうやろ。 義父は脳梗塞とちがうんか? 脳梗塞による認知症という診断が妥当とちがうんか? それも80歳という年齢相応のものがほとんどと思うが。 あきからにこちらの話に理解を示さんところはあるが それはもともとの頑固さも起因しているやろ。 そやのに、なんでアリセプト? それも14日間は3ミリで15日目から5ミリって。 それマニュアル通りに出してるだけやんけぇ!!!! 義父に関しては 処方箋以外はまぁ妥当な診断やと納得やけど、 義母に関しては 処方箋だけが妥当としかいいようがない。 それも結局のところ、 初日にアルツハイマーやろうと思うというただけで 長谷川式テストをして得た結果は 認知症中度。 二人して認知症という診断。 いや、認知症にもいろいろあるやろ? 他の薬との飲み合わせと聞くと うちの病院では飲み合わせの悪い薬は出してへんという。 けんか売っとんか!と言いそうになる私。 (相手も、けんか売っとんかと思っているかもしれんが・・・・) だから、誰もそんなことはきいてへん。 単純に聞くやろ? わけのわからん義母の保護者で来とんねん。 薬の名前、薬の説明、薬の飲み合わせ、聞くやろ。聞いて当然やろ。 ていうかなぁ、 なんで本人らの前で どっちのほうがもの忘れがひどい?とか私に聞く? 本人らの前であれこれ聞くねんやったら 本人らにわかるように 病気の症状、今後のこと、薬のこと、説明したらどないやねん。 な〜んもいわへんから こちらから尋ねたら けんか腰の物言いをしよる。 あほちゃう!! 二人は初代院長のときからお世話になっているというから ええやろと思って連れて来たら、 なんでそないえらそうにするねん。この田舎もん! 義母は薬も飲み忘れがあるんですわっていうた私に それはうちには関係ない。そんなことはヘルパーをつけるなり そちらで考えることとのたまう。 足が折れて買い物にいけませんねんっていうたら そういわれてもうてもしかたない。 認知症や認知症。 このへんの内科で認知症を診れるのはうちぐらいやって豪語したのはどこのどいつや? これが大阪なら、 ほんだらよその病院にいきまっさとなるが これが田舎ゆえ、ない。 だからそんなに偉そうにしとんか!”
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貧乏人のボンボン。
“ とは、うちの兄ちゃんとわが旦那とついでに有馬のお父ちゃんのこと。 人を頼ることしか考えてないのんかぁ!という3人。 まぁ、お父ちゃんは今の現状は致し方ないので良しとする。 先週、急な福山行きで 娘と長男が私の代わりに有馬まで見舞ってくれたが それは単にお見舞いなわけで、 孫相手に脳梗塞のおじぃなりに気を使っていたらしく、 やっぱり私やないとあかんみたいで、 昨日は先週、来なんだとご機嫌斜め。 まぁ、娘大好きなお父ちゃんにて、帰り際にご機嫌も戻る。 昨日は、マンションから母のいるハイツに行ったら、 母は携帯電話で話中。 相手はぼんくら兄貴。 マンションの裏に来ているらしい。 このハイツがわからんっていうから私が迎えに行く。 二つ上の兄やけど、 子どもののときから私のほうがしっかりしている。 何回もいうけど、私のほうがはるかに勉強ができた。 自分でいうけど、私のほうがはしこい。 貧乏人のはしこい女子は 頼られるばっかりという真理に気づく。 長男で可愛い可愛いと育てられたから 貧乏人のボンボンになりさがりよった兄を 引き連れて再び母が待つハイツへ。 ドアを開ける私の後ろで 「ここ、家賃、どんだけするねん?」とぶしつけなことを言う。 「あんたにいうたら払ってくれるんか?私が払ってるねん。うっさい!」と 中に入りもっていう。 新調した洗濯機や冷蔵庫を見て 「マンションにもあるやんけ」とぬかしよる。 じゃっかしい、 これも私が買ったんやと心ん中でシャウトしながらスルーする。 何をいう。 事が落ちついてからのそぉ〜〜と姿現して文句言える立場か! と思うが ここが私のあかんたれなとこ。 いうても兄ちゃんや、 情もあるから面と向かってきついことも言わずに黙っている。 こんなんで、 最終、お父ちゃんもお母ちゃんもおらんようになったとき 自分の取り分を正当に請求しよったら拒否できるやろか?と 一抹の不安が頭をかすめる。 あかんあかん、そのために家計簿つけてるねん。 こんだけつこたんじゃ!と取り分が欲しかったら まずはこれだけ私に返せと言わなあかんと いや、言うで!と我が身に叱咤する。 貧乏人のはしこい女子は 情に弱いっていう真理もここで気づく。 ぼんくら兄貴は、さんざん部屋の中を見回して居眠りをこきよる。 家で寝られへんのんか!と豚嫁(兄嫁)の姿が頭をよぎる。 "千と千尋の神隠し"を初めて見たとき、 千尋の両親がどこぞのカウンターで 豚だかいのししだかに変身して 千尋のほうを振り返った、あの場面を見たとき、 うわっ兄ちゃんの嫁にそっくり!とおののいたことを いまでも鮮明に覚えている。 そのときはあかん、あかん、 小姑の私がそんなことを口にしたら これは心奥底にしまっとこと決めたが、 そんな善人なこというてられへん。 てなことで娘にいうたら 似てる・・・って。 せやろぉ〜〜母さん、ええとこついてるやろてな話は余談。 その居眠りをこいてる兄貴、 寝てるか起きてるか知らんけど お母ちゃんに 「せっかくの優雅な一人暮らし、こいつに邪魔されんようにしいや」と釘をさす。 案にほいほい現金を渡すなよと言う意味やけど わかってんのかお母ちゃんてな話や。 久しぶりに兄ちゃんに会えてうれしいお母ちゃんは 「せや、あんたに頼むわ。」と マンションにある壁掛け時計を取ってきてここにつけてという。 私は内心思うわけや。 そんなしょうもない用事をして 世話したったと言うなよ、言わすなよ!と 兄とお母ちゃんを見る。 そしてもう1人の貧乏人のボンボン。 私こそ、 関わりたくないねんと兄嫁みたいにいうて介護拒否しても筋が通るという 事案のあれこれがあったのに それはとりあえず、こっちにおいといてと 福山のことも親身になっているからか、 「今度、いっぺん有馬に行くわ」と旦那。 やつはお正月に私ら一家を車で有馬まで運ぶぐらいが関の山やった今まで、 やつなりに気を使って有馬に行くわっていうてるらしい。 とってつけたみたいに言うなちゅうねんと思い 別にええねんけど、ややこしいと思うだけ。 旦那が有馬に行ったところで お父ちゃんの入れ歯を洗ってくれるわけやなし ただそこにいてるだけやん。 1人で電車とバスに乗って行く方が気楽でええねん。 もしくは娘と二人で行って帰りにカフェランチするとかって 楽しみもあるしな。 脳梗塞の後遺症で何をしゃべってんのんかわからんお父ちゃんと あれこれお父ちゃんに気を使って、 話題を提供するなんて気のきいたことはよ〜せん、 一人っ子で可愛い可愛いで育てられた旦那との間で 私は通訳したり気使ったりで はっきりいうてよけい疲れるちゅう話やっていうのは胸にしまっておく。 せっかくの好意やと思うことにする。 そんな貧乏人のボンボンは久しぶりに仕事が休み。 ええよな、休みがあってと思いつつ、 洗濯やなんやと動き回っている私が 全く目に入らない(この辺りは一人っ子)旦那は 愛用のエレキギターに手をのばす。 なんやて!先に掃除や。掃除機をかけてからやと思う私は 「先に掃除して」とさら〜という。 一向に腰をあげへん。 くっそぉ〜〜と思っていたら うちのよ〜出来た長男が掃除機を出し始めた。 こいつの思考は私と同じで まずやるべきことをやらな勉強にかかられへんってもん。 三人の真ん中っていうのでよ〜気つくし、よ〜動く。 私の思考回路を受け継いでいる。 しか〜し、私は思う。 あんたがそうやってするからな、 お父さん(わが旦那)がますます動かんようになる。 と長男に切れそうになるのを それはお門違いとぐっとこらえる。 ほれみてみ、 用もないのに外に姿消しよる。 子どもらが小さいときに 遊びに来て、 さぁ、夕方やお片づけの時間やでというて 片付けをさせはじめると 決まって 「おばちゃん、トイレ」っていうてトイレに逃げるやつが ぜったいおった。 あれを思い出す瞬間や。 そういう知恵が働くガキはほんま好かんかった。 そんなこんなを終え、 ちょっと一服と冷凍庫からミニアイスを出したら 「わしも」って旦那。 一つ取って渡す。 っで食べる。 私は昨日買った、田辺聖子氏のずぼら (光文社文庫)を読みつつアイスを食べ、 汗だくの体を鎮める。 至福のとき・・・ っで空になったミニアイスの入れ物をテーブルの上において 続きを読む。 したら、その横に並べて自分が食べたミニアイスの入れ物を置いて 洗面所に手を洗いに行く貧乏人のボンボン。 「何これ?どういうこと?」って叫ぶ私。 「一緒にほっといてくれ!」と抜かすボンボン。 「ゴミぐらい自分でほりぃや!」と言う。 ここらがまたあかんたれの部分の私は しゃ〜なし、旦那のもゴミ箱にほる。 こんなこと子どもらがしたら自分のゴミは自分でほれとそのまま置いておく。 そんなことをわが子らはせぇへんようにちゃんと躾けてある。 子どもらは自分のゴミは自分でほる。 っぱなし野郎はボンボンのみ。 ゆえにやりっぱなし、置きっぱなし、服ぬぎっぱなしは すべて旦那やとなる我が家。 なんせ、お弁当箱も子どもらは自分で洗う。 自分で洗わな作ったれへんどが私の方針。 唯一例外は旦那。私が洗ってやる。 特別扱いやで。差別やで。 人類みな平等に反している。 まぁ、とりあえず目をつぶっているが これ私が寝込んだ日にゃ〜子どもらにその負担がくる。 子どもをアテにしよる。 そんなことしてたら あんたもそのうちぼけるで!とはそのうち、こんこんと言うつもり。 しかし、 あ〜〜〜なんで私は貧乏人のボンボンの相手ばっかりせんならんと思うのである。 そして、 そう思うたびに 心に固く誓う。 わが息子二人は貧乏人やけどボンボンには育てあげへん。 自分で考える大人にするとな。 長男にいたって 2年目の担任に こもまま社会にでてもやっていける素地があると 自立心をほめていただいた。 そらそうやろ、掃除機かけよると・・・・ いや、そういう低レベルな話とちがうか。 貧乏人のボンボンなんてくそくらえとここで愚痴って とりあえず、心すっきり(^^)v”
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実家にて〜私の企み〜
“母のわがまま(一種の認知症?)に振り回され、 娘がここで一人暮らしするなんてことになってたから、 早々に買ったLenovoのPC。 不要になったし、ケチついたから、 娘の彼氏にもらってもらおうと住人のいないここに鎮座している。 ネット環境もあるのでこうしてここでこれが書ける。 そのうち、ここにMacをもう一台(iMac)を買って、週一ここで仕事をしようともくろむ私。 もったいないやん、ここのネット環境。 とりあえず、私のもくろみは来春あたり、二男が高校生になったら 週2回の外勤にプラスここで外勤ってことにしたろと ひそかに企む。 しかし、このLenovoのキーボードが使いにくい。 本町の職場での私のPCもこの春、新しいのにって買い換えてもらって それがLenovo。 こんな使いにくいことないねんけどなぁ・・・ 先日、娘が友達5人とここに一泊した。 そのときに残していったタオルの洗濯しつつ、 部屋に風をいれつつ。 15日はまたも福山行き。 介護申請するのに必要な主治医の診たてがいる。 そのために義母を病院に連れていく。 本当は旦那も行くつもりやったが どうしても仕事の都合がつかず、 都合がついた日は主治医の外来がない日なので、 ええい、私一人で行くやん!となる。 とりあえず、行きしの新幹線チケットはネットで予約して 本日帰りに受け取る(新大阪6時50分発のさくら)が 帰りの時間が読めないのと 読めたところでほとんどの時刻、空きはない。 自由席で立って帰らんならんかも・・・という状況。 しんどいしなぁ、多少時間があとでも 駅前で時間つぶしてグリーン席が空いてたら グリーン席で帰ったろぉとは思っていて、 「席なかったらグリーン席に乗るでぇ」とは宣言済み。 グリーン席っていったいいくら?と 初めて調べてみた。 距離によって決まるようで 200キロ以上で4,000円って書いてある。 ひゃ〜〜 大阪・福山間って何キロって調べると これがまぁ、惜しい! 200キロ台。 神戸で降りたら200キロ内にならんかと調べるが ぎりぎり200キロ超える。 いっそ、明石か? 明石やとこだまやん・・・と こんなせこいことを考える。 がそこから大阪まで帰ってくる乗車代を考えると そんなあほらしぃてしんどいことしてられへん。 ええい、グリーン席やグリーン。 とひとりごちる私に 次男が 「グリーンって何がどうなん?どうちがうん?」 とな。 「さぁ、それは母さんも未知の世界。わからん。 なんや知らんけど、4000円の差があるんやろ?」ということで グリーン席でいいから座って帰りたいと もっかのところ私の焦点はそこ。 お義母さんは、 旦那が電話をして お義母さんが出て親父に代わってくれっていうたのに 義父の名前を呼ばす、 わがの弟二人の名前を交互に呼んだらしい。 「どんだけ頼ってても夫婦は他人やからなぁ。 一番に忘れるんちゃうか? 最後まで覚えているのは兄弟か母親やろ。」と言い放つと 「えげつないことさら〜というなぁ」と旦那。 いや、事実は事実ですやん。 そんなもん、いちいち感傷に浸ってたら 有馬行って中1日おいて福山にはいけまへん。 てなことで、今からお母ちゃんとこに行こっ”
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もう一つの訪問調査。
“いきなり徘徊なんぞ決定打を打つは、 長男夫婦(私たち)は大阪在住やし、 介護すべき義父も80で認知症の疑いありやし、 老老介護どころの話やない。 そんな状況をみて包括の人は 速攻手配をしてくれはっての昨日の訪問調査。 どうなったかと気になりつつも 持ち帰りの仕事に奮闘で連絡せず。 夜8時に義父から電話。 男性1人と女性3人が来たと言う。 男性って○○さん(包括の人、立ち会ってくれると言っていたので) ですよね?と 尋ねるが トンチンカンなことを言うて、義母と代わった義父。 (ん〜〜〜きてるか・・・と再認識。) 電話口に出た義母はトンチンカンぶりが増幅されている。 これからますます寒くなるから風邪をひかんように・・・ なんて 優しいことを言うてくれはる。 ん〜〜まだまだ暑い日が続く今日この頃ですやん!って 心の中で突っ込みながら 口では お義母さんも風邪ひかんようにねと言う私。 毎回のように聞かれる我が家の子どもの年齢。 毎回同じことを答えるが 義母は、 え〜〜〜〜そんなに大きくなったん!と 毎回驚く。 その後、旦那が帰ってきたので 義父からの電話のことを言う。 訪問調査を終えた包括の人から旦那の携帯へ電話があったらしく、 来週のいつでもいいから義母を病院につれていくのに 同行できないかと打診されたと言う。 そして、 なんと、先週の土曜日に警察ザタを起こした義母を1人残して 義父は老人会(世話役をしている)に出ていったと 包括の人から聞いた話をする。 義母は義父がいなくなるとおかしくなるから 1人おいて家を出るな!と再三言うているのに関わらず、 ただいま義父は老人会の世話役にご執心で 義母を残していったらしい。 どこから話がもれたのか 老人会でも義母の警察ザタは周知されていて 1人でおいてたらいけん!と言われたらしいと包括の人。 こうなったらいっそ 包括の人から老人会の別の世話役さんに 義父の世話役の役目をおろしてもらうよう お願いしてもらおうかと思ってみたり。 いや、そうすると 義父も今より一層、トンチンカンになるであろうし と思案する。 どう考えて、 どう転んでも、 義父一人に義母の介護なんて無理。 昨日の訪問調査は午後2時からだったが 義父と義母はお昼ご飯を食べていなかったという。 お弁当を買ってきてそれを冷凍していたという。 え〜〜〜あかんやん! 旦那は実家に電話して 義父相手に怒鳴りまくり。 この間のことがわかってないのんかぁ! おかんを1人のこして出て行くな!っていうたらやろ!と 再三シャウト! 向うでは、 わしができることはするとか 長話してたらもったいないから切る(電話を)とか 義父との電話を終えた旦那に お義父さんもはっきりいうてトンチンカンやし まともにこっちのいうこと理解できると思わんほうがええ。 まぁ、もともとトンチンカンなことしてた人やしと嫌みを言う私。 包括の人は 義父も介護の申請をしたら?とちらっと言うたはったようで それはそれでまた手間のかかる作業となる。 義母のように決定打を打ってくれたら話は早いが、 本人はいまだ健在でばりばりのつもりでいてるから そこの対応は旦那に任せるで!と声高らかに宣言する。 よくよく考えると 私の実家のあれこれは私一人で対応している。 くそ兄貴一家は頼りになるどころか邪魔しよるし、 旦那はなんら動くことなく。 しやけど、旦那の実家は動くとなると私も一緒。 一応、自分が主になってと思っている風の旦那なのだが、 彼のブレインは私やし。 そんなこんなで来週も福山行きとなる。 そんな折、 昨日の夕方、大阪府下の老人施設から電話。 ネットでみて・・・と言うから 施設入所の案内か?と一瞬頭をかすめる私。 いやいや、今時、入りたくても満員御礼の施設。 あちらから入りませんか?なんてないわなと気づく。 軽い認知症の方にバスケットの講習をしてもらないかというお話。 とりあえず、こういう形でと提案し、費用を伝える。 お金のかかることなので検討して連絡をもらえるとのこと。 ん〜〜 両方の親と近所のおばちゃん達にとどまることなく 私の高齢者対応は広がっていく?”
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いきなり徘徊とは・・・
“義父が不在になると不安になっておかしなことになる義母。 早急に受診・介護申請を進め、段取りをつけたいのに断ってしまった義父。 まだ当分二人でやっていけるというたらしい。 先週2泊の検査入院の予定が入っていた義父。 不在の間、またも義母からの電話攻撃があると覚悟をして 初日。 予想通りの電話攻撃。 二日目朝7時の電話からうんともすんともならない我が家の電話。 おかしい、おかしいと思いつつ、 旦那が仕事の合間に電話するっていうてたのでほっておく。 旦那が電話をしても 毎回、初めての電話やから、 かわらずこっちにもかかってくると思っていたがかかってこないので 途中、何回か旦那に電話してみる。 お昼過ぎからかけているけどどっかにいっているのか出ないという。 それを繰り返し、とうとう、夜の8時。 こんな時間になってもいないっておかしい。 近所の人の連絡先もわからないので見に行ってもらうこともできず、 義父の入院先に電話してみる?というが そんな大げさな・・・・と躊躇する旦那。 とりあえず、20時半まで待ってみようと、 私はアルツハイマー介護の先輩に助言をもらう。 義父の入院先の電話番号を調べ、 旦那に電話するように言う。 すると、義父は外出届けをだして家に帰ったとのこと。 午前中にお見舞いにきた義母の帰りを気にして 家に電話をしたが出ないというので 家に様子を見に外出届けをだしたということらしい。 病院から家まで車で30分ほど。 仕事先から帰宅途中の旦那が20時半ごろに実家に電話。 義父が出たので義母のことをきく。 いないというのですぐに警察に行って捜索願をだすように言う。 どうなったから必ずこっちにも連絡しろというたらしい旦那だが 警察に行ったのかどうか連絡がない。 状況がつかめないので 私が21時半ごろにたぶんここに行ってるだろうという警察署に電話。 したら、少し前に近所の人と義父が捜索願を出しにきたらしく、 義父はとりあえず病院に戻ったと聞かされる。 (それならそれで連絡してこい!と腹立つ私) お世話になったご近所さんの連絡先をきくが教えてもらえないので こちらの連絡先を行って連絡してもらうようお願いする。 そんなこんなで、イライラしながら とりあえず、朝一の新幹線で広島へ行くために時刻を調べたりする。 22時半前に警察から義母が見つかったと連絡。 義母を引き取ってほしそうな警察。 親戚とかはいませんか?と聞かれるが、いない。 義父は病院やし、 すんませんけど、そちらで一晩お願いできませんか?というが それはちょっと・・・・と拒まれる。 預かってまたふらふら出て行かれても・・・と拒みよる。 何をいうねん。税金はろとんねん!と内心シャウトしながら ここは控えめに すみません、認知症かどうかの受診もまだの状況で なかなか義父が承諾しないのもあって 今回が初めての徘徊なんですわぁ・・・と食い下がる。 ん〜〜それじゃ、明日、早くに迎えに来てもらえますか?と はい、それは、そのつもりで今もネットで新幹線の時刻を調べてたんで。 じゃ、わかりました。ご飯は出せませんので。 かまいません。ご迷惑おかけしますが・・・と 携帯番号を言って電話を切る。 その翌日、朝一の新幹線にのるべく ここを5時34分初の始発に乗る。私、4時起き。 7時半すぎに福山に着き、先に義父の病院に行く。 偶然にもロビーで義父と会う。 こっちは、警察泊なんてきっと寂しい思いをしているに違いないと不憫に思っているのに 義父はまったく動じていない様子。 とりあえず、私たちが警察に迎えに行くから 退院したら(10時頃に退院予定の検査入院) 家に帰るようにと言ってタクシーに飛び乗る。 警察に到着。出て来た義母。 どしたん?って。 迎えにたきたんですよというと。 ありゃ〜ほうけ〜〜。私も長いし入院してたんじゃと 病院に入院してたつもり。 青い制服をきた警官は白い制服の看護婦さんらしい。 へれ〜〜そうけ。うれしいなあ・・・とご機嫌の義母。 警察に預かってもらっていた義母の所持品。 これがまぁ、家中の大金を持ってきたんですかというぐらい 9万やら10万をチラシに包んで、いくつかもっている。 家の鍵やら保険証やら・・・(でも、家の鍵は閉めずに出ている) それら全部を確認し受領印をつく私。 っで一式、義母の鞄にぶち込んで、 「すんません、お世話になりついでにタクシー呼んでいただけたらありがたいんですが・・・」 と 若い警官に頼む。 タクシーがくる間、 私の鞄はどれじゃった?という義母。 これですよというと へれ〜それ、私のによ〜似とるがちがうよなってみてたんじゃと。 警察署を出るときも あちらこちらの警官にご機嫌よく えらいお世話になりましたとにこやかにご挨拶の義母。 若い警官の話では、 昨日は車で40分ほどの距離を歩いて義母の実家のあった山ん中で そのご近所の人が交番につれてきてくれたとか。 名前も旧姓を名乗ったという。 そんなことはすっかり頭から離れて、 長いこと病院(警察署)に入院してたのを大阪にいてる息子夫婦が迎えに来て ご機嫌の様子。 家に向かう車の中も 家に帰ってからも ず〜〜〜としゃべりっぱなしの義母。 私の頭ん中は映画"マスク"の「絶好調〜〜〜」が鳴り響く。 速攻、地域包括に連絡して都合を付けてきてもらう。 今回の一件を話したら暫定でケアマネをつけるよう対応しますとのこと。 当然、そうしてもらわな安心して大阪に帰れません。 12日予定の面談が早まったということで 今週中に訪問調査に来てもらえるよう市に交渉してくれるとのこと。 私が話を進めたので義父もしゃ〜なし感を漂わせながら承諾。 地域包括の人は 義父のこともちょっと認知症気味かも・・・とこそっと言わはる。 そうとも見えるが それはそれで困るので なんとか今の調子で二人で仲良く過ごしてもらわなと。 これで一気に来られたら 私はあっちの施設、こっちの施設の 施設のはしごをしやなあかんようになる。 そんなことを思いながらふと義母を見ると ん〜〜コーデュロイの黒いズボンをはいている。 暑いっていうてひざ下までまくってるし。 縫製の仕事をしてた人やから、冬の生地、夏の生地の区別はばっちりのはず。 ほかにも細かいところでえっうそ!って思う箇所あり。 こそっと地域包括の人に言う。 義父が書いた介護申請の意見書は 全く問題がない内容。 地域包括の人がつっこんできく。 ガスとかつけっぱなしなんてことなかったですかねぇ? ないですなぁ。火をつけたらそこから離れたらいけんというとるんで!と胸をはる義父。 お湯をわかしててお湯がなくなったりとかなかったですかねぇと地域包括の人。 ん〜それは、何回かあった。 あかんやろ!それ、それをいうとるんじゃ!と福山弁で叫ぶ旦那。 そんなこんなで地域包括の人はうまいこと聞き出して 義父の意見書は意味がないものとなっていく。 てか、そんな細かいことより いきなり徘徊のほうがどんと意味が大きく、 それだけで暫定でケアマネさんをつけると判断しはった。 本人は自分より7つ年上の義父のことを 年じゃけぇ、ちょっとぼけとるんよ・・と言う。 そんな人を相手に私も大変なんじゃということらしい。 何はともあれ、とりえあず一件落着となった徘徊事件なのである。 これからが大変かも・・・・”
05
記録を残す
“とりあえず12日に説得をして介護申請へと持って行くための資料作り。 有馬の父のときも先日の母のときも 介護申請時に提出する意見書は私が記入。 今回、義母の場合、本来なら義父のみであろうが 言い出しっぺがこちらということもあり、 こちらにも意見書が送られてきている。 日本全国共通の内容だが 通り一遍のこの用紙に記入できる箇所はない。 一緒に暮らしていないので回答のしようがない。 ほかに気なる点を別紙にまとめるいうことでせっせと書き出す。 2年ほど前からの意味不明の電話の件から時系列に書き出す。 一人息子ゆえ、可愛いってしゃ〜ないのはわかるが それはないやろ?という常識を逸脱している電話のことなんぞ。 思え起こせば、 あの頃から発症していたのであろうとすればすでに2年経過。 そして本日も電話がなるであろうと構えていたがいっこうにならず。 旦那から電話。 お昼過ぎから3回ほど電話をしているが出ない。 どこかに出かけているとのこと。 どこにいったんや?大丈夫か?とそれもまた心配になる。 旦那も私も仕事にならんがな・・・。 こんなことになるから、 早く介護の申請をしてケアマネさんについてもらってと思うのだ。 全く、子の心、親知らずとはこのこと。 まぁ、本来は逆やけど、 親も高齢になると保護者的に立場になるのは子どもやし。 そこんとこ認識して、 親として慎ましやかになりなはれと思う今日このごろ。 うちのお母ちゃんも相変わらず、 ぼんくら兄貴が可愛いてしゃ〜ないようで 私のところに兄貴から電話があったか?と尋ねる。 知らんがな。 50や。 どないなとしよるやろ? 我が身のことは私に委ねるくせに、人の心配している場合やない! 人には二通りあって どこに行っても、どんな場面でも 人を頼る人と 人に頼られる人。 私は後者。 けっ!やってられまへん”
04
ひっしのぱっちがあっきまへ〜んの話
“ちゃうやん。 今日はお持ち帰り宿題をひっしのぱっちでする予定やった。 そう、そのつもりで台所のテーブルのこっちに私がMACを広げ、 ななめ向かいに次男が受験勉強という体制。 がや、向かいのやつは首にセレッソのタオル (なんでエベッサやなくてセレッソなん?てな なんでバスケやなくてサッカーなん?)を巻いて、 わかってんのかなぁ〜どうかなぁ〜と一抹の不安を漂わせながら、 奮起してはる。 少々、わたくし目が 男やったら本気にならんかえ!!って30分ほど、 ほんま、ほんの少々、 シャウトしまくり、あげくの果てに、 母さんは情けないと涙する劇的なことをやらかしたからか・・・・ あれからぁ〜〜僕たちは〜〜とSMAPの曲が頭をかすめつつ、 あれから、とりあえず、本気になったか?の次男。 やつと一緒に私も宿題にひっしのぱっちになるはずが・・・・ 朝から、3回電話。 田舎のお義母さんから。 毎回、フルネームを名乗りはる。 ナンバーディスプレイやからわかってるねんって思う私。 毎回、久しぶりぃと挨拶しはる。 いや朝から2回め、 朝から3回めと内心思いつつ お義母さんは?と聞く。 ん〜〜〜〜まさにこれは、 あれか?アルツなんたらか?と確信のわたくし。 そうそう、先日のお母ちゃんの訪問調査できはった市の人。 最初は母相手にいろいろ質問をしてはった。 そして、それが一通り終わったらわたしのところに来て、 小声で 物忘れ具合ってどうですか?と問いはった。 もともとええようにいうたらおおらかっていうO型のお母ちゃんは 不出来な兄にポンポコお金を用立てていたようで 最近、通帳を預かって発覚。 腹立つから、 お金は全部私が管理しています。ちょっと不安なんでというとく。 その程度(別に借金してまで用立ててたわけやないので)ぐらいで 他の物忘れ程度は年相応。 電話とかはどうですか?一日何回もしてくるとかってありますか?って市の人。 それもないから、 いや〜それはあまり気になるようなことはありませんかねぇ・・・・と。 ないことをあるようには言えんし、 ほんまのことしか言われへん。 それに比べたら、 お義母さんは、話のつじつまがてんで合わへんし、 さっき、こういうてたのに いまはこうなん?ってこともしばし。 それにお義父さんが不在になると不安になって 一日に何回も電話してきはる。 電話っていうのはキーワードなんかも?とは その市の人が電話という単語を出しはったから思ったんやけど、 ならば、お義母さんは、もろ、異常な行動をしてはるってことやん。 訪問調査のマニュアルにあるんやろ。 電話云々って項目。 それにぴったしカンカン(古っ・・・)やんか。 何言うても 一日何回も電話でしゃべっているのに その前の電話のことを忘れてはること。 行動全ての記憶がないという点はまさにあれか?と思えて仕方がない。 やっかいなのは もともとがプライドの高い人やし、 向上心もあり日々あれこれボケないようにやってますって自負しているところ。 あっきらかに 外からの刺激は週一の私の見舞いとTVのみという有馬の父のほうが 認知度が進行してもええようやのに ここらのメカニズムはよ〜わからんけど、 私が抱える高齢者4人の中で一番、まともと思えるお父ちゃんなのだ。 どういうメカニズムになってんのかはわからんけど、 なんなんやろなぁとつくづく思うが、 一番やっかいな人が一番やっかいな病気にならはったというこの事実。 (もう決めつけているけど、これでなんら病気もありませんと言われたら それは誤診とちゃいますのん?) まぁ、私の基本的スタンス。 事実は事実と受け止めて、その都度、その状況に応じて対処するで こなしていくしかおまへんが さぁ、この先、12日にお義父さんを説得しに行っても そのあと、病院に連れていったり 訪問調査をすんなり受けいれるかが問題。 まぁ、うちの旦那に あんた、私がボケたら面倒はよ〜みんやろ?って ちなみに聞いたら うん って即答しよったヤツの親父やから、あかんやろなとは思う。 まぁ、私はボケたら施設に入れてもらうために これから私の施設代を貯めていくと決意をしたしな、 それに、たぶん、私の方が先に逝く。 私がおらんようになったら、3か月もよ〜生きていかんやろ。 ふんっ。 それか、先にあんたが逝って、 しばらくは一人の生活を満喫する。 思いっきり満喫する。 私には旦那のあとを追うように・・なんてことはありえへん。 おもくそ満喫したあとにボケる。 そして、息子の嫁に向かって私の財布どこやった?っていう。 姉弟がよって、 もうあかんで、あのおかん、言うたらきかんし 俺ら、手におえん、施設にいれるしかないでと 施設に入れられる。 そうなったらそれでいいやん。 施設にはいっても ここはネットはできまんのんか?ってPCだけは持っていく。 それもまた楽し・・・”
私の2011年の夏は暑い。
“本日から検査入院の義父。 義父が不在になると不安になって我が家に電話してくる義母。 10時前に早速電話。 私の予想ではお昼を回ったころに辛抱たまらず電話してくると思っていたので ふいをつかれる。 こういう電話が6月から頻繁。 認知症もしくは脳に血栓?という疑いに、はやくけりをつけたいのに なかなか前に進まない。 止めているのは義父。 せやろな、 あんたがいてるときはほぼまともやもん。 おらんようになった途端、不安になってこういう電話がかかってくる。 おかしくなったときの出だしはいつも 私の名前を呼び そして我がのフルネームを名乗る。 今日から検査入院やのに ずっと入院している風な話をしだすから いつから入院してはるんですか?と問う。 ん〜〜いつやったか、そうそう8月2日と。 あちらこちらに話がとびつつ、 現役で仕事していて(数年前に年金ぐらしになっている)忙しいのに 義父の見舞いと大変なのよと言うたかと思うと、 今日から入院したとか。 昨日の夜、病院にいてる義父から電話があったとか。 そして、後妻さんの義母はぽろっと 本当の子供はいいわねと本音が出る。 老人会の副会長をしている義父が 役員会を理由に家を空けるのを愚痴る。 後妻に来た当時の旦那の話(お初の話)なんぞ聞かされる。 訳の分からん電話は2年ほど前から ぽつぽつと思い出しようにあったが この6月からは頻繁にある。 その頻繁さと程度のひどさから 受診、介護申請と進めたいのにストップをかける義父。 有馬のお父ちゃんは 強行に行け!という。 そういいながら、 わしはお前がおらな、さっぱりわややからなっ!と 帰ってこいという。 わかってまんがな! わたしもあんたを最優先に考えてるちゅうねんと。 そんなこんなで 私も忙しいねん。な! 手を煩わすなと、義父相手にシャウトするかもよ。 なんせ、婚約時代にけんかした相手やし。 それからお互い牽制の中。 まぁ、2年ほど前に私が優勢に立ったんやけど。 何いうても ちゃんと対応してええように 高齢者だけで暮らせるようにしたいだけやのに、 わからんかぁ!! 昨日、仕事中、留守しているときに 近所のおばちゃん(有馬のお父ちゃんより一つ下)から 電話があったので帰宅後電話する。 おばちゃんも私を頼りにしてくれてはるので 自分の状況を連絡くれる。 なんかあったら、頼むでとかわいらしいことをいう。 少々、離れたところに娘さんが嫁いではるから そこに連絡するよう娘さんの連絡先も聞いているという状況。 我がの親もご近所さんにお世話になっているねんし お互いさまのことと引き受けている。 そのおばちゃんに あんなぁ、思うねん。年取ったらな、かわいげやで。 かわいげが大事。 親風をふかせたいにもわかるけど、 事実を事実と受け止めて子どもに甘えるかわいげは大事やでぇと いう。 おばちゃんはかわいげがあるからええわ。 いなかのくそじじぃとくそ呼ばわりしつつ、愚痴る。 そんなこんなであちこちと高齢者相手に奔走する私の2011年夏は暑いっ! あ〜〜思い出した。 高校野球。大阪大会。 決勝戦、9回裏からネットで中継をみていた。 まさかの東大阪大柏原が甲子園へのチケットを手に入れた、あの試合。 まさにあれは柏原の気合い勝ちというか 大阪桐蔭の気合い負けというか。 まぁ、はっきりいうて 真っ向から勝負せぇよと思う結末で、 桐蔭のピッチャーは悔しかったと思う。 思わず、甲子園に見に行く?って気になった私。 ていうか、息子二人はバスケ部やのに いっこうにバスケのルールを把握できない私。 子どもの時から プロ野球とプロレスとボクシングをTVで見ながら (お父ちゃんが好きやった)育った私は 高校野球も暇つぶしに自転車で見に行ってたぐらいなので ルールは熟知している。 高校野球は、いうたら息子らのバスケの試合を見るより好きかも。 ていうか、やつらの試合観戦は、 長男は2回、 次男はミニバス時代のみ。 したら、知らん間に 次男は公式試合に負けて部活引退していた。 ・・・・という私。 高校野球、大阪大会の決勝戦のように あっけなく終わったやつの部活。 う〜〜泣けてくるやんかぁというと、 そっか・・・とあっさりしたもん。 そんなことも知らん間にというほどの ばたばたと奔走している私。 昨日は昼休憩もそこそこに資料作りにひっしのぱっち(古〜〜)で 定刻前にはけりがついたから帰宅したが もう一つの案件はお持ち帰り、夏休みの宿題。 てなことで午後からそれにひっしのぱっちになる。”
7月
31
29
ゴールドカード?
