子どもは親の鏡

知り合いの知り合いに、公立高校の受難が思うようにいかなかった親子がいてる。
他県の公立高校の受験システムなのでよくは分からないが、前期後期なのか、とにかく2校受けて、2校ともうまくいかなかった。
仕方なく滑り止めで受かっていた私学に進学。
不本意な結果ではあるが、それを真摯に受け止めて謙虚にならないことには、大学受験はもっと厳しい。

しかし、その子は言う。
「俺よりアホな奴が公立に受かった」と。
自分が受からなかった高校である。

いやいや、そこにあんたは受からんかってんやろ。
その結果を素直に真摯に受け止めようや。

不本意ながら進学した私学で、まぁ、頑張って普通科から特進に進んだらしい。
すると今度はスポーツ科をバカにする発言をする。
親も注意したらいいものを、注意せず知人にそれを話す。
つまり、親も子どもと同意なわけです。
いやいや、親がそういう考えなので、子どもがそんな発言をする。

また、別の親は私大の理系に身を置く息子が、「文系の奴らの学費が俺らの研究費に回っている」と発したという。
仮にそうであっても、その発言を子どもがしたときには注意すべきでしょ。
親も子どもと同じ気持ちなので、子どもがこんなん言うてたと他人に話すわけです。

人を陥れることで自分の立場を誇示するという思考が親の日常にあふれていたのでしょう。
その中で育った子どもは当然、同じように人を陥れて自分を誇示する術を身につける。
子どもは親の鏡とはよく言ったものです。