高校の三者懇談

遠い山のふもとにある娘の高校に
電車に1時間揺られて行ってきた。

初めてここを訪れたのは
彼女が中3の11月。
志望校決定するのに、まずは通えるかどうか行ってみようということで
足を運んだが、
帰り道々、
「この距離、家から1時間半ぐらい。3年間通えるか?」と
何度も確認した。

合格発表の翌日、制服注文で再び訪れたとき、
冬の夕方の帰り道、
薄暗くなってくる山のふもと、
川沿いを娘と歩きながら
中学生から高校生となっていく娘、
親離れの第一歩が
こんな田舎なのかと
寂しくてしかたなかった。
そんな高校だが、
進路指導や校則の厳しさなど、
先生の目の細かさに
私はかなり気に入っている。
このレベルの高校では本当に勉強しようと思う子にはお勧めの高校。
田舎道を歩きながら、
あと何回、ココを私は歩くのだろうかと考える。
娘で終わるか
息子も通わせるかなんて思いながら。

夏休み初日の本日。
朝から講習に登校している娘と
門を入ってすぐ、食堂前で待ち合わせ。

娘の担任は1年のときにも受け持ってもらった
進路指導の先生。
娘が志望する短大は現時点での実力では厳しいが
今からがんばれば可能性はあると。
ぜひともがんばって受かってくださいと。
1年のときから見ているが
学習時間、学習意欲はトップクラス並みの娘らしいが
結果は中のちょい上。
これでも上出来なわけなんやけど。
なんせ、高校受験時は万が一受かってもギリギリやろうから入ってからしんどいといわれた高校だから
遅れんようにと勉強している。
だから他の子より勉強時間も多いわけだがなかなか結果がでずで2年間。
3年目にして
ようよう結果が出だして、
娘もより一層勉学に励む気になってきた今日この頃なのだ。

なので、夏休みの講習もお弁当持ちで朝から夕方まで学校で過ごす。
このレベルの公立高校で
ここまで夏期講習をしてくれるとこもないであろう。
講習は夏休みが終わっても大学受験完了まで続けられるそうで
学校の売りは
塾や予備校に行かずとも学校での講習や先生を思う存分使ってくださいなのだ。
このあたりが、
平均レベルでうろうろしてた中学生が本気で大学受験を考えた時に
お勧めできる高校なのだ。

ただ、我が家からは遠い。
うちの中学校からは遠い。
ゆえにわが中学校ではあまり人気がない。
厳しいのも手伝っているようだが。

昨日、部活練習試合でほん近所の
娘の高校より一つランク下の高校の前を取った次男坊主。
「姉ちゃん、あそこって結構近いよなぁ」って
内心、僕はあそこでええわってニュアンスが見え隠れ。
ふっふん。
そこには行かせへんし。
最低でも姉ちゃんの高校やしと決意を新たにする私。

これでとりあえず、子供3人の三者懇談終了。
やれやれ・・・・・・

左手のこと

以前、親しくしていた知人に
左利きにやたら反応する人がいた。
左利きを自負する人が嫌いだそうで、
ひょんなことで
私左利きやでっていうと
やたらと攻撃されてびっくりした。

まぁ、いろいろと考え方があるし
人それぞれと話をまとめさせてもらった。
なんせ、女の人と口げんかは怖くてよ〜しないという
その点はとても気の弱い私なので。

いや、でも、
左利きを鉛筆とはさみとお箸を無理から右手に強いられた私としては
彼女に反論する思いも多々あったわけだが
そういう考え方をする人がいてるということで
その話題をしめた。
気を許すとすぐに鉛筆を左手に持ち替えてた
子供のときの私は、身近な大人にやいやいと叱られていた。
よその大人に叱られるという悪さをするような子でなかったのに
(結構、走り回ってやんちゃではあったが、叱られるようなことはしなかった)
左利きゆえ近所のおばちゃんにも叱られるわけで、
まぁ子供心に
左利きは隠すべきと認識してしまう。

そんな私が小学生になった
ある日、えっなんでみんな、左手で消しゴム持たへんの?って
気づいた。
そう、右利きの友達は
一旦鉛筆を置いて右手で消しゴムをもって消すという作業をしていた。
私は無理から右手で字を書くと仕込まれたおかげで鉛筆を右手で持ちながら
間違った字は左手の消しゴムで消す。
こんな妙技ができるのは
右手で鉛筆を持つように矯正された左利きの人ぐらいだということに気づき、
泣く泣くの矯正のおかげで両利きとなった私は
優越感を味わう。
とるに足らない優越感ではあるけれど。

それは、モノを作るという作業でも明確に感じることができる優越感なのだ。

数年前に地域のおばちゃん相手に講習をさせてもらったが
教える側の私が左利きゆえ、右利きの人がとてもやりにくそうにしている場面があり、
頭の中で右利き仕様に変更してレクチャーという作業をした。
一人、左利きのおばちゃんがいて
その方はすんなりと動くわけで、
利き手の違いの大きさを再認識。

先週の自宅講習のときも
右手でこれをしながら左手でこれという作業が
右利きオンリー、左利きオンリーの人にはなかなか難しいようだと気づく。

子供のとき、矯正という言葉がぴったりな状況だったが
今となっては
右手も使えるようにしてもらえたと感謝の気持ち。
おかげで、時と場合に応じて右手や左手と合理的に使いこなせる手を
もつことになったと感謝。

ただ、携帯は左手でしか打たれへんし
力仕事は左手と
100%両利きとは言いがたいが、
今、あるのはこの左手のおかげなのは確か[♪]
左手万歳なのだ。

そう、前出の知人とは
その後、別件で意見の相違を
ひとそれぞれやしとしめようとしたら、
ひとそれぞれとしめることを責められ、
面倒くさくなって疎遠になった。

元々の生まれた環境が違うし
ものの価値観が私と正反対なので
意見が違えばいつまでたっても平行線のまま。
ひとそれぞれとしめるのが妥当だと思うが
私が一番で育ってきたと自負する彼女は
貴女の言うことが正しいと言わない私に反撃。
いや〜いろいろ刺激的でなかなかおもしろい人だったので
友達としては
それぞれの価値観を認めつつで繋がっていければよかったのに。
友達は対等なもの。
ネタ自体が別にどうでもいいようなことなので
人それぞれでしめたところでなんら支障もないのに
そんなことすら、私が一番でありたいようで
面倒くさくなって疎遠になった。

そんなことを思い出すのも、
また私の左手なのだが・・・・・・

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