“郵便屋さんが来た。 簡易書留っていうからなんじゃい?って思ったら イトヨーのマーク。 新しい更新カードか・・・と受け取る。 受け取ったついでに 郵便局のおっちゃんが 私に頼みがあるという。 何?って聞くと 買ってほしいものがあるという。 カモメールかと思ってその気になりかけると ポケモンの絵が入ったカモメールを胸ポケットから出してきはる。 え〜ポケモンはいらんわぁ。無地のはないん? 無地はもうないねん。 うち、子供、そんな小さないし。 知ってる!高校生やろ? (なんで知ってるん?) せや、ポケモンはないわぁ〜〜〜 あかんか・・・ ごめんやで。 私やったら買ってくれると思ったといわはる。 ゆうパックのいつものおっちゃんとは違う、おっちゃん。 いつものおっちゃんは特にうちに郵便物もないのに ピンポ〜んときて どない?元気してるか?というて ちょっと話して帰るというおっちゃん。 今日のおっちゃんは 駅までの道ですれ違うときも挨拶してくれてはるから 私も頭を下げるねんけど、 今日、初めてはっきり顔みたし。 郵便局のおっちゃんもやけど、 飛脚と猫の宅急便の兄ちゃんもやたら親しげ。 あっちもこっちもお届けもの(ネット買い物で)が多いから? ネット買い物と言えば 私の御用達、イトヨーのネットスーパー。 歩いて10分ほどのところにあるお店にはここ数ヶ月行っていないが 私はお得意様らしい。 その簡易書留のイトヨーの更新クレジットカード。 なんとゴールドにグレードアップされている。 え〜〜ゴールドなんか頼んでへんし、なんかの間違いとちゃうん?っと 同封のチラシを読む。 特にご愛顧いただいているお客様だけにゴールドカードをお届けと書いてある。 まぁ、確かにネットスーパーのお買い物はクレジット決算にしているから ご愛顧してるわなぁ。 でも、私はあの柿色のカードでよかったのに。 ネットスーパーと実家の公共料金引落しだけに使っているから 外で出すことがないカードやし。 柿色のほうがすぐにわかっていいがな。 ゴールドにしたら誰でも喜ぶと思ったらあかんで!とカードに突っ込む。”
初の訪問調査
“一人暮らしの母に日常の買い物なんかのサポートをお願いできたらと 介護申請をし、 その訪問調査が昨日行われた。 10時の約束に間に合うよう、 それまでに叔母の紹介でとりあえずのケアマネさんと話をするため 9時すぎに母が住むハイツに行く。 8時前の電車やから めっさ通勤ラッシュやし・・・ ほん近所に住むというケアマネさん。 若い(30代から40代前半)お兄ちゃんでちょっとびっくり。 なんというか、なんか全体の雰囲気に違和感があるケアマネさんなんやけど、 それ以外はとても親切で優しい感じ。 なので、ぜひとも認定されたらお願いしたいと思える人物。 あとで母から聞くが、 実は元は女性やったという男性名のケアマネさん。 違和感はそこやったんやわ。 男性のヘルパーさんは有馬にもよ〜さんいてはる。 介護職についてはる男性は 優しい感じは受けるが、男性は男性という感触。 昨日のケアマネさんはその感触がなかったんよなぁ。 まぁ、そんなことはどうでもええ。 現時点では100%ボランティアなのに 心底、一人暮らしの母のことを気にかけてくれてはるのをひしと感じたし。 市からの訪問調査に来はった人も優しげな人。 感触としては 要支援ぐらいはつきそうやし、あとは結果待ち。 それよりなにより、 旦那の実家のほう。 ことのついでにこのさいやとケアマネさんに 義母のことを聞いてみる。 私に対して 「有馬のお父さんのところもあって大変ですねぇ」と言うてくれはるから、 「いえいえ、それより主人の実家のほうが大変なんですわぁ!」と 簡単に説明する。 認知症の種類を説明してくださって、 「どちらにしても早めに受診したほうがいいですよ」とアドバイス。 「そこに手間取ってますねん。」とまたも簡単に説明。 そして 「お義母さんの症状ってどう思います?」って聞いてみる。 「ボクはアルツハイマーやないかと思いますわ。」と 「私もそうやと思うんですわぁ。」 とりあえずは来月お盆前に旦那と出向き、 介護申請をするようお義父さんを説得する段取りになっているが、 そのあとの対応をお義父さんがするかどうかは疑問。 それでなくても私は有馬や尼やと 走り回っているのに 時々、わけのわからんお義母さんからの電話がありぃ〜ので これ以上、手を煩わすな!という気持ち。 てなことで、サブカテゴリーに"介護"を作ってみた。 "介護"なんていえるようなことはしていないけれど、 どっぷり介護に向き合っている友達がいてる。 父のときの訪問調査は私はノータッチでどんなんかわからんかったけれど 昨日のでだいたいわかったし。 場所が変わったところで 意見書の内容(これは父のは私が書いたし、今回の母のも私が書いた。義母のはこちらに1通送られてきている。)は同じやし、 全国区でそう大差はないはず。 実家の親で経験したあれこれをもとに 旦那の親を説得する努力はしてみようと思うが、 それでもわからんやつは勝手にせぇやということでほっておくしな。 てなことで、サブカテゴリーに"プチ介護"を作ってみた。 てか、私のカテゴリー分類ってそんときに気分で一貫性に欠けるような気がせんでもないよなあ。 まあ、ええか。 私のはプチ介護。 私の友達にどっぷり介護に向き合っている人物がいてる。 彼女のブログ→☆”
24
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暴風警報中ではありますが。
“せみがわんさか鳴いてはる。 中学生の次男は、本来なら今日まで学校に行って明日から夏休みやったらしいが (そんな予定やったようだが覚えていない。) 暴風警報により臨時休業となった本日から夏休み突入。 おかげで、本日14時半からの三者懇談が延期になった。 また日程は担任から連絡がはいるというプリントを昨日持ち帰ったが、 今月はすでにどの日も空いていない。 高校生と短大の長男と娘は 10時現在の警報状況で本日の動向が決まる。 暴風警報というが、昨日の朝、 駅まで行く雨風に比べたら今のこの状況なら学校に行けよと思う私。 ひざ下が濡れて色が変わったコットンパンツをはきながらの通勤電車。 めちゃ冷えたし・・・ それに比べたら別に今日、三者懇談できるんちゃうん?!って思う私。 明日は宮津行き。 もし宮津行きが今日やったら宮津までの特急電車は運休なので 開講できず・・・・ 明日でなくてよかった。 警報状況を見る瞬間、TVをつけた。 右上に出ている文字はデジアナ変換・・・・・やった。”
18
地デジ未対応の我が家
“集合住宅というのはありがたいもので、 我が家にしても実家のマンションにしても ケーブルTVのおかげで地デジ対応のTVに買い替えることなく 現存のアナログTVでしばらく(2,3年)はTV視聴が可能となっている。 少し前の夕方、、和歌山を震源地の地震があったとき、 緊急時ということで我が家のアナログTVをつけてみた。 (4月のTV禁止令発令から初電源ON) アナログにて画質は超悪いがが右上に地デジ変換とかっていう文字が出て視聴できる。 有馬にいてる父の病室のTVはすでに地デジTVに替わっているが、 なぜか綺麗に映る地デジ放送を見ず、 アナログ放送を見ている父。 まぁ、アメリカの大リーグの試合を見るためやねんけど。 アナログ放送やと 左下にあと何日でアナログ放送がどうのこうのって出ている。 我が家のTVはそのメッセージはなく 右上に地デジ変換とかいう文字が出る。 これで緊急時のTVからの情報は得られるということで丸。 昨日の夜、お風呂の中で気づいた。 予定では次男が高校受験を終えたら地デジTVに買い替えるつもりなのだが、 よくよく考えると 次男の高校受験が終わると 今度は長男の大学受験の年となるわけや。 となるとまたもTV禁止令が発令されるわけで、そうなると地デジTVに買い替える必要がないわけで、 ということに気づいた。 そんな私の気づきは、まだ家族には云っていないが、どうしょうか? 次男と違って長男はTVの有無に左右される性質でないので別にええっていえばええねんけど、 親として、娘の短大受験(これは長男の高校受験とダブっていたが)のときもTV禁止令を発令して家族一丸となって応援するでという意思を表明していた。 子どもがあれこれと欲求を我慢して勉学に打ち込んでいるねんし、 親も同じように我慢するべきと思うところで、TVの買い替えを思案する。 新聞で地デジ未対応世帯数が出ていたりすると、それうちも入っているん?って思いつつ、 いったいその世帯数ってどうやって調べはったん?って疑問に思う。 まぁ、どうでもええねんけど、 存在感たっぷりの厚みにあるアナログTVとおさらばする日はいつ?の我が家なのだ。”
17
手招きの理由
“数週間前の有馬にて。 車椅子に座る父が私を手招きして、 小声で言う。 普段でも脳梗塞の後遺症で聞き取りにくいのに 小声やからよけい何いうてるかわからん。 ただ、なんかわしの大事なものがある場所を示唆している様子。 とりあえず、 「うん、分かった」と適当に流す。 そして、昨日、 「あれ、あったやろ?」と父。 「あれって何?」 「ほらこないだいうてた・・・」と小声になる父。 「えっ?」 「カードや、カード、郵便局の・・・」 あ〜〜〜〜分かった。 ゆうちょBKのキャッシュカードのことやったんやと、ここでわかる。 「あったやろ?ほれ、帳面と一緒に。」 「帳面ちゃうがな、通帳やん。あったで。」 「あれ、お前が預かっておいてくれ。」って気前のええこという父。 預かってくれっていうても あれ18,000円やで。入っているのん。 18万でも入っていれば病院代にもなるけど・・・・と思うが、 「うん、分かった。預かっておくわ。」というておく。 そう、その最初の小声で示唆したとき、 「この前なぁ、血液検査をしてん。ほんでレントゲンもとった。」というていた父。 ふ〜んって聞いていたが、 うそかほんまか?と思いつつの私。 したら、6月分の請求書に外来診察レントゲン代として計上されている金額があり あ〜〜このことかと思う。 お父ちゃん、頭ん中、まだまだしっかりしているやんってほくそえむ。 っで、特にその結果報告の話もないし 別段何も問題がなかったのやと思っていたら金曜日、 長男の高校に向かう駅までの道で病院から電話。 翌土曜日に出勤の主治医と面談の約束をする。 半年前、昨年の秋に原因不明の発熱で大騒ぎした一か月。 その時のレントゲンの結果を踏まえ、今回のレントゲン検査。 そして、その結果。 相変わらず、胆のう壁があつく、腺筋症の疑いと 悪性腫瘍の疑いはありつつという話。 他にも胆石やら膵臓に水泡やら前立腺も少々肥大やら・・・・ あれこれ言われる。 しかし、この病院は療養型医療機関ということで 詳細な検査はできないので、 今後、どうされますか?と毎回同じことを聞かれる。 え〜〜〜だからいうたやん。 メンタル面で新しい環境になじむのに時間がかかるし 今、ここではええ感じに過ごしているから ここでできることをお願いしますと。 これが50代や60代の父なら あちこちの病院を転々としてと思うが この11月で83歳。 本人は、特に痛がらず不調を訴えることなく、 誤嚥の危険性を回避しての粒状の三度の食事も毎回、ほぼ完食。 お茶碗一杯のおかゆなんて 娘も私も、これだけでお腹いっぱいになるよなぁ〜という量を ぺろっと平らげる。 そして何より、 屋内生活2年で真っ白けになったほっぺたはほんのりピンク色と血色もよろしい。 人間80年も生きてきて、 ワンカップ大関を愛飲しタバコもすぱすぱやっていた父にて、 それぐらいはしゃ〜ないのとちがうか。 何もないほうがおかしい。 本人は、 「あ〜〜祇園祭りやなぁ。お前、いったんか?」とこの季節、 祇園祭りに天神祭りと続くのに心躍ってはる。 いつもより30分ほど遅れての私の登場に 「えらいおそいやんけ!」と叱咤。 「ちゃうやん、この前、レントゲン撮ったやろ?あの結果報告で先生と話しててん。」 「何もなかってんやろ?」 「うん、何もないって。ほら去年、熱だしたやん。あれがあるから 時々は調べてくれはるみたいやわ。」で本人納得。 そりゃそうやろ、つい最近までまだ自転車で走るつもりでいてたぐらいやし、 祇園祭りも行きたいわなぁ、 天神祭にも行きたいわなぁという思いは しっかり歩いている。 それでも、長時間の車椅子はしんどいらしく ごはんがすんで歯磨きをしたら ベッドにあげてくれという。 救いなのは ずっと病院生活なのに、テレビと私がもってくるネタだけで 頭の中は年相応のぼけ具合程度ですんでいること。 思うに、ええようにいうたら前向き、 平たくいうと能天気な性質のほうがボケへん? そして二人で 「管もええ加減にやめろよなぁ」とテレビニュースに映る 首相に毒づく。 こうして時事問題(あいつが悪いとか、あれは辞めやなあかんとか程度)で盛り上がる父娘。 そうそう、先週は私の小学校のときからの友達が一緒に有馬に行ってくれた。 最初は思い出せずにいたが 途中でその友達の独身時代の職場(父の職場:工場の隣やった)から友達のことも思い出した。 頭、さえてるやん!お父ちゃんてなことで お見舞いに来てくれたことを喜んでいた父なのである。 この辺りはかわいいわな。”
15
10
怒濤の一週間でございました。
“月・火は外勤。 水は母の入院付き添い。 木は母の手術。 この二日は午前9時過ぎや8時過ぎに、塚口まで行かなければならず、 朝4時起きでお弁当を作って家を出るという ハードな二日間。 ていうか、朝の9時過ぎから手術って・・・・どうよ? おかげで私は4時起き。 流れ作業的な簡単な手術ゆえのことなんやけど。 そして、金は住之江の小学校PTAさん対象の講習会。 土は有馬。 とず〜〜と出ずっぱり。 その間に梅雨があけ 後半はめっさ暑いやんって中を歩く。 そして、本日は やっとやっとトイレ掃除をする。 今週、来週もハードな週間。 今週は京都、来週は宮津で講習会。 その合間に外勤。息子二人の三者懇談。 母の退院、有馬行き。 そんな中、旦那の高校時代の友達から Facebook のメッセージが届く。 わが旦那に高校時代のつながりを広げようとFacebookのお誘いをしたがレスがない。 私から伝えてくれという内容。 旦那にFacebookの説明をしアカウントを作成させたら、 はじめたばかりの旦那のFacebookのほうが活発になる。 なんでやねん!くっそ〜〜と Facebookで友達になっているのは娘だけという寂しい私は思う。 スマホもすっかり制覇したというのに、おもろない。”
6月
30
元気で長生きしますように。
“先週、有馬に行ったときに 看護婦さんから渡された七夕の短冊。 「何書く?」って父に聞いたら、 こう言った。 最後に父のフルネーム。 下にもう一枚短冊がついていた。 「もう一枚あるわ。これも書いとく?」 「うん、歩けるようになって家に帰れますようにって 書いて。」と父。 元気で長生きはするやろうなぁとは思う。 歩けるようになって家に帰るのは難しい。 とりあえず、7日の夜はお天気になりますように・・・”
28
おっさん臭くなりたくない。
“修学旅行に行って不在の長男のことを 「あんだけかわいらしかったのにおっさんになったよなぁ」と私。 「ほんまほんま!」と娘。 そして、 「ないよなぁ、ほんまおっさん臭い!」って次男。 「いや、あんたもそのうちそうなる!」と宣言してやる。 3人の中で一番、色白でほっぺにはそばかすがあり、 つんつるてんの顔も今年に入ってニキビ勃発という事態に陥っている次男。 近い将来、あんたもおっさん臭くなるちゅうねん! 「え〜〜俺もおっさん臭くなるん?」って深刻な次男。 「なる!確実になる!!」と言い切る。 ならんかったらならんでそれはそれで悩みどころちゃうかぁ。 中3の現在、いまだひげをそらずで済んでる。 クラスにはばりばりおっさんになっているヤツもいてるであろうに。 ならいでか!おっさんに。”
27
1週間前に買ったHPのプリンター。
“初期不良・・・ 本日、修学旅行に出発した長男だが、 昨日、旅行に携帯する保険証のコピーを取るのに、 複合機やからPCつけんかて、コピーできるでぇ〜〜と いうHPのプリンターの電源を入れる。 が、動かない。 さっそく、お客様サービスに電話。 状況説明のあと、 「ひとつ提案があります。」といわはる お兄ちゃんのいうとおりに プリンターを操作。 が結局、動かず。 「大変申し訳ございません。故障なので 同機種の別のものを本日お送りいたします。」と 修理ではなく、交換するとのこと。 ワイヤレス機能・Web機能搭載という あれこれ詰め込まれた一品。 とりあえず、ノートPCからはワイヤレスを利用。 スマホの写真もWiFiでプリントアウト。 プリンターに割り当てたらメールアドレスに画像を送ると これまた印刷できるという それらの機能を一通りこなしたあとのこと。 いままでみたいにコピーをするときには 10年も前のスキャナからPCに画像を取り込んでという 面倒くさい作業もなく、 PCを起動させることなくコピーができる。 複合機やから当然か・・・ SDカードを挿入して印刷もできる。 なのに5,000円ってええのかしらん?と思ったら 1週間目に故障。 しかしながら、我が家では 写真を印刷するなんてことはほとんどなく、 仕事用に使うのが主。 書類さえ印刷できたらいいのでこれに決めた。 コピー機能があって ワイヤレス機能(これもプリンターサーバーがあるから別段必要ないが)もあり、便利。 お客様サービスのお兄ちゃんは親切。 即交換という対応は外国のプリンターやからか?って 思うが、 それだけ初期不良が多いってことか?とも思う。 1週間、使ってみて プリンターとしては十分使える代物なので 交換で新しくやってくるプリンターが こんどこそ初期不良品でないようにと期待する。 コピーをするのに 長年(11年)スキャナ&プリンターの併用からおさらばできるのが嬉しい。 というか、我が家の11年選手のスキャナは Windows7では動かない。 エプソンさんもドライバー配布をしてくれていない。 それにけっこうしんどそうに動いているので そろそろ潮時のご様子。 すでに同時期に買ったデスクトップ(Win98)は 廃棄処分になったので、もうええやろ・・・・と、 長らくのご愛顧、ありがとうございしたと・・・と。 いえいえ、お疲れさまでしたとスキャナをねぎらう。”
26
昨日のJR車内にて。
“有馬から母のところによって、 いつもは阪神バスで阪神尼崎から阪神電車で野田経由で帰るが 途中、不動産屋さんにお邪魔したのでJRで帰ることにする。 JR立花駅改札を通ると 「人身事故のため遅れている」というアナウンス。 げっ・・・・改札を通る前なら ここから阪神か阪急最寄駅で帰宅もできたのにと後悔。 しかたなく、大阪方面上りホームに降りるが よ〜さんの人。 電光掲示板には 摂津富田駅での午前中の人身事故云々で電車が遅れているお詫びが 流れている。 え〜〜〜午前中って、 今は夕方の18時前やし。 6時間以上も前の話でまだてこずっているんかと 内心いらだつ。 数分後に来た電車はかなり前の時刻の予定の電車。 よ〜さんの人の中、とにかく乗る。 動き出した車内で大きい声でしゃべるおっちゃん。 携帯電話で待ち合わせをしている相手に遅れている理由を言っている。 いや、どなっている。 いや、がなっている。 「ちゃうねん!」(別になにもちゃうことあらへん。 たいてい、こういうときに前置き、枕詞的にちゃうねんという。) 「今、JRの中やねんけど、人身事故で遅れてるねん。」 相手がなにかいわはったようす。 「JRは人身事故やろぉ。 阪急は機械の故障。」と 阪神間は上(北)から阪急、JR、阪神と どれなと乗ったら梅田にも三宮にもちょいちょいと行ける。 おっちゃんの"阪急は機械の故障"の言葉にほんまか?って思いつつ、 聞いていると、 「阪神はばたばた暴れてる。」って。 ばたばた暴れてる電車ってどんな電車やねんって突っ込みそうになったが いかにもって阪神電車のその形容におっちゃん、サブトン10枚って 言いそうになる。 阪神電車で通学している娘に言うと大うけ。 ホームに止まるたびにななめになる阪神電車やし、 上記三社に大阪市営地下鉄と近鉄を加えて 比べても 走っているときの揺れは一番大きい。 これがばたばた暴れてるっていう所以か? 近鉄沿線で育ったわが長男。 明日からの北海道修学旅行の出発の地。 伊丹空港に行くのに、 阪急蛍池からモノレールにのるコースを選択。 阪急梅田から宝塚線に乗るっていうから 「念のためにいうとくけど、阪急の特急は特急料金はいらんで」 「えっ近鉄はいるやん!?」って長男。 「今後のために教えたる。阪急と阪神は特急料金はいらん。」 これって軽いカルチャーショックな話。 私も近鉄沿線に住むようになって なんで私鉄やのに特急料金がいるねん?って 田舎くさい電車やと思ったのはここだけの話。 たしか、京阪も特急料金はいらんかったように思うが ここらは私のテリトリーでないでわからん。 特急料金がいる電車というのは JR的なイメージがあって それは旅行というイメージなって そこから都会ではないという発想になる私。 そんなこんなで、関西エリアの私鉄で特急料金の有無を いっぺん調べたいという衝動に駆られる。 てか、そんな暇はないねんけど・・・”
24
老いては子に従え。
“旦那の両親、私の両親。 ともに健在というのはありがたいといえばありがたい話。 だが、ここにきて、 ドミノのごとくばたばたと手がかかる状況になってきた4人。 まぁなぁ、父親はともに80オーバー。 母親も私のほうは80手前、旦那の方は70オーバー。 最年長であるわが父はすでに脳梗塞から左半身マヒ。 ほぼ寝たきりになりつつあるが、 中身は元気そうで顔色もつやつや。 頭の中も外の世界と経たれてボケるか?と心配したが ふっふ〜〜ん。これがどっこい。まだまだいける。 そして、この上ないのは可愛げがあるとこ。 人間、80も超えると いや70を超えると可愛げがあるかどうかやわな。 その点、残す3人の可愛げはといえば疑問。 しょううもないプライドなんてくそくらえと・・・ 私も可愛げのあるババになろうと決意する。 でけへんことを 正直に認め、 おまえだけやなぁ〜おおきに・・という83才の父の可愛げを見習えと 思う今日この頃。 私がいなくなれば困るのは自分と 自分本位ではあるけれど おまえも身体には気つけろよ・・・と気遣う可愛げは涙もん。 老いては子に従えとはよ〜いうたもんで、 まさにその通り。 そんなこんなで 私は心ん中で優先順位を決める。 1番はお父ちゃん。 まずはお父ちゃん優先で余力をその他3人にと誓う。 当然、最優先のわが子3人はゆるぎなし。 高齢者相手も 本末転倒になってはならない。 あきらかにこれから先が長い 日本社会を背負っていく若人をまともに育てるのが一番大事。 いままで頑張ってくれたおかげで日本社会が動いたことの感謝とともに、 なるべく可愛げを持って残りの人生を楽しんでやと その手助けには尽力を尽くす所存ではあるけれど・・・・と但し書きつき。 老いては子に従い、可愛げのあるジジババが有終の美を飾れる心構えと えらい先生が声を大にして云うてくれはらへんやろか・・・?”
09
5月
28
27
懐かしの母校
“阪急塚口から伊丹市営バスに乗って 近畿中央病院へ。 懐かしい高校の前をバスが過ぎる。 昨年、新しく立て替えられた校舎ではあるけれど、 正門前の雰囲気はまんまで 懐かしい日々を思い出す。 てか、感傷に浸るためにこのバスに乗ったわけではなく 近畿中央病院で母と待ち合わせ。 手術するとかせぇへんとかいう話の説明を聞くために 私が呼ばれた。 なんせ、高齢の両親の保護者的存在の私は あっちの病院、こっちの病院なわけ。 まぁ、手術したほうがいいやろなと 7月の最初に予約を入れる。 入院書類や手術同意書なんぞの記入も 病院内の休憩所で済ませ (もちろん持参していった印鑑で押印も) 連帯保証人2名のうち、ひとりは私としても もうひとりを叔母にお願いするよう持って帰らせる。 支払いについての連帯保証人なので 同一世帯の旦那の名前を書くわけにもいかず・・・ 緊急連絡先は1番に私、2番はわが旦那の携帯を書く。 2番目枠は娘でもよかってんけど・・・ 早く長男が成人したらいいのにと。 そしたらやつの名前を書くのに。 手術自体は別にたいしたことはないが なんせ高齢にて 術後の生活が気にかかる。 既往症欄に記入するのに いままでかかった病気は? と問うと 盲腸と子宮筋腫。 それだけかい?と内心突っ込む。 手術前の検査でも大きな病気は見つからんかったという 主治医の話。 それはええねんけど、精神的弱さに振り回されてる感が否めない 私。 先週、移った新しい住居が おもっていたより不便、 自分のテリトリーの町中に出るのに2時間かかると、 後悔の色。 だから、言うたやんとはかわいそうで突っ込めず。 うんうんと聞いてやる。 てかなぁ、私も79になったらああなるんか? いや、40代で盲腸と50代で子宮筋腫したときの母の様子は その同じ年代で網膜剥離を患った私より はるかに病人じみていたよなぁ。 それを思うと、 今回の手術のあとも なんやかんやと手を取られるであろうと想像する。 そしてこんな私の気苦労を全く知らない兄夫婦に 覚えとけよ!と心ん中で毒づく。 あとで一切合切請求してやるかな!と。 そして、私は明日は有馬くんだり、山登り〜〜♪ ♪マークでもつけやなやってられへん・・・・”
26
先週の有馬行。
“父の妹、叔母を連れて行く。 父より3つ下なので御年79歳。 今までも何度か連れて行っているが なんせ高齢プラス車酔いするとかっていうから 芦有道路のくねくね道は気を使う。 本人は酔い止め薬を飲んできたというて ぺらぺらしゃべる。 私も実はこのくねくね道が苦手。 なのでいつも、iPodのイヤフォンを耳につっこんで寝る。 寝るに限る。 が、このときは叔母のおしゃべりに付き合った。 いつものようにバスの揺れに身を任せたらいいが 人様と話するときは目をみて話をしなければならない。 ずっと横向きなのがたたったか、 私のほうが気分よろしくない。 こういうときに我慢づよい私は 叔母に 「気分悪い」とも言えず、 叔母の話に付き合う。 病院に着いたら着いたで 今度は80オーバーの父と叔母の高齢者2人を相手に 気を使う。 なんせ、実の兄妹にて遠慮がない会話、加えて 高齢者特有の人の話はええねん、自分の話をきいてほしいねんという 会話のキャッチボールもくそもない状況。 どちらの話にも合いの手を入れつつ・・・・・・ 私は忍の一字。 我慢強い私は最近あれこれ忍の一字。 これが原因か、白髪勃発! しかしながら、血のつながりってすごいなぁ〜と思う今日この頃で、 私はええわ、遠慮しとくという気分。”
16
あっという間・・・
“気がつけば今晩、沖縄から帰宅予定の次男坊主。 2泊3日なのであっという間なんやろうけど、 送り出してから 晩御飯のときに4人分でいいことに せやせやおらんねんや・・・・って思い出す。 ちょっと薄情な母親。 いや〜〜その間、どないやねん!ってことで それどころではないと言ったら やっぱり薄情な母親か・・・ てか、申し訳ないが、 なんというか あっちもこっちもややこしいこと勃発の数日。 有馬で耳にする神戸弁で一発! 何しとぉん!!! そういやぁ、 尼出身の私は 神戸弁半分、大阪弁半分といや〜聞こえがええ 尼弁というのか?尼弁。 何しとぉん! 何いうとぉん! は懐かしく・・・・ そして、短大のとき 滋賀から通ってはったクラスメートの滋賀弁は ちょっとかわいらしかった。 和歌山から来てはる子の和歌山弁もかわいらしかった。 明石の友達の神戸弁も・・・ まぁ、私はどこにいても 尼弁爆裂やけど。 ふっふぅん。 和歌山といえば、 やっぱりなぁ〜 神戸で終わるのはちょいと寂しくって。 次男坊主を誘って ケツメイシ和歌山公演、第三弾(私の中で 大阪、神戸、和歌山で第三弾) チケットをゲットした私。 6月11日、和歌山くんだりまで行く。 こんな楽しみもないと やっていかれへん!ってな気分でございます。”
12
修学旅行の荷物
“次男が言う。 「お土産、持って帰ってくるのと送るのとどっちがいい?」と。 明日から沖縄に2泊3日の修学旅行に行く。 手荷物(サブバッグ)以外は宅急便で送る段取りで 発送用伝票に住所を書いて提出してきたと言う。 「自分で持って帰るならサブバッグに入れやなあかんねん。」って。 え〜〜〜〜 お土産って 本人と一緒に持ち帰ってやなぁ、 これなぁ〜国際通りで買った、母さんへのお土産やでぇ〜〜とかって もらいたいやん。 後から送られてくるお土産と洗濯物の荷物ってぇ〜〜〜 なんかちゃう!! しんどい思いして持って帰ってこい!ちゅうねん。 誰や?そんなこと言い出したんは? どこの過保護の親や?と ブチぎれる私。 「悪いけど、母さんのお土産はあんたが持ち帰ってきて!」と指令を出す。 てか私が指定しているお土産は シーサーの小さい置物。 これは上二人のときも指定したもの。 片手にペアのシーサーが乗る大きさのもの。 それぞれに好みの個性が出て、 3番目はどんなシーサーを持ち帰るかが楽しみ。 それをあとから送るって・・・・ 「母さん、あんたと一緒に帰ってくるお土産やからな!」 と念押す。”
09
祭りは終わった。
“ゴールデンウィークがおわって早々、仕事の日々。 4月末から5月月初のこのゴールデンウィークというものは 仕事している人間にはとても面倒な代物ということをつくづく感じた今年。 大概、請求書や支払い等々の作業がここに集中している。 ゴールデンウィークを迎えるにあたっての作業、 また終わった途端のギア入れ替え。 そんな折、 学校行きは家庭訪問がこれをはさんであったり、 はたまた修学旅行いきを二人抱える今年はこのあとそれらが続く。 そして、PTA活動の開始がまたこれをはさんであったり。 てなことでハードな週間が始まった昨日も仕事、そして今から仕事。 行ってこ・・・・”
05
03
昨日の出社
“平日、月初め、月曜日とはいえ、 世間はゴールデンウィークとか云うてるし、 通勤電車も空いてる?って出社した昨日。 いやはや、堺筋本町は普段と変わらない形相でございました。 行きつけのATMにいたっては、珍しく列ができている。 こんなにATMの数があればそうそう並ぶこともないやろ?と 今まで並ぶことなく、 いつもすっと機械の前に立てたのに 昨日は4,5人待ち。 すでに機械の前に陣取ってはる人たちの動きは鈍い。 月末振込み分を急いで今やってまんねん!と 取引先に振り込んでまんねん!という背中が並ぶ。 まぁ、私も2,3件振込むねんけど。 一応、個々のATM掲示スペースに混雑時の作業は5件までで 並びなおしてくださいと書かれてあるけれど、 そんなことは誰もスルー。 私がその張り紙を見つけたのは先週。 ここには3年通っているが3年目に見つけたその張り紙。 銀行としてはクレームがきたときにこうやって告知はしているが なかなかねぇ・・・・と言い訳ができる代物程度か? そんなイケズなことを考えつつ、用事を済ませ次は郵便局に向かう。 ここも普段と変わらない面持ち。 事務所に戻ると月初の請求書発行業務に奮闘。 そう、このために今日出社した私なのだ。 定時いっぱいいっぱい、途中トイレに2回 お昼も20分ほどの休憩でこなす。 めちゃやった感の一日を終え、PAULでクロワッサンやら なにやら買う。 数ヶ月前から始まったポイントカード。 週1の出社日の帰りに寄ってはパンをしこたま買う。 まぁ、はっきりいうてPAULのパンは高い。 高いがおいしい。 週1の贅沢。 ポイントもすでに3回ほどは満杯になり そのたびに500円値引きの恩恵を預かっている。 が、先週、ポイントカードがなくなったようで レシートにポイントスタンプをおしてもらった。 そして、昨日、そのレシートとともに 新しいカードにまとめてもらおうと思ったら まだカードがないという。 そしてまたもスタンプを押してもらったレシートを 渡される。 PAULやのに・・・・ なんで? 早くスタンプカード作ろうやぁ〜と思う私。 そして、帰りの電車。 え〜〜うっそぉ〜〜〜それないわぁ〜という 外国人のお姉さん。 東洋の方ではない。 アメリカとかカナダとかオーストラリアとかからの 留学生っぽい雰囲気のお姉さん。 かなり、いや、めちゃかなりご立派な体系で 3人分ぐらいの席を陣取ってはる。 いや、体はしゃ〜ないねん。 せやけど、もうちょっと端っこに詰めたら、 もう一人そこ、座れるやんって 向かいに座った私は思う。 時々、想像する。 通勤電車に無駄に座席を占領している人たちに向かって、 「ちょっと、そこもうちょっと詰めて。 そこに立ってはる人、ここに座って。 お宅、鞄、ひざの上におこうや。 そこの人、ここに座れるで。」って 無駄な隙間を詰めて、 立ってはる人を順々に座ってもらう。 次の駅で人の入れ替えがあったら また、 「そこ、もうちょっと詰めて、ほら、あそこに座って。」 と 座席仕切りおばさんになった私を想像する。 最近の、私の、電車の中での 頭ん中でのお遊び。 あまりにその思いが強くなって 口がむずむずしてくるときは無理から目を瞑る。 見ないようにする。 見たら、 ほれほれ、そこもうちょっと詰めたげて・・って 云いそうになるから。 お〜怖っ・・・・”
sugarsyncとdropbox
“MacBookProが届く前からバックアップを目的に 使っていたオンラインストレージ。 sugarsyncとdropbox。 プラス ネットワークHDDにも同期でバックアップが取れるようにしつつ 念には念の私はUSBに保存する。 そんなこんなで、 このMacでもBootcampでwindows7を使い、 愛用のメーラーBecky!と家計簿マムちゃんを動かせるようになったので これはdynabookとデータを同期にしたら どちらのPCで入力しても最新の状況になる。 っで無料サービスで容量が多いsugarsyncをそれようにする。 使えるやん! dropboxは別の用途で Macとdynabookとを同期させている。 こんなあんなが 私の目下の楽しみ・・・ 明日はゴールデンウィークで リハビリもなくて時間をもてあましているであろう お父ちゃんのところにでも行こうかと そんな優しい気持ちになれるのも こんな楽しみのおかげ。”
01
地デジテレビにココロオドル♪
“昨日の有馬行き。 先週の帰りに次は髪の毛を切ってや・・・と頼まれていたので 病院内の理髪店のおっちゃんに 「今からいける?」って聞いてから父のところへ行く。 土曜日のお昼は10時半過ぎから順々にディルームにつれてこられ お昼ご飯まであほほどでかいボリュームのTVを見ながら待つ。 父の席は、これまたTVの真ん前なので ほんまにうるさい。 別に誰も隣の人とおしゃべりに花を咲かせてざわついているわけやないねんから そない大きい音にせんかて・・・と思うが たぶん、耳が聞こえにくい人もいてはるのでこうなんやろう。 私はたまらん。 おまけに、リモコンを手にした高齢者は 意味もなく、 他の人に断りもなく、 チャンネルを変える。 TV消したろか?!って衝動を押さえるのに必死の私。 そんな状況から昨日は下の理髪店につれていくので逃れられる。 とりあえず、近くにいてはった看護婦さんに 「髪の毛を切りにいってきます。」って云ってからエレベーターに向かう。 車椅子から理髪店の椅子への乗り換えは 理髪店のおっちゃんが父の脇を抱え 「娘さんは足を持って」と云われて座らせる。 前(ロビー)にいてますと云うて ロビーのTVをぼわ〜〜〜と見ている。 見ているというか あんまり見えへん。 3、40分ほどできれいさっぱりした父が車いすに乗ってやってきたので 支払いをしてディルームに戻る。 で戻ったことをナースステーションにいてはった看護婦さんに云いにいくと 父を下につれていったあと大騒ぎになった話を聞く。 「こちらの伝達がうまいこといってなかったからなんやけど、 いてはる人がいてへんし、うわ〜〜どこにいった?って大騒ぎっ」って 楽しそうにいうのは そのあと、伝えていった看護婦さんが父の居所を知っていたから。 マンネリぎみな職場にちょっとした刺激を与えた父と私。 いつも通り食事をおえ、歯磨きをして部屋につれていくと 「うわ〜〜テレビ、かわってるやん!地デジになっているやん!」と驚く私。 そうなんよなぁ、テレビが外の世界との接点となっている父には 地デジ対応のテレビにかわるのかどうかは深刻な問題やったので 21型の小さいテレビやけど 各自に1台ずつ(当然やけど)はありがたい対応。 ちょいと廊下を歩いてほかの部屋もちら〜〜とのぞいたら どの部屋の同じ地デジテレビになっていた。 画面もめちゃきれい。 裏側が気になった私は 側面、裏側をのぞきこむ。 左側面にはSDカードの差し込み口とLANの口とかがあって、 これってSDカードの写真とかが見れるってこと? このLANの口はどういうこと? うちにあるネットワークHDDはあるメーカーのテレビから LANでデータ保存ができるとかって取説にあったから ハードディスクとのデータやり取りに使うん? ん〜〜〜なんやろ?なんやろ? SDカードを入れてみたい・・・・とわくわくしていたら 「何を裏側がばっかり見てるねん!」とお父ちゃんが怒る。 お父ちゃんが手にしているこの新しいテレビのリモコン。 電源とチャンネル番号のところだけを開けてあとは ガムテープで封鎖されている。 お父ちゃん、いらんことしよるからなぁ・・・と思うが このガームテープの中はどんなボタンがあるん?と気になって仕方がない。 我が家では、 来春、次男の高校受験が終わってから 地デジテレビを買うつもり。 まぁこれは私の胸の中の話。 テレビ自体にはさして興味はないねんけど それに付随するなんかしらんけど 今までの、いや今も我が家に鎮座しているブラウン管テレビにはなかった 真新しい機能にココロオドル。 しかし、ほんま、よかったなぁ、お父ちゃん。”
4月
28
MacでWindows7
“MacのbootcampでWindows7を入れた。 念のため、apple社サイトから設定方法を出力して ついでにこのdynabookも横手におき 完璧な状況でチャレンジ。 少々、緊張しつつやったけれど 思ったより簡単。 そしてWindows7で使う家計簿マムちゃんとBecky!を入れる。 ん〜〜これでMacの環境は完璧やんと満足。 ただ、こういう使い方をするなら HDDの容量を多いほうにすればよかったと少々悔いる。 が、MacでのWindows7使いはサブなのでまぁええやんと 自分を慰める。 そんな作業を昨日午前中していた。 午後からの二男坊主の参観およびPTA総会に出ていくのが 面倒くさくなってくる。 が、とりあえず行ってみた。 参観は、連休明けの修学旅行で行く沖縄の勉強。 午後一番の授業というので だれだれの雰囲気。 おもろな〜〜と思う私。 昨年の長男の英語の参観は スピード感があってめちゃおもろい授業やって そのあとの家庭訪問で そう感想を云うたほど。 参加のあとのPTA総会も もうちょっとしまっていこうや〜と思う私。 この日、ネットスーパーの配達を16時からで頼んだ私は それが気になってしかたがない。 ようよう学校の門を出たのが16時すぎ。 急ぎ足で帰る。 先日の眼科の待合室でも思ったが、 70才になっても あそこの○○ちゃんとは同級生という人たちであふれる 地域ゆえの 田舎くさいPTAよなぁ〜と思うのは私だけ? こんなことを口に出そうものなら 入り人(よそからきた人間をこう呼ぶらしい)のくせにと・・・云われるのがオチ。 そんなイケズなことを考えながら、急ぎ足になった私。 急ぎ足のときというのは攻撃的なことを考えるくせがあることを発見!”
26
MacBookProのメモリ増設
“最大8GBまで積めるということなので Amazonでメモリを買って付け替える。 MacBookProのシンプルなボディをひっくり返し、 プラスドライバーでくるくるとネジを回して外す。 横で興味深げに見ている次男。 パカっと底を外すと わけのわからんものがいっぱい詰まっている。 ノートPCのメモリ増設はすでに初期のdynabookで経験済にて これこれとメモリをプチと外す。 デスクトップのメモリ増設よりはるかに簡単なので助かる。 そして買った4GBのメモリを2枚、ぷちっとはめ込む。 あとは底をつけてネジをくるくる回して完了。 「このネジを回すってのがへたくそやからなぁ〜」とひとりごちる。 やりすぎてネジ山を潰すということをやってしまうから 手加減しつつくるくる回す。 して、ボディを元に戻し、電源を入れる。 認識されているか確認する。 めでたく8GBと表示。 そして、私はMacのBootcampでwindows7を動かすつもり。 これでMacとdynabookのデータを同期にして同じ環境で作業ができるって 状況にする予定。くっ・・・・・・”
24
蛍光灯が消えた昨夕。
“ご飯ごしらえをしていたら突然に暗くなる。 キッチン兼居間兼私の書斎の蛍光灯。 「お父さんに買って帰ってもらおうか」と娘が旦那にメールする。 せや、型番がわからんと買えんやろうと 長男がガワをはずして蛍光灯の種類を確認。 「姉ちゃんの携帯で写メを撮って父さんに送ろうか」というてる最中に 娘の携帯に着信。 「父さんからや」と長男がでる。 うん、うん、っていうて切る。 「買って来てくれるって?」と問うと 「ううん、コーナンに行ったら売ってるからって。 俺に行けってことやと思う。 靴、雨でぬれてるしもう出たない。」って。 もうええやん。 たまにはこんなんもええ。 節電や! アマゾンで注文したら明日の夕方には届くからそうしょう・・・と 私。 っで、今日、半日、薄暗い中でMacと遊ぶ。 そして、今、ピンポ〜〜ンとヤマトさん。 二男と二人っきりやので 「そこのボーイ、これつけれる?」とふる。 「え〜〜僕、よ〜せん。」やと。 「あんた、ほんま子供やなら。こういう時に力を発揮するのが男やのに。」と しゃ〜なし私がテーブルの上に上って取り付ける。 ぎりぎりやん。 手が届くん。 「母さんよりあんたのほうが手が届くのに、 ほんま、あんたはまだまだ子供や!」と。 これが長男ならせっせと替えてくれるのに。 ここが真ん中と甘えた末っ子の違いか? そんなこんなで丸一日ぶりに明るくなった しかし、これ、結構ええ値段( ̄□ ̄;)”
ネットワーク対応HDDとMacBook
“とりあえず、dynabookとデータを共有したいと 数ヶ月前に設置している ネットワーク対応HDD(バッファローのLinkStation)に MacBookからもアクセスしてみる。 取説にはMac対応とも書かれているのもあって難なく完了。 MacBookProのTimeMachineにも対応しているって あるからその設定をしてみるが これがしょっちゅうバックアップしだすし、 おかげでLinkStationの場所もとる。 いうても、1.5TBなのでまだまだ余裕のよっちゃんやけど。 なので、自動で動くってのを止める。 dynabookのiTunesの音源も簡単にMacBookに落とせるのはありがたい。 いちおう仕事用なのでiTunesはいるんか?ってとこやけど いるわな。 しかしながら、いろいろ勝手が違う。 これらをひとつずう覚えていくのもまた楽しいっ いまだにアナログTVの我が家のおいて、7台めのPC。 TVはお金を生まんけど、PCはお金を生む。 先行投資も必要。 とあれこれ理由をつけて買ったMac。 いっこうに地デジ対応TVを買わへん私に 子供らは 「母さん、またPC買ったん?」って突っ込まれる。 「あれ(半年前に買ったdynabook)とどうちがうん?」 ええやんかぁ〜〜〜 20年前のパンプスを後生大事に 修理しぃもってはいて仕事に行っている。 (21.5cmなんてサイズゆえ、新しいのを探すのがしんどいのもあるけれど。) あれもこれも欲しいものを買っているわけやないしな。 2年間コツコツお金を貯めて買ったちゅうねん! そんなこんなでデータも共有でき、どっちをメインに使う?って迷う。 が、長年使っている家計簿ソフトと 愛用のメーラーBecky!がMacに対応していないというのが残念でたまらん。 いうとくけど 母さんのこのどん欲な向上心が あんたらの母校の名を世間に知らしめているねんっと 先日の金賞受賞を自負する。 電話で聞いただけでは信用できん私は 証拠の書面はないの?って 委員長につっこみ、その書面を写メで送ってもらって納得。 運営委員会では 校長先生から花束贈呈があったらしい。 垂れ幕も作ってもらい!と私。 それもこれも私の愛用するPCのおかげ・・・・”
23
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最近思うこと〜塾と宗教は同じ〜
“中学になったら塾に通わせやなという親御さん。 中3になったらクラスのほとんどが塾通い。 塾に行ったら勉強ができるようになるなら学校はイランやんと思う私は いまだ塾の必要性がわからない。 勉強は自分で努力しやななぁ。 それと同じで 幸せを願うなら何かを頼ったらあかんやろと思うと 私には塾と宗教が同じ立ち位置にいてはる。 そのうち両親を弔う日がくるであろうと考えたときに 宗教とはなんぞやと。 たしかに心の拠り所というとらえ方で必要な人もいてるであろうが まぁその点も塾と一緒やわ。 そうなると私には塾と同じで必要性がまったくないとなるが、 ただ、先祖を祀るという点でどうすべきかがもっかのところの最大の課題。 嫁ぎ先も実家も 先祖代々受け継いできたというものがない。 両方の父が次男ということで、 ここに思うところがあって お仏壇を構えてはる。 その昔、私が子供のときは じいちゃんやばあちゃんの○回忌とかで親戚一同があつまる法事が行われていたが さて、それらもすでにかなりの回数を数えて 時代が変わり、 そのうち、自分が主になってそれらを行っていかなあかんはずなんやけど。 たとえば、宗教思想は個々の自由であるはずなので 親と子が別の宗教である場合の 祖先の弔い方ってどうするのであろうか? というか、特にこれといった信仰がない場合は どうするのであろうか?”
アナログ放送
“ここ(集合住宅)は、2015年の3月まではアナログTVでも視聴ができるらしい。 間に入っているケーブルTVのおかげというか なんというか、 あわてて地デジ対応のTVに替えずともアナログTVでも 地デジ放送をアナログ放送に変えて視聴できるとか。 10日ほど前からテレビ禁止令が発令された(私が発令)我が家においては 来春までは関係ない話ではあるけれども、 緊急時は例外でTVを見る必要があるから それは助かるというもの。 そんなことより、 父がいてる有馬の病院の父が観ているTVはどうなるのかが重要。 みんなが昼食を食べたり、ちょっとした催しが行われるデイルームのTVは 今年になって薄型の地デジ対応のTVに替えられた。 なので、画面にはアナログの文字はない。 が、父がベッドに横たわって観るTVの画面には しっかりアナログ放送という文字。 昨日の有馬で、 「テレビ、病院でなんとかしてくれへんかったら 私が買ったるわな。」 「そんなお金使わんでいい。」 「いや、テレビ、観るやろ?いるやろ?」 「うん、いるにはいるけど・・・」 2人部屋の各ベッドわきのTVは 1ヶ月4000円で契約して観るというシステム。 その4000円にいくらかプラスされても ちゃんとテレビが観れる環境を願う。 いうても、ここも集合住宅みたいなもんやし 我が家と同じように ケーブル云々でってなってるんやろか? ベッドわきのサイドテーブルの上のたぶん14インチぐらいのブラウン管TV。 これでも400床あるらしい病院ゆえ 全部のTVを替えるとなると膨大な費用よなぁ。 ふと思い出すが デイルームのTVが地デジ対応になったとき 父がいうには 「テレビのなんかの工事でこの間テレビみられへんかった。」と。 それって、このアナログTVでも視聴できるという工事やったんやろか? 寝たきりや動きが自由にならない高齢者は父がいてる病棟で あとは事故等で怪我した通常の方がいてはる病棟。 そこは入れ替わりが激しいであろうけど 高齢者がいてる父の病棟はすでに3年目という父より高齢の方もいてはるし。 やっぱり楽しみというか 世間との関わりはTVになるやろうしなぁ。 私のもっかの心配ごとは父のTVやというのに、 わがぼんくら兄貴は実家の父が買ったTVを地デジ放送にむけて 自分ちに持って行く。 まぁ、小物はアンタに譲ろう。 私は大物をもらうから! 先週の金曜日の眼科では 網膜剥離の後遺症の目のゆがみ。 これがだんだんとひどくなってくるので 「そのうち手術をしやなあかんなぁ。」と先生。 え〜〜私が手術したらお父ちゃんとこに誰が行くん? で、とりあえず、娘に 「母さんが入院したときには週1でいいからじいちゃんとこに行ったってなぁ。」という。 「うん、ええで!」ときさんじにいう娘。 大物は私と心に誓う一瞬。 父が脳梗塞で入院したのは私が網膜剥離を手術した半年後。 それから私はずっと父についてうろうろしてる。 この夏で3年になる。 プラスこれからの分と合わせて、最後には綺麗に精算やん お父ちゃん、長生きしてや。 最後まで私がみるからなと誓って山を下りた昨日。 なんか昨日はやたら可愛らしかったお父ちゃん。 お決まりの文句がなく、大人しかったお父ちゃん。 文句云わなぁ!文句いうてナンボや。文句いう元気がなくなったら困る。 それでも家のことが心配で 「4月は固定資産税や。」 「うん。わかってるで。ちゃんと払っとくから。」 「頼むわな。」 「うん。まかしとき。」 そんなこんなやから 私は寝込まれへんのになぁ。”
10
芦屋川も夙川も桜満開
“芦有道路を終え、JR芦屋から阪神芦屋に向かう道が 桜のアーチになっていて うわ〜〜〜と声が出そうになるのをこらえる。 病院のマイクロバス。 乗車しているのは私ひとりゆえ、ここはぐっと声を抑える。 朝、阪急芦屋川駅前は 1週間前とはちがって満開の桜も綺麗かったが 帰りのこの桜並木のアーチの中を走るのは絶品。 周りの建物との雰囲気、 お天気の良さ、 どれもこれもぴったりという感じ。 そして、実家に行く経路も R2を阪神バスで東に向かってみることにした。 芦屋を超えてちょっとしたら夙川。 先週、娘と二人で阪急夙川で下車し、 散歩がてらちょいと夙川の桜を楽しんだけれど(2分咲きぐらいやった) 昨日は、満開。 バスの車窓から見える、 R2から夙川の桜並木も絶品。 夙川はこのR2からJR,阪急そしてさらに北へ桜並木が続く。 先週に比べ、お花見の人もたくさん。 小学校や中学校の時の遠足で来たりした 夙川とか仁川とか甲山とか・・・懐かしいここそこを思いだす。 思いだしつつゆらりゆらりと眠ってしまった私は ピンポ〜ン、次止まります!の アナウンスにガタンと目がさめると 武庫川の上。 武庫川を渡り切って尼崎に入ってすぐの停留場で私は降りる。 前に座っていた おじいちゃんと孫のペアがどうも同じところで降りるらしく ボタンを押したよう。 後に続いて下車し実家に向かう。 寝過ごしたらえらいこっちゃがなぁ・・・・と自分に突っ込みながら。 朝、病院のバスを待っているとき、 少し仲良くなった方とはここ1ヶ月ほど会えず、 別の方が話かけてくださる。 父の病室の隣だといわはる。 うちの父は95才だといわはる。 へぇ、そしたらうちの父の83才なんて若いほう? なんて私がいうと そうよ、まだまだ・・・て。 そっか、私はまだあと軽く5年は有馬通いか・・・・・と覚悟を決め、 父のところに向かったが、 離乳食のようなお昼ご飯をペロリと完食。 顔色もよろしく、 いや、5年といわず10年ぐらいはいけるかもという感じ。 これが冬に向かう季節なら ちょっと恐ろしくなるところが 桜の季節にて、しゃ〜ない頑張ろうか!という気になるから不思議よなぁ。”
08
05
半年に一回の学費にめまいしそうや・・・
“4月やと覚悟はしてたけど・・・・ 来た〜〜という感じ。 大方60万って・・ 短大ゆえ、あと秋に1回納入したらとりあえず完了だが、 3年後には長男。その2年後には次男が すんなりいけば大学生になる予定。 恐ろしくて・・・めまいしそう。 しかしながら律儀に届くよなぁ〜当たり前とはいえ。 この数字を見るたびに これはなんとしても長男は国公立にいってもらおうかと決意を新たにする私。 それもなるべくお金をかけずに。 「勉強はな、面倒くさいもんやねん!」って 次男に説教する娘。 頼むで、60万分の勉強してくれよと思う。 てか、その言葉は 高校受験時に私があんたに懇々というた言葉や。 まぁ、そのおかげで、 大器晩成というか 短大の試験は100点とか・・・・ 10年ぶり(小1の頃以来)の快挙。 勉強は面倒くさいもんを実感して 面倒くさがらず、コツコツやっているからやねんけど・・・・ これがまぁ、あなた、中学時代に開眼してくれてたら 私大やなくて地方でもいいから国公立も視野にいれれたのに・・・はあとの祭り。 しかしながら・・・・振込用紙を前に ふぅ〜とため息の私。”
01
月末月初は超忙しいっ!
“帳簿の整理やら、帳簿の整理やら、帳簿の整理やら 請求書作成とか。 あちらこちらの帳簿を管理している身の上の私なので。 そして、今週は外勤のうちの一つ。 私が使うPCが新しくなった! レノボのオールインワンPC。 7の64ビット。 21inモニタ。 今まで使っていたDellのノートPCからデータ移行。 私仕様にメーラーやらブラウザやらも設定。 とりあえず会社のPCやし ユーザー名はと尋ねると 私の名まえでいいと。 出社したときに段ボールに入ったままのレノボのPC。 適当に開けて、設定しといてということで とりあえずの月末の請求書作成やら 年金事務所に行く用事やら済ませて 午後からオープンザボックス♪ 私の自宅のこれの半分の値段なのに 十分使える。 ただ、officeが入っていない。 まぁこれはぼちぼち。 肝心のCS3は、来週インストールする。 これでillustratorもphotoshopもサクサク動くであろう。 ということは、仕事がんばれよ!という無言のプレッシャーなのね。 そして、ただ今進行形のカルチャ―スクールのお話。 これは、長丁場は諸事情(次男の受験、有馬行)で厳しいとのことで 5回完結のもの。 これのチラシ掲載用の画像や書類提出やら。 あれやこれやと頭を切り替えて対応しやないけない。 とまぁ、とりあえず、ケツメイシの大阪公演を終えたので 次の5月神戸公演までは 心静かに仕事に奮闘予定。 しかし、私はほんまに目が見えていないようで ケツメイシ公演、オープニング曲でいつのまにかメンバーが舞台にいてたと まぁ、細かいことはええとそこになんらこだわりを持っていなかったら 次男が云う。 母さんなぁ、下からぬ〜〜と出てきはってんで。 嵐なんか下からでてきてもぴょんと飛び出してたけど ケツメイシはぬ〜〜と出てきた。 嵐とはちゃうわぁ〜〜 あれ、見えんかったん? と。 見えんかった。 へぇ〜〜舞台の下からせり出てきはったん。 アンコール前に引っ込むときは 舞台の後ろにすっと消えたよなぁ? ちゃう! あれもDJ河野の横まで階段上がって、 ほんで舞台の下にす〜と降りて行ったんやで。 あれも見えんかったん? ケツメイシの演出がまったくわかってないと叱られる。 ええがな、そんな細かいこと。どうでもええがなと私。 ていうか、嵐とケツメイシを比べたらあかんわ。 全然、別物。 種族が違う。 人生初のライブがケツメイシやった二男は あれからどっぷりケツメイシに浸かってはる。 ちなみに 母さんの人生初のライブはアグネス・チャンやでと云う。 へぇ〜大阪城ホールやったん? その頃には大阪城ホールはまだない。 梅田コマ劇場。 小学生のときの話やでと、懐かしい話を聞かせる。 高校2年の長男はいまだライブに行ったことはなし。 女の子との初デートも二男に先こされたしな。 そのうち、背もぬかされるかも・・・という状況。 母親としてはちょいと複雑な2011年春。”
3月
29
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iPod touch
“私やなくて娘のん。 洗濯機で回してもうた・・・・というnano5世代を彼氏から譲り受けていた。 洗濯機で回したけれど、動くという状況で貰い受けた、それが とうとうイカレてもうた。 それに責任を感じたのか 誕生日でもなくXmasでもないので touchをプレゼントしてもらったらしい。 ええなぁ〜〜〜と、さっそくPCに繋いで曲を落とし入れる娘やけど、 ホンマに使える?って思ってしまう様子。 Wi-Fiでネットにつなげるっていうから さっそく、我が家の無線機に接続してみる。 当然、母さんやって・・・なので私が設定する。 そして、私のサイトを観る。 うぉ〜〜〜とやたら興奮する次男と私。 こんなんにやたら食らいつくのは次男と私。 おもろいやんかぁ〜〜これ。 ブラウザはsafariやし。当たり前か、リンゴ社やもんなぁと 次男と興奮しまくり。 FacebookもTwitterもアプリ入れたら ほんま使えるやんと思う私。 スマホを買えば、これらの機能と携帯電話が使えるらしいが デカイねん。 でかすぎやねん。 持ち歩くのにデカすぎやん。 ここがスマホに一歩踏み出せん大きい理由。 music-playerとしても、touchに踏み出せん理由。 愛用のクリップタイプ、nano6世代は小さくて持ち歩くというか 着け歩くのにこれ以外ないやろと思う私は、 せや、これはこれとして、 携帯は携帯として そして、touchはtouchとして使い分けるのがええかもしれん・・・と touchが欲しくなる。 が、それよか、Macよなぁとは思っているが。 子どもらには母さん、それ(このPC)はどうするん? って云われる。 いや、windowsとMacは違うから、 仕事のネタにMacはいると ここ数か月後には買う意思を表明。 お金、貯めてから。 ふと思い出す。 娘が1歳や2歳のとき 毎日曜、私たち母娘をほったらかしにバス釣りに夢中やった旦那。 気が引けたのか 「お前のなんか好きなもん買ったらええで」と。 「いや、今は別に何もいらん。そのうち買う。」 思いだした! そうそう、こんときのそのうちがまさに今!今やん! って嬉しくなる。 しやからってほなこれ!ってバナナを買うごとく、 買い物籠に入れれたらいいけど、」リンゴはそう簡単にはいかん。 堅実な人生を歩んでいるゆえ 後先を考えて、まぁ、近々ということやけど、 娘のtouchをみてMacへの思いは一層膨らむ私でございます”
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ケツメイシ〜涙〜
“あれは3年前♪ そうそう、私が網膜剥離とかいうやつで 右目見へんぞ〜〜という3年前の2月。 チケット買わずによかった・・・と 買っても行かれへんかったやん・・・と 病室で思ったあの3年前。 待ちに待ったケツメイシのライブ。 明日、城ホールでやっと実現 てなことで、一緒に行く 次男坊主に 「明日やでぇ〜〜」と興奮ぎみにいう私に 「うん。」とだけ返され、おもろないやっちゃなぁ〜と これを観て気分盛り上げる。 何はともあれ、 この涙だけは聴かせてほしいと思う私。 とりあえず、体力と年齢と相談して オールスタンディングというアリーナ席はご遠慮申し上げて、 スタンド指定席をゲットした。 とりあえず、会員先行というやつでゲットしたから スタンドの1列目なので前に人はいない。 が、遠いのよ。 いや、イーグルスのときでさえ 前から17列目でも見えんかったし、 横手のスクリーンに大きく映し出された ジョーウォルシュの顔すらはっきり見えんかった。 狭い中学校の教室でも 参観日に黒板の字も先生の顔もはっきり見えないという どないやねんそれ!っていう目ゆえ、 しゃ〜ない。 目が悪い分、想像力がたくましい私は すばらしく感動してしまうに違いないであろう明日を糧に さあ、ごはん作ろか・・・・ 正直云うて、 申し訳ないけれど、 イーグルスライブの前日はなんら興奮もせず、 いや、開演してもなんら平常心であった私ですが、ケツメイシはあかんわぁ〜 日々のあれこれ、よ〜頑張っている自分にご褒美ということで 盛大楽しませてもらいましょ・・・・”
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修了式
“二期制になってから、キレの悪い学期末。 中2の次男坊主(今まさに外見も丸坊主♪)が持ち帰った成績表。 比べてはいけないが 長男のそれとはあきらかに違うが、 しか〜し、 前期より頑張っている形跡が表れている。 ええんちゃう?!と思う私。 兄弟(姉もいれて)間で学力にばらつきがある我が家において、 5(5段階評価で)の数を競う(いや、競うにも5があったのは長男だけ)のは ナンセンスで、 それは意味がない。 ただ、どれだけがんばっていたかは云う。 娘は毎朝6時起床。1時間勉強してから登校というのを 部活引退後から受験終了まで続けた。 長男は冬休みなんて14時間は勉強していた。 そんなこんなで それぞれのやり方で努力をしたことをこんこんという。 が、なんせ、末っ子。 はっきりいうて 私も上2人と比べたら次男には甘いとこもある。 そして 上2人が私のこと細かい指導のもと とりあえず志望校に合格したというので 次男も私の指導に従っていたら大丈夫と思っているふしがある。 ちゃうで〜〜〜 あんたの努力が一番大切なわけで 私は軌道修正しているだけや。 頼むで・・・・という感じ。 とりあえず、目標を作らなで作っている。 ここは男として 姉ちゃんの高校よかレベル上を狙おうと。 兄ちゃんの高校ははっきりいうて手が届かん。 死にもの狂いで勉強したら行けんこともないかもしれんが 5%ぐらいの確率。 それにそこに入ってほしいとは思っていない。 あんた向きやない・・と。 だが、今は家族間でもそれは秘密なのだ。 次男のプライドもあるし 長男のプライドもある。 男同士は気を使う。 その点、娘はそのあたりは全くどっちゅうこともなく、 「そうか・・・もう中3か、早いなぁ。 また母さん、しんどなるなぁ・・・」 という。 あ〜〜ほんま、 またまた、しんどい1年が始まったという感じ。 でもな・・・・ 人生何があるかわからん。 勉強の出来悪しなんて大した意味がないかもしれん。 何があっても 自分の人生をしっかり生き抜いていける力、 事実を事実と受け止め柔軟に対応できる力、 これが今のところ一番大切なのかもしれない・・・・と思うこのごろ。 遠く東北では地震と津波と そして原発と つぎからつぎへ起こることに 忍耐強く過ごしてはるのを見ると 言葉が出ない。 人というのは 利己的なものやから 何においても自分を基準に考えてしまう。 修了式に成績表を持って帰ることの当たり前なんやけど 当たり前でない状況もあるわけで、 ん〜〜〜 やっぱり、自分の置かれている場所で 自分にできることをしっかりやるということに尽きるねんなぁ。”
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実家の電話
“先週、有馬から病棟で風邪が流行っているからって面会禁止の電話。 てなことで、有馬の帰りに寄る母のとこにも連絡しとこと・・・電話をする。 呼び出しが5回。 カチャと受話器を取った瞬間、ガシャと新聞紙を踏んだような音がして そのあと無言。 「もしもし!」と何回云っても音沙汰なし。 え〜〜〜あわてて電話を取ろうと倒れたか?と 想像するわな。 普通はそう想像するやろ。 母の携帯に電話するが出ない。 もういちど、実家に電話をするが話中。 キャッチホンに対応しているから話中になることがないはず。 え〜〜〜 うっそお〜〜〜 今から尼まで走らんならんのか?と頭を巡る。 せやせや、同じマンションにいてる 母の妹、叔母ちゃんに様子を見てきてもらおうと電話をしてみる。 っでおっちゃんが見に行ってくれたようで 7,8分して 母から電話。 「電話がおかしいねん・・・」 「え〜受話器を取って新聞紙を踏んだような音がしたから 倒れたんかと思ったわ!」 「電話は鳴ったけど、受話器を取る前に切れたで」って ホンマか? 「よ〜そんなことあるねん。 ほんで、なんか電話がピーピーなってる。」 ホンマか? ボケてるんちゃうん? って思いつつ、 こんなことがしょっちゅうあったらかなん。 私が学生のころから使っている電話機やし Amazonで電話機を買って送ることする。 ファックスはイランとしても 子機があるのとないとで迷う。 子機なしやと3000円ほどであるが、 子機があればいつも座っているテーブルの上に置いたり 寝るときに布団のとこに置いたり できるわなぁ〜と 倍ほどの値段になるが子機1台ついているタイプにする。 直接、実家に届くようにしたので 「荷物、届いたわ」と昨日電話。 「電話機やで。」 「段ボール開けていいん?」 「どっちでもいいけど。そのうち設置しに行くから そのまま置いててもいいで。」 「中に振込用紙が入っているんとちゃうん?」 「お金は支払ずみ。お金のことは気にせんでええ。」 (よっ太っ腹!) 今週の有馬行きはどうなることやら? 病棟で流行っている風邪は下火になったやろか? 電話機を設置して 短縮ダイヤルの設定もしてやらななぁ・・・・ 電話機が新しくなっても 電話が通じんとかってことになったら いよいよぼけてきたか?をマジで検討しやなあかん。 ていうか、 いよいよぼけてきたか?が 遠く広島にも約2名ほどいてはる。 近所のおばちゃんには うちの電気が消えたりついたりしているときは元気やねん。 それが消えっぱなし、つきっぱなしやったら 様子見にきてな!と頼まれている私。 昨夜から歯が痛むといって 唸りながら寝たらしい旦那。 私はiPodで佐野さんのアンジェリーナを聴き始めて 2番に行くまでに爆睡やったので知らない。 今朝、娘から聞く。 3年前に網膜剥離で右目がすでに半分ほど失明している私は 入院の紙袋を持って自分でタクシーを呼んで病院に行って、 手術の説明、家族が署名すべき承諾書を自ら、見えへん目でサイン・押印をし 病室の番号を家の留守電に入れるとう作業を一人こなしたというのに、 夕方遅くまで空いてる歯医者はどこにある?って 私に探せと言わんばかりの旦那。 知らんがなぁ〜〜 電話帳を繰って自分でさがせよ〜〜と思うが、 やってやる。 長男は部活中に腰のあたりが痛くなったとかで 近くの接骨院に行った。 そこがヤブだかなんだかは知らない。 私以外4人はかかっているが 私はかかっていないので そこの診立てがええとか悪いとかはわからん。 が、長男はその先生の説明が納得できんらしく、 小一時間、自分の状況や先生の対応を話す。 「気にいらんねんやったら別のとこに行ったら?」 「ええん?そんなんしても。 先生、声をひそめてよそに行っても一緒やでっていうたはった。」 「へ〜〜そうなん? セカンドオピニオンっていうて他のお医者さんに診てもらうのも手や。 そこは自分で判断しやななぁ。 まぁ、母さんは面倒くさいから手術するっていうても行ったとこでしてもらったけど。 お医者さんの腕がどうのこうのより、あんたらが病院に来やすいとこが 第一条件やったりしたしなぁ。」 「ん〜〜〜どうしょう?」 「母さんはそこで診てもらったことないからわからんし 自分で決めやななあ。 あ〜〜そういえば、そこに行くまでに接骨院か針きゅう院かなんかできてる。 そこに行ったら?」 「針ってええん?そんなんしても?」 「知らんがなぁ。針が嫌やったら針はせんといてくれっていうたらええやん。 西洋医学と東洋医学の違いぐらいなもんちゃうん?」 と云い残し、私は職場に行く。 っで、夕方帰宅すると 行ったらしい診察券がテーブルの上にある。 「どやった?」 「よかった。」 「針はしたん?」 「してへん。」っで 電気をあてたとかマッサージをしたとか なんやいろいろ説明してくれるが 私、その系統の病院にかかったことないからわからん。 「ふ〜〜ん。 まぁ、あんたが納得したんならええんちゃうん? っで原因はわかったん?」 「それは聞いてへん。」 なんでやねん! 前日は、痛くなった原因がわからんことにも不服を申し立ててやん。 こうしてこうした結果こうなったということをはっきり云うてもわらなと 理系のあんたはぐだぐだ云うてたやん。 原因をはっきり宣言するお医者さんはそういてない。 病気なんてそういうもんや。 適当に折り合いつけろと思う私。 長男は痛がりでもないし 怖がりでもないから そこのホローはせんでもいいからええねんけど、 納得いくような説明がいるという面倒くさいヤツ。 あ〜〜〜あっちもこっちも 上も下も、 右も左も 手のかかるやつばっかりや。 まぁ、私は、昨日職場で私が使うPCを新しく買ってもらうというラッキーな ことがあったので あれもこれもチャラにしたる。 来週、出社したら新しいPCよ ”
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私の携帯電話
“すでに2年は経過。 いや、4年経過。 この春で5年目を迎えるであろう・・・・ たしか、5年。 前面にはヒビが入っているし、 ときどき、いや最近では頻繁に 送信ボタンを押すといきなり電源が落ちる。 そして、先週末には落とした(落とす私が悪いが)ときに ヒンジ部分が一部破損。 二つ折り携帯を開くときにひっかかり、無理やり開けるとヒンジ部分全破損しそう。 いちおう、今年初めの予定では つぎに携帯を買い換えられる権利は私ということで スマホに手を出そうかと考えていた。 買い換えられる権利というのは家族の中で順番に回ってくる。 その順番が私というわけ。 っで、次はスマホ?と考えた。 が・・・ ここにきて、私の中に 携帯よかやっぱり、マックよなぁ。 職場でもマックの話題がでてたし、 とりあえず触っておく必要があるよなぁ〜という 気持ちが膨らむ。 そうするとスマホの魅力が薄れていく。 というか、携帯電話よりPCのほうが頻度が高い。 携帯電話でメールを送信するのも 長文になるとPCから自分の携帯アドレスに送ってから 相手に送るということをやっている。 断然、PC派の私としては たぶん、スマホを手に入れたところで PCやろうなぁ〜と思う。 そんな理由をあれこれつけて、 そうそう、お財布ケータイ機能がもうちょっと整備されるまで待とうというのも大きい。 そして、私のマックへの気持ちがぐっと傾く。 なので、一部破損のヒンジの状況がこれ以上ひどくなっては困る。 スマホもマックも買えない。 とりあえず、まだまだ頑張ってもらわな困るというので アロンアルファをヒンジ部分に流し込む。 とりあえず、私の携帯電話はメール(主にPCメールの転送)が読めて かかってくる電話(主に仕事先か有馬からの電話)で話ができて あとはお財布ケータイが使えたらいい。 いまどき、ひび割れてヒンジ部分にアロンアルファの塊がついている 携帯電話を後生大事につかっているヤツなんて私ぐらいか・・・ それに、これには 着うたがたんまり入っている。 そのほとんどがケツメイシやけど・・・・ これをほかすのはもったいない。 新しい携帯に移せないというのはもったいない。 ていうか、5,6年ぐらいもつ携帯電話を作ってくれへんか?と思う私。 SH703iを持つ私は思う。 だが、ならば、即マックを買うかというと これがまたそういかない諸事情がある。 とりあえず、携帯は後回しにしたというお話。”
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たぶん・・・
“関空の受け入れ態勢が整わず、 昨日のケアンズからの飛行機は大幅に遅れたのでは・・・と 新聞を見て思う。 日本にいてはる外国の方がお国に帰るのに 成田空港、関西空港は混雑していたらしいから。 23時前に関空についた娘たちはりんくうタウンのワシントンホテルに 部屋を取ってもらったらしい。 朝食がついていたのでそれだけを食べて 10時半前に我が家に帰宅。 レンタルしていたスーツケースを 宅急便の人が今日取りに来はるから・・・ 早く家に帰りたかったと。 日本での震災のニュースはオーストラリアでもすぐに耳にはいり、 大学の現地コーディネーターの先生は 連れてきている娘らの自宅を案じて寝れなかったとか。 オーストラリアの大学で一緒に勉強をした東北大学の学生は あの震災の日の朝にケアンズを立ち 飛行機に乗っている間に日本では大変なことになっていた。 1週間経った今も自宅に戻れていないという。 家族の安否がいまだわからない人もいてはるという。 東北を知らない私は 神戸の震災後の様子を回想しながら思うが、 明らかに違う、津波と原発の被害。 言葉を失う。 3月も半ばというのに 大阪でさえ雪が舞うこの寒さ。 ベランダのチューリップは少しずつやけど大きくなってはきている。 誰にでも平等に春はやってくるはず。 3週間ぶりに当たり前のように帰宅した娘をみて 当たり前のことが当たり前にできるシアワセをありがたく思う。 誰もが当たり前のことが当たり前にできるように・・・”
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お見舞い申し上げます。
“東北地方太平洋沖地震、この巨大の地震により被災された方に 心よりお見舞いを申し上げます。 確か16年前(長男が8月に生まれその翌1月なので)の阪神淡路の地震とは 違う揺れ方で 今回のこのとてつもなく大きな地震の揺れを感じました。 阪神淡路の地震のときは実家のある尼崎も兵庫の端っこ、 両親のいるマンションは大きく揺れ、 キッチンは割れた食器で足の踏み場もなく、 ずんずんと動く箪笥にメガネが押しつぶされたという話。 怪我がなかっただけが救いで ライフラインが復活するまではここに避難していた両親。 今回は地震のあとの大津波。そして、原発と、 言葉を失う状況に いつも通りの馬鹿げたブログ更新ができない私でございました。 そして、今日は大阪でもお昼頃、雪が舞っていて 東北地方はそれはそれは寒いであろうと・・・・ 早々に回ってきた 関西電力の知人云々で始まるチェーンメールやら、 物資協力のチェーンメール。 メールを受け取った意味での了解とレスし 内容はスルーする。 とりあえず、今、できることをと 郵便局に行って気持ちばかりを振り込み、 ネットでたまっているあちらこちらのポイントで協力できるところは その作業をする。 ユニクロの社長みたいに大金は到底無理でも・・という思い。 阪神淡路の地震のときは 両親が被災しているのもあったので何もできず ただただ、両親の避難場所として我が家提供という 個人的レベルの話。 仕事に出ると 大阪の街は普段となんら変わらない顔。 就活スーツの女の子もなんら変わりなく、ビル街を歩いてはる。 どれもこれも事実は事実として受け止め、 しっかり前を向いて歩いていくしかないということなんやろうなぁ〜と 私ができることを地に足をつけてやっていくしかないと。 とりあえず、私の座右の銘 笑う門には福来る。 義援金とか募金とか そういう言葉がどうも好きじゃなく 先のチェーンメールみたいに 誰かに協力を促すのも好みでなく 促されるのも好みでないというのは やっぱりヘンコよなぁと感じた次第。 学校にいて助かったという 次男と同じ中学生の男の子が いまだ家族の安否がわからないという記事に泣く・・・・ 私が泣いてもどないもならず、 日本経済復興のために スイミーのごとく それぞれが自分の持ち場で精一杯生きることなんやろうなぁ・・・・ スイミーは 子どもたちが小学生時代、 音読で耳にタコができるほど聴かされたお話。 てなことで、 わが二男坊主は昨日、丸坊主で帰宅する。 部活でのこと。 今年度最後の定期テストで5教科で200点以下なら五分刈り。 100点以下なら1厘刈りとかの罰則。 次男は300点半ばをこえていたから該当はしなかったはずが ノリでやってもうた・・・・と。 たぶん、お仲間がみな丸坊主なので 一緒にっていう感じ?”
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届出印変更
“私の働きは、 週1の有馬行きの交通費と 子どもたちの通帳への貯金でほぼ消えていく。 とりあえず、各自印鑑(息子二人は苗字・娘は名前)を作っていたが どうもこの息子二人の同じ苗字。 兄弟やから当然同じ苗字なのは致し方ないが 間違えないかと不安がつきまとう。 なので思い切って、フルネームの印鑑を作る。 今どき、印鑑はネットでオーダーしたら そこそこのお品のものが安価で手に入るで助かる 私が毎月微々たるお金を入れているのと 各自がお年玉等管理しているのは別の金融機関。 っでそれぞれに子どもの届出印変更手続きを確認する。 ひとつは未成年なので私が手続き可能とのこと もうひとつは16歳以上の未成年者は本人でないとだめと。 ん〜〜なので、部活に行く前の長男と 開店と同時に入店する。 どういう観点で16歳以上は未成年でもダメなのか・・ 中学を卒業して社会人としてお金を手にする子もいてうから?と 思ってみたり。 それは、彼らがお年玉等管理用の通帳なので 残高は微々たるもの。 べつにどないもこないもせんがな・・・と思うが 本人やないとだめと云われるし 書類も本人に書かせる。 当然、私は次男の分を代筆する。 番号を呼ばれたので書き終えた私は先に窓口に行く。 長男はといえば、初めての経験。 私もおらんし、備え付けの記入例っていうのを探しだしてきて 真剣に書いている。 ていうか、遅いねん・・と思う私。 見たら、私より丁寧な字で書いてるところが なんかくそ〜〜という感じやし。 ようよう持ってきた息子の書類を受け取った 受付のお姉さん。 「わかりやすくフルネームにしはったんですねぇ・・・」と 笑顔。 わかりやすいのとちょっとでもセキュリティ強化にならんか?という 思いもあってのフルネーム。 1円でもお金は大事にせんならん。 手続きも終え、長男は学校へ、 私は長男なしでもOKの方へ行って そこでも変更手続き。 ここでも、 「わかりやすいようにフルネームなんですねぇ。」と云われる。 そのお姉さん、 とても可愛らしいお姉さんなのに 「私にも娘がいてて、女の子なので名前だけの印鑑にしてるんです。」って。 「実はこの子ら上にうちも娘がいてて、同じく名前だけの印鑑ですわぁ」と私。 結婚してもそのまま使えるようにと名前だけの印鑑にしている。 が、ふと思う。 息子二人のうち、どっちかもしくは両方とも 養子にでもなるっていうて苗字変わる可能性もなきにしもあらずやん・・・ ぎょ・・・そこまで考えんかった。 そう思ったら、名前だけのほうがよかったか? ん・・・・でも、男の子で名前だけって幼稚っぽいしなぁ。 そんなん考えたら 私が離婚したら苗字が戻る可能性がある。 そうなると私も娘みたいに名前だけの印鑑に変えたほうがいい? いやいや、私は元の苗字より 今のインパクトのある苗字が気に入っているので 戸籍を作ろうか・・・とか なんでそこまで話が飛躍するねん。 先週、高校PTAの打ち上げっていうのがあった。 お昼ご飯に焼き肉のコースという贅沢なもの。 でも女性ばかり24名ほどなので レザートにプリンと飲み物つきで 2,000円というお値段。 お肉がおいしかったので十分満足の会費。 っでそんときにハンコの話になる。 一人の方(この方もちょっと変わった苗字)が 「百均では手にはいらない」と そして私に「百均では同じく無理よね?」と 無理無理! 認め印もオーダーやん! 仕事に行くと こんな私でも押印することが多々ある。 ずいぶん前にオーダーで用意した。 当然、シャチハタではなく朱肉をつけてしっかり押す。 就活中の娘も 常に印鑑をカバンに入れておかなあかんという状況らしく、 ひとつオーダーした。 出来上がったハンコを渡すとき、 「むやみやたらとハンコは押したらあかん! むやみやたらと自分の名前や住所も書いたらあかんで。 ちゃんと書類の内容に目を通さなあかんで。 自分で責任を持てることにだけハンコは押す、名前を書く!! わかった!!!」 と娘に説き、 ついでに、 「ちょっとあんたらもおいで」と 息子2人も呼びつけて、懇々とハンコの大切さを説く。 子どもが2つ3つのときは しゃべったとか、しゃべるのが遅いとか そんなことで一喜一憂したが 10代も後半の子どもを持つと 一人で生きていくのに必要なことを云うていかなあかんということを ヒシと感じる2011年の春。 しかしながら、 次男が感じ一文字で フルネームのハンコにすると その一文字が間延びする。 書体にもよるんやろうけど・・・・ 印鑑を作ることまで考えて名前、つけんかったもんなぁ。”
06
ホームステイのプロ?
“3日ぶりに娘とスカイプチャット。 1時間先に進んでいるオーストラリアの娘がPCを開けるのは 晩御飯をすんでシャワーも終えてという頃。 そのころの私はそろそろPCをしまってごはんにしよか・・・という時間。 そんなこんなで なかなかタイミングが合わず、昨日は久しぶりにチャットをする。 娘がオンラインしたというスカイプのバルーンで 私はいつも 「おーい」 と呼びかける。 それに娘は 「Hi」と返しよる。 だいぶん英語慣れしてきたか?と思う一瞬。 昨日は 「明日はトモダチとCITYに行くねん」というから 「それは、どこのCITY?なんばシティか?」と突っ込む。 速攻、 「ちゃうわ!」って返ってくるが ちゃうのわかってるちゅうねん。 大阪人やとここで 「そうそう、ロケット広場で待ち合わせしてる」とかなんとかボケやな。 そして 「家族(ホームステイ先をいう)はめちゃ留学生慣れしてはるねん。」 って。 「ホームステイのプロか?」 「プロってる。」って返ってくる。 なので、あいかわらず、お昼は自分で好きに作って持って行けなので 適当に台所のものを調達してるらしい。 「みかんとか勝手に持っていってるねん!」 我が家より自由やん・・・ なんやかんやとオーストラリアに行って1週間経過。 あと2週間なんてあっという間やわなぁ。 こんな長いこと、子どもがお泊りするというのは初めての経験ゆえ 寂しさが募るかしらん?って一瞬頭をよぎったが、 そんな感傷に浸ってる時間もなくってのが正直なところ。 なんせ、息子二人がいてるし ご飯を食べる4人掛けのテーブルがちょうどよろしくて、 いつもはみだっしっこで食べていた私は 余裕のよっちゃんでごはんを食べれる。 夕方のお風呂係やった娘の代わりは 私がしなあかんということで これがちょっとマイナスではあるが それ以外は、ゴミ捨ても息子二人が交代で行くしなぁ。 ここで私が憂鬱に思うのは 娘が無事に帰国した日の夜の洗濯やん。 めちゃ多いのとちゃうん? かなんなぁ〜 自分でしろよ!と思うばかり。 レンタルしているスーツケースもその翌日には返却しやなあかんらしいから そのあたりのばたばたするのがかなんなぁ〜と思う。 しかしながら、ネットのおかげで 現地での写真もすぐに入手できる。 スカイプやから、通話をすりゃ〜いいものを チャットでしゃべるのもスカイプの実力半減やなぁ。”
01
イーグルスの大阪公演〜トイレ長蛇の列
“昨日は昼間、出かけていて一旦帰宅。 早々に晩御飯(もちろん、こういうときはカレー)の用意をして、 夕方、旦那の帰宅を待ち、 京セラドームへ向かう。 イーグルス大阪公演 17時開場、19時開演で 我が家は17時半すぎに家を出る。 18時半ごろに到着したが、 地下鉄ドーム前駅は中高年であふれかえっている。 みんな仕事が終わってから・・・というパターンの年代という感じ。 というか、久しぶり(おおかた20年ぶり)のライブで ライブといえば、派手な人が目につくのに、 そんな雰囲気もなく・・・・・ 家で留守番をしている次男所望のお土産。 ライブグッズを買いにそのコーナーへ行く。 ここは熱烈ファンがTシャツなんぞを買ってはるが 私はキーホルダー。 っで、会場入りするが、 見渡す限り、中高年。 たま〜に、家族連れ(というても子どもはすでに10代後半か20代) で若人の姿をみるが、 40代後半から上が多いという客層。 白髪が目立つライブ会場は初めてやんと思うが 私も人のことはいえない。 なんせ、舞台に観るイーグルス自体もええ年やし。 途中、15分の休憩が入りますというアナウンスのあと始まったライブは 4,5曲目にホテルカリフォルニアをやらはった。 スタンディングすることなく椅子に座ってのライブも初めてやし・・・・ で1部の最後の曲で辛抱しきれず あちこちまばらに立ち上がった人に便乗して 私もスタンディング。 で休憩に入って、トイレ〜〜〜と席を離れるとき 旦那の隣席の人(一見、若そうな恰好をしていたがよ〜見るとご年配)が 「この年になるとトイレ休憩、いりますよねぇ」と 「ほんまほんま!」と私。 トイレに向かうが すでに長蛇の列。アリーナ席の私だが 3階のトイレが空いてるって係の人がいうから そこに向かってダッシュ。 だが、そこも長蛇の列。 結局、2部の始まりに間に合わず、真っ暗闇の中 係のお姉さんに自分の席まで連れていってもらうと云う始末。 女子トイレが長蛇の列はわかるけど 男子トイレも長蛇の列で ここでもこの会場にいてる人の年齢層を実感。 1部1時間ほど 2部2時間ほどで22時に終了。 会場を出るのに時間がかかって23時すぎに帰宅。 へろへろの私は速攻お風呂に入って寝る。 なんせ本日、今から仕事やし・・・・ しかしながら、ジョー・ウォルシュはカッコよかったぁ〜〜〜 グレン・フライもドン・ヘンリーもええおじいちゃんって雰囲気で それはそれで優しげで でも声の張りは現役でよかったんやけど。 ジョー・ウォルシュは、イケてたな・・・”
2月
25
3週間のお別れ。
“友達と待ち合わせの難波まで 彼氏が荷物を持って見送ってくれるというのでお任せした。 てか、最初っから家の玄関で いってらっしゃいをするつもりやった。 なんせ、いまだ、ゆっくりと落ち着いた時間にと 旦那のe-Taxの申告は完了しておらず・・・・ 期限が目前に迫っているPTAの広報紙づくりに奮闘にて そんな時間がない。 レンタルしたスーツケース。 これがめちゃでかい。重たい。 3週間レンタルで1万円って・・・思って 買おうか迷ったが こんな大きいもの、おいとく場所がないのでレンタル。 オーストラリアは夏というので 満杯になることもなく、まだまだ余裕のよっちゃんのスーツケース。 そやけど空でも重たいから こんなものを引いて駅まで歩くのは至難の業。 私が見送ったところで にたような体形の母娘にて なんら意味もない。 彼氏が来てくれてよかった。 そしてこんな大きいスーツケースを持って ほん近所を歩いているところを近所の人に見られた日にゃ〜 家出か?と思われるので ちょこっとだけ見送りに下に降りる。 娘がいう。 彼氏がいることを親に内緒にしていた友達が 近所の人から親にばれた・・・と。 近所の人の目は怖いでぇ〜という話。 実際、私も云われてんけど。 知らんと思って云われた。 知ってるちゅうねん! そんなこんなで家出に間違われんよう そこまで見送ったわけやけど、 娘がおらん間、娘担当の家の手伝いは 誰がするねん?ということが 私にのしかかる。 ぎょえっ・・・・やっぱり私か? 長男、やってくれるかなぁ・・・・ 次男みたいに都合のいい時だけ兄ちゃ〜んって呼んでみる? 私の兄ちゃんとちゃうしなぁ・・・・とは 彼が3つのときに ボクは母さんの兄ちゃんとちゃうと叱られたことを思い出す。”
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お疲れのようです。
“誰って・・・・私。 今朝、寝過ごした。 いつもどおり、5時前に携帯アラームでU2の♪one♪が流れて 目を覚ましたが まだもうちょっと寝れる・・・。 試験前で部活がない次男。 新1年入試のため、休みの長男。 を6時に起こす必要がない今朝。 ちょっと余裕をかます。 これがあかんかった。 一瞬、爆睡したと思って、あわてて携帯をみると 6時前。 うわ〜〜〜と起きる。 今朝は、旦那と次男のお弁当二つ。 これが全員となると五つ。 二つと五つのお弁当の違いは大きい。 今日の二つは余裕。 それに、7時に起こせばいいので 時間的にも余裕なんやけど、 なんせ、いつも5時に起きて、 6時過ぎに1回めの洗濯機のスイッチを入れ、 一人、新聞を読みつつ パンとコーヒーという時間を2,30分過ごす。 このために私は5時に起きているようなもの。 仕事に行く日も 9時前に家を出ればいいので 掃除もおえ2,30分はPCを開ける。 この余裕がないといかん。 時間に追われるようなことはしたくない。 そのためには朝、早く起きる。 で精神的バランスが保たれる。 が、疲れ、寝不足がたまると 今朝みたいなポカをする。 別に実際に なんら被害はでないが 私の、 私個人の、 朝の予定が狂うことにダメージを受ける。 あ〜〜〜くっそ〜〜〜という思い。 誰にくっそ〜〜って自分に。”
スカイプ用のウェブカメラ。
“いよいよ明日、オーストラリアに旅立つ娘。 娘の彼氏にもスカイプを使わそうと 私ご用達、Amazonからウェブカメラとヘッドホンを買う。 これには、マイク機能もついているとのことやけど 一応、ヘッドホンも。 本日、なぜだか娘が彼氏のPCでスカイプアカウントを設定するらしい。 本日配送指定にしたから夕方には彼のところにカメラも届くし、ええやろ。 娘のモバイルノートに搭載のウェブカメラも30万画素やから スカイプをするだけなら これで十分やん”
22
使えるオトコやのに。
“仕事に行く朝は忙しい。 そして、冬の朝は窓ガラスの結露拭きという仕事が なんとも面倒くさい。 昨日まで期末試験。 今日は入試(新1年生の)。 その後、数日、休みらしい。 そんな長男。 休みといっても7時には起きてもらう。 っで、私がばたばたと洗い物をしたり 洗濯ものを干したりしていると ぞうきんを持ってうろうろ。 「どしたん?」と なんか粗相をしたかと詰問する私。 あかんなぁ〜〜〜 「窓ガラス拭こうと思って・・・」 「さすがやなぁ〜〜」と今度は褒めちぎる。 「ほんま、あんたは使えるオトコや。 そやのになんでモテへんねんやろうなぁ・・・」 とまたイランことを言う私。 ん・・・・ こんなイランことばっかりいうから 口のはたが切れる。 左が治ったらと思ったら今度は右。 まぁ、疲れがたまっているということなんやろうけど、 子どもらには 「イランことばっかりいうとこうなる。あんたらも気つけや。」と アドバイスする。 栄養士をめざしている娘が 「ビタミンが足らんねん。」とかいう。 隣のおばちゃんにもらったボンタンを 「ほんだら、あれ食べる?剥いたろか・・・」と長男。 っで、ボンタンを剥いて、 一口サイズにお皿にのせてくれる。 ほんま使えるオトコや。 このマメさ。 ボタン付けもうまいし、 いや、ボタンどころか ミシンもふむ。 自分が食べたいものは自分で料理もするし、 洗濯ものも綺麗に畳む。 一緒に買い物にいったら黙って荷物を持ってくれる。 まぁ、真面目すぎて話がおもろない。 買い物にいくと即決できない。 あと5センチ背があったら見栄えする。 超マイペースで自分の世界に入ったら話が聴こえんようになる。 という欠点はあるが、 そこそこ使えるオトコやと思うねんけど・・・・ なんで、チョコがひとつも舞い込まん・・・・”
入賞!
“広報紙、入賞しとったらしい。 あかんかったみたいというメールに 屈せず、 府にだせ!とのたもうた私。 いや、自分とこの前年度のと比べても 今年度のほうが新聞らしいと思ってたし、 それを選ぶ人の好みに合わんかったということやろと なら府やと。 市よりはるかに府のほうがレベルが高い。 なんせ、北摂地域の学校は 予算からして違う。 親のレベルも違う。 当然、子のレベルも違うねんけど・・・・ そやから、えっ、市のレベルが上がったんか?と思ったが、 そんな〜はずはない。 先日、南隣校区のPTAで講習をさせてもらったが 北摂地域や奈良のPTAに比べると こういう催しに参加する保護者の数の違いに その地域の文化的レベルの低さを感じずにはいられない私だったのだ・・・・ そして、市制だよりに 単車のナンバープレートの新しいデザインが発表されていて それしかないねんなぁ〜と思ってしまった私。 先週、有馬の帰り、阪急岡本界隈を娘と散策したけれど、 ちゃうわな。 帰りに阪急電車に乗って梅田経由で帰ってきたけど ちゃうわな。 何が違うって、ちゃう! 父のおかげで知り合いになった 神戸のご婦人。 阪神芦屋からいつも同じバスで病院に行くご婦人。 先週、娘も一緒やったので 帰ってから・・・・娘が云う。 あの人って60ぐらいよなぁ。 大学出て40年っていうたはったもんなぁ。 なんかちがうよなぁ〜〜 ちがうやろ? ここらにいてたら知り合えんで。 ああいうハイソサエティなお方とは。 という感じのご婦人なのだ。 嫌味がなく、こちらのしゃべりもそれなりになるというお方。 私には到底届かん、ハイソサエティさ。 地域によってこうも違うのかという話。”
21
とりあえず、確定申告二つ終える。
“父のと私のと。 父のは、医療費明細書と領収書の整理に時間が取られる。 お父ちゃんだけで100万を超える医療費ってどうよ? この年代(80オーバー)は、まじめにコツコツ働いていた恩恵(年金)を 預かれるという、 いうたらええ年代と思えてしかたがない。 父の領収書は私が管理しているから 全て保管してあるが お母ちゃんや。 7月以降のんしか置いてない。 まぁ、お父ちゃん一人で高額医療になるから お母ちゃんのはあってもなくてもなんら影響はないねんけど、 今後のためにも 領収書はしっかり保管しとくよう、昨年もいうたがな・・・・ そして、 80才というのは いろいろ線引きされていることを認識させられる。 80で満期の生保はすでに最初の病院代に消え、 それ以前からかけているガン保険に関しては 80を境に保険金の対応ががらっと変わる。 控除対象になる生保やけど これもアホほどの医療費のおかけで あってもなくても控除になるならへんは関係ない。 掛け金とのバランスを考えたら、 どこかで止めやななぁ。 一応、障碍者手帳をもらっているし 配偶者控除もありで 年金から引かれた所得税は全て還付される。 ていうか、 医療費を入力した時点で 申告納税額がマイナスになる。 元気なとき、 わけもわからず、税務署まで申告書を持って行って、 いわれるまま書いたと思われる お父ちゃんの汚い字の申告書控え。 それを思えば、ネットで入力してあとは印刷したのを 住民登録所在地の税務署に送れば還付という便利な時代。 しかしながら、 我が家の現在の経済状況、 今後の経済状況も思案しなあかんという私は、 実家の現在の経済状況、 今後の経済状況も頭の痛いところ。 と、あと残すは、旦那の確定申告。 電子証明書ももらってきて Amazonで買ったカードリーダーも届いた。 昨日は、e-Taxで確定申告をしまっせという届出作業をした。 なんやかんや、結構、手間よなぁ〜と思うe-Tax。 ついでに、私も来年から青色申告にしようと 個人事業主になることを決意し、届出書を作る。 せっかくやし フェリカ機能を満喫したろと カードリーダーにPiTaPaを置いて、 JRのチャージ残高を確認してみる。 携帯を置いて Edyの残高も見てみる。 別にわざわざカードリーダーで見やんでもわかるねんけど・・・と 遊ぶ。 っで、遊んで終わり。 確定申告に至らず・・・・”
18
いっこも進まん。
“結局、薬局、(古っ〜〜〜) 昨日、夕方早く仕事が終わったらしい旦那が 役所によって 住基カードと電子証明書の発行手続きをしてきた。 いちおう、e-Taxで確定申告をすれば わたしがわざわざバスと電車を乗り継いで税務署に行かんかて、 ネットですべては終わると軽く説明した。 そのためにはこの準備がいると。 それには本人が動かなあかん。 代理人の私では暗証番号の設定はやらせてもらえん。 今年から住基カードの発行はやたら厳しくなって 本人証明も運転免許証だけやとだめで もうひとつ健康保険証とかいる。 そんなこんなで わからんかったら 役所で 確定申告をするから・・・・というたらええからと。 それで、行ってきたらしく 住基カードと電子証明書、 そしてカードリーダーの説明などなどの書類一式を持ち帰る。 なんか、カードリーダーがいるらしいでと旦那。 知っている。 今から、Amazonで注文する。 てなことで今年から3年間(住基カードの有効期間)は e-Tax。 3年後にまた本人が役所に行って新しい住基カードの申請発行手続きをせんならんというのは e-Taxも結構と手間がかかる。 まぁ、e-Taxを使わんかて、 税務署のサイトで入力した申告書を出力して郵送するという手もあるねんし。 お父ちゃんと私のはそれで済ますし。 ただ、e-Taxってのをやりたかったのよという気持ちのほうが 大きい私。 なんでもやってみたいやん。 とりあえず、旦那の確定申告の書類は形になった。 もう一度、最終チェックをしたら e-Taxのボタンを押す。 それはええねんけど、 他にもこの忙しいという時期に あれこれせんならんことが山ほどあっていっこも進まん。 すでに1年の授業が終了し 最後の試験も結構ええ点(中学の時に比べたら 勉強とはこうするってのが身についた娘)で めでたく2年生になれるらしく オーストラリアにむけて在宅の日々が続く。 ただ今、定期試験中の長男は午後には 今から帰る・・・と カエルコールならず、カエルメール。 それを見て、昼ごはんづくりにかかる私。 そんなこんなで 野暮用に手が取られて いっこも進まんという状況。 家の中で一人で遊べる私は ひとりっきりになりたいと切に願う1週間でございました。”
英語のメールに興奮
“昨夜、娘のホームステイ先からメールが届く。 というか、PCを持っていって使えますか?とメールしたから その返事なだけなんやけど・・・・ Hi, で始まるメールに家族5人が興奮。 not problem ということで あなたのpersonal computer を持ってきてくださいという内容。 っで、それは有線なん? 無線でもOK?と疑問に思う。 有線ならたぶんコネクタが違うはず。 無線は規格は一緒と聞くからええねんけど 無線の設定が問題。 娘にできるわけがない。 だが、娘のモバイルノートの無線LAN設定は 簡単やったような気がせんでもない。 ちゅうか、どれにアクセスするか自動的に表示されて 選んだだけやった。 7年選手のdynabookはちょっと手間がかかったけど、 このdynabookとモバイルノートは簡単やったよなぉ〜と思いだす。 それでも、そんなことはすべて私任せ。 メーラーの設定もなにもかも私がしてやって すぐに使える状態で渡した。 これが息子二人なら自分でやったみ・・・・と傍でみているが・・・・ そんな娘に ネット接続の環境は心配せんでも大丈夫って言われても 設定ができんわぁ。 ホストファミリーのパパがやってくれるんやない?と 娘にいうが やってくれるんやろか? そんなこんなで 留学フォンとかいうサイトに問い合わせたが、 データー通信機器をレンタルせずにすみそうで 助かった。 が、あと1週間ほどで出発というのに 毎日、大学まで通うバスの代金っていくら?とか どこまで靴をはいとくん?とか 細かい疑問がぐるぐる舞う。 どこまで靴をはいとくん?っていうから 自分の部屋までちゃう?ってちょっというたら そっか・・・自分の部屋の中では脱いだらええのや・・って。 ちゃうんやん! ベッドやろ? ベッドの上に上がるときまで靴やろ!!とあわてて取り消す。 一日靴はしんどいから 草履を持っていっときという。 草履とか雪駄とか 和のものがええんちゃう? ホストファミリーの子ども達に お土産は何がいい? 無難なとこで折り紙ちゃう? 9歳と6歳やしな・・・・ ちょうど、お雛様シーズンやから 小さいお雛様セットもええでとか。 ママには扇子やで・・・とか。 ならパパには? パパなぁ・・・・わからん。 と、ママ・パパの世界がなかった我が家に 新鮮な呼び名が行きかう。 ママ・パパやなくて マミーとかダディか? ていうか、 昨日届いたメールも 私のほうが理解できたというレベルの語学力の娘。 やっていけるのか? いや、いくしかないわなあ。 ていうか 語学留学というタイトルやから 語学力を養うためやし 今はできんかてええのか? と心配しつつ、 そして、 昨日のスカイプ。 見事にネット接続ができたあかつきには スカイプでホストファミリーと対面するかもしれん。 書いてある英語のメールは超簡単やったし短文やったし 理解できたけど リアルタイムは無理・・・と ちょっと不安に思う私。 話は変わるが その留学先。 仕事をリタイヤしたご婦人一人のお宅やったり 娘みたいに若い家族やったり いろいろ。 中にはシングルマザーのお宅にお世話になる学生も。 そしたら、その学生の親御さん、 もっとちゃんとしたホストファミリーに変更してほしいと申し出たとか。 なにを持ってちゃんとしたっていうのかがわからん私。 夫婦そろってて子どもいてっていうても 内情はちゃんとしてへんかもしれんやん・・・・ 思わず、そんなんいうんやったら留学させたらあかんわぁ〜〜と私。 その変更の申し出のおかげで 日本側のコーディネーターの先生は あちらこちらの学生に連絡して変更できないか尋ねているらしい。 が娘みたいにすでにあちらにメールした子もいて 困ってはると。 しゃ〜ないやん、そう決まったんなら・・・・であきらめろ!と思う私。 今どきの親の私がいうのもなんですが 今どきの親御さんは・・・・・と云いたくなる。”
17
初スカイプ!
“あと1週間ほどでオーストラリアへ出発する娘。 3週間お世話になるホームステイ先も決まる。 9歳の女の子と6歳の男の子とママとパパ、そして猫が1匹。 プール付き(あちらじゃどのご家庭にもあるらしい)のおうちという情報。 現地のコーディネーターが 学生のアンケート回答に基づき選んだホームステイ先。 子ども好きな娘にはぴったりなおうちでラッキーというもの。 クラスメートは 子どももペットもダメとアンケートに答えたからか リタイヤされた一人暮らしのご婦人宅に決まったとのこと。 少々、残念がっているクラスメートを横目に 妹と弟ができるとハイテンションのわが娘。 そんなこんなで せっかく買ったモバイルノートを持って行ってネット接続できるかを ホームステイ先へメールで問い合わせ中。 ネット接続環境がないなら 留学フォンというサイトでデータ通信USBをレンタルする?という案もある。 娘に買ったモバイルノートは ウェブカメラ搭載なので これはスカイプやで!と私のこのPC(これにはウェブカメラはついていない)にも スカイプを落とし、 アカウントを作成する。 っでこの、狭い家の中で初スカイプ 私はずいぶん前にインターネット電話というもの なんとかってサイトで貯めたポイント分 ネット使って固定電話にも電話をかけれるっていうので遊んだことがある。 その時に手に入れたイヤフォン・マイクをひっぱりだしてきて このPCにつなげる。 スカイプを起動させて 娘のアカウントに発信。 ・・・・だが、どうも私のこの古〜いイヤフォン・マイクが原因で 何も聞こえないし、伝わらない。 こういう線ものって あれちゃうん?接触が悪いんちゃうん?って コネクタのところでくるくる回す。 っとどう、 マイクもイヤフォンも動き出す。 聞こえる、伝わる しかしながら、 ほん数メートル先にいてる娘とPC。 私の声はマイクを通して聞こえる声か 生声か どっちや?!と・・・いいながら 散々、遊ぶ。 チャットもできるスカイプで ほんそこにいてる娘とチャットする。 チャットっていうたかて 会話は口でいうてるから "ほほいのほい!"とか擬音を書いては 書いたでぇ〜〜〜って口でいうという 小学生かい?というお遊び。 ていうか、オーストラリアに行っている娘とスカイプができるかもしれないけれど それだけという私には なんだかなぁ〜というむなしさ。 娘は寮生活をしているクラスメートがスカイプをしているという話を聞いたことがあるとか PCを持っている友達に聞いてみようとか 楽しみが広がっていく気配。 くっそ〜〜〜。 私も10代、20代なら 遊べたのに・・・・と思う。 っが、その年代って 親がそんなことにどれだけ興味を持つかどうかって問題もあり わがお父ちゃんとお母ちゃんは無理。 私の10代にはありえん話やとあきらめる。 わがの裁量でこなせるようになった今やから 出来ることということで とりあえず、話のネタにスカイプしたでと。それだけ・・・チャンチャン”
14
昨日のバレンタインデー
“ないとは思ってたけど・・・ とりあえず、夕方帰宅した息子二人に聞いてみる。 長男、 もらってない。 と。 なんか、昼休みに昼練にいっている間に 教室でチョコレートのなんか作ったみたいでみんなで食べてたみたい。 と、試験前にて部活夕練がなく 自主的な昼練(行かんでもええのに、朝練も行ってる)に行っている間に クラスで行われたお遊びにもれた長男。 次男は・・ もらったで!120個! ってうそばればれやん。 120個ってあんた、学年の女子ほとんどからもらった計算になる! 10個も20個ももらうようなモテモテ息子にならんでもええけど 1個ぐらい どこからか迷いこまんか?と・・・思う母。 昨日、ほん南隣校区の学校PTA対象のバスケット講習をさせてもらったとき、 帰り際に 役員さんから役員さんのお譲ちゃんが作ったというチョコレートとクッキーを頂いた。 バレンタインデーに我が家に舞い込んだ チョコレートは私が持ち帰ったそれだけ。 ということで 次男に、 これ、あげるわ・・・・とお情けをかけてやる。 土曜日、有馬の帰り 芦屋のアンリサンパンティエで チョココーティングされたハートサブレを買って帰り とりあえず、我が家の男子3名には配った。 6枚入りひと箱を買って帰り 2枚ずつやけど・・・ 一握りのモテモテ息子を持つ母親ってどんな気持ち?と ないものねだりする私なのだ。 これについては、自己責任ってとこもあるからなぁ・・・・”
13
新しいシェーバー
“昨日、有馬に行くと白髭のクマゴロウになった父がいた。 シェーバーを壊すからやん・・・・と思う私。 前日の雪で もしかしたらバスが出ていないかもと心配しつつ 出かけに病院に確認電話。 バスの運行を聞いて出発。 これバスが運行してへんかったら 2週間伸び放題の白髭のクマゴロウやで。 爪といい髭といい 左半身が麻痺しているというからだでも 律儀に伸びるねんななぁ〜と毎回感心する。 父もわがのことながら 「爪と髭だけは伸びよる」とその成長を嘆く。 てなことで 私ご用達Amazonで買ったシェーバーを披露する。 いくらやった?と聞かれたから ほんまは5000円でお釣りがきたが 定価が1万ちょいやのので 1万円と恩をきせる。 そして、さっそく、クマゴロウの髭を剃る。 が、人の髭を剃るのは難しい。 まして、5ミリほど伸びた髭は まずは短く刈ってからウィ〜〜ンとしなあかん。 この短く刈るとういのが難しい。 痛かったら云うてやと いいながら 口は動かしたら危ないと 矛盾したことをいう私。 マルチトリマーとかいうのを使ってみる。 口周り、顎、もみあげはなんとか形にしたが 首は柔らかいし痛がるし、 もう、ここはやめとこ。 今度、下の理容室に行ったときにおっちゃんに頼もうと 無理から納得させる。 髭のあとは爪切り。 爪切りはお得意なのでどっちゅうこともない。 昼食のあとは シェーバーのスイッチの練習。 高齢者プラス もともと柔軟性にかける性格にて 新しいものを受け入れるのに時間がかかる。 私がいない間の髭剃りがスムーズにいくよう オン・オフの練習をさせる。 1万円も出して(ほんまは5000円)買ってきた私の手前、 一生懸命練習しているが これ、私がおらへんとこで 使いがってが悪いと文句を言うのは 安易に想像できる。 夜中にシェーバーをうならせて 看護婦さんに叱られる父やけど 自分の年金の確定申告をしやなあかんことは頭にあって、 あれ、ほれ、あれ、年金の申請するやつ、 確定申告か? あれやってくれたか? 心配せんでもちゃんとやる。毎年、引かれた所得税はまるまる戻ってきてる。 高額医療と障碍者手帳持ちゆえ、 年金から引かれた所得税はまるまる戻ってくる。 そっか・・・わしの年金はまだあるか? あるっちゃあるし、ないっちゃあない。なんで?何か欲しいものがあるん? ちゃう!学校はいったお祝いに腕時計を買ってやろうと思ってと 孫娘のことをいいつつ泣き出す。 学校に入ったお祝いって 短大に入学したん昨年の春やし。 それに娘もやけど長男も高校に入学したがな。 まぁ、初孫になるわが娘が一番関わっているからなあとは思うが 泣かんでもええがな・・・ それに、娘は彼氏にプレゼントしてもらった腕時計を持っているし 私の腕はすっからかんやねんけど・・・・ あんたの髭を剃ったり、爪を切ったりしている私の腕、見てみ・・・・ そんなことを思いつつ、 確定申告のため 医療費領収書の一覧を作る。 父だけで100万を超える医療費控除金額。 年金さまさまやなぁ。”
06
03
学校からのお手紙。
“インフルエンザが流行っているみたい。 そんな連絡メールが長男の高校から流れてきたのが2日前。 そして昨日は学校保健安全法で指定されている感染症に罹患した生徒の 出席停止期間のお手紙を持ち帰った。 学校からのお手紙は くまなく読む私は、 いまどき罹るんやろか?と思う感染症名に いちいち突っ込む。 第1種から第3種までわかれている。 その第2種は馴染みのなる病名やけど。 まぁ決まりごとやから書いて周知しとかななとは思うねんけど、 第2種だけでええのとちがうん?とも思う。 学校からの手紙にいちいち突っ込んでみたり 感心したりで それを持って帰った本人に云うから 息子二人には面倒くさがられている。 中2に息子が持ち帰った学校通信には 松下幸之助氏の言葉が載せてあって、 そのタイトルが「道」。 思わず、食らいつく私は あ〜〜また母さんの名前が載ってるわぁ〜〜と云う。 うっそ!と次男が寄ってくるから ほれ、ここ!と見せる。 鼻で笑われる。 くっそぉ〜〜〜 2ヶ月に1回の水道代の請求書の半ぴらをみるたびに わがの名前を見つけドキッとする。 昨日の中学校の学校通信は ↑の「道」も含め、 なかなかええことが書いてあった。 私の楽しみは 毎夕、息子二人に「学校からのお手紙は?」と聞き それを読むこと。 そしてそれにいちいち突っ込むこと。 文句いいつつ、 感心しつつ。”
01
早っ・・・・もう、2月やん。
“何気にカレンダーを見るともう2月。 おまけに28日で終わってまう。 めちゃ気が焦ってしまうねんけど。 寒くて家でじっとしときたいというこの時期に限って なんでかなぁ〜確定申告があるって。 土曜日に有馬に行った帰りに実家によって 年金の源泉徴収のハガキをもらってきた。 脳梗塞で左半身マヒが残るわがお父ちゃんは障碍者手帳も持っている。 おまけに高額医療もあって確定申告で還付申請ができる。 公的書類と病院(それも一か所)の領収書とあとは生保の書類だけで 申告書を作るという超シンプル。 ネットで作って、税務署宛の封筒表書きともどもダウンロードして 書類一式封筒に入れて投函すれば完了。 が、生保の控除書類を持って帰るのを忘れて それ待ちの状況。 問題は青色申告の旦那の確定申告。 これに今から奮闘する。 とりあえず、毎月の記帳はしているので 記載漏れや間違いがないかの最終チェックをして決算書づくり。 初めての青色申告。 そして、これを機に私も個人事業者になろうかと マジで考える。 青色申告の控除って大きいしなぁ〜と。 とにかく、この2月は確定申告書類作成が3つあるので ひとつずつ片づけていくしかないか。 我ながら、こういうのんが結構好きやったりするので ええねんけど。”
1月
31
李選手の記事に泣きそうになる。
“朝刊の李選手の記事を読んで、ぐっとくる。 この年齢の人の記事を読むと どうも親の立場になってしまうあたり、 わが身の年齢を感じいってしまうが仕方がない。 朝から鼻をすすりながら 新聞を畳むと 待ってましたとばかりに次男坊主が手を出す。 先日の決勝戦は部活から帰って昼寝をして 万全の態勢で臨んだ次男なので 李選手の記事には食らいつくと 「泣くでぇ!」と新聞を渡す。 知ってるねん。ルーキーズを観ながら 何度も涙をこらえていたこと。 そして、李選手の記事を黙って読んでいる、その姿。 へっへん〜〜涙こらえている雰囲気が漂う。 中2の野郎としては ここでおもむろに泣かれへん。 けど、心ん中にしみているのはひしひしと感じる雰囲気。 読み終わった次男に 「なっ泣くやろ?」って意地悪に聞くが無言。 ココロん中で泣いてるな。 私とは立場(私は母親的に見てしまう。)がちがうので どの文面で どう胸に響いたかはわからんが、 そこをああじゃこうじゃとうだうだと話すのは娘で 息子はそこまでは話しはしないねんなぁ。 まぁ、母親にうだうだ話す思春期の息子というのも 密接しすぎのような気もしないでもないのでまあええねんけど。 何かを感じているのは顔みたらわかるし・・・。 いや〜〜しかしながら 努力すること、 思い続けること、 てのはほんま大切なんやと 李選手の記事に励まされた私。 決勝戦は リアルタイムで観ていた娘と次男の話と ネットでのハイライトシーンを観ただけやけど、 それだけでも震えた。 息子二人がやっているバスケより サッカーのほうがルールは知っている。 が、バスケにしろ サッカーにしろ ボールを手で取るか足で取るかの違いはあっても ボールの取り合いやんって。 ただそれだけのゲームやんって そういうたら叱られるけれど、 なんていうのやろ、 それだけのことやのに(ほんとうはもっと奥が深いと思っているが。) こんなにも一生懸命になれるところに 素晴らしいと思った私。 しょうもないことばっかりしている大人も もっとピュアに生きやなあかんでと思った私でございます。”
出不精の私にはこの寒さはどうよ?
“出不精の私としては、こんなに寒い中、仕事に行くのが億劫になる。 今週は月初ということで 変則的な勤務で水と金が仕事日。 2日続けての仕事モードを維持するのがやっとやのに 中一日あくとなかなか大変なのだ。 何が大変って外に出ていくというモチベーションを維持すること。 思えば、子どものときから決まった曜日時間に出かけなければならないということが 苦痛で仕方がなかった。 私が塾に行かなかった一番の理由はここやったりする。 基本、真面目な私は 行くと決めたところには時間通りに行かな気がすまないという その自分の頑固さに縛られるのが嫌やったんやなぁ〜と今更ながら思う。 なんせ、生協の共同購入で下に降りていくことする憂鬱になるほどの出不精。 IYのネットスーパーの存在はこんな私には救世主。 ネットスーパー開始とともに利用の超常連さん。 インパクトのある名前は ネットスーパー担当の方々には覚えられているであろうと想像する。 ご近所の次男坊主と同じ学年の女の子のお母様が そのネットスーパー担当やったりする。 商品が欠品やったりすると電話をかけてきてくれはるネットスーパーなんやけど さっきも電話があり、 お名前がその方。 ちょっと顔見知り程度なので どちらもお互いをわかっていながらそこには触れずに会話する。 なんか変な感じやけど、これが大人ってもんよ。 と妙に感心する。 家の中にいて事足りるこのご時世に感謝の日々。 21世紀に乾杯”
30
長袖って・・・・
“相変わらず、有馬は寒いっ。 芦有道路も脇や遠くに見える山肌に残る雪は 年末からのものか、 そのあとちょこちょこ追加されたものか、 昨年の今頃は見られなかった景色。 来週の土曜は娘の誕生日。十九になる。 初孫で長男が生まれるときには預かってもらったりして 一番、可愛がってもらった。 来年は二十歳になるわぁ。成人式やで…と私。 わしが元気やったら買いにいったるのに、15,6万はするやろ?長袖・・・て。 長袖って、確かに袖、長いけど・・・・ ちゃうやん!それ振袖!って私。 そうそう、その長袖。 ちゃう!もうええわ! TVニュースでオバマ大統領が映ると 前のクリントンのほうがましや!とお父ちゃん。 オバマさんの前ってクリントンさんやったんやろか? てか、よ〜クリントンさんの名前がすっと出るわと感心する。 ナースステーションに用があっていくと、 最近、夜中に髭をそってはシェーバーにたまった髭を出そうと ベッドの柵にシェーバーをたたきつけると 看護婦さんに云われる。 カンカンとたたくから髭剃りが壊れるっていうと ええねん!壊れたら娘がまた買ってくるから!と怒鳴るらしい。 え〜〜夜中ですか・・ すみません、ご迷惑かけて。 本人にいうときます。 と謝る。 なぁ、夜中に髭そってるん? 知らん! 知らんって、看護婦さんが云うてはったで。 時計がないから夜中か朝かわからん! あんなぁ、部屋が暗かったら夜や、電気をつけて部屋を明るくしてたら夜! 知らん! 知らんって・・・今、看護婦さんに怒られてきた。頼むから怒られるようなことはせんといて! 無言のお父ちゃん。 看護婦さんは別に私に対して 怒った口調でもなかってんけど、 困りますわぁ〜というニュアンスで。 なので、思わず、 ぼけてきたんやろか? それか、もっと私に来てほしいっていう欲求不満やろか?って 話を濁らしたが。 そのあとは、昼食待ちのディルームで 隣の席のおっちゃんともめだす。 どっちもどっちというか、 幼稚園児のケンカやでってことをしだすから 思わず、 よそのおっちゃんともども、 「ごちゃごちゃすな!」と怒鳴った私。 おっちゃんもお父ちゃんも一瞬ビビる。 ヘルパーさんに看護婦さんの心中をお察しする。 まぁ、こんな山中の病院で日長一日過ごす 高齢者の苛立ちもわからんではないが・・・・・ ため息しかでぇへん。 帰りの山を下りるバスの中でうつらうつらしながら iPodから聴こえるケツメイシに慰められる。 ふと頭をよぎる。 病室での唯一の楽しみであるTV。 7月からの地デジに備えて、一斉にTV入れ替えがあるのやろか? 我が家のTVよりそっちが先に心配になる。”
28
眼科にて。
“二ヶ月に一回ペースの眼科通い。 毎回、眼底の検査をするから時間がかかる。 帰り道、見えづらい。 とまぁ、受付ちょい前に眼科に到着。 先客5名。 その5名のおっちゃん、おばちゃん達の会話。 めずらしく政治の話なんぞしてはる。 たいてい病院での会話って病気自慢か家族自慢やったりを 横耳しながらひそかに心の中で突っ込んで楽しむ。 国会の話から神戸空港はいらんやろ・・・という会話がなされていた。 えらい高尚な話題ですやん!と突っ込みつつ、 何食わぬ顔で耳を傾ける。 神戸空港は1時間に1本しか飛行機が飛ばんと一人のおっちゃん。 うっそぉ!私、前に神戸に行ったときちょっと飛行機を見がてら 神戸空港ってどんなんってお邪魔したけど、 1時間に1本はなかったで・・・と心中突っ込む。 関空も遠いしなぁとおばちゃん。 ほんま、運賃だけでも1000円はすると神戸空港のおっちゃん。 いや〜〜今から飛行機に乗ってどこぞに行こうと思う人には 1000円は別段どうってことないと思うけど。 関空に行くのに1000円が惜しいと思う人は飛行機に乗らんやろ・・・ とまたも突っ込む。あくまでココロん中で。 そして、きわめつけ。 その点、伊丹空港はええわなぁとまたも神戸空港のおっちゃん。 市内やし便利なとこにある。 ほんま難波からもバス出てるしなぁと別のおっちゃん。 市内ってどの市を云うてる? 今、伊丹空港っていいましたやん。 伊丹空港は伊丹市でっせ。 大阪市内とちゃうし、大阪府でもないし、 伊丹市は兵庫県やし。 そりゃ、ここからやと神戸と関空より近いかもしれんけど、 電車で行くなら便利ってほどのもんでもないやん。 阪急もしくはJRの伊丹駅前にあるわけでもないしなぁ。 まぁ、神戸も関空も海の上で 町中にあるのは伊丹だけやけど。 それだけやんかぁ・・・・と内心、おもくそ突っ込む。 突っ込んだところでドアが開き、受付開始。 やれやれ・・・・”
27
泣けてくるわ。
“母さんの誕生日に財布をプレゼントすると次男が云う。 えっ母さんの誕生日5月やで。 分かってる。 今、お金があるうちに買っとかな使ってまうから。 それやったら3月のケツメイシライブに行ったときに ケツメイシグッズでええで。タオルがほしいねん。 いや、僕は財布を買ってあげたいねん。 で娘が ずっと母さんに財布を買いたいって云うてたもんなぁと。 ほんまは黙って買おうと思ってんけど 好みがあるから聞いてからがええと思って、 二つに折るのと折らんのとどっちがええ? え〜〜〜ほんまにええで。 もっと安いのでええで。 という会話を2日前にする。 次男がお風呂に入ったとき娘に どしたん? なんかあるんやろか? 母さん、殺される? 殺す人間に財布は買わんやろうけど 何か企んでるかも・・・・ たぶん、そんな他意はない。 毎年なにかしらプレゼントしてもらえる私は 母親冥利につきるわと泣けてくる。 2,3年前、私が入院したときも あんな寂しいとこで寝とかなあかんって母さんが可愛そうやと ひとりいうてたという次男(娘談) 小5の終わりやったヤツは 母さんが入院しているから当分は遊ばれへんねんと 自分の判断で友達に云い、 放課後はせっせと私の病室に通う日々。 ほんま、財布いらんで・・・と思うが せっかくの気持ちやしなぁ。 といいつつ、ネットであれこれ見繕っていたけど けっきょく流れる話かもとおもったり。 流れたらそれはそれでいいねん。 ちょっと泣けてくる思いをさせてもらえただけで私はええねんけど。”
勝手なことしたらあかんわぁ。
“昨夜は自治会のその下の支部の その下の班の会議。 次年度の役員選出の会議ではあったが それよりもっと大切なことを勝手に変えていたということが判明。 まずはそこを整理しやななぁと出席。 いったいどこでいつ決まったん、それ?って疑問を 現支部長にきくと 現支部長も知らんという。 いや、該当する私ら班の人らも知らんねんっで 結局、前支部長が勝手にしたということがわかる。 常識で考えたら そんなことを勝手にする権限は支部長にないねんし それ、無効ですわぁ。 元に戻してもらわな困りますと切れる。 いやぶちかます。 まぁ、この問題は結局、班全員に召集をかけて再度会議で決議することになる。 これにけりがつかな、次年度役員の選出はできないということで。 当然そうなるわなぁ。 しかし、私の持論。 口のうまい人って信用ならんがここでも立証されたと内心思う。 ていうかなぁ、 自治会もやけど PTAとかもやけど、 別に誰でもなれるねん。 誰でもできるねん。 長がついたところで 別にたいしたこともないわけで、 たかだかこんなピンポイントで役についているからって えらくもくそもないねんけど、 勘違いする人が多い。 自分にそれだけの力があると勘違いして しょうもないことしよる。 ほんまびっくりするわ。 どれもこれも便宜上名前をつけやなあかんから それだけのことやんと思う私は 納得ができんことにはとことん突っ込む。 思ったより早くに帰ってきた私に、 娘が 「ぶちかましてきたん?」と聞く。 この前、 母さん、あんまりあちこちでぶちかましてたら日本刀で殺されるで!と 新聞ネタで心配してた娘。 殺されたらしゃ〜ない。 私の正義はまげられへんねんと思っていることは黙っている。”
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短期留学してみる?
“オーストラリアに短期語学留学する娘。 3週間ほど、ホームステイするらしい。 学校の説明では、 みんなが想像するような同じ世代の子どもがいてて 和気あいあいとしたホームステイ先はまれで 老夫婦や母子家庭などにお世話になることがある・・と。 お風呂もあちらは朝に入るので ホームステイ初日に希望を聞かれたときに お風呂は夜に入りたいって所望したら叶えられることもある・・とか。 また、別のコースで先に語学留学して帰国した友達がいうには 食べたいものも自由に食べられへんかった・・・とか。 話が具体的になってきて、 大丈夫やろか?と少々不安になってきつつある娘。 朝から夕方まではあちらの学校で過ごす。 その間は同じ大学から参加している友達に会えるらしいが ホームステイ先に戻るとそこはオーストラリア英語の世界。 空港に到着した時点であちらのご家族が迎えてきてくれて そこで皆とばらばらになる・・と。 自ら行ってみたいというてんし、 なんとかするしかないわなぁ〜と私。 っで、甘えたちゃんの二男坊主に あんたも大学生になったら短期留学する? 30万円までなら出したるで、行く? ってふってみる。 黙る次男。 娘が云うには 留学をしたがるのは男子より女子のほうが多いらしいで・・と。 基本、女の子のほうが根性あるもんなぁ。 しかしながら学費以外のオプション出費。 かなり痛い我が家の家計。 でも、言葉も違う見知らぬ土地で過ごす3週間は 今すぐ形に現れんでも、その経験は彼女の糧になると、 いや糧にしろよ!と思う私。 あ〜〜私も行きたいわぁ。”
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蕁麻疹が出る!
“昨日の夜、 晩御飯がすんだあと、 「なんか、蚊にでもかまれたみたいなんがあるねん。」と長男。 ひざの裏側に蚊にかまれてはれたブツを見せる。 真冬に蚊はないやろ?と ふと腕を見ると腕にもあるやん。 「母さん、こっちも!」って反対の腕も足も。 え〜〜ちょっと背中見せてみぃ。 で 背中にも。 「これ、蕁麻疹やで。」と私。 「あんた、小さいころ蕁麻疹なった、あれと一緒やわぁ。 今日何食べた?」 朝から部活で 3時に帰宅。 12時に作った焼き飯を食べた。 それか? でも、今までそんなことしょっちゅうで何もなかったし。 2,3日前から風邪気味で体調を崩しているから それでとちゃうん?!ということで 「寝ぇ!はよ寝ぇ!」と寝かす。 「明日の体育で半そでで長距離やでぇ。こんなん見えたらかなん。 なぁ、蕁麻疹って人には移らんよなぁ?」 「移らん!」と寝かす。 とりあえず、朝練ややめとくってことやったので 7時に起こす。 ブツは・・・・ あとかたもなく消えていた。 ほっと一安心。 疲れたがたまったり ストレスでも蕁麻疹って出るみたいやから、 それやったんやろと勝手に判断する。 が、長男、未熟児で生まれてから どれだけ病院通いさせるねんというほど 発熱、ロタウイルス、嘔吐、下痢をくりかえし、 小2で始めたスイミングのおかげと 本人の気力で日々過ごしているが、 ここにきて、やたら風邪をひく。 たるんでるんとちゃうん?!と叱咤したあとの蕁麻疹。 ストレスか?”
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理不尽だらけの介護の世界。
“毎週土曜の有馬行き。 先週は友達との再会で行くことができず、 こういうときは前日の金曜日に行ったりするが、 それも気が乗らずパス。 このパスが大事。 介護、ん〜介護というほどのものはしていないから 見舞いの部類にはいるかなぁ。 マジで真剣に介護をしてはる人からしたら序の口のものやし。 たかだか2時間、電車とバスを乗り継いで行って 昼食時間を挟んで2時間ほど過ごして また2時間かけて帰ってくるというだけ。 過ごす2時間も 昨年の発熱以後、トイレの介添えもしなくてよくなり 車いすからベッドに移すぐらいの介護。 しかし、このおかげで利き手の左腕に力を入れるため 昨年からずっと左腕が調子悪い。 年か・・・・ っで、私のは介護というほどのものではないにしろ、 そこに義務感が生じるとしんどくなるし そんなときに理不尽(介護される人間は体の不自由さで理不尽なことをいう)な ことを言われたら心の置き所がなくなる。 で、パスする。 なので2週間ぶりに見舞った昨日。 来るのが遅いを理不尽に怒る父。 はぁ?! 来た途端、怒るんかい?!と思う私。 あんなぁ、 どこから来てるか知ってる? 知らん! 知らんてぇ〜〜〜〜 あんなぁ、近鉄に始まり、地下鉄、阪神と乗り継いで最後バス。 ここまで2時間かかるねん。 9時前に家出てるねん。 掃除、洗濯して出てきてるねん。 わかるか? で黙る父。 これが、こちらの体調、気持ちがいまいちのときは 2時間かけてきてんねん。 気にいらんかったら帰るわ! となる。 説明したら理解できる。 このあたりの認知はしっかりしている。 ただ、脳梗塞という病気の特徴らしいが 感情を抑えられないところがある。 まぁ、もともと血の気が多い(どうも私は父似)性質なので それがより一層増幅されて 理不尽なことをいうときは 怒る。 言い聞かせたら、黙るが しばらくするとまた同じことを言い出す。 まぁ、たいていこういうときは 私が行くまでの2週間、 ヘルパーさんに叱られたりしている。 やたらナースコールを押すとか、 で叱られる。 ヘルパーさんも看護婦さんも大変なんよなぁ。 昼時の忙しいときに限って ナースコールを押す。 父だけが特別と思っていたが これがまぁ、 父みたいな人がほとんどという状況。 どちら側になってもいい分はごもっともと思う、 どうしょうもない介護の世界。 身体が不自由な年配者に我慢しろというのも無理な話で それに合わせてすべて要求に応えろというのも物理的に無理な話。 あ〜〜理不尽だらけの介護の世界。 まぁ、そこそこどっかで折り合いをつけれる箇所をみつけて 休憩しぃもってがいいのかも。 なんせ、先のことを考えると気分がなえる。 ひとつずつできることが増えていく乳幼児とはちがい ひとつずつできてたことができなくなる年配者の その先を考えるのはどうしょうもないので とりあえず、足元を見て、今だけをみるのがいいのかも。 しかしながら、わが身に置き換えるとこれもまた切ない。”
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かわいいことをいう my son
“「お母さん、今日の牛丼よかったわぁ」と。 お弁当のこと。 牛丼やなくて、牛肉とたまねぎを炒めて塩コショウしたもの。 それだけのもので 牛丼やあらへん・・・ 「ボク、ごはんの上にのっけって牛丼にしてん。」と。 牛丼になるほどの汁気はまったくございませんが・・・ 確かに、私もお昼に残りのそれを食べたがおいしかった。 お弁当には豚か鶏がほとんど、 というかお弁当でなくても 豚か鶏が多い。 いまいち、 いや、いま二ぐらい 牛が苦手は私ゆえ、そして鶏、それも胸肉限定という タンパク好みな私ゆえ、 牛は久しくなる。 たまたま、お弁当のおかずになるのが牛ワンパック。 肉じゃがの残り。 それを見つけただけの話なんやけど かわいいことをいう次男坊主に 「そうかぁ〜ほんだら、お弁当メニューに昇格させよか?」と調子のええことを言う。 そんなん云うても、牛高いし、 ほんのぽっちりで済むならいいが量が必要となると やっぱり豚か鶏やん。”
なめとんかぁ〜ということに翻弄されて。
“詳細はここでは控えるとして、 世の中にはほんまどうしょうもない人種がいてるものやと。 筋の通らんことすな!と 何が嫌いって筋の通らんことをされると頭ぶち切れですわぁ。 実際の血は薄くて 使いもんにならんからって献血拒否されるわたくしでございますが、 その血とちがうん? 血の気が多いっていうのはどの血? そんなこんなで、 ほんまは今日はやることがよ〜さんあったというのに、 まったくnothing。 気分入れ替えということで、 お遊び的にサイトを作ってみる。 wordpressでブログ構築ってのを後学のために 前からしやななぁ〜て思ってので 一気に二つ。 wordpressでサイト構築は旦那の仕事用ウェブページや 職場でのあれこれ、私のアフリエイト用あれこれで 作ったけれど、 純粋にブログを作ってみたくなったので。 ときどき、娘と楽しむカフェランチ。 その写真がたまってきたので cafe*petit チープなものにこそ感じるシアワセ感 petit*”
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私が云うのもなんですが・・・・
“どっちもどっちよなぁと思った新聞記事。 保護者を訴えたという教師の話。 本当のところはわからんが、 間にいてる子どものことを考えるべき立場の大人が 何をしてはるん?というのが正直なところ。 たぶん、どちらも意固地になって 本末転倒してはるとしかいいようがないわなぁ。 仮にモンスターペアレンツという定義(それがどんな定義かしらんけど)に その保護者が該当するとしても、 学校側が市教委に出した報告はないやろと思った私。 学校内で処理をする能力がない管理職もどうなん? よ〜処理せんから 正論ぶった理由をつけて訴えて 恥ずかしくないのかしらん? わが町にも そんな恥をしらんヤツが若干いてるなぁ。 何が腹立つって 仕事もできんのに 税金で生活しているところ。 これこそ税金の無駄づかい!”
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e-Taxをあきらめる。
“旦那の青色申告をe-Taxでしようと 朝一に市役所に行くつもりで家事を終わらせる。 まずは住基カードの交付やと市役所サイトを見る。 交付申請に必要なものの確認をしつつじっくり読み進めると、 あかんやん・・・・ 最終、住基カード発行時の暗証番号設定は本人でないとだめ。 代理人は不可と書かれてある。 e-Taxの存在すら知らない旦那にそこから説明して 役所に行くために仕事の都合をつけさせるなんてのが 面倒くさくなる。 申告書類を書いて、税務署に行くのは私で その手間を省こうとe-Taxやと思ったのに・・・・ あかんやん。 たまに発生する医療費控除(お産以後は私の入院で)と 実家の父の確定申告は 郵便ですませている。 青色申告も郵便でできるのか? いっぺん調べやなあかんなぁで くそ〜〜e-Taxめと思う。 名義は旦那でも 管理しているのは私という銀行の口座でも 本人やないとあかんということを言われる。 いまどきのご時世、いろいろと事件があるからやろうけど・・・ 委任状であかんのか?と思ってみたり。 まぁ、住基カードは銀行の口座より意義が重いであろうから しゃ〜ないわなぁとあきらめる。 てなことで 市役所に行ったついでにしようと思っていた用事だけをしに 市役所とは反対の駅に行く。 2月半ばから3週間ほど、 オーストラリア短期留学をする娘のその費用を振込に行く。 いつも思うが、学費を振り込むにも 10万以上ということで本人確認をされる。 学費やでぇ〜〜 あきらかに学校発行の振込用紙をもってきているねんし、 大学の学費なんて10万超えるねんし、 これに関しては本人確認なしでええんちゃう?っていいそうになる。 電車賃を払っても 振込手数料のほうが高いからわざわざ一駅だけ電車に乗ってきた。 お母様の本人確認といわれ、 免許証のコピーを許可したが、 考えたらそれも怖い話やで。 数日前の新聞に、 保険屋さんに保険料引落の手続きで運転免許証なんかの身分証明書を提示、 それによってクレジットカードを偽造されたという記事があった。 金融関係や行政は それをバックに簡単に身分証明書の提示を求めるが 提示してもらった証明書とか取扱い心得書とか 当然、日時、担当者名、担当者印をつけた書面を発行してほしいもんやわと e-Taxをあきらめた八つ当たりが頭をよぎる。 とりあえず、今日は帳簿の最終処理やな。”
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13000歩
“私のiPod nano の昨日の歩数計。 十日戎ってことで 昨年同様、娘と二人で堀川さんへ行く。 商売繁盛で笹持って来い!ですわねぇ。 朝の9時過ぎに出発。 10時頃に堀川戎に到着。 境内はすでに長蛇の列。 最後尾に並び、福娘のお神楽を頂戴したあと、 福笹を授与してもらいにいく。 今年はちょっと張り込んで ワンステップ上の福笹を授与してもらい 婦人会のおばちゃんにお神楽を頂戴する。 今年もまたおまけを付けてもらい ありがたく頂戴する。 っでそのあとは、お決まりのカステーラを購入し 地下鉄の駅にもどり一駅乗車で梅田に行く。 三番街のリバーカフェで五穀米の一汁三菜のランチのあと、 長男リクエストの買い物と 娘のリクルートバッグを購入。 茶屋町に足を伸ばし、 新しく出来たジュンク堂&丸善の本屋に行き、 本は買わずに文具コーナーで散々遊んで、 かわいらしいマスキングテープやクリップを買う。 本はまったくのスルーというこの状況。 ちゃうねん・・・ 福笹を持っているし、 ランチの前にキッチンキッチンで買ったお皿が重くて 活字に目をやる余裕なし。 最後は茶屋町のエレファントカフェのケーキセットで 休憩し家路に向かう。 このエレファントカフェが 店内はインド風やのに 食事メニューには中華メニューなんてあり・・ お会計もお席で・・・・なんて云われ、 なかなか楽しげな雰囲気のお店。 そんなこんなで13000ほど歩いた昨日の私。 てなことでえべっさんも終わったし お正月気分も払拭して 仕事仕事・・・・”
09
ゴンザレス消滅・・・
“あったり前か・・・・ 昨日の有馬。 いつもの病院のバスは 芦有道路の展望台の脇を通る。 お正月に展望台に作っておいた雪ゴンザレス。 儚い人生を終える。 東六甲、阪神競馬場から神戸の海を望める展望台ゆえ、 晴れの日はきっちりとお日様が当たる。 ゴンザレスの姿なく・・・ でも、さすがにここから山を越える、日陰の道は いまだ雪健在。 道路はすっかり普段通りなので危なっかしさもなく 脇に残った雪を楽しむ。 それが病院のバス。 新しくなっている。 1年3か月前に父がここに入ったときには 数年後に、病院のシステムが変わり方向性を模索中なので 次に移るところを探すようにという話もあった。 それも含めて、 次に移る場所探しをソーシャルワーカーさんと相談していたが 去年の夏の終わりの発熱から ぐっと体力が衰えた父に 高齢者が転々とするのはメンタル面での負担もなるから ここにいたら・・という言葉。 病院の方向性が決まったのであろうか。 昨日は病院バス乗り場で会う人と 前回、言葉を交わしたのをきっかけに 朝のバス待ちの間、帰りのバス待ちのロビー、 バスを降りてからの駅の改札口までと いろいろと話をする。 その方はお母様が入院されて3年とのこと。 1年ほど前に 病院を建て替えるから次にうつるところを探すようにという話があったけど 今、お母様の体調が思わしくなく、ここにいたら・・・と うちと同じような状況。 バスも新しくなったしそのあたりどうなんでしょうねぇ・・・?で また今度と別れる。 あちらこちらに同じ状況の人がいてはるとは 思っていたが、 やっぱりという感じは なんかなぁ、どうなん?って感じ。 帰宅後、子どもらに 「とうとう、有馬で知り合いができてもうた・・・」という。 「今までできんかったん?」と長男。 「あんなところで知り合いを作らんほうがええ。」と持論をぶちかます。 見舞い先の病院、 わがの入院先の病院で 知り合いなんて必要ないやろ。 傷のなめ合いはしたないねん。 もっと建設的な繋がりならええけど・・・と。 そんなこんなで 電車とバスを乗り継いでの有馬行が 今年も始まった。”
07
今年初のケツメイシDVDを観ながら・・・
“テンションあげていかなな・・・・ 15日には小学校からの友達3人と会う。 一人とは毎年、そこの年賀状を私が作成しているので 1年に1回は会っている。 一人は一番家が違い。 隣の校区やのになかなか会えず・・・ 去年の5月に3,4年ぶりに会う。 もう一人はここ10年ほど会っていず・・・・ てなことで どこで会うかの打ち合わせの電話をする。 その子らとも共通の友で これまた小学校からの友達は 毎年、年賀メールをくれる。 そこでいつも今年こそ会いたいねと・・・ そんなこんなで 小学校からの友達何人か、 15日に会う子らも含めて、 今年こそはそんな設定をと考えている。 金沢に住んでいる子もいてるし、 来れるかなぁ・・・と思ってみたり。 ほんまみんなてんでバラバラの地でそれぞれ頑張っているわけだ! そんなこんなでケツメイシのトモダチを聴く。”
今どき、待ち合わせで会われへんって・・・
“そんな気がしたから 朝、長男が出るときに 「携帯の充電はある?」 「残り少ない」 「今から電源切っとき!部活が終わったすぐにいれる!わかった!」と念押しした。 夏ごろから新しいバッシュが欲しいと お小遣いをコツコツ貯め、 お年玉が手に入り、 目標額に達した次男。 昨日は次男のリクエストで部活から帰ってからの午後、 梅田のパワーハウス(バスケの専門店)に行く予定。 友達と行くとか一人で行けば・・・と云うたが 「梅田やねんで。親が一緒やないとあかんやろ。」って 超保守的なことをいう次男。 私は知っている。 一人で行く根性がないだけやん・・・と思うが まぁ、可愛い坊主がいうから連れて行く。 それを聞いていた長男。 こやつがまた世間知らず。冒険知らず。 「パワーハウスってどんなん?」ときた。 昨年、春に次男がネットで探したパワーハウスなので 長男は知らず。 メンバー登録をしている次男にバーゲンのお知らせ。 バッシュは20%off ウェアは30%offらしい。 「ボクも行きたい」というから 部活を終えた長男とは梅田で合流という段取り。 パワーハウスは阪急梅田の西側。 なので、 「梅田のBIG MANで待ち合わせな!」と私 梅田で待ち合わせっていうたらBIG MANやろ・・・ 「BIG MANって?」 「紀伊国屋の入り口のとこにある大きいTVの前。 いつも入る入口とは反対、東側の入り口のとこやで。わかった?」 「うん・・・」っていうたくせに、 昨日は御堂筋の改札口で待ってたとか? おまけに、やっぱりというか 携帯の充電切れで連絡つかず。 3時にBIG MAN前待ち合わせで、4時まで待って来ず。 長男は2時半から御堂筋の改札口から、谷町線東梅田、 ホワイティ梅田をぐるぐる歩いて探し 上に上がって本屋っていうから旭屋に行ってみたりで 雨が降ってきたら4時に諦めて家路につき、 5時前に家の電話から私の携帯へ電話。 次男の買い物も終え、 東梅田に向かっているホワイティ梅田で受けたその電話。 「だから云うたやろ!!電源切っとけって。 だれが御堂筋っていうた?」とシャウト! ていうか、 私は梅田に行くときはいつも谷四乗り換えで東梅田やし。 それにあんたの学校も 谷九から1本で東梅田やん。 どう考えても、谷町線やろ? なんで御堂筋なん? いったん、難波まで出て御堂筋に乗った・・・って あほちゃう! ていうか、携帯の充電きれたら 公衆電話を探して電話かけてこい! 公衆電話なかってんもん。 デパートの中に入ったんか? 入ってへん! デパートにはある!! 勉強ができたらええちゅうもんちゃう!って何回いうたらわかるん? 世間にでたら柔軟性が物言う。 ていうかなぁ、 「梅田のBIG MANってどこですか?」って駅員さんにでも聞くとかせんか? なんのために 街中の制服がない高校に入れたと思ってるねん!とそこまで飛躍する私。 いや、マジで 確かに学歴がものをいう場面もあるから、 あるにこしたことはない。 持ってて邪魔にならん程度に。 ただそれだけでは物は言えん。 勉強だけできたらいいってもんやないというのはそういうことやと 何回も言うてる。 こういうのをまじかで見ているからか 次男坊主は要領よく立ち回る。 はっきりいうて3人の中で一番柔軟性があるのは 上2人の失敗とそれに伴うおかんの叱咤を見ているから。 昨日もBIG MAN前にいてるとき、 キャッチセールスにひっかかっている兄ちゃんをみて、 「あれってなに?」 「あれはキャッチセールスや。こういうとこに立っていると あれこれセールスにひっかかる。あんたも気つけや!」 「うん。おとつい、家に運命の光がどうのこのうって人が来た。」 「それはあれや。女の人は長いコートを着てたやろ?」 「うん、なんで知ってるん?」 「その手の人はみな同じ格好をしてるねん。でどしたん?」 「母さん、おらへんっていうた」 「なぁ、兄ちゃんはここ知っている?」 「さぁ、知らんやろ。でも、いつも入る紀伊国屋の反対側の入り口っていつたらわかるやろ?」 「うん」 「梅田で待ち合わせっていうたらBIG MAN前や。覚えとき。 他にも曽根崎署前とかもあるけど・・・」 「BIG MANって?」 「あのTVや。下にBIG MANって書いてあるやろ?」 「うん」 でも、思うがBIG MANって私の時代の待ち合わせ場所で 今は違うのかも・・・ それでも昨日は何人か待ち人風の人がいてはった。 まぁええ。 BIG MANは永遠や!”
06
イケズかもかも・・・
“兄ちゃんの嫁の実家から年賀状が届いた。 とりあえず、ずっと年賀状だけのお付き合いをさせていただいていたが おとどしだかにお父さんが亡くなりはったので そのあと、お母さんのお名前がわからず放置。 そしたら今頃届いた。 なので、こちらもあわてて印刷する。 せやせや、兄ちゃんとこにも年賀状送ったろ・・・と思い立つ。 ここは結婚して数年は子どもの写真の年賀状があったが 数年前からこちらから送ってもなしのつぶて。 たぶん、我が家やからやなくて 年賀状全てを放棄しているであろうと想像する。 てなことで、 今までは兄ちゃんと嫁の連名のあて名で送っていたが 今回は兄ちゃんのみの名前にしたった。 私ってイケズかも?と思いつつやけど、 そりゃ、あんた、こんだけ何もせん嫁やねんし、 これぐらいどっちゅうことあらへん。 よくよく考えたら、 今までまともにしゃべったことがないというコミュニケーション・ブレイクダウンの 間柄やし。 挨拶だけはしていたが その挨拶さえ、しよらんかったヤツにはこれぐらいかまへんかまへん。”
05
神戸もさぶっ・・・
“昨日の神戸行き、ポートライナーは海端やし そりゃ〜寒いわ。 ホームにあったポートアイランドの案内図を見ていたら、 まぁ、いろんな大学のキャンパスがここに移ってきていること。 昨日はまだ、大学も始まっていないし ワールド記念ホールでライブもなさそうなので 神戸空港へ向かう、荷物をもった風の人らや サラリーマンが多かったが、 大学がはじまると学生が乗り、 ワールド記念ホールでライブがある日は それらの人であふれるんやろうなぁ〜と思いつつ、 5月のケツメイシ、神戸公演(ワールド記念ホール)へと思いははせる。 正月早々、仕事初め早々、 神戸まで、 叱られに行くという会議。 そのつもりでいたが、、相手も大人ゆえ、 通常の会議とあいなり、 な〜〜んやという感じ。 こんなんいうたら怒られるけど・・・・ 私は付随する立場なので さして意気込むこともなく さして何かをしゃべる必要もなく で、のほほんと座っていた。 とりあえず、名刺交換などはさせていただく。 週1の勤務で 営業でもなく名目は事務員やのに名刺を作ってもらっている。 なかなかこういう職場もないかも・・・・ それぞれ立場が違うし、 会社の形態や規模の違いもあり、 話が平行線になりつつも、 どこかで折り合いはつけやなあかんということで とりあえずは無理から丸くおさめて帰路へつく。 丸く収めにはいったのは 相手側の年長者。 直接、関わるお姉ちゃんは たぶん、この中で一番若いであろうから 鼻息が荒い。 会社にもどり 会議で言われた作業をし 夕方にはメールで提出。 それを受けて返ってきた前出のお姉ちゃんからのメールに しつこいねん!ってちょっとムッとする。 とまぁ、そんな2つ目の仕事初めとなった昨日。 帰宅すると 次男坊主が 「兄ちゃん、晩御飯いらんって」って 部活で晩御飯を食べにいったらしい。 年末に高校生の分際で 部活で打ち上げをするとかって話が 段取りがわるく、 忘年会シーズンでお店を探せず流れたので そのリベンジ。 10時過ぎに帰ってきた息子に どこにいったん?って聞くと・・・ 王将・・・とな。 王将って、王将しかしらんのか?という感じ。 年末にあったクラスでの打ち上げをしたその王将に 今度は部活(1,2年全員)の打ち上げって。 長男曰く、 あそこは予約なしで大勢入れるし安い。 ほんでそのあと、またセガか?と聞くと カラオケ組とセガ組に分かれたと。 どうでもええけど、 せっかく大阪市内の高校やねんしなんで東大阪で打ち上げをする? もうちょっと冒険をしようや・・・・とけしかけたい私。”
04
がらがらの電車
“昨日の通勤電車はがらがら。 本町界隈もふだんより少なめの人。 私はといえば、 月初の請求書作成で大忙し。 電車に乗る前に寄った郵便局で 年賀状のポスターを見たので 「年賀状、まだありますか?」と聞いてみた。 まだあるとのことなので 足りない分を調達。 とりあえず、やっぱりいただいたところには 返しておくことにする。 といことで、今日は今から神戸。 ポートライナーに乗ってポーアイ。 正月少々、遠方に仕事だホイっ”
03
年賀状が足りない・・・
“旦那の仕事、子どもらの年賀状を優先したら 私の取り分がえっうっそ〜〜と足りなくなってしまった本日。 おまけにプリンタとの接続が悪く、数枚、使い物にならなくなった。 てなことで、会ったこともない親戚(旦那繋がり)や 旦那の親から付き合うなとお達しがあった親戚(理由はわからん。 おじさん2人うちのどちらかやけど、どっちがどっちかわからんから両方)は 今回は省くことにする。 今度、年賀状を買うときには もう少し多めにしなあかんなぁ。 前回は多めに買ってずいぶんと余ったのがいまだ手元にあり 当てモン応募に使ったり(これがけっこう当たる)している。 そんなこんなで今回はちょびっとだけ多めに買ったが 予想を反して旦那の仕事関係が増え、 娘が使い、 長男が使った。 てなことで、明日から仕事の私。 なんだかおもしろくない。 というのも、私だけが仕事なのだ。 他の面々は部活もまだ休みやったりで お正月気分の余韻にひたっている。 くそ〜〜”
01
やっと年賀状
“みんな忙しいのね・・・と言わんばかりの 元旦に届いた賀状の枚数。 おかげのんびりと年賀状作成にかかれる。 宛名は筆ぐるめに入っているから 裏面作成に悩む。 年に一度、年賀状だけのお付き合いもあるので 出来る限りの近況をと、 ちんたらちんたらと書き連ねたい。 で、今年は新聞風にちんたらちんたらと書く。 そして忘れてはならないのがPR。 べつにそこからの発展性は期待をしていないが こういうことをやってまんねんというので PRとしてURLを記載する。 これによって、 昨年の最初、旦那の友達から電話があった。 私の友達はひそかにブログにアクセスしてくれたりしている様子。 とまぁ、とりあえず、なんとか、これでいいか・・・と完成。 ただ今、本日手元に届いた分の枚数を印刷中”
2010
12月
31
あけましておめでとうございます♪
“今年もどうぞご贔屓に・・・。 昨夜、ダウンタウンの年末恒例の笑ったらあかん番組を 壊れかけのTVで観つつ、 娘が携帯のワンセグで紅白の演奏状況を確認。 「出てきたで、福山」というので 福山雅治氏を 小さい画面で観る。 龍馬伝も終わってんから 早く髪の毛を切ったらいいのにと娘と言い合っていたその髪の毛を TVん中で切ってはる。 この日までおいていたとか・・・ それやったらそうというてくれたら良かったのに・・・・ そして、道標を熱唱。 そして、そして、道を・・・・と熱唱が 私の名前に聞こえてしゃ〜ない。 「うわっ、福山が母さんの名前、熱唱や!」と喜ぶ。 「えっなんて?」と長男。 「しょうもないこと云うてるから聞かんとき」と娘。 そういえば、バンプにいたっては スノースマイルで道を〜道を〜と 何度も熱唱する。 昔はなんで道やねん? 同じ名前の女の子はたいてい 美千とか、美智とか、美知とかやのにと 思ったもんやけど、 道はええでと思う今日このごろ。 わが次男坊主にいたっては 背中に道と大きくかかれ アントニオ猪木さんが云うてはった詩が書いてあるTシャツを着ている。 お習字の一文字になってみたり・・・ ただ、公共料金の水道代がそのまんまで嫌になってくる・・・・ 福山氏もめでたく散髪しはったし、 「かなちゃん(植村花菜ちゃん)が出てきたら教えて」と洗い物の続きをする。 そして、トイレの神様でまたも泣く。 昨夜のレコード大賞でもトイレの神様で泣いた。 今年最後の泣き納めってこと。 ドラマを観ては泣き、 歌を聴いては泣くという 涙もろいおかんをもつと また泣いと〜るで済まされる。 てなことでめでたく、泣き笑いで2010年は暮れて行った。”
年の瀬
“午前中いっぱいかかってお風呂掃除に奮闘。 合間にトイレ掃除やら 床のワックスかけやらを入れつつ・・・ 超おそいお昼ご飯のあと ガスレンジにかかるが レンジ・換気扇洗剤の買い忘れで 途中で液ぎれにて 見えるとこだけですます。 とりあえず、こんだけか・・・・ 時間切れ・・・ お風呂はええとして ガスレンジあたりめっさ中途半端感。 足も手も荒れ放題となる。 そしていまだ年賀状は真っ白けのまま。 とりあえず、 よいお年をお迎えください・・・・ 来年はわたくしの年でございます。 まっすぐに伸びる運命線がこのまま手の甲までいって ぐるっと一周してもどってくるんちゃうん?っていうほどの 前途洋々な気がしてならん卯年のわたくしでございます。 クックック・・・”
30
ハリーポッターを観に行く
“恒例の次男坊主との映画鑑賞に 今回はハリーポッター好き長男とハリーポッターはよ〜わからん娘がついてきた。 例によって なんばパークスでチケットをネット予約して向かう。 予約することもなく午前1番の部は空席あり。 いきなり、命を狙われているハリーという設定で始まったが なんで命が狙われているのかがわからん・・・という私。 長男曰くに前作を観てへんからや・・・らしいが。 ハリーのおっさんぶり(成長ぶり?)と ロンの成長ぶり(めちゃでかい)に年月を感じる。 今回のはpart1でpart2が春休みだか夏休みだかにあるらしいが 連続ドラマ風 to be continued で 1週間後が限度。 それ以上は覚えてへんがな・・・という状況。 長丁場(10時10分から12時50分まで)ゆえ、最後のクレジットの途中で席をそろ〜と 立ち、お昼ご飯へと急ぐ。 以前、次男坊主と映画鑑賞をしたあとに入った 串カツ食べ放題のお店。 ぜったいに元を取るであろう長男を連れてきてやろうと思っていたので そこへ急ぐ。 前日にぐるなびで入手したクーポン券で ソフトドリンクバー無料と30分時間延長がつき 余裕のよっちゃん。 予想どおり次から次へとあれこれ口にいれる長男。 見た目の割によ〜さん食べる。 いつまでたってもお子ちゃまの次男坊主は ねえちゃんと二人でレザートを楽しむ。 2月にオーストラリアに3週間のホームステイに行く娘 (お嬢様女子大に行かすと大変。昨日も一人お嬢様みたいな服着てるし・・・)が 円をオーストラリアドルに換えるっていうので 外貨交換をしに行く。 ボクなんて二度と見られへんかもしれへんし・・・って 匂いをかぐ次男。 あんたも行きたかったら行ったらええがな・・と思うが そういう根性はない。 心斎橋に足を伸ばし、 息子二人のジーンズを買いに行く。 上のシャツは私が適当に買えるが ジーンズははいてみんとわからんしで こういう機会やないと買えない。 長男は私服通学やから多少値が張っても価値はあるが 次男は休みの日以外は必要ない身分。 なのでセール品を探すが なんせサイズが小さいからなかなかない。 ジュニアでもなく大人用やとなかなか見つからない。 サイズがあればその色は嫌とぬかす。 が次男坊主はセンスがない。 これかわいいやんと娘と二人でいうが譲らん。 かというて、これがいいという好みもない。 姉ちゃんと母さんがいうたんでええわ・・やねんけど この色は嫌とぬかす。 それがベージュ。 裾合わせをしてくれる店員さん。 いまどきのお兄ちゃんはベージュのタイトなパンツにブーツとかわいい恰好。 「ベージュは人気なんですわ!よ〜出てます。かわいいっすよねぇ。」とおっしゃる。 「かわいいよなぁ、そやのにこの子嫌やねんて、センスないねん!」 「そうっすかぁ・・・」と兄ちゃん。 そんなこんなで散財の昨日。 私のものは何一つ買っておらず・・・・ ええねん、特に今欲しいもんもないしと5年前に買ったお気に入りのセーターに身をつつむ。 そうそう、前夜のお通夜。 久しぶりに会った幼馴染。 独身の方はそんなに変わらずだが 離婚した方は本人には言うてへんが 同じ年と思われへんというふけ方。 本人いわく こっちは独身で子どもがいてない。 こっち(私)とは子どもの年齢がちがう。 かららしい。 23と21の子どもがいてるのと 18と16と14の子どもとでは 違うか・・・・ そうよなぁ、ハリーポッターは観に行かんわなぁ。 おまけに介護職やから 接するのはご高齢者ときてはる。 私みたいにPTAで30代にお母様方と接することもなかろうと そのあたりか? と思ってみたり、 でも彼女の実家は総出(両親、兄一家)で参列していて そことも久しぶりの再会。 うちの兄ちゃんと同じ年の そこの兄ちゃんのふけ方も尋常ではなく うちの母より10は若いはずのおばちゃんのふけ方も尋常ではない。 うちの兄ちゃんは下手したら私より若いんとちがうか?というぐらい 白髪もないという感じやから 10歳は違うであろう 幼馴染の兄ちゃん。 まぁ、ここもすでに成人の子が2人やもんなぉ。 うちの兄ちゃんは下がまだ小学生低学年ときている。 そんなこんなで 年賀状もまだ作成しておらず、 大掃除もしておらず 大晦日を迎えてしまった私でございます。 いかんなぁ・・・・”
29
訃報が届く
“昨夜遅くに幼馴染からのメール。 別の幼馴染のお父さんが亡くなったと。 小学校途中まで近所にいた面々で おっちゃんもおばちゃんも知っている。 メールをくれた幼馴染ともども ここ十何年は年賀状だけのやりとり。 社宅という特別な枠組みやったから 親子兄弟ともどもという繋がり。 これがたんにご近所やとこういう繋がりはなかったんやろうけど。 阪神工業地帯の一角やから 海端には大きい会社があり 市内にはあちらこちらに会社の社宅や寮がある。 メールをくれた幼馴染は 数年前に子ども(といってもうちより大きい。成人している。)を旦那に預けて というか旦那を子どもに預けて?ともいえるニュアンスで 一人家を出たとは聞いていた。 離婚の原因はなんとはなくで実家の母から聞いてはいたが ほんまのところは知らない。 もう一人は独身。 となると私は順風満帆? いや〜人知れず、人が経験してへんこと経験しつつ・・・ なんし、人それぞれ・・・ ということ、今晩のお通夜に参列する。 とりあえずお父ちゃんの名前のお香典と私の名前のお香典を用意する。 喪服を着て電車に乗るのはちょっと苦手やけど しゃ〜ないわなぁ。 昨日の幼馴染との電話で 「私らも来年は年女や、気つけやあかんなぁ。」と言われる。 年女って気つけやなあかんの?と思う。 私はまた、12年に一度のあたり年。 ええことおまっせ!よっ年男年女と思って いまのいままで、 来年で4回目のそれを意気揚々と迎えようと めっさ楽しみにしていた。 それでさっそくネット調べると 気つけやあかんようなことも書いてあるちゃ〜書いてあるねんけど。 それでも よっあたり年!飛躍の年、いいことおまっせと思えて仕方がない。 というか、今までの人生で 多少なりともこれが谷間?という事柄が起こった年代が 世間でいうところの厄年とかとは一致していない。 というか、無理からこれが谷間?と こじつけてるだけで そない大した事件でもないような気がする。 このあたりは受け取り方の違いであろう。 私と同じ病気でも闘病生活を送ったと称する人がいてはるから 受け止め方、感じ方の違いは大きい。 そんなこんなで 自分の人生にずうずうしい私は 12年に1度の飛躍の年と2011年に期待を寄せる しかし、今、めっちゃすごい風やし。 夜は寒そうよなぁ。”
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お年玉の準備
“クリスマスもそこそこに 年賀状はとりあえず頼まれたものは完了で 旦那の仕事用&我が家用はいまだ手を付けれず・・・・ でふと思い出す。 お年玉の準備。 ぽち袋は年賀状を買ったときに郵便局の馴染みのおっちゃんが くれはったのがある。 お札の用意。 というたかて、去年までは兄ちゃんとこの子ども、 いわゆる姪っ子甥っ子3人分と我が家の3人分を用意していたが 今年から姪っ子甥っ子はなし。 我が家の3人だけとなる。 いや〜一応、今年のお正月は用意して実家に預けていた。 我が家の次の日にやってくる予定の兄一家。 母に 「兄ちゃんところからうちの子らにってお年玉を預かったら これ渡して。 そうでなかったら渡したらあかんで!」と預ける。 あったりまえやん! お父ちゃん、まぁ嫁にしたら舅の世話どころか お見舞いにすら顔を出さへん奴らに なんで渡さんならん。 っで、お正月がすんで有馬の帰りに実家によると 私が預けたぽち袋はそのまんま。 なのでそれは持ち帰り、我が家のこどもらに渡す。 いったん、出したもんはひっこめん。 行き先が変わっただけ。 ということで 今回ははなから計算に入れず。 旦那は一人っ子ゆえ、 姪っ子甥っ子っていうたら兄ちゃんとこだけやけど、 友達の子どものほうが可愛い。 微妙なこの血のつながり。 いらんわ〜〜 お母ちゃんには 私らが行く日には兄ちゃんらを来さすな! 正月早々、気分悪いもん、見たない。 しつけがなってないガキ、正月から怒鳴りたないしと警告する。 それでも娘より息子がかわいい母(私も両方いてるからわからんでもない)は 兄ちゃんの孫もかわいいらしい。 というか、どうも出来の悪い息子がかわいいらしい。 そしてそれに付随する出来の悪い孫もかわいいらしい。 嫁の不出来さにも甘い母。 ん〜〜知ってる? お宅の娘は婿(わが旦那)の親にはそんなええ扱いされてまへんで。 まぁ、ここは 一人息子だけが可愛いだけで 孫もその嫁もどうでもいいというだけやねんけど。 わが娘ながら 私の厳しさはどうもしんどいらしい。 それをひしと感じる今日この頃。 いやいや、私まで不出来やったら おたくら2人、どないもこないもですやん。 おたくら2人の保護者、私ですやん。 と言いたいのもこらえつつ、 なんせ相手は高齢者。 なるべくなら穏やかに過ごさせたろという娘心。 だが、嫌なものは嫌。 兄ちゃんは別として(ここはやらしいが血のつながりやわなぁ。) 兄ちゃん一家とは会たくないねんで貫く。 おかげでその分、我が家のお子達にお年玉、多少なりとも上乗せしたろ。 他にいただけるところといえば 父の妹の叔母ちゃんだけし。 毎年、中高生のお年玉が何万っていうニュースを横目に 1万超えるか超えないかという状況のわが3人。 そんなあれこれを思いつつ、 我が家の子やから 別に新札でなくてもいいやんととりあえず枚数を確保できた。”
来年は仕事が忙しくなりそうな予感
“4日から初出。 ってあたり前といえばあたり前やけど、 週1で2か所という変則的な勤務なので いままで4日が初出はなかった。 来年は4日・5日と連続初出となる。 忙しい1年になりそうな予感。 今日はといえば、旦那の仕事。 年内に支払うべきところへの支払作業。 この支払ってのが 期日より前倒しで支払うか 遅れて支払うかで その会社の誠意ってのを感じるのは私だけ? 10日払いとうたっていて 10日が土日祝に当たっている月にどうするか? 私なら9日。 9日が土曜なら8日と 振込可能な平日で前倒しで振り込む。 これが11日や12日。 連休にあたって13日にようよう振込む会社って 悪いが誠意が感じられない。 私はこどもらにも云うが お金は姉弟間でも借りるな貸すな! 時間は前倒しで逆算して動け。 私の中で時間にルーズな人はそこで信頼度が減少。 お金にルーズなヤツは信頼度ゼロ。そこで縁を切る。”
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うわ〜久しぶり・・・・
“ネットスーパーの配達の人。 我が家の次男と同じ中2の男の子がいてはるお母さん。 帰宅時間が遅いのを理由に別の仕事に変わると ネットスーパーの配達から姿を消したのが4ヶ月前。 それが 今日、ピンポーンってなってドアを開けたらいてはる。 思わず 「どしたん?」って聞く。 ネットスーパーの配達の人手が足りず駆り出されたとのこと。 商品を届けてくれはるだけのお知り合いやけど そのたびになんやかんやとしゃべっていたもんやから 友達かい?という感じ。 そういえばネットスーパーの人気はとどまるとこ知らずという感じ。 配達の人はいつも忙しいそうにしてはる。”
それぞれの成績表
“クリスマスイブの24日は次男坊主の三者懇談。 一番最後の時間。 最終日の最後という スケジュールを持ち帰ったとき 次男には 「最後ってしゃべり放題しゃべるってことやん?」っていう。 「え〜〜なんか、先生、このあと予定があるとか言うてた」と次男。 「ほんまやなぁ?先生に聞くで!」 「うそっ」と会話があって迎えた当日。 二期制にて 通信簿はなく 途中評価ということで夏休み明けからの評価を提示してもらう。 美術が3から4に上がってる。 「え〜〜なんで、これ上がってるですかぁ?」って聞く。 各教科担当からの特記事項を書いたノートをめくりながら 「作品の発想がおもしろいって書いてあります。 テストの点より作品点ですねぇ」と。 そやろな、テストの点は平均点その他大勢の王道を行ってる。 なのになぜあがる?と思うわなぁ。 「発想がおもろいってのは幼稚園の時から言われてるんで」と納得する。 褒めるべきところがあってよかったよかったと帰宅。 その日の夜は 「俺なぁ〜発想がおもろいねんて」と家族に自慢しまくる次男。 発想がおもろいだけで高校には行けんでぇ〜と内心思う。 た 「母さん、見た? ボクの絵、職員室の壁に飾ってあったやろ?」って 「え〜〜なんで今頃いうん? 今日、行ったのにもっと早く云うてぇや」と。 聞くと文化祭の時に提示されていた作品なので いちおう見ている。 写真もとっている。 それはクラスごとに壁に数人分はられていた中の一つ。 あ〜〜〜あれは発想はおもろかったわと思う。 発想がおもろいって褒められて幸せよなぁ。 兄ちゃんはあと1点で満点やったのになんで満点とれんか?と 担任に叱咤されたことがあった。 次男より2ランクほど上の評価ゆえ もっとがんばれと言われる辛さ。 発想がおもろいで超ご機嫌の次男をしりめに そろ〜と出してきた長男の成績表。 とりあえず、クラス席次は1(学年席次は進路指導教諭のミスで記載なし)が ついていたので現状維持であるが、 「数学、もうちょっと頑張らなあかんやん。 あんた理系に行くんやろ?」と叱咤。 「ん〜時間足らんかってん。」 とそりゃ、あんた、試験前の練習休止やっていうのに 自主練にでたりするからや!といいたいが堪え 「時間足らんかったらもっと早くから勉強始めたらいいんちゃうん?」ってまたも叱咤。 叱咤しながらも よ〜がんばってたのは確か。 なので、 「現国はえらいがんばったなぁ。」と褒める。 「うん、現国は勉強よ〜さんしてん。数学は時間がなかった。」って あんた〜〜バランスが悪いねん。 塾も予備校にもいかず、 部活と両立しながらのクラス席次1は褒めてやるべきだが、 人間、慣れというのはほんま怖い。 クラスで1番が当たり前できているから長男はつらいわなぁ。 これが娘や次男やったら、ひっくり返って喜ぶのに。 そんなことには褒めてもらえない長男。 クリスマスケーキを食べたあと、 お皿とフォークについていたクリームをティッシュで拭いていたら 自分のお皿とフォークを綺麗にしてくれた。 「あんただけやなぁ、こんなことしてくれるん?!ありがとう!」って褒める。 「自分の分をしただけやん。」と照れる長男。 勉強できたからってその先が明るいか?ってのは疑問やし かといって 勉強がいまいちでその先が明るいか?っていうのも疑問。 自分の道は自分で拓いていけと そのためには知識を身に着ける必要がある。 その知識を適材適所使うと、それが教養となる。 ゆえにとりあえず学生の間は可能な限り力を出し切って勉強をすべしで 各個々に 個々の努力具合で まだいけるやろ?具合で叱咤する。 結局、怒るんかい!って話やん。”
メリークリスマスでした・・・
“昨日は朝からめっさ寒い中、有馬にGO! 雪降ってるんちゃうん? バス、動いてへんのんとちゃうん? と自問自答しつつ電車に乗る。 阪神芦屋の駅もめちゃ寒い。 芦屋警察署前の病院バス乗り場(別にバス亭にはなっていない) に行くと 先客一人。 頭を下げる。 病院のバスは職員用送迎用を患者のご家族さんにもという病院側のご厚意での運行。 にて路線バスが動いていても 天候によってはご家族さん乗車不可もある。 今年の初め、ここには私一人しかいなくて やっときたバスは空っぽで 運転手さんが 「雪で今日は病院にはいけません」と。 芦屋まで来て、そのまま引き返すことがあった。 が、先客はいつもこの時間に会うご家族さんの一人なので 今日はバスありとふむ。 そこにまたご家族さんが来はる。 この方は父と同じ階にお母さんがいてはる方。 いつもは会釈だけが あまりの寒さに 「今日は寒いですよねぇ」から初めてまともに会話を交わす。 バスが来るまでの短い間に自分の親の状況をお互いに話す。 似たような状況に不思議な仲間意識。 病院といっても 療養型の神戸市運営の病院にて、 通常の病院とはちがうからか お年寄りは長期入院が多い。 通常は3か月ほどで転院しなければならないが ここはそういうことがない。 家族にとってはありがたい。 この方はたぶんうちより前から通ってはる風やし、 以前、同じ病室のおっちゃんも父より前から入ってはる。 洗濯ものも有料やけど洗濯してくれる。 ので私はほんまに様子を見にいくだけ。 要介護3で高齢者でもあるので 入院代も父の年金で十分支払えるという良心的なもの。 神戸市はお金もちなのか?って思ってみたり・・・・ 山の上につくまでは大丈夫やったが 病室に入った途端、雪が舞いだす。 いっときは窓から見える景色が見えないほど 真っ白けに舞っていて 帰りのバスは運行するのか?と不安に思ったが 無事に下山。 阪神の芦屋駅に通って1年経とうというのに 今頃になって 前に見える芦屋警察署の道はさんでのケーキ屋さんが アンリシャンパンティエの本店ということを知る。 クリスマスやしケーキを買って帰ろうかと考えたが このあと実家(尼崎)の母んとこによって 三和商店街(めちゃ安い!)でチキンを買って帰る予定なので アンリシャンパンティエは次回へと持ち越す。 クリスマスケーキは長男に買いに行ってもらうよう託す。 父はといえば、 「ケーキ、持ってきたんか?」と。 初期の離乳食のようなごはんを食べてる あんたには無理!と 心の中でさけび、 「忘れたわ。ごめんやで〜〜」という。 奥にいてはる同室のおっちゃんのベッドがもぬけの殻。 サイドテーブルはそのままなので お正月やし家に外泊なんやと思う。 そこに触れて 帰りたい病が出てきては困ると知らんぷりしてたのに 「おらんやろ?」って奥のベッドのことを言う。 「おらんなぁ〜うわぁ〜〜めちゃ雪やでぇ〜〜」と話をそらす。 12月に入ったころには 帰りたい病がひどかったが あと1週間でお正月という昨日は そうでもなく、おだやかに過ごせて何より。 本人はめちゃくちゃ元気なつもりでいてるが 体重もかなり減少しているし、 夏の終わりの発熱から体力は低下。 この寒い中、外の空気に触れさすのは得策ではない。 そんなこんなで年々クリスマスもどこ吹く風の私。 別にクリスチャンでもないからええねんけど。 我が家にサンタクロースが来なくなってから久しく、 とりあえず愛するわが息子二人に 三和商店街の私ご用達マルトミでいくつか洋服を買う。 安いのよ。 3足280円の靴下をはじめ、 あれこれレジに持っていっても8000円でお釣り。 大きい紙袋を持たされた時点で これをもって今から阪神電車に地下鉄乗り継いで帰るのかと 少々、後悔する。 てか、私は自分の洋服を最近買ってないことに気付く。 今日のも5年前にかったセーターやし・・と思う。 気に入っているからええねんけど。 今年に入ってからは制服がない高校に通う超ド真面目な長男に ちょっとでもおしゃれ心を植え付けようと せっせとヤツの洋服ばかり買っているような気がする。 おかげでマルトミの店長にも店員にも 顔を覚えられている。 そんなこんなで私のクリスマスは暮れていくのであった。”
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クラスで打ち上げ?
“何の打ち上げかしらんけど・・・・ 時期的にクリスマス会って感じ? 文化祭あとの打ち上げは 他のクラスではあったのに 長男のクラスではあったようななかったような・・・ っで、朝のはよから部活に行き、 そのあとそのクラスでの会食に参加するという。 会食っていうたかて王将。 言い出しっぺの女子が お金のかからんとこっていうのでチョイスしたらしい。 そこで、開始より少々遅れて参加のわが息子は 部活のあとっていうのもあって 3人前ほど食らう。 見た目のわりによ〜食べる。 そのあと、どこに行ったん?って聞くと、 セガ! セガって・・・・・ 何したん? ゲームしたりプリクラ撮ったり。 へぇ〜プリクラ見せて! ない。 なんで?あんた写ってないん? 写ってると思うけど、ない。後日配布ちゃうかぁ〜〜〜 後日配布って・・・・ないと思うで。 まぁええけど、 練習試合やったから バスケットボールが4つ5つ入ったバッグを持って セガに行ったらしい。 あんた、そんな荷物持って邪魔でしゃ〜ないやん。 しゃ〜ないやん。女バレの女子も一人、ボール持ってうろうろしてるやつがおった。 よ〜わからんけど、 学校が大阪市内やちゅうのに その会食は東大阪ってどない? せっかくやねんしミナミに出ていくとかってないんかい?って 思うが、 まぁ、行ったことがある安くて座敷があってとなると 王将になったのかなぁ。 とにかく、ちょっとずつこういう遊びにも手染めていくヤツに 安心する。 いうたらなんやけど、 次男坊主は小6になる春休みに 友達と二人でそこまで映画を観に行き、 帰りにそのセガに寄ったが 2人とも帰りの電車賃をのけたら100円しかないって状況にきづいて 早々に帰宅ということがあった。 次男坊主が行きたいというから 行かせたが、 長男はそういうことをしようとせず、 行きたいといわず 高校生になった。 ゆえに、いろいろ遊べと思う私なのだ。”
年賀状作成第一弾
“やっとですわぁ。 やっと年賀状作成にかかれるという状況。 というのも PTA広報紙づくりでてんやわんや。 まぁこれにはいろいろ思うことありではあるんやけど、 無事に発行日を迎えよかったということにしとく。 そして、午後からの次男坊主の懇談まで 年賀状作り。 というてもこれは毎年、頼まれる友達ん家の分。 それが終わるとその次は実家の父母の分。 ここは毎年欠員がでるので枚数は減る一方なので 楽勝やけど、 友達ん家の分はご主人の仕事仕様なので 3つほどサンプルを作ってファックスで見てもらってからとなる。 それらを終えてから我が家の分。 旦那の仕事仕様と家族用と2パターン作らんならん。 クリスマスもくそもへちゃちゃもあらへんという感じ。 が本日のGoogleロゴがおもろい。”
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ケツメイシ・ツアーチケット入手♪
“本日、13時に抽選販売の結果発表。 2分ほど前から携帯サイトでチェック。 13時ちょうどに当選の文字。 3月大阪、5月神戸ともやん。 当たると思ってた・・・ mixiコミュニティでも、続々と当選、チケットゲットのコメント更新やし、 やっぱり嵐とは違うと実感。 嵐ファンの友達は無理から友達にファンクラブに入ってもらって 当選確率をあげても当たらんというてたもん。 まぁ、私もケツメイシのファンクラブみたいなCLUBケツメイシにはいっていて その先行抽選販売ってやつやねんけど。 チケットが送られてくるのは3月上旬らしい。 なにはともあれ、よかったよかった”
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来年は年女♪
“今朝、住宅の月一の掃除日。 ご近所のおばちゃんらと談笑。 おばちゃんっていうたかて たいていが親世代。 っで隣のおばちゃんが 「来年は年女やねん。」 と 「うっそお〜〜私もやで。一緒やん! うち旦那もや。」と盛り上がる。 「3人で来年は飛び跳ねようか〜〜」とわけのわからんことで盛り上がる。 別のおばちゃんが 「あんた、いくつになるん?」って聞きはるから 正直に申請する。 「ひゃっそないなるん?見えんで。」と。 「なるなる、もうええ年や!」と私。 家に帰って思うわけだ。 私もすっかり、立派な、筋金入りの大阪のおばちゃんやん”
自転車の鍵
“高校に行き始めて、早々に自転車の鍵を紛失。 予備のを渡しながら 「これ、失くしたらしらんで。正念いれや!」と叱咤する私。 そして数週間前、 行ってきますと家を出た長男。 洗濯ものを干して家の中にはいるとうろうろしてる。 「忘れもん?」 「自転車の鍵がないから、姉ちゃんの自転車借りていく!」と 「しっかりせぇ〜〜」とぼんくら息子にシャウト。 そして、みんな出て行ってから玄関を見ると、 土間のところに転がっている小さなブツ。 ひろいあげてみると、ぼんくら息子の自転車の鍵。 夕方、帰ってきて長男に、 懇々と説教。 もっとしっかりしろ!と。 今度なくしたら承知せ〜へんぞ!と。 そして2日前。 夕方、帰宅したヤツが 「自転車の鍵が見つからんでバスに乗って帰ってきた」と ひょうひょうと云うから 「あんたなぁ〜〜何回いうたらわかるねん!」と激を飛ばす。 「明日、学校で探してみる」って。 「見つからんかったらどうするん?」 で見つからず。 「どうするん!自転車!!」って突っ込む。 ん・・・・ て即答できず。 娘が 「自転車屋さんに持っていって鍵、壊してもらい」って っで駅の近くの自転車屋さんをタウンページで探す。 ちょっと距離があるが 「あんなぁ、母さんは行かんからな!自分で対処しいや!」と とりあえず、新しく付け替えてもらう鍵代だけは渡す。 「うん・・・」と 「あんなぁ、自転車泥棒と間違われてるかもしれんで」と脅かしてやる。 娘がぼそっと 「黙ってたらめちゃ真面目そうな顔してるのに、泥棒には間違えられんわ!」と云う。 そんなもん、世の中、 真面目で大人しかったのに・・・って子が事件起こしている。 真面目そうなやつも侮れん。 とりあえず、自分のケツは自分で拭けや!で手をださず、 そしたらとりあえずえっこらと自転車屋さんまで運んだようで 自転車泥棒にも間違えらず、帰宅。 今度は番号の鍵タイプを付けてもらったようなので 鍵を失くすという心配はないが・・・・ ちょっとは懲りたか?と 反省したか?と・・・・・”
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PCの破棄
“最初のデスクトップ(Win98)とノート(WinME)を やっとこさ処分しようと思い立つ。 この2つであれこれ結構と無茶な扱いをしたことで いろいろ勉強できたことを思うとなかなか処分できずやったが・・・・ やっとこ思い切る。 で、いろいろ知らべる。 とりあえず、両方とも初期化はしたが それだけではデータはPC奥深くに生きているらしい。 とんでもなく重要な機密事項などはあるわけもないが とりあえず、完璧にデータを削除して捨てたいと 下記サイトを参考に作業開始。 ハードディスクから完全にデータを消去する方法。 懐かしいのフロッピーを取り出し、起動ディスクを作るなんて作業をしつつ、 おおかた丸一日かけて作業完了。 ものごっつい重たい、昔〜〜のモニターも一緒に処分するので これでちょっと部屋がすっきり♪ 古〜いPCを動かしている間、 このPCで旦那の仕事の会計処理。 年末は超忙しい・・・ いまだ年賀状にかかれず・・・”
学校のグランドの芝生化
“なんかよ〜わからんけど、 大阪府が補助金を出している公立小中学校のグランドの芝生化。 今朝の新聞に よその中学校の話やけど 芝生化されたグランドを ソフトボール部の保護者が勝手にはがしてしまったという記事。 何をするねんと突っ込んでしまった私。 世の中にはいろんな親がおるもんよなぁ〜と つぶやくと、 母さんが言うたらあかんわ・・・と娘。 いや〜〜 反感を買うであろうが、 母さんは、わが子可愛さだけのエゴな行動はしてへん。 いや〜母さんは勝手に芝生ははがさん。 母さんはこのなぁなぁで済まそうとする保守的な地域、学校、市教委に 物申しただけ。 公立の学校やねんし、 その施設や設備は公共のもの。 それをわが子の部活の練習の邪魔と勝手にはがすというのは エゴ以外のなにものでもないと思えてしかたがない。 他の部活もあるねんし。 そこまでするなら、私立の学校に入れて、 寄付なりなんりして、 グランド整備をしたらいいやんって思えて仕方がない。 芝生にする前に 学校側としっかり話し合うべき。 記事によると話し合い折り合い点をみつけらしいが ならばそこは遵守しやななあ。 やたらわが子のスポーツバカな親がいてて、 そこまで子どもがやっている部活にのめりこむ気持ちがよ〜わからん。 まぁ、うちの子らは運度神経がいまいちのくせに 運動部に所属して 試合も出してもらっているのかどうなのか、 練習だけは真面目に参加しているというタイプやから こう思うのかもしれんが。 どっちにもしても 私の人生とちがうしなぁ。 子どもの人生にそこまで私はのめりこまれへん。”
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お楽しみがいっぱい♪
“イーグルスライブ。 友達夫婦は10列目やと。 私たちの6つ前。 ここは旦那さんが PCで受付開始11時に申し込んだそうで・・・・ 携帯よりPCのほうが反応が早い? 次からはPCよなと誓う。 なにはともあれ、近い席で逢えるやんってことで めでたしめでたし。 17列目でも わが旦那はええ席や〜〜と喜んでいた次第。 そりゃ〜そうやろ。 何の苦労もせず、 チケットの値段すら知らず、 マメな嫁はんが仕事の合間にゲットしたんやしぃ。 何においても 今はケツメイシライブのチケットが取れるかどうか・・・・ ここに焦点が絞られている私。 娘の大学の友達は まだ申し込んでいないと余裕をかましているらしい。 この彼女が 夏頃に学校に着てきたTシャツ。 それを見た娘は思わず声を上げそうになったが ぐっと飲み込んだという。 なんで知ってるん?って聞かれたらめんどくさいと。 お母さんが好きやねんなんて言われへんやと。 そのTシャツというのは GreenDayのアルバムジャケットの絵が描かれているTシャツ。 その子はケツメイシも好きで そしてアジ・カンも好きなんやと。 「母さんと同じ趣味やねん。 大体同じ系列にになるもんなん?」って 何を持って同じ系列というのかわからんが・・・・ 18歳の女の子と同じ系列が好きという 40ん歳。 イケテルやんと勝手に思とく。 てか、その彼女、 周りが嵐やなんやらというてるときに american idiotのTシャツを着て大学に来るあたり、 minorityやと思う私。 タイミングを計ったように ツタヤディスカスから イーグルスのベスト盤が届く。 とりあえず、これで予習をしとかななぁ。 大学の文化際に来はった ホームメイド家族のライブに行った娘。 知っている曲はええねんけど 知らん曲のときは寝てもうた・・・・と失礼極まりない発言。 そやからライブ予習はしといたほうがええでという ありがたいアドバイスをいただく。 そよなぁ、おまけにMCも英語やもんなぁ。 なんとかなんとか、なんとかジャパンとか なんとかオオサカって云われても わからんしなぁ。 ということでiPod nanoにいれる。 が、しかしながら、 とりあえず、 現在のところ、 ケツメイシがヘビロテの私。 ええんちゃう? ホテルカリフォルニアは知ってるし・・・”
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高校からの電話
“午前中にも電話がなったが、知らない番号やし 06やし、 どうせセールスやとスルーした。 っで、今、また同じ番号から電話。 でたら、長男の高校の担任から。 午前中の電話、10時半すぎやったから 休み時間の電話。 あれ、先生やったんやと思う。 「がんばりややから、神様が体を休めたほうがいいってことなんですよ。」なんて おっしゃる。 20代の可愛らしいお嬢様先生。 欠席等の連絡先として告知されている学校の電話番号は事務室にかかるようで 先生からの電話は職員室からなのか番号がちがう。 またこんなことがないように NO2として電話帳登録しておく。 そしてわが息子は 吐き下しも収まって、 顔色も戻ってきている。 「腹減った」とうるさい。 お腹がびっくりするからぼちぼち食べやなあかんと制する。”
イーグルスのチケット♪
“さっき届く。 先行販売開始11時からってのを3分ほどしてからの申込み完了やったから ええ席か?と期待していたチケット。 京セラドームの座席表。 ライブ仕様の基本形ってやつをネットで見つける。 それによるとアリーナの前から17列目。 中央より左よりちゅうか左端に近いところというのは そこそこかも。 これが中央ならかなりの良席やと思う。 ネットであれこれ調べると チケット屋さんというものがあるようで、 額面の倍以上の手数料で販売してはる。 コンサートチケットを取るという作業を (この前のコブクロは自分が行かへんからなんら気合入らず) 久方ぶりに立て続けにして、 わがの時代遅れ具合にめまい。 イーグルスはええねん。 どこなと・・・・と。 問題は昨日抽選応募したケツメイシやん。 イーグルスの京セラドーム座席表を探すついでに ケツメイシチケットで検索すると だんだんと不安になってくる。 大阪と神戸という立地。 これはかなり競争率が高そうなことに今頃気づく。 すでに一般販売の日程が決まっている徳島でのライブなんかを見ると、 大阪・神戸はまずはファン先行抽選販売の後の状況なのかと・・・ 思わず、徳島に行く?と思う私。 娘の短大の友達は 兵庫の西のほうの子なので 神戸と広島を申し込むっていうてたらしい。 大阪・神戸と比べたら広島はまだまし?とは思うが いや、地続きやから変わりないか。 やっぱり徳島とかやなぁ。 沖縄講演すでには一般先行分がかなりの手数料がついてチケット屋さんの店頭(ネット)に 並んでいる。 私はすっかりと神戸も大阪も行く気満々やのに なんだかちょいと意気消沈。 なんせ、今日手元に届いたイーグルスのチケットより よろしくなさげな席のチケットが ヤフオクで少々値段アップで売られている。 純粋にそのライブに行きたいからではなく 商売のためチケットを購入する人によって 純粋にチケットを手に入れたい私は手にすることができないかも・・・と いうことに今更ながら気づく。 げ〜〜〜〜うそやろ〜〜〜〜と。 だって、福山雅治氏のチケットなんて 額面プラス手数料13万ってのもあった。 こんな現実を今更知る私。 嵐もケツメイシもコブクロもみな一緒やんかぁ・・・・ あほほど簡単にそこそこええ席であろうイーグルチケットを手に入れた私は 思う。 いわゆる外国人アーチスト。 超トレンドな人は別にして。 イーグルスの位置がどうなの?とは思うが、 まだ手に入れやすい? 今朝もDVDケツの穴で予習していたというのに。 娘には昨日、 かあさん、甘いで。 ケツメイシのファンって結構いてるでと。 かあさんのまわりにいてないだけやでと。 ん・・・そうなんすか・・・ せやな、ジャニーズ系、スマップとか嵐は おばはんにも人気やもん。 ファンクラブに入ってるっていう人、何人か知っている。 ケツメイシフリークっていうても 2,3日前に買ったライブDVDを見て やっとメンバーの顔と名前を覚えたという私。 嵐ファンみたいに 大野君(大野君はおばはんに人気らしい)がええとか 桜井君がええとか そういうのはなく、 ケツメイシの曲が好きというだけな私が ライブに行こうというのが甘いのか・・・・・ (ケツメイシのメンバーをやっと認識できたのに 嵐は5人とも認知している) まぁ、ちなみに私は嵐の中ではちょっとおばはん顔の桜井君が 息子ならええよなとは思うぐらい。 ケツメイシのチケットが気になって イーグルスのチケットに気が乗らない私。 嵐ファンの一つ上の友達は 嵐のDVDを50インチのTVで観て、一緒に歌って踊って元気をもらうねんって 云うてる。 そこの大学1年の息子と おかんは嵐で息子はアジ・カンがいいと言い争いをして 「アジ・カンなんて聴いてるから彼女でけへんねん」という友達。 「私、嵐よりアジ・カンのほうが好きやで」というと うっそ〜〜〜と言われたが、 その言葉そっくりあんたに返すわという話があった。 嵐よりアジアンカンフーゼネレーションやろと思うが アジ・カンのメンバーの名前知らんねんなぁ。これがまた。 そんなことより、ケツメイシチケットが取れるかどうか 23日の抽選発表まで気が気でない。”
病人をおいては戦さに行けぬ
“本日の仕事は振り替えてもらう。 このあたり、どちらも同じような子どもがいてはる社長。 お父さんのわりに子どもに関わっていらっしゃるので助かる。 わがご子息は 昨日は結局、おかゆさんを3口ほど食べたきり。 今朝、6時に起きてきて 「お腹減った・・・・」と どうしても何か食したいというのですこしだけ食べさせ、 様子を見るのに しばらくそこ(ホットカーペットの上)におりっていうたら 寝てしもてる。 掃除機かけるで!と 寝てるそばでガンガンいわすが起きない。 吐く気配はなさそう。 ただ、お腹ぴ〜は相変わらず。 もともとお腹が弱い性質なので・・・ 予定を入れ替えた分、 今日はたんまりとPCに向かわななぁ・・・・ せっせと私が関わっているPTAのお仕事に無関心やった二男坊主。 昨夜、なぁ、ウェブはどうやってみるん? って Yahooで検索している。 Yahooで検索しても出てけ〜へんようにしてるねんやんかぁ。 とアドレスを教えてやる。 アクセス権を付けているので ログイン方法も教えてやるが パスワードがうまくいかない。 っで結局、私がやる。 そして、 え〜〜こんだけややこしいのに 写真、見えにくい〜〜〜〜と文句のたまう。 せやろ〜〜〜 こうしやなお上がゆるしまへんねんと私。 まずは保身。 そこから始まる思考なので なかなか時代についていかれへんちゅうか・・・ もうちょっとゆるくてもなんら支障はないと思うねんけどなぁ。 それぐらいしやな、意味もない。 ある程度の問題は起きることを想定して それをどう解決していくかで得るものがあるねんけど、 問題を起きないようにが前提なので 一向に成長せぇへん。 ということで、 いまいち面白みにかけるPC画面からそっと目を離す二男。 あんなぁ、24日過ぎてからもっかい見てみ。 おもろいから・・・と誇大PR。 その誇大PRフライヤーを全校に配布しようと企む私。 というてもとんでもないものではないのでなんら支障はない。 なので、その原稿作りをしよ・・・”
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ケツメイシライブチケット♪
“ひっさびさにドキドキしながら携帯で申し込む。 迷いに迷ったすえ、3月の大阪と5月の神戸を申込む。 アリーナ席(ブロック指定)とスタンド指定席も迷いに迷ったが 両方スタンド指定。 アリーナのブロック指定なんてそんなパワーはおまへん・・・・ 申込みと同時にカード決済手続きやし、 外れるってことはないやろうとふむ。 ていうか、めっさドキドキして1公演目の大阪分の申込みボタンをオンしたときに 旦那から電話。 どないや〜〜まだ吐いてるかぁ? と珍しい。 仕事、今日は暇なんや。 ん〜〜私は今、それどこらやないちゅうねん・・・・・ 大丈夫、あれから吐いてへんし寝てる。 そっか・・・・ なんとかウイルスっていうやつとちがうんか? ノロかロタかどっちをいうてると思いつつ、 え〜〜わからん。 ○○さん(金曜日に契約にきたおっちゃん)ってよ〜しゃべりはるなぁ・・・ ってまだ続けるか・・・ 私はいま、それどころとちゃうねんしぃ。 私の頭ん中はケツメイシが回ってる。 よ〜しゃべりはるやろぉ。ほな!と切る。 え〜〜チケット申込みオンは生きてるん?って心配になる。 確認画面でみると大丈夫そう、 なので引き続き、神戸公演を申し込む。 抽選っていうたかて ほんまマジで、 嵐やないねんし、 カード決済手続きもしてんし、 絶対行けるわ。 この前もコブクロのライブに行く娘のために オンラインでチケット申し込み、抽選っていうのに その場でカード決済手続き。 そしてその翌日にはカード会社から取引メールが届く。 この時点で当選にちがいないと 数週間後、当選メール。 コブクロでさえ、これやもん。 コブクロとケツメイシやと コブクロのほうが幅広く人気があるように思う。 ケツメイシフリークであるが このあたりは客観的に見てもコブクロやろ。 コブクロと嵐やと嵐やけど・・・・ ということで 来年の手帳にその気満々で予定を書き込む。 ケツメイシライブ・・・・やて 笑いが出てきてしゃ〜ない。 朝から、ケツの穴上級編のDVDで予習に余念がない私。 しかしながら、イーグルスの予習もしやなあかんのにこれが CDがなかなか届かない。 ということで本日の一番大きな仕事を終えた。 が、何いうても気になるわがご子息の体調。 トイレに起きたきた顔は朝よりすっきりしていたが・・・・ 病院に行くにも雨やし、 ノロかロタか はたまたただのお腹にくる風邪なのか、答えはいずこ・・・・”
久々、夜中にたたき起こされる
“娘が「母さん、母さん」と呼ぶ。 長男が吐いたらしい。 夕方、部活から帰ってきてしんどそうやったし、 食欲もなく、 いまいちお腹の調子が悪そうに早々に布団に入った。 「吐くと思ってた・・・」と メガネをかけて時計を見る。 3時をさしている。 時計止まってるんやろか? と 娘に「いま、何時?」と聞くと 「3時」 時計止まってないんや・・・と ここまで数秒の話。 長男の布団のシーツをはずし 夜中に風呂場で洗濯ですわ。 トイレから出てきた張本人は青白い顔をしながらも ところどころまき散らしのブツをティッシュで拭きとっている。 真横で寝ている次男坊主は 夢の中。 旦那は気づいている様子だが出てこない。 娘は 「ノロウイルスとちゃうん?うつるやん。」って。 「しょうもないこというな!」と私。 ノロか・・・ そういえば、1歳過ぎから小学校に上がるまで毎年この時期になると ロタウイルスにかかっていた長男。 ノロやのうてロタちゃうん?って心の中で突っ込むが ロタは高校生はならんわなぁ。 4時前に寝て、5時に起きて、 夜中の大騒ぎを知らんぷりしてた二人のお弁当を作る。 6時に次男を起こし、 夜中の事件を知ってるか?と聞くが知らん・・・・やと。 幸せやなぁ、あんた・・・・・ 結局、朝には熱も出てきて、 なんやねん? のど乾いたと飲んだ水もまた戻すし、 お腹はピ〜〜やし。 病院に行くか?というと 今は動く元気なし・・・と。 とりあえず、学校に電話。 名前をいう。 聞き返される。 一文字ずつ大きい声で言う。 事情を説明する。 担任の名前を聞かれる。 下の名前は覚えているが 上の名前がわからんから なんたらレイコ先生という。 幼稚園の先生か? お母さんですね?と確認される。 そんなに声、若いか? ちゃうちゃう、欠席の連絡は保護者からが必須やからなだけ。 それにしても、思い出すのは、 長男が2歳すぎの11月。 生まれて2か月ほどの二男はまだ首も座らずのとき。 吐き下しのロタになった長男の手をひいて、 首の座らん次男を抱っこして 次男の紙おむつと長男の着替えを詰めたカバンを娘に持たせ、 タクシーで病院に向かったあの日。 本当なら、吐き下しで脱水症状でしんどいから抱っこして連れていくところを 次男を抱っこしている私なので抱っこできない。 3人の真ん中ってほんまつらいよなぁ。 まぁ、おかげで一番根性あるし自立はしている。 そういえば、二男は吐くということがほとんどなくきている。 まぁ、ヤツはヤツで鼻血の海に顔を突っ込んで寝ているなんてことはしてくれたが。 で思うわけだ。 こうやって吐き下しの処理をしてくれるから 子どもはみな、お母ちゃんが大好きなのよ。 いくら外でせっせと働いても 夜な夜な吐き下しの世話をしてくれるお父ちゃんはめったにいてへんわなぁ。 ここよな。 子どもがお父ちゃんよりお母ちゃんが好きなところ。 そんなことを感じた本日。 あ〜〜しんど・・・・”
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そない怒らんでも・・・
“取引先というか 微妙に違うねんけど。 簡単にいうとそんな感じ。 その担当のお姉さん。 気持ち、わからんでもないが その立場もあるし そうやろうとは思うが、 なかなか期日に提出しないわが社に 怒り心頭の様子。 そない怒らんでも・・・って感じ。 ていうか、 本質的に 立場が違うのと 会社の形態が違うのと なかなか相手の状況が把握できないというのもあろうかと 思うんやけど・・・ 怒り心頭のメールに 若いなぁ〜と思ってしまった次第。 なんせ、半分公務員的な感じなのがよくないのか、 中途半端にかたい、細かい。 最初の会議で こんな細かいこと、うちには厳しいでと思ったが その通りの状況。 予想どおりで私はどうしょうもない。 最初っからこうなることはわかってたし。 話かわって、金曜日に旦那の仕事関係の人が契約を交わしに来はった。 業界によって 契約書に対する意識というものがずいぶんと差があるのは確かで、 その中で契約書を交わしてもらわなという私に対して おっちゃんは 「奥さん、かたいでんなぁ」と。 ていうかなぁ、業界自体がなんやええ加減なとこあるし やくざな商売的なとこもあるねんし、 そりゃ、契約書はお互い様のことでと 200円の収入印紙を貼って、はんこを押してもらう。 私はかたいんだかやわらかいんだか・・・と思うけれど。 旦那の仕事の業界と 私が働きに行ってる業界は またてんで違う。 その両方に顔を突っ込んでる私は ええ戦力になると思うのか そのおっちゃんとあれこれ仕事の話で盛り上がる。 ていうか、この業界のおっちゃんはICTに疎いから そこの話を聞きたがる。 なんにし手間ですわぁ。とだけ言うとく。 私がコツコツと仕入れたネタ、そう簡単に教えられまへんわ。 そんなこんなで小一時間、しゃべって帰りはった。 夜帰宅した旦那に 「小一時間、しゃべって帰りはったで」というと 「お前がまたぺらぺらしゃべるからやろ」と言われる。 はずれではないけれど、 私の存在をアピールしとかななぁ。 しかしながら、 バックに大きいところがついてる人と そうでないところとをみると、 どっちがええとも悪いともいえん。 かたすぎるのもよ〜ないし かというて ええ加減すぎるのもよ〜ない。 程よいさじ加減で 柔軟に対応できる、営業能力っていうのがこれからの時代 必要やで、わが息子たちよ・・・・・”
ケツの穴〜上級編〜
“いやはや、まだ抽選会にも参加できずなので チケットが手に入るかどうかも定かではないというケツメイシライブ。 まぁなぁ〜〜 嵐ほどではないであろうと甘く見ている私。 嵐ファンの友達は ファンクラブにも入ってチケット争奪戦に参加しても なかなか当たらず、抽選モレやと嘆いている。 なので、東京のチケットまで申し込んで、 それが当たったからと泊りで東京へと嵐に逢いに行っている。 いくらなんでもケツメイシはそこまで競争率もなかろうと踏んでいる私。 とりあえず、大阪と神戸は申し込むつもりやけど。 で、初参戦ということで DVDで勉強しとかなぁ〜〜と手に入れる。 ケツの穴〜上級編〜 めっさ、テンション上がりますなぁ。 ていうか、 こない始終、タオルを振り回しとかなあかんのか、 筋肉痛になるやんけ!と DVDに突っ込む。 もう〜しゃ〜ないなぁ、 あんたの分もタオル、買うたるしぃと 娘に云う。 私は黒地にしてと娘。 そして、 あれやなぁ〜みんな若い人ばっかりやなぁ・・・と娘。 時々、映るオーディエンスを見て云う。 うん、でもな、一人なおばはん見つけた!と私。 大体、若い人しか行かんわなぁ〜ケツメイシって娘。 娘の友達も やたら興奮してケツメイシのチケット取る〜〜っていうてる子がいてるらしい。 先日の京セラでの嵐ライブ。 友達に誘われて、そのライブのグッズ販売のバイトをしてきた娘。 下は小学生から上はたぶんお母さんよりもっと上のおばちゃんまで 幅広いで〜と嵐のファン層を話していた娘。 知っている。 私の友達も私より一つ上や。 東京まで行ってる。 嵐自体は20代やん。 ケツメイシは30代。 当然、ケツメイシのファン層の年齢は上やろと思うが 嵐ファンの40代50代はいてるやろうけど ケツメイシは40代から上は厳しいでと娘がいう。 40代でケツメイシはないやろ・・・と。 ええがな、そんなもん。 嵐でもケツメイシでも 好きならそれでええんちゃうん? 人の好みや・・・ そのおかげであんたもその恩恵を預かれるってわけやん。 普通ならわがのお小遣いをはたいて わががチケット申し込んで手に入れやなあかんのに 母上(最初はおかんと書いたが・・・)が熱狂しているから 何の苦労もせずケツメイシライブに行けるかも・・・っていう立場は そうないで。 その嵐ファンの友達は イーグルスのライブには旦那と一緒に行くらしい。 偶然にも我が家と同じ。 その友達曰くに イーグルスのライブは40代50代が多いらしい、なのだ。 うん、それはよ〜わかる。想像つく。 こうなったら、あれよなぁ〜 来年の終わりぐらいにU2が来日するかもってものごっつい妄想に走るわ。 もうな、ボノも50代やし、 ええ加減、日本でライブしとかななぁ。 お互い、いつ何時ってことを考えると、 来年あたり来日しませんか?と言いたい私なのだ。 とりあえず、明日から抽選受付が始まるケツメイシチケットに燃える私なのである。 高校生の息子に 「なぁ、あんたの友達にはケツメイシのライブ行くっていうてる子、おらんの?」 「聞かんわ。」 せやろなぁ〜〜 ケツメイシって感じの学校やないもんなぁ。 DVDを一緒に観ている次男は 俺も行きたい・・・・という。 そっか・・・・大阪も神戸も当たったらどっちかやな。と・・・ こいつはケツメイシでもなんでもいいから ライブってやつに行きたいだけ。 周りの子はエグザイルのファンが多いっていう。 ケツメイシなんておらんわとも。 まぁ、ええやん。 なんでも・・・ どこなと・・・ どうでも・・・”
11
ビートルズの幽霊
“ 学校の音楽の時間や国際(英語)の時間に登場するビートルズ。 次男坊主が新聞の広告で見つけて 「これ、読みたい」っていうからAmazonで購入。 うわっ、書いた人、 上から読んでも下から読んでも一緒や・・・・と どうでもいいことに目が行く。 著者:葉山 葉 氏 中身は私はまだ読んでいないのでわからない。 次男が読んだあと読む予定。 ジョンレノンのハッピークリスマスって家にある? って聞かれるから あるで、母さんのiPodにいれてあるもん。と答える。 初めて知ったが、 この曲を流していたら 旦那が それ、嫌いやねん、止めてくれるか。と云う。 オノヨーコさんが嫌いらしい。 旦那はユーミンも嫌いで、 radioからユーミンが流れてくるとチャンネルを変える。 別に私はどっちも大好きでもないからええねんけど。 へぇ〜〜〜嫌いなんや・・という感じ。 これを読んだ次男は ベンチャーズのCDをレンタルし、パイプラインを聴き、 チャックベリーのジョニーBグッドを聴いている。 まんまやん・・・・ 影響されすぎ。 ほんで、 スタンドバイミーのDVDを借りるという始末。 まあ、それは私も一緒に観たけど。 青春デンデケデケデケも読んだけど。 ビートルズの幽霊はデンデケデケデケより 分厚いし舞台が日本とちゃうし(なんせ、ハリーポッターは 登場人物が覚えられへんと断念しとったし)大丈夫か?とひそかに案じる。”
有馬行きをサボル
“朝の目覚めが悪く、 おまけに右目に違和感。 軽い鈍痛。 低血圧で貧血の私やけど、 早起きはお手の物。 低血圧の人は朝は苦手というのはほんまか?と思うぐらい 早起きはへっちゃら。 そやけど疲れたがたまってくると 朝の目覚めが悪く、 弱いところに痛みが出る。 それで無理すると寝込むことになる。 なので、今日は有馬行きをパス。 お父ちゃん、ごめん・・・・と思うが 私が寝込むと困るやろうから辛抱してやと思う。 ほんま、こういうときにアテにできる人間がいないというのはどうよ? いや、立場的にはアテにすべき人物はいてるねんけど。 まぁ、ええわ。アホはほっとく・・・・ ということで、 今の今まで、ホットカーペットの上で転がりつつ、 うたた寝しつつ、 iPodで音楽を楽しみつつ、 右目の鈍痛も収まった。 というても、朝、出かける面々を起こし、 洗濯も掃除も終えてからのゴロゴロ。 見事や。 やっぱり疲れがというか 寝不足がたまってた? 期限が迫っているPTAのお仕事もあるので 昼からはそれをぼちぼちしやななぁ。”
09
堺筋本町は大騒ぎ
“新聞によると 府庁で橋下知事がしゃべってはるときに停電になったという。 あの関電、変電所漏電事件。 私が居てるビルは停電はしなかったので そんなことも知らず、会計処理を必死でやっていた。 外を走る消防車の音がやたらうるさくて、 街中で火事か?と思いつつも PCに向かっていた。 何台もの消防車の音が近づいてきて、ピタっと止まる。 目の前にとまったような感じで そりゃ〜あかんやろ。 どこぞで火事なん?と窓に近づくと 目の前に煙。 えっうっそ〜〜とよくよく見ると 道路をはさんで向かいのビルから。 3,4階あたりの高さにあるダクトから煙がもくもくでてるし。 てかこんなとこにダクトがあったんや・・・と思いつつ 下を見みると消防車数台。 すでに道路は黄色いロープがはられ閉鎖。 空はヘリコプターが飛んでるし。 しかしダクトからの煙だけで火は見えない。 けれどそのビルは停電している様子。 私がいてるビルより大きい。 堺筋に面しているりっぱな玄関の大きいビル。 こっちは堺筋から数メートル中に入ったとこが表玄関の中堅どころのビル。 隣の事務所の笑い声が聞こえるという。 切羽詰まった危険性もないから とりあえず仕事に戻る。 あとで知るが あのダクトの煙は 停電により自家発電をしたところ煙が出だしたとか・・・・ へ〜ほんだらうちのビルはすんなりと自家発電稼働で PCが落ちることなく 私は支障なく仕事をしていたということか? どっちにしても堺筋本町界隈は大騒ぎやった。 が、定時に仕事を終えてビルを出たが、 封鎖されていた道路もいつもどおりで あの騒ぎはいったいなんやったんやろうか? 人生とはそういうもんよな。 何があろうと、過ぎてしまえば・・・・・とか 当事者でなければ・・・・・とか 何事もなかったように時が流れるってことなんや。”
05
ネットブックを買う
“来春、短大からオーストラリア留学(3週間のホームステイ)をする娘。 贅沢な・・・と思うが 若いときにしかでけへんし 行っとけ・・と背中押す。 てなことで、その時に持っていくPCをと ネットブックをあれこれ探し、 一番安いやつを注文する。 途中で壊しよるかもしれんしな・・・ そないええもんはいらん。 ネットができて ワードが使えるもの。 で選んだのは てなことで、 ソレ用のアンチウイルスソフトやオフィスなどなどを どう入れるかや。 なんせネットブックにて光学ドライブがついていない。 ゆえにCDからのインストールは 別に外付けで用意しやなあかんかと思ったが あれこれ調べたらネットでダウンロードすればいいねんやということで そうする。 娘に使い慣れしとかなあかん・・とかっていうが 別にそない大層なことはなかろうに・・・と。 昨日Amazonで注文して 本日中に届くとのこと。 相変わらず、Amazonの早い。 表向きは娘用にと買ったが 私も使ってやろうと楽しみやん”
04
お昼休憩やったんや・・・
“木曜日。 月初の請求書作成発行という超忙しい日に限って 朝からしょうもないメールに振り回される。 急ぎの請求書を作って とりあえずこれだけは郵便局に持っていこうと エレベーターに乗るとやたらサラリーマンやOL。 ビルを出るとここもサラリーマンとOLであふれている。 今日はなんか会合でもあるのか?と 近くに産業会館もあるしなぁ〜と思いつつ 郵便局の前でちょいと携帯で電話しつつ、 職場に戻る。 でPCの時計をみると 12時回ってるやん・・・・ってことに気付く。 そりゃ〜、お昼休憩、お弁当を買いに行ったり 食べに行ったりのサラリーマンであふれるわ。 私はお弁当持参やから お昼どきのこの様子は今まで知らなかったが こんなにあふれるものかと・・・・ お昼前、11時すぎごろから ビルビルの角々に出没する臨時お弁当屋さんの存在は知っているが・・・ 車からワゴンをおろしその上にお弁当を並べている姿は見ている。 一度なんて 広げたばかりのお弁当をなんの拍子か ワゴンごとひっくり返すという事件に遭遇した。 お弁当2,30個パ〜という状況。 そのお弁当、12時半を過ぎると100円引きになるらしい。 通常400円が300円。かなりお買い得やけどまぁ、 私はお弁当やし・・・ そそくさとお弁当を食べ仕事に戻る。 一応、1時間なんぼのパートやから お昼休憩はきっかり1時間遊んでもいいわけやし そうしても別に文句も言われないが、 律儀で真面目な私は なるべくなら17時には帰りたいから 食べたらそく仕事を再開する。 なんせ1週間に1回の出社やから 朝、出勤すると山ほどの書類が机の上に置かれている。 それをひとつずつ片付けていくやった感は なかなか味わい深いもので・・・ ほんま、どこにいてもよ〜働くと誰もいうてくれへんから自分で云うとこか・・・”
11月
30
喪中ハガキの一文
“昨日舞い込んだ、喪中ハガキ。 新年のあいさつは喪中につき遠慮するが みなさまからの年賀状を楽しみにしているという内容の一文。 これええなぁ〜と思った私は 「うちもこれにしよ!」って 決まってもいないことに宣言する。”
丸坊主の刑
“明日から定期試験の二男。 普段なら試験前1週間は部活休止になるのに 試合前かなにか知らんけど 部活がある。 さすがに朝練はないけれど、土曜日も練習はあった。 そして、 5教科で250点以下やったら丸坊主にするというお達し。 200点だか100点だか忘れたが それ以下なら5厘刈りらしい。 とりあえず、いままで250点以下はとったことはないにしろ、 万が一に備えてと勉強にいそしんでいる。 が、部活を終えて疲れた体では そりゃ〜眠たいわなぁ。 先生、そりゃ〜殺生やで・・・・ 250点以下なんてそうおらんやろ?と聞くと いや、今年の1年生はよ〜さんおる。 ほんまぁ?と思う。 いや、ほんまやから先生も丸坊主の刑なのか・・・ 我が家では、勉強がんばろうぜ〜という次男だが 部活の中ではかろうじてできる部類にはいっているらしい。 それはどういうことやねん? どれだけレベル低いねんと思う。 気をよくしている次男にはいわへんけど。 なんせ、長男の高校へも ここの中学からは5人しか行ってない。 西隣の中学は9人やし、 同じ市内のもっと町中の中学からは11人いてはる。 これだけでも中学自体のレベルが低いねんやんか・・・・と 町全体が保守的で発展性がないというのが要因であろうと。 その表れの一つが校区内に本屋さんがないという文化的意識の低さ。 どないかすべきやで。 まずは町から変えやなとは思うが、無理やろな・・・”
29
待ちに待ったケツメイシツアー決定!
“登録しているクラブケツメイシからメール。 来年はツアーがあるであろうという前ふりがあったから ツアーのお知らせやとすぐにアクセスするがつながらず・・・ やっとこさアクセスして詳細を見る。 3月末に大阪城ホールで 5月の私の誕生日前に神戸ワールド記念ホール。 日程曜日的に神戸よなぁと思う私。 とりあえず一緒に行く娘にメール。 いつでもOKと返事。 でもチケットの抽選販売は来週。 そして今朝のこと。 朝刊にイーグルス、MR BIG、ホール&オーツ、スティングのライブ情報。 イーグルスのチケットが12,000円というのを今更ながら知った旦那。 「イーグルス12,000円なんか?」と。 「せやで、スティングと一緒や」 12,000円を2枚も買う嫁はんに驚いている風であるが、 今更ながらそんなことをいう旦那におどろく嫁やん。 そう思うと、6,000円なにがしのケツメイシは 娘の分と合わせて、大阪と神戸制覇できるやんって 怖いことを考える私。 なんし、来年は私年女やし。 (同じ年の旦那は年男やけど) あっちにぴょんぴょん、こっちでぴょんぴょんと ライブに行きまくるでとひそかに誓っている。 しかし、ケツメイシのチケットがとれるかどうかが問題で、 今からめちゃドキドキする。 『青春デンデケデケデケ』(著者 芦原すなお氏)を何回も読んでいる二男は ビートルズに始まり、ベンチャーズやチャックベリーのCDをかりまくっている。 チャックベリーはええわぁ。 Amazonではその並びにバディホリーもいてはって、 このあたりのラインは好きやなぁと思う私。 でもまぁ、とりあえず、今はケツメイシのライブチケットを手に入れられるかが もっとも最優先される重要なことと二重丸。”
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25
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ひかりTVのセールス
“ネットはフレッツ光なので その資料をもとに電話してきてはる。 不都合は?と聞かれたので いままで2回ほどあった不具合をいう。 まぁ、だからって別にどうってこともなく、 その受け答えで 「奥さんが一番インターネットをされているんですか?」と聞かれたので 「仕事で使うので」と。 それなら、 ファイル等添付のメール送受信の不具合はありますか?と 問われたので いや、それは特にないと回答。 っでここから本題に入る。 TVCMでやってるらしいひかりTV。 インターネットでTVを観ようってやつの宣伝。 ただ今、期間限定で無料だとか。 いやいや、だから、 ネットヘビーユーザーってさっき言いましたやん。 TV見てる時間おまへんねん。 話の流れでわからんか?と 心の中でおもくそ突っ込みつつ、 「いや〜TVは中学生の息子がつけるぐらいで 私は自らTVはつけないんですわぁ。 まったくといっていいほどTVは見てません。」 (ちょっと大げさやけど・・) TVはついてたら目に入る、耳に入る程度のもので じっくり前に座ってみるのは レンタルしたDVDで映画を観るとか。 唯一、決まって観ているのは 竹之内豊主演の昨夜のドラマ。 これは娘が忘れずにつけるのと 竹之内豊が主演というので観ている。 観ているっていうても、何か用事をしながらやし、 ドラマのタイトルも知らない。 挿入歌がコブクロっていうことは認知している。 そして、その合間にCMやら 新聞ラテ面の内容紹介を読んで 他のドラマは観たつもりで済ます。 「TVがつかない日なんてざらにある家なんですわぁ。 PCは3台あるんですけどTVは1台でそれもアナログを家族5人で観てます。」と ここまでいうと、 ひかりTVを売り込んでも無駄と察したのか すんなり切りはった。 そんななぁ、ネットもしてTVも観てって時間おまへん。 仕事にも行って、有馬の父のところにも行って、中高のPTAのあれこれもあって お弁当を作ったり、晩御飯をつくったりもしてまんねん。 子どもの勉強もみやなあかんし、 いちおう、病気もちなので睡眠時間はとりあえず確保しやなあきませんし、 どう考えてもいっぱいいっぱいの日々。 TVを一人で観るというのは寂し〜てかなんというところもあるんやけど。 たぶん、これは両親が共働きで一人、もしくは兄ちゃんと二人黙々と TVを観て時間を潰しながら母親の帰りを待ったというのが原因。 そんなこんなでTV関係のセールスは私には無駄なんですわぁ。”
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ホテルカリフォルニアぐらい・・・
“来年3月1日、京セラドームで行われるイーグルスのライブ。 朝刊広告で見た夜、何の気なしに イーグルスのライブに行きたいよなぁ〜なんていうと うっそっ!俺も行きたいって乗ってきた旦那。 行く?というと 行く行くというから 次の日の最速先行販売とやらの開始11時からってので チケット購入。 おひとり様12,000円のチケットを2枚。 よっ太っ腹! その夜、 よ〜考えたらホテルカリフォルニアぐらいしかまともに知らんような気がする。 それでよ〜行くっていうたなぁと言われつつ、 今から勉強しますわと私。 いや、ほかにも聴いたら知っているってのはいくつかある。 イーグルスというよりか 単独アーティストとしてなら存じ上げているという私。 まぁ3月までまだ間があるし、ぼちぼち勉強しまっさ。 本音をいうと 何をおいても私はU2のライブに行きたい。 ボノに逢いたい。 おおかた20年前に行ったのが最後のU2ライブ。 私も年齢を重ねたがボノもそれ相応に年齢を重ね、 ますます渋くなってはる。 U2なら2万円でも行くなと思う私。 一人でも行くし。 高校生になってから 洋楽に傾倒していっている長男。 友達に家にあるCDを貸してもいいかと、 母さんおすすめはどれ?というから 当然、U2とGREEN DAY やと。 特にU2は世界最強のロックバンドやと、 友達にいうとけという。 がしかし、その若人はU2よりGREEN DAYにはまったらしい。 なんでやねん。 わが長男は裏道少年(バックストリートボーイズのことを私はこう呼ぶ)から Jetにはまっていて、 これはまぁ、ええ流れやと。 私、裏道少年はいまいちピンとけ〜へんけど Jetはかっこええ。そこに流れるのは 超真面目なヤツにしてはええ傾向。 しかし、曲云々より、 京セラドームにしろ、城ホールにしろ、 私のこの目では一番前でもまともにお顔を拝見できない。 なので同じ時間を共有するというところに意義を見出すべきやと言い聞かせる。”
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ぶっちゃけた話
“そのうち訪れるであろう・・・ 縁起でもない・・・・ 不謹慎ながら・・・・ 仏事のこと。 とりあえず、目下のところ、 たぶん・・・ ただいま、療養中の父かな・・・と。 私一人にかかっているゆえ、 いろんな意味で心づもりをしといたほうがいいよなと 思っていた矢先、 小学校の同級生からの喪中ハガキ。 で、お悔やみがてら、 ぶっちゃけた話を聞く。 夜中の3時まで話し込む。正直な話。 お金がかかるねんなぁと。 そして、やっぱり私のときは密葬でいいとつくづく思う。 そして、昨日、有馬の帰りに実家に寄ると、 ソレ用に積立しているってソレ用の人がおいていったという パンフレットがあり、目を通す。 ん〜〜友達の話で想像していたが どういう流れでどういうお金が必要なのか そして1例で示された費用明細。 誠に不謹慎ながら、 もしものときに誰も頼る相手がいないという私なので 勉強しとかななぁとしみじみ思う。 何も知らないということは怖いことで 言いなりに費用がかかる可能性もあるってことで、 というて こういうことと 弁護士というのは しょっちゅう関わることもなく 渋ると結果がよろしくないかもという弱みをくすぐられて、 多少の見栄もはりつつ、 ってなるのかなぁと。 どういうスタンスでこなすべきかをはっきり自分の中で決めておく必要があると つくづく思う。 お父ちゃんに なぁ、ぶっちゃけた話、どうしてほしい?って 意思確認ができたらいいがそうもいかへんわなぁ。 ていうか、私は嫁に出た身やねんけど・・・・ そんなんいいながら、 昨日のお父ちゃんは久しぶりに車いすに座ってごはん食べてたし、 私のカバンをあさって 「パンはないんか?」といやしいこというてたのでよかったよかったというもん。 パンは持ってたけど 離乳食状態のものを口にしているのに パンを口に入れるのはちょっとしのばれる。 のどに詰まって・・・・なんてことになるとそれは大変困る。 あれやこれや心積りはしているが 現実にその状況になるのは できる限り後回しにしてくれと思う娘心の私。 が、長男(旦那)の嫁、 長男っていうたかて一人っ子やねんから 長男もくそもないが、 そちらの仏事のほうがたぶんあれこれ縛りがあるであろうし ぶっちゃけた話もできんから マジで大変であろうと。 ならば その前の予行練習というと父に失礼やけど 一通り手順を認知できたら助かると思う私もいてて 複雑極まりない。 まったくもって、 生まれてくるときと同じぐらいで旅立つべきやないのかと。 私に限っては 書面にしたためて、子どもらに迷惑かけんようにしとこと誓う。”
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予備校のセールス撃退!
“昨夜、電話がなる。 ○○予備校たらのおっちゃんがわが長男を名指しでセールストーク。 「部活を続けながら志望校に合格できる」と云わはるから・・・ 「それがまぁ、うちの子ォ〜これがまたよぉ〜できるんですわぁ!」と軽くジョブを入れる。 「それは何よりです。それで部活を続けながらも・・・・」と続けるから それにかぶせて 「いやぁ〜バスケ部に所属しながら家で勉強しているだけで びっくりするぐらいよぉ〜できるんですゎ。○○高校で」と 高校の名前を出す。 「えっ○○なんですか!」とおっちゃん。 ふ〜ん、知らんとかけてきたんか?と思う。 どこから仕入れた名簿やと思う。 そして、一瞬たじろいだおっちゃん。 ちょっと方向を変えて 知事出身の高校やらの名前を出しつつ、 「そうですねぇ、みなさん、阪大とか狙っていかれると・・・」と言い出す。 またそれにかぶせて 「そうなんですわぁ、そこ、志望校ですわ。狙ってます。 それが、ほんま、よ〜できるもんやから、学校の先生にも太鼓判おされてますねん」と ここは半分はったりをかましたる。 太鼓判までおされれてへんけど 現時点ではかろうじて圏内にいてる程度やけど、 この際、かまへん。 ほんだら、おっちゃん。 「そうなんですか・・・よ〜できはるんですねぇ」 「ええ、まぁ」 「そしたらがんばってください」と切る体制に。 「ありがとうございます。」と云って切る。 ぐはは〜〜この手の電話ですんなり切りよった で私も受話器を置く。 数年前、この手のセールスのおっちゃんと30分も教育論をぶちかました私。 その時には、相手のおっちゃんを黙らせる札を持ち合わせいなかったが 長男のおかげで私はその札を手に入れたってことか・・・ しかしながら、 長男にもいうてるが、 勉強だけができたらええちゅうもんでなく 得た知識をどう使うかでそれをわがの教養とする。 その柔軟性があるかどうかやん。 柔軟性を養うためにも制服がない高校に入れたが、 ここも世間で思われているほど賢いかどうかっていうと疑問に思う今日このごろ。 しかしながら、ネームバリューはいまだ健在なのは素晴らしい。 ていうかネームバリューに騙されたらあかん。 そこでどんだけ努力するかや。 その点では娘は大したネームバリューもない高校やったけれど 彼女には意義のある3年間を過ごしたから、 それで結構。 来年あたりは次男対象に高校受験のこの手のセールス電話がかかってくるであろう。 ん〜〜ヤツには相手をうならせる札はない。 こうなったらまたも教育論をぶちかまそか・・・・”
10
三人兄弟の真ん中
“それがすべてではないやろうけど・・・ 先週土曜の体験教室に参加してくれた3姉弟。 小3のお姉ちゃんと小1のボクとたぶん3つぐらいの弟。 このボクがわが長男と同じで 大人でも途中でしんどくなる作業をコツコツともくもくと 丁寧にきっちりと確実にこなす。 最初はそばにスタッフのわが娘を配置させ 手伝わせていた。 このボク、私と同じ左利きということではさみが使えない。 はさみを使うとこは娘がする。 私ははさみとえんぴつは右で使えるようにしてもらったが こういう作り物は自然と左利き仕様となる。 なのでこのボクにより親近感を覚える。 小3のお姉ちゃんでも 「わからん・・・」って途中でもってくるソレ。 え〜〜ちゃうやんって状況を このボクは最初、「こうしてこうするねんで。わかる?」って 横に座って同じ目線で説明したことを 首をタテに振って(人見知りらしい・・・ここも長男そっくり)うなずきながらの笑顔。 まかせて、おばちゃんという顔。 お姉ちゃんが失敗している箇所もなんなくこなす。 それもめちゃ丁寧。 切れることない集中力。 下の弟くんの分を作っているママより 上手いし速い。 「ボク、この島で一番速いなぁ。」と褒める私の言葉が聞こえているのかいないのか もくもくと作業をこなす。 帰り道、娘ともあのボクがわが長男とそっくりな話で盛り上がる。 娘はその下の弟がわが二男坊主の落ち着きのなさに似ている点に爆笑。 そして私は心ん中で あのお姉ちゃんもあんたのあんな時分にそっくりでっせと突っ込む。”
10月
31
豚の生姜焼き
“いつも適当に作っている豚の生姜焼き。 一時、お弁当ネタでばんばん使っていたが 二男坊主がどうもお子ちゃま仕様なので 受けが悪い。 最近、とんとご無沙汰の豚の生姜焼き。 関心空間: タモリ流豚のしょうが焼き このレシピでちょいとお試しで作ってみたいとふと思ったので 覚書♪”
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保護者会に行く。
“昨日から、いやおとついの夕方から いっきに冬になった。 おとついは長男の高校の保護者会。 ベネッセの人のお話を聞く。 その前はいちおう授業参観となっているので 少々早めいについた私は廊下からのぞく。 前回、授業参観も目的で最初から間に合うように行き、 教室に入ってみたが、 今回は授業参観はもうええと はなから保護者会から参加のつもりで家を出た。 なので授業もおわりかけ。 廊下からその様子を見る。 長男のクラスは理科の授業。 前日、発熱のため早退したヤツだが ずっと寝倒し、朝には熱も下がったことやし、 遅刻して登校。 遅刻指導にひっかかるのはちがうと 事情説明の電話を保護者である私がして登校させる。 まぁ、まじめに黒板をみて勉強している。よろしい・・・ が、クラスの1/3は机にひれ伏して寝ている。 いちおう、レベルの高いといわれいる高校なのだ。 娘、二男坊主には到底受かるはずがない高校の実態がコレ。 ん〜〜〜ええん?と思う。 おかげで長男はクラスでトップという席次をもらえるが なんかなぁ、ちゃうやろ?と思えて仕方がない。 廊下にいてると 同じPTA委員の人に会う。 隣のクラスらしい。 私がPCであれこれしたのもあって感謝される。 いやいや、学校に行く日を減らすための策なので・・・と心の中でつぶやく。 2年次の文理選択の話になる。 そこは子どもさんは女の子(その時初めて知る)ってので文系だという。 「うちはとりあえず理系かなぁ」と答えると 「お母さんが理系って感じやもんねぇ」とただただPCを使っただけでいわれる。 いや〜私はこてこての文系ですぜと思うが 面倒くさいので笑ってごまかす。 して教室後ろにある視聴覚室で保護者会なのだが、 ん〜〜〜一緒に並んで座るべき? いや〜私は一人で座りたいと 自問自答しつつ、 「あそこに出席の○するみたいですねぇ。もう入れるのかなぁ〜〜」とか いいつつ 一人入口に向かう私。 そしてとてもご立派な視聴覚室の一番前に陣取る。 大体こういうのはプロジェクタを見ながら説明やったりするわけで、 一番前に行かな見えん。 なので一番前に座った。 おかげで入学式以来、 遠目でしか見えんからわからんかった校長先生の顔がはっきり見える。 進路指導のおもろいおっちゃん先生の顔もはっきり見える。 肝心のプロジェクトに映し出される資料は お手元の資料と同じで ここでこと足りる。 パワーポイントで作ったしプロジェクトに投影させやなってことかしらん。 まぁ、別にええねんけど。 ベネッセの兄ちゃんが持参のそのノートPCが Windows7というのにうわっ私と一緒と思ったのが大きい収穫かも。 学年全体の保護者会のあとは 各クラス別に懇談会。 うちのクラスは7,8名と少人数。 どのお母さんも家で勉強してへんって嘆いてはる。 夜1時も2時も起きて何しているのかと嘆いてはる。 正直な私は 朝練で6時起きなので11時とか遅くても12時には寝ているし いまだに受験勉強ですか?っていうぐらい勉強はしているという。 まぁ、今日は何もしない日と宣言してゲームをする日もあるけれど・・・も 付け加えたけれど、そんな日はめったにない。 ただただ、長男より二男坊主に頭を悩ましているとも付け加える。 これはマジで。 なんでしょうかねぇ。 自ら律して予習復習をするというのが当たり前の長男と 自らだらけて宿題をやっとするというのが当たり前の二男。 お互いにそれはそれで個性やし どっちが正しいとか どっちが将来幸せになるとか 成功するとか(てか成功とは何?) そんなことはいざ知らず。 事実は事実としてなぜにこうも違うか?!というところに手を焼く。 確実にはっきりしているのは、 自ら律して予習復習、課題をこなす努力をするのが大切だということ。 それが大学受験に実ればいいのにと長男の背中を見て思う。 それより先にやってくる二男の高校受験という試練。 これこそ私の腕の見せ所となる試練。 乗り切れるか・・・ってとこや。”
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ビートルズの赤盤
“iPodには洋楽しか入れへんねんって豪語している長男。 ビートルズに興味を持ち、 赤盤がどうの、青盤がどうの・・・という。 なんや、新しくデジタルリメイクされてリリースされるとか。 そんな長男と私の話を小耳にはさんだ旦那が 欲しそうな顔をする。 「ビートルズは持っとかなあかんやろ」とか。 そうなん?と思いつつ、 あっちからもこっちからも所望されるとなぁ〜と 私ご用達のAmazonで 赤盤と青盤の中身(入っている曲)をチェック。 して「やっぱぁ〜赤盤よなぁ」と思う私は Amazonで注文する。 待ちに待った赤盤・・・・・ さっそく新しいこの相棒のiTunes経由でiPodに落とす。 旦那はといえば、 せっかくのデジタル音源やというのに いまいちのCDラジカセで聴いている。 私がプレゼントとしたiPodshuffleはいずこへ・・・ってどない? PCにつないで落とし込むという作業が面倒くさいのか・・・ まぁ、ええけど。 親子3人で盛り上がっていると さみしがり屋の二男坊主が にわかビートルズファンになりたそうな顔。 8GBのヤツのiPodはほぼいっぱいらしいが 全部、邦楽ときている。 大半が姉ちゃんの彼氏おすすめのB'z そして、Greeeen(eの数、おおてる?) 他、、J-popいろいろ。 まぁ、私の好みでないもので埋め尽くされている。 「洋楽、英語やしどう聴いたらいいんかわからんし・・・」と いうてたくせに ビートルズに手を出そうとする。 そして「かあさん、アップルなんとかって人おるやん・・・」って それ、リンゴスターやろ?ってとんでもない間違いをする。 そこで英語にしてどうするん? 「なんでリンゴが日本語でスターが英語の名前なん?」 「知らんがな・・・」 てか、そこでアップルと云うなら リンゴスターはアップル星てなるわけか・・・ てなことで、二男と私の間では リンゴスターのことをアップル星と呼んだりなんかして・・・・ なんちゅう不届きものな親子。 そのヤツが 「なぁ、母さんおすすめの洋楽ってなに?」って 「母さん、おすすめっていうたら決まってるやん。」って ことでU2(U2は迷うことなくレンタルではなく所持)のCDを持ってくる。 ん〜〜〜〜てかなぁ、 君、試験勉強はええの?って状況の中での話。怖いわぁ・・・”
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有馬は秋
“父の妹・叔母を連れて有馬に行く。 やっぱり山ん中やし 木々が紅葉しつつで秋めいていた。 有馬通いが始まって1年を迎えるってわけだ。 夏の発熱以来、体力もおちたお父ちゃん。 先週あたりから少々元気がでてきた証拠に 文句を言いだした。 文句を言うだけ元気があるってことで 腹立ちながらも聞き流す。 私も大人になったもんだ・・・・って いや〜〜それが今朝の有馬行の阪神電車。 何でもありの阪神電車にキレそうになる。 10時ごろに乗っている若人やから たぶん大学生。 何人かよって、耳栓(二男と私はiPodイヤホンのことを耳栓とよぶ。) をしていながら、 声をそろえて歌を歌うというテイタラク。 車両反対側は 女子大生風がなんかしゃべっては大声で笑う。 まぁ、これはええとしても みなでうたを歌うって、 観光バスとちゃうで!とのど元まででかかる。 以前、尼崎の競艇のある駅から乗ってきたおっちゃんが ご機嫌よろしく お弁当を広げ嬉々として完食したというのがあったが これはなんか許せた。 が、大声で歌はあかんやろ? 小学生やあるまいし・・・・ 小学生といえば、 ただいま、遠足シーズンで 通勤電車で毎回、小学生軍団に出くわす。 たいていは先生の厳しい目によって 小声でのおしゃべりでそこそこおとなしくしているが この前はじゃんけんしだして遊びだすという軍団がいて、 これもまた 「うるさい!」って怒鳴りそうになるのをぐっとこらえた。 でもそれも小学生やしと思える、今朝の大合唱をする大学生の輩。 まわりのおっちゃん、おばちゃんもちらちらと見ていたから うるさいと思っていたにちがいない。 先週の有馬帰りは ちょうど甲子園でのデイゲームが終わったのにぶつかり、 虎ファンに出くわす。 なんというか〜 頭から足の先まで虎ファンとわかるいでたちの方々に圧倒される。 そんな話をお父ちゃんにしたら 「阪神電車は虎ファンでもってる。」と。 虎ファンだけでもってるわけあらへんやろと思うが、 そんな勢いはあるわな。”
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ノーベル化学賞の根岸教授、記者会見での言葉
“基礎的な能力を持ち、正しく夢を持って50年追い続ければ、 夢が実現する可能性は高い 何に共感したって 基礎的な能力を持ちってクダリ。 すばらしい。 ドアポケットに投函された夕刊で見つけたいい言葉。”
出ずっぱりの中、会計処理に思い出す。
“ずっと出ずっぱりやったり、 在宅でも別ものをしてて、できずの会計処理。 家計簿に旦那の仕事分に私の仕事分と朝から数字と遊ぶ。 おとついの職場でも 月決済の会計処理に奮闘。 お金の計算ばっかりしているよなぁ。 まぁ、計算がピタっと合う。 こっちから見ても合い、そして別方向から見ても合うという状況に 私は満足する。 おかげで複式簿記もなんとはなくに理解できているし、 これがある意味おもろい。 そしてほらほら思い出す。 2,3年ほど前のPTA横領事件。 まぁ、帳簿やらを確認したが 気持ち悪いったらない、ええ加減さ満載の帳簿。 まぁな、ぽっと出の役員やから仕方がないといえばそれまでやけど いや〜〜なんというか ぽっと出でも足し算引き算は出来るねんし わけのわからん数字やと気持ち悪いやろ?と思うねんけどなぁ・・・・・ ぽっと出でもなく 一応管理職試験に合格したという元教頭ですら え〜〜うっそ〜〜っていう帳簿を自慢げに出してきよったのを ここでは何度も云うてるが、 どうなん?ええん?そんなんで・・・・・ Excelのコピペミスとかって言い訳に 使うなExcelと心の中で突っ込んだちゅうねん。 てか、笑えるよなぁ。 あまりのレベルの低さに・・・ そんな帳簿やと 私が居てるとこに来はる会計士さん、発狂しはるわ。 学歴があっても頭の回転の悪いヤツっていてるもんで、 まさにソレっていう大人に出会うと 私は心の中でこいつアホや・・・・とさげすむ。 前出の元教頭なんてまさにソレ。 それでも公務員の恩恵を預かってのうのうと生きているというこの人生の不条理。 とてもピュアな若者、 夢いっぱいの若者が 折れていくのもこんな汚い大人のせいと 会計処理からここまで発展する私の思考・・・・・青っ 解決の仕方が気に入らんし こういうことは風化させてはいけないのだ”
事務所の近くのパン屋さん
“先月、ばたばたと事務所2つのお引越し。 引越しといっても事前にちょっと荷造りをした程度で たいしてなんらしんどい思いはせず、 次の週から新しい事務所ねって感じ。 っで今回、本町駅下車すぐにあるビルに移った職場。 本町といっても四つ橋線本町が最寄。 御堂筋線の本町とは少々雰囲気が違う。 ちょいと昔っぽい商人の町といういでたち。 大阪はおもろい街やと思いつつ、 とりあえず、私が用のある銀行と郵便局の場所は調べておく。 あ〜〜〜そういえば長堀橋は ここはここで独特な雰囲気の街やった。 どちらにしても今回の引越しで 私は乗換えなしの通勤になりラッキー♪ その本町のビルのまん前に見つけたパン屋さん。 テーブル席もありそこでビジネスマンが休憩しつつ・・・ 私は仕事を終えて地下鉄に降りる前に ここでチョコクロワッサンとメロンパンを3つずつ買う。 子どもの為に・・・・ 長男いわく、ここのチョコクロワッサンのさくさく感が美味しいっらしい。 どこぞに出かけるとパン屋を探し、クロワッサンがあれば必ず買う。 中高生の男子二人は夕方部活を終えて帰ってくると パンを食べる。 スナック菓子よりパンがいいお年頃。 なので、私はパン屋を見つけるととりあえずお邪魔する。 この本町のコペンハーゲンはなかなか美味しいパン屋さんということで ここに記す。”
ネット環境を整える
“新しいPCがやってくると デスクトップ1台、ノート2台でネット接続・プリンタ共有となるわけで・・・ え〜〜い、この際やし、 無線LANも買ったし プリンタサーバーも買っちゃえとAmazonで注文。 今朝一番に注文して今夕届く・・・さすがやな、Amazon。 無線LAN親機と子機、プリンタサーバー、合わせても1万円ちょっと。 随分前にかった 超古いルーターなんて6万もしたのに。 今まで、このノートからプリンタに出力するには プリンタと直結しているデスクトップを起動しなければならず・・・だった。 それがプリンタサーバーで プリンタの電源さえONにすればいいなんて嬉しいやん。 短大生の娘がレポート作成でよなよなPCに向かうのも さして苦にならずになるであろう。 そんなこんなで デスクトップをただいまデフラグ中。”
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文化祭一つ・運動会二つ・講習一つ そしてせんとくん♪
“怒涛の数日でございます。 ただいま、現在進行形。 運動会はどちらも曇りから晴れという あまり暑くもなく 両方(中学も高校も)ともPTA役員ということで ウェストポーチに貴重品を入れ カメラを持って撮影に勤しむ。 iPodnanoの万歩計の数字がやった感をくすぐる。 その後、画像データは Google Picasaで情報を共有。 これにはちょいとひと悶着あり。 てか、ん〜〜素人さんは怖い。 高校は体育祭前の文化祭も含めて、 広報紙レイアウトまで済ませ、次号に向けての会議まで行なわれた。 中学はとりあえず後回しにさせてもらって 花ならフェアへの講習に焦点を合わせる。 この月曜日、前日からの雨で大丈夫か?と心配も多少しながらも なんやかんやいうて私晴れ女か もしくは土壇場にええように動くという強運の持ち主という自負、 ポジティブシンキングでいてこます。 やっぱりほら、 会場に向かうために家を出た8時前には雨が上がってきて、 最大20名てのも20名様参加してもらえ、 おまけに生せんとくんにも会う。 そう、1回目の講習は無事に終了。 講習をしている場所がステージ横というので お昼休憩にせんとくんライブが行なわれて生せんとくんに会えたってわけ。 そのお昼休憩に有馬の病院から電話で 直接話をしたいことがあるなんて云われる。 はぁ・・なんやろかと思いつつも あれこれ考える時間もなく とりあえず、金曜日に有馬ですわ。 めっちゃハードな日々にて とりあえず優先順位を決めてこなしていかなという状況。 なんせ花ならフェアの2回目の準備にもかからんならん。 たぶん、今度は土曜日やし大変になろうと アシスタントを雇った。 てか、娘にバイト代励むしぃってことで身内で調達。 アシスタントっていうてもレクチャーはできないので 受付や荷物もちや雑務。 その辺の短大生のバイトにしたら楽やし、日当もいいときてる。 そんなそんなハードな中、 我ながらほんまあれもこれもよ〜やってる。 よ〜がんばってる。 あんたぐらいやでこんだけ頑張ってるのん・・・ってことで 念願のPCを注文。 ぐははは〜〜〜 11日に来るらしい。 まぁ、私専用のノートPCですわ。 今使っているコレは子供らにお下がり。 私のノートPCては、意味あるしな その新しいマシンは無線LAN搭載(今どきやもん)なので このさいと無線ルーターを早々と手にいれる。 ついでにこいつも無線LANにしたろと USBの無線子機を購入。 あほほど簡単な設定にほくそえむ。 てか、とりあえず、あちらこちらと出て行かなあかんところは行くとしても それ以外(毎日の食材買い物とか)はネットスーパー、生協と ネット注文。 今回のノートPCもネットやし ルーターもネットでお買い物というヘビーなネット買い物野郎な私。 とりあえずな、私のPC環境をよくしとけば すべては上手く行くってことで・・チャンチャン”
9月
20
娘の課題
“夏休みの課題。 学校で習った料理を家で作って家族に感想を書いてもらうというもの。 っで明日から後期始業の娘。 朝から調理のレポートを作成。 そして、私のもとにそのレポートと白紙のレポート用紙。 その白紙のレポート用紙に感想を書けという。 なのでシャープペンシル片手に書き出す。 冷麺と八宝菜と煮魚。 各感想。 こういうのが好きな私は ちょっと色つけて書く。 我ながらええやんと自己満足。 さぁ、私の後に旦那が書かされる。 どれもこれも美味しかったのひとことで終わらされるであろうと想像する。 しかし短大になっても親が関わらなければならないというご時世。 私の時なんて 私が何を勉強してたなんてわが親は関知なしやったのに。”
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ミシン掛けだぜ!
“高校1年生の長男。 ヤツが通う制服がない自由と創造が校訓の高校は 体育祭では体操服を着用しない。 制服はないが体操服は指定のものがあるのに。 体育祭ではクラスごとに作ったユニフォームで競技する。 ユニフォームといっても いうたら幼稚園のお遊戯会ごとく・・・・ 長男のクラスは忍たま乱太郎の衣装がユニフォーム。 他のクラスではメイドさんなんてのもあるらしい。 このユニフォーム、自分のものは自分で作るということで 各自家に持ち帰る。 作れと云われれば作るが 自分のことは自分でするという自立心旺盛の長男は せっせとミシン掛けに勤しむ。 手先が器用やし モノづくりが好きな性質なので だんだんと形にはなっている。 中学のときの家庭科の作品も 下手な女子よりきちんと丁寧に作るというヤツ。 しかしながら、ヤツがコトコト動かしているミシン。 かれこれ私が中学生から使っているというから 30年選手。 電子ミシンのハシリ。 母が3,000円の積立で何年もかかって買ったというもの。 これ以前には足踏みミシンが我が家にはあった。 っでなぜだか、このミシンは私のミシンとなり、 結婚するときも当然のごとくにもってきたというシロモノ。 そのついでに母の裁縫箱から目打ちも拝借したままで それは今もバスケット作りで愛用中。 ミシンに関しては何も云われなかったが ずっと前に 「あんた、私の目打ち知らん?」って聞かれたことがあったが さぁ〜〜と ふっとぼけた悪いヤツ。 目打ちなんてミシンに比べたら安いから 返却すればよかったものの めちゃ手に馴染んで離しがたかったのだ。 お母ちゃん、ごめん。 てなことでその30年選手のミシン。 100%の本調子とはいかないが とにかくまだ動く。 なかなか使えるヤツなのだ。 その30年選手に向かって、 忍たま乱太郎衣装を作る高校生の男子。 ん〜〜なんとも云えん光景や。”
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進学博
“日曜日に行ってきた進学博。 中2の次男のために・・・・ 一人で西梅田まで行ってきた。 久しぶりの西梅田が これがまぁえらい進化していて驚く。 地下鉄の雰囲気はそのまんまやけど、 改札口から出たら、昔と全然違うやん。 その昔、ずっとずっと昔、 ここには大毎地下っていう小さな映画館があった。 試写会とか映画館独自の懐かしい洋画をせっせと観に通ったという西梅田。 進学博が行なわれているビルのエレベーターのボタンにおののく。 ▲▼こんなマークを押すのではなくて パネルの中の行きたい階を押すってもので エレベーターに乗るまでにちょっと面食らった 進学博といっても私立中高校の合同説明会ってやつで、 我が家は公立第一志望ではあるが 私立高校のネタも仕入れとかな・・・・と 中2の今から少しずつ意識づけをしていく必要があるというので 出向く。 ボクのために母さんが動いてくれてるっていうことに 心動く可愛いヤツなので・・・・ 10時開場に20分ほど早く着いてしまったが 同じような親御さんが山ほどいてはる。 わが身を棚に上げて、熱心な親御さんがよ〜さんいてはるもんやと感心する。 とりあえず、2校ほど的を絞っているので そこのブースに行って あとはどこに行く?って考える。 なんせ、3校ブースで話をきくと500円の図書カードがもらえるってので とりあえず、片道電車賃分だけでもと思うあたり せこっ・・・・ 娘も長男も 併願で受ける私立高校に関しては たいした知識もなく 本人のレベルと近さだけで選んだ。 次男の高校受験がたぶん一番やっかいやと思うので ここはちょっとずつ心構えと しっかりいろいろ話を聞く。 娘のときのように 初めての高校受験で何を聞いたらいいのかわからんという私ではないので あれこれ突っ込んで聞く。 上二人を見ていて、 高校選択の重要さをひしと感じるしなぁ。 その先も見据えつつ、 本人に合っているかどうか 本人の希望にそうかどうか云々。 とりあえず高校までは親が一緒に考えてやらなと思いながら、 3校ブースを巡って図書カードを頂き、 重たいパンフや入試問題集を抱え、速攻帰宅 あ〜〜重たかった・・・・”
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運動会に文化祭に体育祭。
“息子2人の学校でPTA役員をしているため 行事が続く今月後半は怒涛の週間となる。 中学は近いからいいねんけど、 高校は地下鉄を使ってdoor to doorで小一時間。 先週の土曜の会議では、 文化祭・体育祭のあとの日程がなく作業をしなければならない。 1日は仕方ないとしてもあとはネットを使って情報を共有すれば こと足りるとその方法を提案する。 どうしょうどうしょうでは 時間がたつばっかりやし、 会議を早く終えたいばかりに口を開く私。 ということで、 その説明と今後の流れ、段取りをしゃべる。 体育祭当日に朝7時に学校に来るメンバー決めも なかなか声がないので 「ほな、私来ますわ。」というてまう。 誰か一人が口火をきれば次はすぐに決まる。 その日は帰宅して ネットであれこれ設定をして その使い方説明をリーダーにメールして 他の人に転送してもらう。 と、ここでも責任重大な位置に自ら座ってしまった感の私。 ちゃっちゃとして早く帰りたかっただけやのに・・・ おまけに、その帰り道、 携帯を見ると有馬から電話。 駅までの道、有馬に電話する。 また、発熱とのことで、 頼むからお父ちゃん、このスケジュール満杯の秋は うだうだ云いながらもやり過ごしてくれと 心底願う。 母と兄にメールで状況を報告。 夜に母から電話。 万が一のあれこれで動く私にお金はあるか?という母やけど とりあえずのとりあえずはそれようによけてあるとは云うが 私もそんなん初めてやし・・・ なんとかするしかないと腹くくる。 もう一つ、ややこしいことも抱えているし・・・・ と思いながら 生協で来春のお楽しみ、チューリップの球根を注文する。 足元を見てしっかり踏みしめながらも ちょいと先の楽しみも見出さななぁ。 でも、土曜の夜ごはん、 お好み焼きとお味噌汁は作ったのに ご飯を炊くという行為をすっかり忘れた私。 まぁ、ええやんええやん。冷凍ご飯をチンしとこでいけてんけど・・・・ 内心、人の世話してる場合やないかも? 私もいってる? と思ったのは事実。怖っ”
09
主婦道を極める?
“昨日はPTAの会議があった。 会議というても、レジメが用意されていて それに従って話し合われていくというものではなく、 主婦の井戸端会議的なもので、 毎度のことながら 終わってから、 さて、今回の会議で決まったことは・・・って模索してしまう。 とりあえず、結局のところ、 ここはこうしたいという意見を云うたもん勝ちで それについての意見交換はおこなわれないので 決め事の段になると 独壇場でケリをつけるしかない。 まぁ、ええねんけど・・・・ 我が子が仲良くしている子どもの名前すら 聞いてもすぐどっかに行ってしまう私からしたら どこからそんな情報を仕入れてくるのかと思うぐらいの 子どもネタ、保護者ネタ、先生ネタ満載の井戸端会議。 この会議にくると 私はいわゆる主婦道を極めていない?って 主婦道マイナス90点ぐらいなわが身を実感する。 びっくりするぐらいの情報を網羅して それを得るためにあちらこちらに接点を設けているであろうと想像すると ある種、尊敬の念を抱いてしまう。 PTAの役員をしなければ まったくもって知らない世界の話を仕入れて帰ってくる。 まぁ、この地域の特異さもあるかもとは いつも思うことやねんけど。 代々ここに住んでいます。 親子で小学校・中学校を共有している。 なんて地域密接型学校なわけやから。 これは外モノのひがみ・妬み・嫉み? いや〜結局のところ、”
年賀状の申し込み用紙
“昨日は仕事。 私の留守中に届いた、郵便ポストの貯金箱と年賀状申し込み用紙。 ただいま、試験中の長男がお昼過ぎに在宅していて 郵便局のおっちゃんから受け取った様子。 商品発送時に集荷に来てくれて、仲良くなったおっちゃん。 最近は有馬行きやらでなかなかこっちの仕事ができず ご無沙汰しているが、 こうやって季節の折々にひょこっと現れては 郵便